掴み所の無い雲
「迷惑をおかけしました......」
「本当よ! 私達の合流に時間がかかったとはいえ、訓練開始はもう明日なのよ。こんなくだらない茶番で時間を潰していられるほど、私達に余裕は無いんだから」
「まぁまぁ、マルティナも落ち着いて。それじゃあ翔も復活したみたいだし、曇模様について解説していくね」
「えぇ。デュモンさん、お願い出来るかしら」
察しの悪い翔を立ち直らせること十数分。ようやく調子を取り戻した彼にマルティナが嫌味を向けながらも、大戦勝者ラウラの魔法に関する解説は再開した。
「お師匠様の曇模様、これは魔法大系で表現するなら召喚魔法だ」
「召喚魔法? 動物か、それとも人型の何かをラウラさんが召喚するのか?」
ニナの言葉に真っ先に反応したのは翔だ。
彼が今まで目にしてきた召喚魔法はいくつかあるが、そのいずれもが人型と動物型に限定されていた。もちろん人型だからといってどれもが賢いとは限らないし、動物型だからといって本能のままに突撃だけを行うわけでないことは知っている。
そんな彼ら彼女らが用いる召喚魔法には、術者の特徴が反映されていることが多い。天候に左右される魔法使いであるラウラの使い魔が、翔にはどうしても上手くイメージ出来なかったため、真っ先にニナへと疑問を投げかけたのだ。
「えぇっと...... くくりで良いのなら、人型、かな......?」
「何よ、煮え切らないわね。説明が難しいほど、特殊な能力を宿した眷属ってこと?」
「いや、能力自体はシンプルなんだ。けど、召喚魔法で現れる存在が、使い魔とも眷属とも表現しづらくて......」
マルティナが指摘したことだが、翔が疑問を投げかけた段階から、ニナはどうにも反応が煮え切らなくなっている。まるで召喚魔法で現れるであろう存在に気を使っているかのように。
「デュモンさん。何に気を使っているのかは分からないけど、召喚魔法で現れるのは仮初の命、術者の魔力で動くだけの人形みたいなものなのよ。いくらラウラさんが身内を大事にしているといっても、そこまで気を使う必要は無いんじゃないかしら?」
ニナの反応から、ラウラの性格を気遣って言葉を選んでいるのではと姫野は考えた。そのため、それを指摘してみたものの、ニナは迷いなく首を横に振った。
「ううん、お師匠様に気を使っているわけじゃないんだ。あらためて考えると、翔の質問にしっくり来る答えが見つからなくて。それで言葉を選んでしまってる。ごめん」
「いや、俺は気にしてねぇけど...... そんなに分類が難しい存在なのか?」
「......うん。なんたって、曇模様で召喚されるのは、お師匠様そのものだから......」
「はぁっ......?」
ポカンと口を開き、声を上げたのはマルティナのみ。しかし、この時のニナを除いた三人の反応は、いずれも彼女と同様の物だったと言える。ただ、あまりにも荒唐無稽な言葉のせいで、翔と姫野は頭が追い付かなかったのだ。
「......うん、そんな反応になっちゃうよね。ボクも初めて見た時は頭がどうにかなりそうだった」
「......ってことは、今の言葉は冗談なんかじゃないんだな?」
翔がニナへと再度確認を取る。それに対して彼女は首を一度だけ縦に振って、言葉を続けた。
「曇模様という召喚魔法は、お師匠様の身体を素材にして眷属を作り出す魔法だ。普通そんなことをすれば、素材になった人間の意思なんて生まれてくる使い魔や眷属の意思に塗り潰されてしまう。でも、あの魔法だけは特別なんだ」
ニナが三人を見回すように説明を行う。あるいは誰かから嘘を付いているだの何だのと、非難されるかもしれないと予期していたのだろうか。しかし、幸いにもこの中でニナの言葉に異論を投げかける者はいなかった。
いや、三人のいずれもが、今の説明を理解しようと必死に頭を回しているせいかもしれない。
「魔法を発動した後のお師匠様は、一見すると見た目は何も変化が無い。けれども、近付いて見るとよく分かる。その身体が半透明に透過していることに。翔はお師匠様の変化を、雪模様で見たことがあるよね?」
「あっ、あぁ......。確かにあの魔法の変化もぶっ飛んでた」
ニナの屋敷で行われたラウラと翔の模擬戦。そこで彼女は雪模様と呼ばれる変化魔法を用いて、一時的に自身の身体を氷そのものに変化させた。
氷とは水。例え砕かれようが、飛び散ろうが、触れあえば瞬く間に一つの結晶として混ざり合う。翔の魔法によって真っ二つにされた彼女は、人間とは思えない再生力を以て、そこからの再起を果たした。
「あの時、翔が見た再生能力を、さらに強化したのが曇模様だ。発動中のお師匠様は、どれだけ身体を砕かれようと切り飛ばされようと、致命傷にはなり得ない。それどころか、砕けた破片それぞれが、切り飛ばされた身体のそれぞれが、お師匠様として活動を再開する」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! つまり、自分の身体を使って、無限にコピーを作り出せる魔法だって言うの!?」
模倣には一家言あるマルティナだ。ニナが言った魔法を発動するのがどれほどの難易度なのか。一番理解しているのだろう。
だが、ここでニナは首を振り、マルティナの言葉を否定した。その程度の認識では甘いとでも言うように。
「たぶんマルティナの認識は間違ってる。この魔法で生まれるお師匠様は、どれだけ小さい破片から生まれようとも同じ思考能力を有している。変わるのは保有している魔力量くらい。どれも正真正銘、本物のお師匠様なんだ」
「嘘でしょ...... そんなの、どれだけ魂に負担がかかるか...... そもそも発動するだけでも......」
あまりの衝撃だったのだろう、マルティナが額に手を当て思わず天を仰ぐ。
「それぞれが別個に行動することも可能なのね?」
「うん。おまけにくっつくだけで元の一人に戻ることも可能なんだ」
「魔力を完全に消耗させることで、分裂体の討伐は可能かしら?」
「たぶん。でも、そうなったらなったですぐに気付かれると思う。リアルタイムの共有こそ出来ないけど、元に戻った際の記憶は全て統合されるから」
「それは、マズいわね」
姫野が何かに気が付いたのだろう、ニナから回答を貰ってから少しだけ目が伏せられた。
「神崎さん、悪いけど教えてもらっていいか?」
「天原君、私達の任務は護衛よね?」
「あっ、あぁ」
「そして、デュモンさん答えてくれた情報共有方法。これが護衛との相性が最悪なの」
「えっ、どうして」
「考えてみて。ラウラさんは自身の分身をほぼ無限に作り出すことが可能。それで護衛対象である継承様の居所を探されたら?」
「あっ! そんなことされたら!」
「街一つ分の広さなんて、数分もかからない内に探し出されてしまうわ。加えてラウラさんは、その気になれば長距離攻撃も可能よ」
「うん。曇模様で索敵を行って、晴模様で砲撃。数人の妨害なら雪模様で蹴散らせるし、ボク等全員でお師匠様を止めにかかったら、きっと雨模様で逃げに徹される」
「なっ...... そんなの、どうすりゃいいってんだよ......」
あらためてラウラ・ベルクヴァインという大戦勝者のスペックに、驚愕させられてしまう。
近距離遠距離戦法の使い分けも何のその。生存と索敵に特化した魔法も所持しており、ニナが言うにはまだ魔法を隠している。これが人類最強の魔法使いの力、まさに万能と言えた。
「それでも勝つしか無いのよ。ラウラさん以上の力を持った魔王による襲撃が、これから絶対に起こらないなんてありえないんだから」
憮然とした様子で、マルティナがそっぽを向きながら声を上げる。
同系統の魔法で、ここまで圧倒されるとは思ってなかったからだろう。それでも挑戦的な言葉が吐けるのは、ある意味彼女の美点ともいえる。
「何にしても曇模様への対抗策を用意出来ないと、どれだけ上手く戦っても意味が無いわ。この訓練はあくまでも護衛訓練。いくら憎たらしい奴が護衛対象だって言っても、守れなきゃ負けなのには変わりないんだから」
「デュモンさん、曇模様の欠点や弱点というのは何か無いのかしら?」
「えっと、一応あるにはあるんだけど、そこまでお師匠様を追い詰められるかどうかの問題が......」
「あるんだな? なら、やるしかない。元より相手が格上なのは分かっていたことなんだ。俺達全員が死に物狂いで食らいつく。そこまでやって、ようやく対等なんじゃないか?」
「翔...... 分かった。お師匠様を追い詰めるための作戦も、一応は用意しておこう。出来ないことを嘆くくらいなら、出来るかもしれないと想定しておく方が大事だからね」
そうして四人の話し合いは白熱する。
何度も何度も代案を出し合い、その都度前案を没にしていくような不毛な作業は、様子を見に来た麗子に止められるまで続いていくのだった。
次回更新は12/11の予定です。