表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
252/416

相反する二つの力

「人を見下し、人より優れていると(おご)る悪魔達にとって、あの時代の展開は許容出来なかったでしょうね」


 人心は荒廃していく都市が如く乱れ、快晴であろうと草木達が血肉という養分を絶え間なく摂取出来ていた時代。


 マイナスの魔力を用いる悪魔達にとっては、これほどまでに活動しやすい環境は無かっただろう。


 だから許せなかった。そんな環境で人類に押されていることが。だから焦っていた。そんな環境で大した活躍もなく魔界に叩き返されれば、粛清の二文字が振りかざされていただろうから。


「だから当時の悪魔達は賭けに出た。せめて忌み嫌う神の御殿だけでも、見るも無残な光景へと変じさせようと」


「御殿......そうか、世界最大宗教である十字教の本部!」


「そう。バチカン市国への強襲が始まった」


 賭けとはハイリスクハイリターンな行いだ。当たり前だが、その行いにゴーサインを出すためには何らかの勝算が必要になる。


「強襲を指揮していたのは()()()()()()()。表の一度目の大戦を折に、トップテン入りしたと言われている魔王よ」


「確か......金属や最新技術に重きを置いた同盟の長だよね?」


「えぇ。奴の同盟である旅団は、使い魔が当たり前のように銃を携帯している。眷属が作戦や部隊指揮を理解している。技術と魔法の力で新たな魔道具が生み出されている。人の進歩に寄生する、忌々しい同盟よ」


 最も古き思想を掲げる国家間同盟を騎士団とするのなら、最も新しき思想を掲げる国家間同盟は旅団だ。


 彼らは人を見下しつつも、人の技術には一定の評価をする。


 その理由は同盟に所属している多くの者達が、人類の発展と進歩への恐怖から生まれた者達だからだ。


 自分達の出自がそれなのだから、人の道具を使うことに忌避感は無い。それどころか、魔導技術を融合させた発明品を生み出すこともしばしばだ。


「その、旅団には余裕があったのかい?」


「余裕?」


「だって悪魔は全体的に押されていたんでしょ? それなら旅団だって余裕は無かったんじゃないのかい?」


「あぁ、そういうことね。先に結論から話すと、余裕は無かったでしょうね。いくら彼らの司る金属や技術が大いに恐れられる戦争時代と言っても、たった数体じゃ出来ることなんて限られてる」


「それじゃあ、どうして賭けに出れたんだい?」


「簡単よ。奴らは戦争の申し子、おまけに団結力だけなら騎士団以上。そして分析力にも優れている。そんな奴らが、悪魔殺し達の動きを分析したらどうなるかしら?」


「悪魔殺し......? あっ!?」


 当時、悪魔殺し達は団結して悪魔の討伐を行っていた。どんな悪魔にも複数で、絶対に戦力の分散は行わない。


 この戦法によって、悪魔の魔の手から救えなかった地域も多く出た。だが、その代わりに悪魔殺し達の消耗は最小限に抑えられていたのだ。


 この動きを敵側の視点から見てみればどうだろうか。


 相手はどんな悪魔相手にも過剰戦力で挑みかかってくる。ならば、一体の悪魔を全く別の場所で暴れさせることで、狙いの場所から戦力を遠ざけられるのではないかと。


「もちろん囮にされる悪魔だって国家の代表、もしくは後ろ盾の小さな国外代表(アウターナンバー)よ。普通なら国の評判や自分の評価が下がるだけの囮を引き受けるメリットは皆無でしょうね」


「でも、旅団なら」


「そう。あの同盟だけは可能だった。どこよりも団結しているあの同盟なら選択出来た。一匹の悪魔を悪魔殺し達に差し出すことで、奴らはバチカンに襲い掛かった」


 己を何よりも優先する悪魔が、捨て駒になることを了承する。それはどれほどの悪夢だろうか。いや、悪夢などでは生ぬるい。なんせその作戦は、夢ではなく実現してしまったのだから。


悪魔祓い(エクソシスト)が悪魔殺しに劣っているのは事実。でも、一代限りの力と違い、教会は連綿と受け継いだ対悪魔の知識があった。その力によって、最初はどうにか悪魔達相手に善戦していたわ」


「悪魔殺し無しで!? すごい......」


「当時は私のような奇跡持ちも複数いたらしいわ。戦争という暴力が全てを支配する時代。おそらく授けられた奇跡も、戦闘能力に寄与するものだったんでしょう」


「おそらくってことは、マルティナでも調べられないの?」


「私なんて、教会じゃペーペーもいいところよ。そもそも裏組織に属している人間に、そんな機密情報を教えるわけないじゃない」


「そんなもんなんだ。信者全員が()()って聞いてから、ちょっと残念」


()()()()()()()()()()()。まったく、話を戻すわよ。そんなこんなで防衛を続けていたバチカンだったけど、悪魔と人間、魔力量には絶対差がある。次第に魔力切れが起こり始めた」


「魔力切れ......」


 人一倍魔力が少ない自覚があるニナが、その言葉で少しだけ目を伏せる。心優しい彼女のことだ。きっと、その場に自分がいたらと想像しているに違いない。


「頼みの綱の悪魔殺し達は、遠方の悪魔を討伐しに行ったばかり。例えラウラさんの雨模様(スタグウェアー)で移動するにしても、距離がありすぎる。そして、ついに恐れていた事態が起こってしまった」


「恐れていたこと」


「魔力切れの人員が出たってことは、その分、防衛に割ける人員が減ったってことよ」


「あっ、防衛の突破......」


「そう。それが起こってしまった」


 相手は召喚魔法使いが操る使い魔の烏合の大群などではなく、複数の悪魔達による精鋭の大群だ。どこを防衛するのにもとんでもない負担がかかり、人が減ったことで、その負担は弾けてしまった。


「防衛線を突破したのは鉄の悪魔。ナンバーナインの信頼厚い、優秀な悪魔だった。奴は突破と共に全力で魔法を発動、瞬く間に周囲の建造物が廃墟になっていった」


「そんな、じゃあボク達が今目にしているバチカンは、一度崩壊して......」


「いいえ、それは違うわ。ニナ」


「えっ、で、でも、戦える人間は全員出張っていて、中にいた人達なんて、非戦闘員だけだったんじゃ」


「これも言ったでしょ。この物語は大馬鹿一族の物語だって。中には戦闘員もいたのよ」


「へっ?」


「魔力切れで前線から下げられた戦闘員が」


「い、いや、それはそうかもしれないけど!」


 魔力の無い人間が、悪魔に抗うことは難しい。それは魔力切れの魔法使いも変わらない。本来ならその人間が立ち上がったところで、無数の建造物と同じ運命をたどっていただけだっただろう。


「ふふっ、その大馬鹿野郎は悪魔の目の前に躍り出た。そして、魔力切れの身体で奇跡を打ち放とうとした。もちろん発動はしない。魔力切れに気付いた悪魔は、その人間を(なぶ)り始めた」


「ひどい......」


「きっとそいつも、最初から承知で前に出たんでしょうね。自分が嬲られている間、悪魔の足は止まるだろうから」


 その人間にとって、自分の犠牲は大したことでは無かった。大局を見つめた先で、バチカンが廃墟に変わることの方が危険だと判断したのだ。


 だから彼は命を捨てるために前に出た。嬲られ拷問されようとも構わなかった。一分一秒でも、神の象徴足るこの場を守れればそれで良かった。


「自分の命を犠牲にした囮。それは鉄の悪魔と同時に、とある悪魔の感性をも刺激した。そうして、不幸が起こったの」


「不幸!? 奇跡じゃなくて!?」


 ニナが目を見開いて聞き返す。確かにこの話の流れなら、起こるのは奇跡だと相場が決まっている。実際、この場で起こった出来事は、多くの人間にとっては幸運な出来事だった。


 だけど、話し手であるマルティナにとっては、これは間違いなく不幸な出来事だっただけだ。


「......不幸よ。だってその言葉は、とある契約を迫る誘惑の言葉だったのだから」


「まさか!」


「そうしてとある大きな戦力を得た教会は、何とか悪魔殺し達の到着までバチカンを守り切った。その結果として、とある戦力と大馬鹿一族は迫害されることになったってこと。めでたしめでたし」


「なんにもめでたくないよ!」


「めでたいわよ。バチカンは守られて、教会は神の威光を守り切った。万々歳じゃない」


「っ! マルティナは、マルティナはそれでいいの!? 家族がいじめられたままでいいの!?」


 いつの間にかニナの目には、剣呑な物が宿っている。身内を何よりも愛するラウラが養育者だったのだ。こうなるのは仕方ない。


 だけど、ニナが抱いた一族への扱いの不満は、とっくの昔にマルティナが通ってきた道だ。いまさら蒸し返されたところで、答えは変わらない。


(きっと、名前も教えてもらえなかったご先祖様は、私と同じように不器用な人だったんでしょうね。私が教会に所属出来ているように、抜け穴なんてたくさんあったはずなのに)


 彼は自分の正義を貫き通したのだ。その上で、その正義に則り自身を排除しただけなのだ。


 せめて、一族のことまで頭を回してくれていればと思ったことは何度もある。だけど、変えられない物語を嘆くのは、マルティナの好みではない。


 彼女のモットーは、自身の力で切り拓くなのだから。


「長話になっちゃったわね。ほら、明日は訓練よ。寝不足でポテンシャルが落ちたなんて言ったら、許さないからね」


「うっ...... でも、でもマルティナ~......」


 それでも抗議の視線を向けてくるニナを無視して、さっさと睡眠の準備を始める。どうせ彼女はユニットバスの使い方も知らないだろうから、水浸しにされる前に先行するつもりだ。


(あら?)


 さっさと浴室に姿を消し、着替えを用意した所ではたと気付く。鏡に映る自分の顔が、少しだけ笑顔になっていることに。


「......嬉しかったの? 単純ね」


 同年代との付き合いも、当たり前のような身の上話も、どれもこれもが悪魔祓いとなるために切り捨ててきたものだった。


 けれど、捨てたくて捨て去ったものでは無い。心の中では、自分の不幸に同調してくれる存在を求めていたのだろう。


「訓練が長引くようなら、もう少し歩み寄ってみるのもいいかしらね」


 ニナのことも、翔のことも、今日が初対面であった姫野のこともマルティナはほとんど知らない。そんな無知を改める機会に、この場を使うのも悪くないと思った。

次回更新は12/27の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ