天変の天災
「アマハラッ!」
マルティナの向かう結界の先は、さながら焼き上げが終わったオーブンの中身のような様相を呈していた。
溶け焼けたアスファルトは赤と黒のコントラストを醸し出しており、擬井制圧 曼殊沙華の枠組み部分は、エネルギーの強大さを物語るかのように一部が丸くくりぬかれて消滅している。
(アマハラの創造魔法は、木刀をベースとして様々な効果を付与する魔法......。よくよく考えてみれば、高温の熱エネルギーなんて天敵そのものじゃない! ......ぬかった。完全に出し抜かれた!)
ラウラの動きに警戒しつつ、マルティナは己の選択を後悔する。武器としてはもちろんのことだが、翼や結界にすら用いられていたことで彼女は失念していた。翔の創造魔法のベースが、あくまで木刀を基にしたものであることを。
創造魔法は術者の想像力を利用して、魔法をゼロから生み出す魔法だ。存在を一から構築する以上、消費される魔力は甚大。けれど一度生み出してしまえば、その存在は世界に確立される強力な魔法。
創造魔法で生み出した存在が、類似した存在とは全くの別物であることは不思議ではない。だが、翔は初めて魔法を使用した時から、一番身近な存在だった木刀をベースに魔法を生み出していた。
一般人であった彼が、初めて創造した木刀。それが現実の木刀に沿って創られたことは、なんら不思議ではない。そして、魔法に疎い彼が、自らの弱点を自覚出来るはずがない。
その隙をラウラに突かれた。広範囲攻撃を得意とする彼女にとって、翔の存在は目の上のたんこぶだ。きっと数々の想定を行っていたのだろう。そして気が付いたのだ。彼の魔法の特性と、自身の魔法に決定的なカウンターが存在していることに。
(そう考えれば、初手で晴模様を選ぶのは当然。真っ先にアマハラを潰しにかかるのも当然。アマハラさえ倒れてしまえば、ラウラさんを止められる相手はいなくなるのだから)
相手が人である以上、自分達が対策を考える間に相手も対策を考えるのが普通である。自分達は攻め込んだ時の相性ばかりを優先して考えていた。攻められた時の相性など、微塵も気にしていなかった。
これは司令塔であったマルティナの責任だ。彼女が気が付くべき要素だった。
(「君達には経験が足りていない」)
今更ながら、ダンタリアの言っていたことが腑に落ちる。これまで自分達が生き残ってきたのは、単に運が良かっただけなのだと。自分達の魔法が知られてなかっただけなのだと。
その証拠に、相手にこちらの魔法が知られていただけでこの様だ。力不足を実感すると同時に、この訓練を通して力を付けなければいいけないと自覚する。
(あのクソ魔王は負けてこいって言っていたけど、まだよ。まだ終わってない!)
ラウラによってくりぬかれた穴を通り道に利用し、マルティナは翔の下に辿り着いた。
彼は酷い姿だ。
全身は真っ赤に腫れあがっており、咄嗟に防御へ利用したのだろう両手足は、火傷を通り越して炭化している。だが、死亡判定を出されたのであれば、身体そのものがこの場から消滅するはず。
そうならないのであれば、彼の命はまだ繋がっているということだ。
マルティナには指定した対象の時間を巻き戻す再奮起という魔法がある。これさえあれば、翔を万全の状態に巻き戻すことが出来る。彼女は迷わず魔法を使おうとした。
ポツリ。翔の身体に当てていた手へと、一粒の雫が付着した。
(何? 雨、粒......!?)
マルティナは無意識のままに槍を抜いた。
「あら、こっちには反応出来るのね」
瞬間、槍とビニール傘姿の悪魔リグがぶつかり合う。先ほどまでの太陽を思わせる髪と瞳の色はどこへやら。いつの間にかラウラの髪と瞳は、海を思わせるような深い青色へと変化していた。
(私がアマハラに注意を向けた瞬間を狙ってた! でも、雨模様なら!)
彼女の雨模様は、雨粒が触れた相手に転移の承諾か魔力を消費して拒否するかの二択を強要する契約魔法だ。さらにこの魔法の恐ろしいところは、ラウラ本人にも無限の転移能力を付与すること。
しかし、今の彼女は相手を圧倒することにこだわっている。転移による回避は考えなくても良さそうだ。
加えて雨粒に触れた相手へ転移魔法を付与する効果は、マルティナの始祖魔法と相性が悪い。彼女が自身の頭上で斬撃を模倣してしまえば、いくらでも雨粒は防げるからだ。ここでラウラを退けられれば、翔の回復も間に合う。
頭上に斬撃の傘を展開。マルティナの意識は一気に先頭へと傾いた。
「だけど、判断の方は相変わらず落第。良かったわね。今回の死が終わりに繋がらなくて」
だが、そんな彼女の斬撃を通り抜けた物があった。いや、斬撃の風圧によって、軌道が変わった物があった。
ソレはふわりふわりと宙を漂い、最終的にマルティナの鼻頭へと着地する。ソレが行ったことは些細なこと。マルティナの鼻頭を少しだけ濡らしたことと彼女から少しだけ体温を奪い取ったこと。
そう。彼女に付着した物体は、一欠片の雪の結晶であった。
(ゆ、き......! しまった、ラウラさんの雪模様は!)
「偽りの死に至るまでの数瞬で噛みしめることね。世界は理不尽で、万象には常に上がいて、魔法の可能性は無限であることを」
苦し紛れに投擲した槍は、ラウラの身体へぶつかると模倣した槍の衝撃と共に全てはじき返された。
いくらラウラが最強の魔法使いと言っても、生身でそんなことが可能なのか。
答えは今の彼女なら可能である。
銀世界を思わせる真っ白な髪と瞳。凍てつく魔力は万物を凍らせる。現在彼女が使用している雪模様は変化魔法。始祖魔法の天敵たる、一騎当千の戦士を作り上げる魔法なのだから。
お返しとばかりに投擲されたリグが、周りに氷を帯びることで極悪のツララに変化する。
武器を打ち付け合えるこの距離では、避けることなど不可能だった。
「ゴフッ......」
胴体に深々と突き刺さったツララは、不可逆の変化を孕んだ呪いにてマルティナの身体を蹂躙する。そして、ラウラは用心深い。
マルティナのの魔力防護を貫いて、真っ先に凍らせたのは彼女の舌。マルティナの再奮起はここまでの絶望的な状況すら巻き戻すことが可能だ。けれど、その発動トリガーは言葉。舌が凍ってしまっては、魂に刻んだ魔法のトリガーを口に出すことすら出来ない。
完封負けだった。翔とマルティナは、大戦勝者の実力を嫌というほど味あわされた。
(予想以上の速さだった。知識不足のミスだった。だから、もう間違えない! ラウラさんの言っていた通り、今回の死は次に繋がるのだから!)
ダンタリアの気遣いだろうか。胴体へツララが突き刺さっているのに、感じる痛みは針が突き刺さった程度。けれども痛みであることには違いない。敗北の味であることに違いない。
マルティナは痛みに誓う。この敗北を次に生かすということを。最後に挑戦的な瞳でラウラをにらみつけ、彼女の身体は消滅した。
負けず嫌いなマルティナらしい、往生際の悪い最後だった。
次回更新は1/8の予定です。




