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強者に小細工はいらない

「一発目は反省会への片道切符だ! 悪いが、さっさと決めさせてもらうぜ!」


 ドンと足踏み一つ、大柄な大熊がまるで地面を滑るかのように突進してくる。


「くっ!」


玉祖命(たまのおやのみこと)様、御力をお貸しください!」


 対する護衛側は、ニナが焦りながらも銃型の魔道具を取り出した。姫野は黒髪の一部を代償に、玉と紐の両方の性質を併せ持つ玉祖命の力を発動する。


「一を全に!」


 突進とは一直線に進み出る事。迫り来る方向さえ分かっていれば、玉をトラップ状に設置するのは造作ない。大熊が玉の乱立する空間を走り抜けようとした時を見計らい、姫野は紐を召喚して縛り上げる。


「姫野おぉ! この程度じゃ縛り上げるには足りねぇなぁ!」


 だが、今の姫野が召喚出来る全ての玉を用いた拘束は、大熊を減速させるくらいにしか役に立たなかった。彼は腕や足を何重にも拘束されているというのに、まるで意に介さずブチブチと力尽くで拘束を振りほどいていく。


「凄い...... でもっ!」


 いくら拘束が時間稼ぎにしか繋がらなかろうと、一時的に突進が徒歩へと変わったことに間違いない。動きが緩慢となった瞬間を狙って、ニナが銃撃を開始する。


 ニナの銃撃は己の血液を混ぜ込んだ銃弾を放つ魔法交じりの銃撃だ。彼女の血液は、他者の魔力と交わることで急速な凝固を開始する。魔力生命体である悪魔はもちろん、人間に対しても身体の結晶化という致命的な作用を引き起こす魔法だ。


 大熊のような変化魔法使いは、近付かなければ魔法の力を発揮出来ない。そして近付くまでの僅かな時間は、姫野とニナ、二人の契約魔法使いにとって、唯一有利が取れる時間だ。


 その有利を捨て去るわけにはいかない。ここで確実にニナの血を打ち込み、行動の制限を付ける。姫野とニナの急ごしらえの連携は、一定の結果を得たように見えた。


「おいおい。ただの銃弾が貫通出来るほど、やわな作りはしてねぇよ」


「えっ、ええっ!? なんで! どうなって!」


「そういうことですか。だから、わざわざ拘束の中を」


 大熊を貫いたかに見えた弾丸。しかし、実際は大熊の身体に着弾こそしたが、そのまま硬い岩にでもぶつかったかのようにあらぬ方向へと跳弾してしまった。


 明らかに人間へ着弾した反応ではない。


 ニナは驚愕し、姫野は大熊の行動に理解を示す。今回の訓練は、自分達の戦闘スタイルが相手に割れている前提の物だ。その上で大熊は姫野とニナでは自身の防御を破る事は出来ないと予想し、シンプルな突進で距離を詰めたのだ。


「呆けてる時間はねぇぜ!」


 ブチブチブチと大熊を拘束していた紐が、一気に千切れ飛ぶ。さっきまでの彼は、本気で拘束を解こうとはしていなかったのだ。


 彼が求めたのは一つの反応。拘束に一定の効果があると分かれば、二人は僅かな時間で有効打を得ようとするだろう。それが思いもがけない結果に終われば、戦闘経験に乏しい二人だ。驚愕で隙を(さら)すだろうと。


 そうして思い通りにニナが隙を晒し、大熊はさらに二人へと距離を詰めた。もう銃撃戦の距離はとっくに終わり、数秒もしない内に近接戦の距離に変わっている。


「姫野、下がって!」


「......分かったわ。全を一に」


 本当なら、もう何発かは銃撃が出来たというのに、自分の未熟で機会を失ってしまった。ニナはそれを恥じると同時に、瞬時に思考を切り替える。


 自分が未熟な事など承知の上だ。その上で自分はこれ以上の大恥を、魔王の結界内で晒した事があるのだ。隙を生んだのはニナ一人だったが、そこから立ち直って次の手を考えつくのもニナ一人だった。


 彼女は利き腕に修繕を終えた水銀剣鳥喰銀蛇(バンクボア)を、もう片方の手に補充を終えた血粉煙幕を。近接戦に持ち込まれた以上、どちらかが犠牲になるのは仕方ない。ニナは大熊と刺し違える覚悟の装備を固めた。


「これ以上は近付けさせません!」


 大熊が射程内へ入った瞬間に煙幕を起爆。途端に辺りへ粉末状の血液が一気に飛び散った。


 大熊が変化魔法使いである事は十分に理解している。彼の機動力が、姫野の宣言通りに異常なものであったことも理解している。だが、起爆した煙幕の血粉散布能力は、大熊の移動能力よりも上だ。


 至近距離で浴びた大熊は、皮膚はもちろん呼吸器を通してニナの血液凝固が始まることだろう。


 (あとはもう一度、大熊さんと距離を取れれば!)


 血粉煙幕は範囲攻撃手段であると同時に、己の身を隠す防御手段でもある。周囲に飛び散る赤色の粉末。主成分がニナの血液である以上、目視はもちろん嗅覚による探知も大幅に阻害される。


 大熊達が自分達を見つけ出した手段は不明だ。しかし、目視と嗅覚が当てにならない以上、他に利用出来るのは聴覚と魔力探知のみ。


 ニナはじりじりと足を後ろへ進め、大熊から距離を取ろうとする。ここまでで彼女が使用したのは、自身の魔力を使用しない魔道具のみだ。当然魔力探知を行っても、見つかるのは煙幕の破片と先ほど投げ捨てた銃型の魔道具だけ。剣の方は魔力を流し込んでいないため、今はただの水銀製の剣だ。


 これなら確実に距離が取れる。そこから体勢を立て直して、再度契約魔法の距離で戦う事に専念する。今の大熊はニナの血液によって、タイムリミットが指定された身だ。防御に専念さえすれば、先に倒れるのは大熊の方。


 唯一懸念があるのは、何もしなかった麗子についてだが、どうせ大熊だけで手一杯なのだ。麗子の魔法には溜めや何らかの準備が必要があるのだと仮定し、最初から戦力として除外する。


 (これで距離が取れ_)


 ゆっくりとした移動でも、積み重ねれば結構な距離となる。ニナは十分な距離が取れたと判断し、走って下がる事を視野に入れ始めた時だった。


「へっ?」


 ミシッと、アスファルトの地面を踏みしめた物にしては鈍すぎる音が足元から響いた。いや、足元だけでは無い。煙幕のせいで視界は最悪だが、見える範囲の地面にヒビが、まるで地割れでも起きたかのような大きなヒビが見える範囲全てに発生してしまっている。


 さらに続けてドンと強い振動が響き、ニナの足元から地面の感覚が無くなった。


 頑丈なアスファルトの地面がぽっかりと裂け、まるで最初から空洞であったかのように大きな穴を作り出したのだ。


「わっ! わあぁぁぁぁ!?」


 翔やマルティナと違い、ニナには飛行手段が無い。姫野と違い、ニナには疑似的な足場を作る手段が無い。


 つまり足場が無くなってしまえば、彼女は重力に導かれるまま落下するしか無いのだ。


「悪ぃなニナちゃん。こんな幕引きでよ」


 声の方向に顔を上げれば、申し訳なさそうだ顔で頭を掻く大熊の姿があった。いつの間にかあれほど濃かった血粉の煙幕は消え去り、彼の姿がハッキリと見える。


 大熊の右手には拳大の石ころ。彼はおもむろに投球フォームを作り、そのままニナへと向かって石ころを投擲した。


「......こんな状況でも、その程度なら!」


 このまま何もしなくても、ニナは地面へと叩きつけられて重傷を負うだろう。当たり所が悪ければ、そのままリタイアもあり得るかもしれない。だが、それではあまりにも収穫が無い。ただただ大熊に蹂躙されただけで一戦目が終わってしまう。


 そのためニナは成果を欲していた。スズメの涙ほどでも良い。大熊に対抗出来たのだという実績を欲していた。


 投擲された石ころを弾くことが、成果となるかは分からない。けれど、ゴリゴリな内向きの変化魔法使いが投擲した石ころだ。それなり以上の早さと威力を秘めているはず。


 ニナは鳥喰銀蛇(バンクボア)へと魔力を宿し、強度としなやかさを持った魔道具へと変貌させる。


 石ころの進路は自身の頭部。思ったほどのスピードは無いが、これ以上の油断はあり得ない。


「これで......!」


 結果だけを言えば、ニナは石ころの迎撃に成功した。彼女の振るう剣は石ころの中心を捉え、見事に威力を伝える事に成功した。


 だが、ニナに認識出来たのはそこまでだった。


 最後に彼女が聞いたのは、ブチンという何かが思い切り千切れる音。続けてゴスッという、何か堅い物が突き刺さる音。それらの音を最後に、彼女の意識は暗闇へ沈んでいった。

次回更新は1/16の予定です。

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