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臨機応戦の人員配置

 せめて室内で行えと麗子に叱責された翔達。いくら明日の訓練では敵同士とはいえ、子供を見守る保護者の意見としては疑いようもなく正論だ。


 そのため一通りの情報共有を終えた翔達は事務所の一階を借り受け、人員配置についての話し合いを始めた。やろうと思えば大熊達による盗み聞きは容易であるが、そのような可能性は最初から除外している。


 なんせ彼は仁義に厚く、約束を大切にし、何よりも優しい人間であるのだから。


「状況をまとめるわよ。まず、私達の配置についてはこの形で行こうと思うわ」


 テーブルの中央に置かれた簡素な紙。そこにはいくつかの名前が書いてある。まずは二手に別れた形で翔とマルティナ、姫野とニナの2グループ。そして、翔側の手前にはラウラが、姫野達の前には大熊の名前。


「何よりも警戒しないといけないのは、ラウラさんによる曇模様(ショピルグウォルケ)。これを通してしまったら、私達が絶対に敗北するわ」


「今回の訓練内容はあくまでも護衛。継承様を守り切れなかったら、例え大熊さん達を倒すことが出来ても私達の負けだものね」


 ラウラの曇模様(ショピルグウォルケ)は自身と瓜二つの分身をいくらでも作り出すことが出来る召喚魔法だ。その分身達による広範囲索敵が始まってしまえば、ダンタリアの潜伏場所などすぐに割れてしまう。


 本体が知識の魔王という大層な肩書の存在だとしても、この訓練の彼女は人間の魔法使いレベルにまで弱体化している。それでもトップクラスの魔法使いであることには変わらないが、耐久力だけはどうしようもない。


 金属製の建造物を素手で破壊する化け物に肉薄されては、一瞬で粉々になってしまうはずだ。


「索敵......森の悪魔を思い出すな」


 脳裏に(よぎ)るのは、つい先日起こったトルクメニスタンの戦い。あの時も使い魔達によって指揮系統は滅茶苦茶にされ、防衛計画そのものが破綻する騒ぎが起こった。


 一体一体の力こそ弱いが、召喚魔法は数の暴力で攻めてくる。一度展開されれば、情報アドバンテージを常に握られることとなるのだ。


「ふん、あの悪魔は魔界へ叩き帰したわ。それに、一人一人がラウラさんと同じ思考力を有しているのよ。どう考えてもこっちの方が数倍厄介じゃない」


 森羅の使い魔達は悪魔からの命令を忠実に実行する能力まではあったが、自力で人間レベルの戦術を思いつく頭脳は無かった。


 その点を考えれば、マルティナの言う通り厄介なのはラウラの方だ。一人が足止め役となり、一人が本体へ情報を共有する。一人を囮にし、残る全てでダンタリアに襲い掛かる。


 数とは力だ。そこに人間の戦術理解が加われば、脅威度は格段に跳ね上がる。


「だから俺がラウラさんを抑えなきゃいけない......」


「そうだね。翔の擬井制圧(ぎせいせいあつ) 曼殊沙華(まんじゅしゃげ)なら、分裂する前のお師匠様を隔離することが出来る。お師匠様の莫大な魔力を以てしても、曇模様(ショピルグウォルケ)のままだと結界は破壊出来ないはず」


「そうなると破壊力に特化した雪模様(ディングフリクト)、もしくは結界そのものをどこかに転移させられる雨模様(スタグウェアー)に変えてくるでしょうけど」


「好都合よ。雨模様(スタグウェアー)なら私の魔力感知で、雪模様(ディングフリクト)なら純粋に二人で抑えればいい。全く隙の見えないようなラウラさんの魔法だけど、明確な弱点も存在している」


「一度に一つの魔法しか使用出来ない事。そして、天候を見れば使っている魔法が分かってしまう事だね」


「ご名答」


 天候によって使える魔法が変わる。これは天候を自在に変化させられる能力と組み合わせると、一見して四つの強力な魔法を無制限に使いこなしているようにも見える。


 しかし相手にラウラがいること、そして、そのラウラが使う魔法を知ってさえいれば話は変わってくる。


 なんせ、空を見れば現在使える魔法が分かるのだ。翔達はただ、天候ごとに立てた作戦を粛々と遂行するだけでいい。


「けど、ラウラさんは色々な意味で規格外だ。イレギュラーな事態は想定しといたほうがいい」


「もちろんよ。相手は人魔大戦を戦い抜いた、いわば戦闘の天才なんだもの。アマハラ、言い出しっぺのあんたがやらかしたりしないでよね」


「うるせぇ! 分かってるっての!」


「あはは......翔もマルティナもほどほどにね」


「本当ならイレギュラーが起こった時点で、人員配置を移せればいいのだけれど」


「あいにくそんな余裕は無いわ。そもそも、難易度で言うならそっちの方が間違いなく上なのよ」


「変化魔法に長けていることしか情報が無いんだもんな」


 ラウラに関しては肉親同然であるニナから魔法の多くを知る事が出来た。けれども大熊に関しては、幼少期の姫野の記憶しか当てに出来る物が無い。


 そもそも大戦勝者(テレファスレイヤー)に至った人間が、純粋に肉体を強化するだけなはずがないのだ。


「カンザキ、もう一度聞くわ。あの方は十メートル近く跳躍し、素手で結界を引き裂き、金属を拳だけで破壊したのようね」


「えぇ」


「偽の記憶を植えつけられている可能性は?」


「おい! 大熊さんがそんなことするわけ_」


「アマハラは黙ってなさい! その身に宿した魔法ってのは、おいそれと誰かに教えたりするもんじゃないのよ! 一部の能力を知られるだけでも、芋づる式に本質を看破されることもある。そもそも、記憶をいじるだけなら命にも別状は無いじゃない」


「ぐっ、そりゃあ、そうだけど」


 魔法使いの常識。理解するにはまだまだ程遠く、聞くたびに困惑に襲われる翔の苦手分野だ。


 対して胸を張って語るマルティナは、由緒正しき魔法使いの生まれ。口喧嘩を始めた所で、不毛なやり取りになるのは目に見えている。それでも大熊の良心を信じて、翔が反論を述べようとした時だった。


「それに関しては私から否定が出来るわ」


 なんと姫野の方から、明確な否が出されたのだ。


「何か根拠はあるの? まさか、保護者の良心を信じてるなんて言い出さないわよね?」


「えぇ。根拠はあるわ。私の出自よ」


「出自......?」


 その言葉に疑問符を浮かべるマルティナとニナ。しかし、翔にはピンと来るものがあった。


「そうか! 神崎さんに魔法をかけたら!」


「内部に残る物であればあるほど、私の存在を捻じ曲げる物であればあるほど、神様方は許さないでしょうね。きっと何百という天罰となって、術者に降り注ぐと思うわ」


 姫野は神に愛されている。その肉体を、その精神を、その魂を、その身に付けた技術を。ありとあらゆる要素が愛され、日夜神同士でも牽制合戦が繰り広げられているのだ。


 そんな最中、人間の術者如きが姫野にちょっかいを出したらどうなるか。答えは簡単だ。彼女の言う通り、無数の天罰という形になって術者に降り注ぐこととなる。


 そうなれば人間の術者程度、死体が残れば御の字と言える。そしてこの要素を考えれば、姫野の記憶を捻じ曲げるのは不可能であるはずなのだ。


「......アマハラの得意気な顔がムカつくけど、カンザキには記憶をいじられない確信があるのね?」


「えぇ。あの日見た大熊さんの動きは、まぎれもなく現実だった」


「そう。分かったわ......」


 そう言って何かを考え出すマルティナ。彼女が考え込む姿勢を取る時は、ほぼ確実に何か気になる要素を見つけた場合だ。


 翔は理解していたからこそ口を(つぐ)み、空気が読めるニナと元々余計な口出しが少ない姫野が続く。そうして数分間待機していたが、結果的にマルティナが答えに辿り着くことは無かった。


「......時間を取らせて悪かったわね。少し気になることがあったのだけど、流石にヒントが少なすぎるわ。せめて一度訓練を挟んでからじゃないと、届かないと思う」


「気にしないで。ラッツォーニさんが抱いた疑問に、私は十年近く気が付かなかったのよ。疑問を持てただけで私より優れてるわ」


「そ、そうだよ。ボクだって、何の疑問も抱かずにウンウン頷いていただけだったんだから」


「マルティナ。その疑問は共有出来ないのか?」


 姫野とニナがフォローに走る中、翔だけはマルティナの補助が出来ないかと問いかけた。しかし、彼女の首は横に振られる。


「具体的なことは、まだ何一つ思いついていない段階なの。だからもう少しだけ待ってちょうだい」


「そういうことなら、分かった」


「話を逸らしてしまったわね。これ以上情報が出ることは無さそうだし、変化魔法使いであることを前提に作戦を立てるわよ」


 そこからさらに作戦を詰めるこ数十分。いい加減夜も更けてきた事もあり、一時解散が麗子に言い渡された。


 残りについては明日の訓練前に打ち合わせをすることを約束し、メンバー達は別れるのだった。

次回更新は12/15の予定です。

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