集結の悪魔殺し
「マルティナ! それにニナも!? 一緒に来たのか!?」
「え、えへへ。実は初めての日本で迷ってたところを、マルティナに助けてもらったんだ。その、あんまり久しぶりって感じでも無いね」
「あ、あぁ、そうだな......」
「ちょっとニナ! アマハラと挨拶するよりも、大熊さんへの挨拶が先でしょう! 私達のためにわざわざ時間を割いてくれているのよ!」
「あっ、ごめんマルティナ。じゃ、じゃあそういうことだから。またね、翔」
「お、おう......」
訓練に参加する悪魔殺し達の集結。それはあまりにもあっさりとした形で終わった。なぜか同時に到着したマルティナとニナは、そのままマルティナに急かされる形で事務所の中へと入っていく。
「天原君に聞いた通りの二人ね。ラッツォーニさんは苛烈、デュモンさんはおおらかという言葉が似合う」
「そりゃ少し前まで面と向かって話していたんだ。いきなり性格が変わっていたりしたら、頭でも打ったのかって心配になる」
「えぇ。それと、やっぱり私との相性は悪そうね」
「そうだろうな」
二人を見送った翔と姫野は、二人を見つけるまで行っていた情報共有を再開する。
姫野からは彼女が新たに得た魔法や大戦勝者達の所有する魔法の一部を、翔からは共に戦う二人の魔法や性格を。事前の説明と本人との邂逅をもって姫野もはっきりと確信を持てたのだろう。自分とマルティナの相性が悪いことに。
「きっと向こうも本来のペア同士で攻め込んで来るわ。こちらも同人数を割くのであれば、組み合わせには気を付けないといけない」
「あぁ。マルティナは俺かニナと組ませる。手札が多い神崎さんなら、余ったどちらとでも上手くやれると思う」
「出来ればラウラさんの相手は、天原君とラッツォーニさんに任せたいわね」
「だよなぁ。神崎さんとニナじゃ、そもそもラウラさんに一方的にボコられる可能性があるもんなぁ」
情報共有を重ねる中で、二人は攻め手側の攻撃手段の想定も行っていた。
ドイツの大戦勝者ラウラ・ベルクヴァインは、天候によって使用する魔法が変化する。その中でも雨天に使用出来る雨模様は、自身に無限のワープ能力を付与する魔法だ。
移動能力に乏しい姫野とニナでは、逃げに徹されるだけで打つ手が無くなってしまう。おまけに雨模様は相手の魔力を消耗させる効果もある。保有魔力量が少ないニナが狙われれば、戦線からの脱落は免れない。
「それに、大熊さんの方に近接主体の天原君を送るのは非常に危険よ」
「素手で建物の柱をへし折ったんだっけ? あの人はあの人で人間離れしすぎだろ......」
大戦勝者の能力の共有は行った。しかし、それらはいずれも断片的で真偽すら怪しい部分もある。
姫野が大熊の魔法を目にしたのは十年以上前、幼少期の彼女が宗教施設から助け出された時だ。神に関連する知識や物事しか学ばされていなかった姫野、けれども学習内容そのものは過密に組まれていたために、姫野は幼き頃から記憶力に優れていた。
そのため、今でも姫野は思い出すことが出来る。大熊の魔法を、彼の人間離れした動きを。
「本気を出した大熊さんは、十メートルくらい平気で飛べる。おまけに結界だって素手で引き裂くし、私が管理されていた分厚い金属に覆われた寝床も素手で破壊した」
「スーパーマンかよ......」
聞けば聞くほど、大熊はまさに翔やマルティナの上位互換と言えた。おそらく内向きの変化魔法使い。それも、それ以外に脇目も振らなかった一点集中型の魔法使いのはず。
そんな相手に近接戦を挑もうものなら、パンチ一発で身体が爆散しかねない。マルティナの方は分からないが、翔の防御力は常人とほとんど変わらないのだ。最悪掠っただけでも、身体の一部が消し飛ばされる。
「麗子さんの方は実際に見たことは無い。ただずっと昔に、悪魔殺しの魔法が契約した悪魔に影響されるように、悪魔の方も悪魔殺しの手にした魔法によって変質していくって言っていたわ」
「つまり大熊さん側を受け持つペアは、スーパーマン二人を相手にしないといけないってことか......」
実際には大怪獣決戦に巻き込まれた、哀れな一般人の立場とでも言えるだろうか。
高速で動き、自分よりも圧倒的にフィジカルが優れた相手を足止め、もしくは討伐する。それは言葉以上に困難を極める問題だ。
姫野には相手を拘束することに優れた魔法が存在する。ニナには相手の防御を貫通する魔法が存在する。それらを用いれば、理論上は勝利を得ることも不可能ではない。
しかし、数字に直して考えてみれば、それは天文学的確立と言えるだろう。
まず姫野の拘束魔法が成功したとしても、そこから逃れられない保証は無い。いつぞやダンタリアの悪ふざけで姫野と模擬戦を行った時も、翔は無理矢理使用した擬翼の力で、疑似的に拘束から逃れることに成功していた。
あの時のようにごり押しで拘束から外れる可能性はゼロじゃない。むしろ拘束している姫野の肩が、力によって外されてしまう可能性すらある。
おまけに相手は大怪獣なのだ。僅かに逃れた手首によって、或いは少しだけ動かせた足首によって飛ばされた小石が、ライフル弾級の殺傷性を持っていても不思議ではない。そうなってしまえば、動けない姫野はいい的だ。
ニナの魔法による攻撃にも問題はある。彼女の魔法の発動条件は、対象の素肌に自身の血液が付着する必要がある。
つまり、大暴れする怪獣の至近距離まで近付く必要があるのだ。一応ニナには銃弾や粉末状にした血液を送り込むという手段も存在する。これらを用いれば近付く必要は無いかもしれないが、こちらは確実性が薄い。
そもそも素手で金属を破壊する身体に、銃弾が通るとは思えない。そしてラウラとニナの模擬戦において、彼女が散布した粉末状の血液は、風によって吹き飛ばされてしまっていた。
きっとこちらが大熊達の能力を共有しているのように、あちらも悪魔殺し達の魔法を共有しているに違いない。粉末状の血液はいの一番に警戒され、一息で吹き飛ばされてしまうことだろう。
「やっぱり大熊さん側は足止めをするのが無難だと思うわ」
「だよなぁ...... けど、二体二だといずれ押し切られる。そのために四人が揃う必要があるんだけど、ラウラさんはラウラさんでやろうと思って倒せる相手じゃない」
「天原君が見た魔法以外を使ってくる可能性もあるわね」
「そうなんだよ。天候によって使える魔法が変わる。そう啖呵を切っておいて、晴れや曇りで使える魔法はありませんなんて、ありえるはずが無いもんなぁ......」
翔と姫野が知っているラウラの魔法は二種類。雨の天候で使用出来る雨模様と雪の天候で使用出来る雪模様だ。
いずれも強力な魔法であることには変わりないが、それら二種類の魔法を使えるだけで、天候によって使える魔法が変わるとは言わないだろう。
晴模様、そして曇模様に該当する魔法が必ず存在するはず。そして、それらを初見で使用された場合、現在考えている相性問題が一気にひっくり返される可能性もある。
「中近距離を支配する変化魔法と、遠距離からこちらを確実に苦しめる契約魔法。わざわざ似たような魔法を用意する意味は無いから、これらとは全く異なる魔法が用意されていると考えるべきね」
「そうなんだよなぁ...... でもそんな、こういう魔法かもまで想定していたら、雁字搦めで何も出来なくなっちまう......」
相手は格上、知っている情報も僅か。そうなればある程度の決め打ちをせねば、抗うことは不可能だ。
「大熊さんの方は、大体想像が付くんだ。あとはラウラさんの魔法を知ることが出来れば......」
これ以上、翔と姫野だけで想定するのは不可能。あきらめ気味の翔が無い物ねだりをしていた時だった。
「お師匠様の魔法? それならボクが知ってるけど」
「あっ」
「えっ!?」
突然の返答に、思わず後ろを振り返る翔。
するとそこには荷物を置いて挨拶を終えたらしいニナとマルティナの姿があった。
「へぇ。訓練の想定をするなんて、アマハラにしては感心じゃない」
「俺にしてはって何だ、俺にしてはって」
「えっと、そういうことならボク等にも参加させてよ。なんたって一緒に戦う仲間なんだから」
フンと鼻を鳴らして挑戦的な顔のマルティナと、はにかみながらこちらへ歩み寄るニナ。
悪魔殺し達はこの時あらためて結集したのだった。
次回更新は11/3の予定です。




