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与えられし姫野の敗北

(楕円(だえん)を展開、からの射出。(かわ)せないほどじゃない。けど、麗子さんに消耗している様子は無い。たぶんラッツォーニさんの模倣魔法と同じで、数打ちが基本の魔法。小手先の魔法だけでなく、本気を引きずり出さなきゃいけない)


 自身に向かって射出される黒色の円環を走って躱し、姫野は思考を加速させる。魔法使い同士の戦いは、見極めが何よりも重要視される。相手の魔法を知る事は、そのまま決着に繋がる可能性もあるからだ。


 今の姫野に分かる事は、麗子は飛び道具型の魔法を用いる事。手にする万年筆で補充が可能な事。弾丸が必ず黒色で楕円型の輪で形成されている事の三つだ。


(私達に何もさせないと言い切ったのだから、きっと変化魔法じゃ無い。一から創ったにしては無駄が多すぎるから、創造魔法でも無いはず)


 姫野とニナ、二人の契約魔法使いを完封出来ると言い切った以上、相性が悪い変化魔法はありえないだろう。そもそも、飛び道具を用いる時点で変化魔法の可能性は大きく下がる。


 そして魔法大系の定理を考えれば、創造魔法も除外出来る。創造魔法は、あらゆる物を一から創り出す必要がある。道具も、動きも、その魔法の効力も。


 万年筆のインクを楕円状に展開し、それを射出、さらに命中した場合に効果を与える。どう見たって世界のルールに逆らいすぎている。例え明確なイメージがあろうと、生み出すには多量の魔力がいるはずだ。


 翔がポンポン木刀を生成するのとは訳が違うのだ。どれだけ豊富な魔力を有していようと、数打ち出来るような物では無い。


 そうして可能性を絞っていって残るのは、始祖魔法、契約魔法、召喚魔法の三択。


 始祖魔法であるのなら、きっとインクを操る魔法なのだろう。形状が必ず楕円の輪になる事から、何かしらの概念的な要素も含まれているかもしれない。


 契約魔法であるのなら、万年筆から黒インクを楕円状に生成して射出する一連の魔法で片付ける事が出来る。その場合困るのが当たった際のデメリットだ。契約魔法は条件を達成した際の効力が、あまりにも多岐に渡る。射出スピードがそれほどでもない関係上、下手をすれば当たるだけで致命傷に陥る可能性も否定出来ない。


 召喚魔法であるのなら、楕円そのものが使い魔である可能性が高い。しかし、その場合は誘導機能の一つでも付けるのでは無いかと姫野は思う。召喚魔法は仮初(かりそめ)の命を生み出す魔法。生み出した命を弾丸として消費するだけでは、前述の創造魔法並みに効率が悪い使い方だ。


(概念型の始祖魔法、あるいはシンプルな契約魔法であると予想しましょう。そう考えるのが一番無難だもの)


 数々の可能性を考慮した上で、姫野は相手の魔法を特殊な始祖魔法かシンプルな契約魔法の二つへと絞った。この二つに絞ったらやるべき事は簡単である。一発も当たらない事、そして、何かをされる前に決着を付けることだ。


天若日子(アメノワカヒコ)様、御力をお貸しください!」


 考察を終えた姫野は防御と迎撃を目的とした玉祖命(たまのおやのみこと)から、天若日子へと能力を切り替える。


 どれだけ甘い見積もりをしようと、麗子は遥か格上の相手だ。余力を残すつもりは無かった。新たに手にした神の力によって彼女の手元に用意されたのは弓、そして矢だ。


 一撃必殺の魔法を以て、麗子の手札を明らかにする。


 翔達四人の中では、ある意味で姫野が一番のリアリストだった。死なない身体と不確かな情報。翔側はイレギュラーへの対応を迫られ、自分達も早々に見つかってしまった。本気を出した格上を相手に勝てる算段は低い。ならば一度目は切り捨て、情報収集に命を消費するべきだと考えていた。


「純真にて、悪意を打ち滅ぼしたまえ」


 迫りくる黒色の円環から逃れるよう大きく横へと飛び、空中で矢をつがえると、姫野はそのまま手を離す。


「......なるほど、そう来るわけね」


 麗子が感心したように声を漏らす。彼女の目線の先では、まるで生き物かの様に矢が蠢き、飛ばされた楕円を一つ残らず撃ち落としていく。天若日子の力は、自身に向かう悪意ある飛び道具を撃ち落す。かつて()()からの遣いすら射殺した、必中の一射である。


 そうして麗子の攻撃を迎撃した後、矢は残された悪意ある者へと向かっていく。そのスピードは楕円の比では無い。変化魔法使いでは無い彼女には、躱せない攻撃であるはずだった。


「直接魔法に触れなかったのは良い判断よ。飛び道具を利用して遠距離戦を展開したのも悪くない。けど、勝負に出るのは早すぎたんじゃない?」


 麗子を狙った必中の矢は、彼女の足元に転がっていた。


 麗子が撃ち落したのではない。まるで何者かによって叩き落とされたかのように、突然勢いを失って落下してしまったのだ。


 魔法が効力を失った訳では無い。その証拠に矢は麗子を射殺さんと、もぞもぞと微細な動きを繰り返している。だが、浮上しない。動かない。何らかのイレギュラーによって、矢の行動は阻害されてしまったのだ。


「っ......」


「あら、届かない事を確信して代償の徴収に走ったの? 薄情者ね」


 天若日子の代償は、武速須佐(タケハヤスサ)之男命(ノオノミコト)と同じく後払い式だ。しかし、何事も豪快でどんぶり勘定な彼とは異なり、こちらは厳格な支払いが求められる。


 天若日子が求めるのは魔力。それも、姫野に魔力切れを引き起こさせる程の大量の魔力だ。


 かの神の歴史は、傲慢からの失敗でおおよそを語る事が出来る。


 与えられた使命を色香に溺れて放棄。説明を求めに現れた遣いを射殺。その一射は主神の領土すら脅かしたが、一柱の神によって投げ返され、彼の胸には大穴が開いた。


 幸い一命すら取り留めたものの、彼を待っていたのは裏切りの代償である幽閉。色香届かぬ檻の中で、神が姫野に求めたのはうら若き彼女の魔力であった。


 元々が自分勝手な神であるためだろう。麗子への攻撃が届かないと分かるや、姫野の魔力を徴収しに走った。薄情者と言われるのも仕方が無い。しかし、姫野の方にはある程度の納得があった。


(魔法を無効化する訳でも無く、矢を迎撃する威力があった訳でも無い。天若日子様の矢は魔法を貫いたのでは無く、魔法をその身に蓄えていっただけ。その結果として、あの現象が起こった)


 魔力切れによる強烈な喪失感に襲われながらも、姫野は情報収集を続ける。


 最初は魔法を迎撃したように見えていた矢だったが、楕円が何の抵抗も示さなかった以上、実質的には魔法に命中していたと考えるのが妥当であろう。


(起こったのは矢の墜落。考えられるのは重力操作。ペンやインクをどう概念的に解釈しても、それには繋がらない。つまり、麗子さんは契約魔法使い)


 始祖魔法がナニカを操る魔法である以上、例えそれが概念であろうとも遠く離れた現象に結びつくことは無い。この時点で始祖魔法であることは否定出来た。そして契約魔法使いであるのなら、魔法の効力に絶対的なルールが存在している事になる。


(本当は足止め出来るのが理想だったのだけど、ここまで消耗が無い様なら望み薄ね)


 最初は大熊の補助を行っていると予想して、麗子の足止めを開始した。しかし、それは全くの見当違いであり、彼は自分自身の魔法のみであの力を発揮している事が判明した。


 そして麗子の方は麗子の方で、厄介な魔法を有している事が分かった。


 重力操作。魔法の発動条件としてはラウラの雨模様(スタグウェアー)が近く、範囲魔法で無い代わりに、防御手段が存在しない。飛翔手段を持たない姫野やニナはともかく、翔やマルティナにとっては悪夢のような魔法だ。


 飛翔中に食らってしまえば、そのまま墜落からのリタイアもあり得る。矢の動きを考えるに、例え地上にいようと攻撃を貰いすぎれば、戦闘不能は免れないだろう。


(魔力切れの私に残された事は......)


 先ほどの攻撃を無効化された時点で、勝負あった事は明白だ。麗子も無駄な追撃はせず、姫野の様子を観察するのみ。このまま麗子の行動に甘え、ここで考察を続けるのも悪くは無いだろう。


 しかし、今の自分には仲間がいる。ある点では自分に及ばず、ある点では自分を大きく凌駕する仲間達がいる。ここで考察を続けるくらいであれば、彼らの意見を求めた方が何倍も良い。


 三人寄れば文殊の知恵。そこにもう一人加わるのだから、得た情報は千変も万化もするに違いない。


 方針を決めた姫野は、フラフラとした足取りながらも麗子に向かって突き進んでいく。


「......ふふっ、あきらめずに向かってくるのね。人間の私なら命あっての物種と怒る所だけど、()()()()としては嫌いじゃないわ」


「ありがとう、ございます......」


「その行動力に免じて、もう一度だけ魔法を見せてあげる。さぁ、この情報を生かすか殺すかはあなた達次第よ」


 麗子の周囲に展開された楕円が、姫野へと殺到する。一気に発動する魔法。その効力によって、彼女の身体は地面に倒れ込んでいく。


 グシャグシャと音を立てて自分の身体が崩れていくのを感じる。タイムリミットを告げるかのように、意識が遠のいていく。


(これは......そう、なのね......。あの楕円は()_)


 薄れゆく意識の中で、姫野はとある事に気が付いた。それは一方で予想が外れていた事を意味し、もう一方でとある確信が生まれた事を意味していた。

次回更新は1/24の予定です。

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