訓練開始と快晴の空
「よく来たね、護衛者の諸君。今日はとっておきのエスコートを期待しているよ」
「何がエスコートだよ。その気になれば、地雷原だろうと鼻歌交じりで通り抜けられるだろ、お前は」
「まったく、そういうのは無粋と言うものさ。実際がどうであろうと、この訓練に参加するのは一般的な魔法使いの少女、ダンタリアちゃんだ。君達の助力無しでは、強大な悪魔達の手によって容易く葬られてしまうだろう」
「アマハラ、話すだけ無駄よ。要救護者が無能なんてよくある話。さっさと本番最後のブリーフィングに入るべきよ」
集合から一夜明けた休日。
蔵書がうず高く積みあがった大図書館。もはや見慣れてしまったダンタリアの結界内で、翔達四人は訓練前の打ち合わせを行っていた。
昨日までの打ち合わせと異なり、この場には護衛対象であるダンタリアの姿もある。いつもなら頼んでも無いのに知識をべらべらと語り始める彼女だが、今回はいろんな意味で役に入り込んでいるのだろう。
生産的な言葉は皆無。その上、挑発的な言葉を連続する始末。これが訓練であり、実際のダンタリアを知っている翔だから良いものの。実戦でこのような護衛対象を任されたら、ついつい口を滑らせて罵倒してしまう可能性がある。
マルティナに至っては、すでに口を滑らせ切った後だ。
「作戦は昨日の決定通りでいいんだよね?」
「えぇ。天原君とラッツォーニさんのペアがラウラさんの担当、私とデュモンさんが大熊さんの担当よ」
軽口と牽制を続ける翔達を置き去りにして、真面目組に分類される二人はさっさと打ち合わせを開始している。こちらの切り替えの早さを信頼しているのだろうが、それにしたってダンタリアへの反応が淡白だ。
ニナがそうなるのは仕方ない。そもそも彼女とダンタリアはラウラを共通の知り合いに持つとはいえ、初対面に近いのだから。
けれども、姫野とダンタリア間の反応が淡白であるのは翔には意外だった。未知を好む彼女のことだ。姫野の体質は興味を引く内容としては十分だと思っていたのだが。
「俺達がラウラさんを抑えている間に、ニナの力で大熊さん達にタイムリミットを撃ち込むのが理想だ。けど、これはあくまで理想。時間稼ぎが出来るんならどんな形でもいい。まさか、避難指示に従わないバケモノみたいな役を演じたりはしねぇだろ?」
「もちろんだよ。君達の指示は全面的に実行するつもりだ。詳細としては、指示が曖昧だった場合はこちらの解釈で行動に移る。意見が割れた場合は、より有効的な作戦を実行するつもりだ」
「まぁ、それが無難でしょうね。大熊さんから聞かせて貰ったけど、こちらだけ通信魔道具の携帯が認められているんでしょ?」
「あぁ。憑依系の魔法を用いるせいで、元々の道具は物理的に持ち込めなくなる。訓練開始と同時に通信魔道具と血族の魔道具だけは用意してあげるから安心するといい」
「それなら向こうの状況が分からずに判断が遅れるってことは無さそうね」
「お手数おかけします」
この中でニナだけは魔道具を多用する。彼女の魔道具使用に制限がかかれば、戦力の激減は免れないだろう。そういった部分に配慮が行き届いているのは大熊のおかげか。もしくは家族思いであるラウラの申請があったのかもしれない。
「憂いも消えたことだし、打ち合わせを再開しましょうか」
そうして四人で語り合ったのは、多くが昨日の時点で決定付けられた内容だ。翔なんかは昨日の時点で同じことを繰り返すのに意味はあるのかと問いかけ、バカにも分かるように繰り返すのだとマルティナに言い負けていた。
正論勝負でマルティナには敵わない。そのため翔も分かり切った内容を復唱する。そうして全ての打ち合わせが終わったタイミングで、なんとダンタリアが割り込んできた。
「さて、本当は無垢な幼女を演じ続けていたかったんだが、年長者である私が一声かけないのはよろしくない。訓練の言い出しっぺでもあることだしね」
「なんだよ、結局やる気を出したのか?」
「発案者なんだから、最初からやる気には満ち溢れているよ。今から行うのはどちらかというとアドバイスの部類だ」
「アドバイス?」
「その通り。君達は持てる限りの情報を持ち寄り、あらん限りの知恵を絞って今回の作戦を思いついたのだろう。実際、目の付け所は悪くない。ラウラに少年と悪魔祓いを当てた所なんて、模範解答過ぎて拍手を与えたくなった」
「何が言いたいのよ?」
マルティナが目を細めてダンタリアを睨みつける。対するダンタリアは気にした様子もなく、微笑むのみだ。
「作戦自体は素晴らしい。けれど、君達には不足しているものがある。というより、不足していたからこそ、この訓練が実現したんだ」
「それは、何でしょうか?」
姫野が若干棒読みで問いかけた。いつからかは知らないが、姫野はダンタリアの話題を出すと言葉に棒読みが混じるようになった。人間味の薄いダンタリアとの会話は、姫野の人間性も幼少期に戻してしまうのだろうか。
「実力、だよ。きっとこの一回目の訓練では、例え完璧な作戦を実行しても君達は完膚なきまでの敗北を喫するだろう。断じて惜敗ではない。完敗だ。これから進む君達の道は、着実な敗北へと繋がっている」
「そ、それは! ボク達の作戦に不備があったってことですか!?」
慌てたようにニナが問いかけるが、ダンタリアは優しく首を振るのみだ。
「そうじゃない。言っただろう、目の付け所は悪くないって。繰り返すようだが、君達の敗因は実力だ。身につけた力の不足によって、真正面から叩き潰されてしまう。ただそれだけだ」
「やっとまともな助言をする気になったかと思ったら、当たり前の事を言いやがって。実力差があるのなんて、分かり切ってることだっつーの。それでも力を付けるために、この訓練に参加するんだろ」
翔が周囲を見渡す。
静かに頷く姫野と全身で同意を示すニナ。当然悪魔に対する反発心が強いマルティナも頷くものだと思っていたが、なぜか彼女は思案するように下を向いている。
「マルティナ?」
よく考えれば、普段の彼女ならダンタリアの言葉に真っ先に噛み付いていただろう。なのにマルティナは思考に時間を割いた。この時点で不自然だった。
そうして三人が困惑している中、ハッとするようにマルティナの顔が上げられる。そうして再度ダンタリアの顔を睨みつけるが、やはり彼女は楽し気に笑うばかりだ。
「頭の回転が早いニンゲンは嫌いじゃないよ」
「私は大嫌いよ。話を捏ね繰り回す悪魔なんかは特にね!」
「ふふっ、嫌われてしまったからには仕方ない。不快な私の顔を見る時間が少しでも減るよう、さっさと訓練に移ろうじゃないか」
「ばっ!? 継承!」
「......ここまでされても槍を持ち出さないんて、君は随分と立派になったね。少年が先んじるだろうと踏んでいたけど、案外悪魔祓いの方が早いかもしれないね」
パチンとダンタリアが指を鳴らした。
「ウッ......」
突然、翔の頭にもやがかかったかのように、意識が遠のいていく。周囲を見渡してみれば、少女達三人の方は完全に倒れ伏している。
「訓練開始だよ、少年。先達の胸を借りて、存分に負けてくるといい」
その言葉を最後に、翔も意識を失った。
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「_! _!」
「う、ん......」
すぐ近くで、聞き覚えのある声が繰り返し聞こえてくる。
「_! _なったら!」
今までは何かの言葉をリズミカルに連続させていたものだったが、段々と覚醒していく意識の中、翔は語尾に不穏なものが入り混じったような感覚を覚える。
「っ! うぐっ!?」
そうして襲い来たのは、腹部に怖気を走らせるような鈍い鈍痛。翔の思考は一気に覚醒を果たした。
「やっと起きたわね! ただでさえイレギュラーが発生してるってのに!」
「マ、マルティナ......? イレギュラーって何のことだ?」
意識は覚醒すれども、マルティナの言葉には心当たりがない。そんな翔の態度が気に食わなかったのだろう。マルティナは強引に翔の顔を掴むと、右に一度、左に一度、最後には真上に振る。
「見なさい! ここがどこだか心当たりはある!? ないでしょ!? ここはあの盤上の中よ! もう訓練は始まってるの!」
「訓練が......始まってる!?」
マルティナに言われてようやく気が付く。自分達が見覚えの無い道路に立っていることの意味を。そして、自分達の役割には拙速が何よりも求められているということを。
「もう! ただでさえイレギュラーが発生してるってのに、このポンコツは......!」
「わ、悪かったマルティナ! 訓練が始まったことも、俺達がラウラさんの足止めに向かわなきゃいけない事も十分理解した! だからさっきから言ってるイレギュラーって奴を教えてくれ!」
魔法が合わなかったのか、ダンタリアが細工を施したのかは定かではない。しかし、翔自身が呆けていたのはまぎれもない事実だ。
そのため翔はさっさと謝罪をし、ラウラの捜索とイレギュラーの詳細を聞き出そうとした。しかし、マルティナから返ってきたのはまたもや怒鳴り声だった。
「だからイレギュラーは見せたでしょ! まさか、まだ頭に欠陥が残ってるの!?」
「はっ、はぁ!? 見せたって、何をだよ!?」
先ほど翔は、マルティナの手によって周囲の状況を強引に把握させられた。しかし、あの場で見えたものは、周囲に立ち並ぶ雑居ビルと自分達が立ち尽くす大通り。最後になぜか上を向かされたことで見えた快晴の青空だけだ。
とてもイレギュラーと呼べる内容があるように思えない。だから翔は聞き返したのだが、マルティナには気に食わなかったらしい。
「こんのっ、大バカ! だ、か、ら! |空を見たでしょ! 空を! 今の空がどんな天気か、言ってみなさい!」
「空......あぁっ!?」
自分達の相手にする大戦勝者ラウラ・ベルクヴァインは、天候によって使用出来る魔法が変化する。その能力を知った上で翔達は予想した。ラウラの初動は曇模様、次点で雨模様か雪模様であると。
だというのに天候は快晴そのもの。自分達の予想した天候とはあまりにもかけ離れている。マルティナはこの天候をイレギュラーだと叫んでいたのだ。
「私達は完全に予測をすかされたの! 晴模様の能力は分かっているでしょ! このままじゃ、一方的に_」
マルティナの言葉は最後まで続かなかった。彼らに向けて、熱線の照射が降り注いだから。
次回更新は12/31の予定です。




