対極の同年代
空港内の一騒動から数分後。ニナと少女は最寄りバスを使って移動を開始していた。もちろんニナに日本の交通知識は無く、検索から移動まで全てがマルティナの手配によるものだった。
「はぁ~...... つまり、あなたはちょっとしたすれ違いから養育者と仲違いになってしまった。その上で、初めての海外旅行に不安を感じたせいで、精神的に不安定になってしまった。そうね?」
「うぅ...... はい」
いまだに恥ずかしそうにうつむくニナを気遣ってか、少女は聞き取った内容を口に出して確認を取る。
すでに戦意は感じられない。いや、そもそもあそこまで間の抜けた発言をされた上で戦意を保つというのは、強大な敵相手に戦意を保つ以上に難しいだろう。
「おまけに偶然にも向かうべき場所は一緒。出会いこそ褒められたものでは無くなってしまったけど、これからの数日はよろしくね、ニナ」
「こっちこそよろしく、マルティナ」
現代において、魔法使いというのは希少な存在だ。道端で偶然出会うというのはまずありえない。仮に出会っていたとしても、お互いに魔力の放出を抑えている状態であり、よっぽどピンポイントに魔力探知でも行わなければバレはしない。
そのため疑いが解けてからは、この貴重な出会いを活かして二人は自己紹介を行った。
「あのラウラさんの下で弟子を続ける人間がいるなんて最初は半信半疑だったけど、こうして実物が現れたからには信用するしかないのでしょうね」
素性が明らかになったことで、話題はそれぞれが世話になっている大戦勝者へと移った。
「いくら何でも大げさだよ。それに、私がお師匠様と出会ったのは本当に小さかった時だから。怖いって感覚より、近くにとても強い人がいるって安心感の方が強かった」
「それでもよ。その歳になれば、色々とよくない噂は聞こえてくるでしょう?」
「......あ~」
「何よ、その反応」
「実はお師匠様の悪い噂はほとんど聞いたことが無いんだ」
「はぁ!? あんなに散々やらかしてる、いえ、騒動の火種になってる方を知らない!?」
ニナの返答にマルティナは驚きの声を上げた。しかし、これは致し方ない。なんせ、魔法世界におけるラウラ・ベルクヴァインの悪名は並大抵のものでは無い。
終戦当時、ドイツに対して過剰な攻撃論を唱えていた各国要人全てを高度千メートル以上から転落死させた血の絨毯事件。
血族排斥を掲げていた過激派魔法組織十数組数百人を、もれなく地上から消滅させた天の裁き事件。
立場を使って魔法使いに悪事を強いていた各国の犯罪者グループを一日毎に壊滅させていった終末の一か月事件。
彼女の手にかかった魔法使いの数はゆうに百を超え、一般人を含めれば下手をすれば万に届く。そんな彼女の悪行を一切知らないというのは本来ありえない。
保護者である本人からマインドコントロールでも受けていたのかと邪推してしまう。
「えっと、疑うのは無理も無いんだけど、その、実は、ボクってお師匠様から与えられた課題以外で外に出たことがほとんど無くて......」
「だとしてもよ! 少しでも外界とのつながりがあれば、自然と噂は耳に入ってくるでしょう?」
「いや、あのね。その少し外に出た時も、ボクは家族の世話になりっぱなしだったんだ。彼らはボクと同等かそれ以上にお師匠様への恩がある。必然的に、お師匠様の暗い話題は避けられるんだ」
「......あぁ、そういう。なるほどね」
ラウラ・ベルクヴァインは子飼いの魔法組織を所持していると聞いたことがある。通称家族。彼女が気に入って拾い上げた魔法使いのみで構成されており、その絆は強固。
加えて誰もが社会的、もしくは魔法社会的に排斥されていたメンバーだったため、仲間以外の魔法使いを基本的に信用しない。
一時期はラウラによって壊滅させられた組織の残党達が、報復のためにスパイを潜り込ませようと躍起になっていたらしい。
ここのらしいというのはそれを実証するための残党や、彼らを支援していた者達が揃って死亡しているために実証が不可能であるためだ。
普段の彼女の行いからして、かつてその作戦は実行され、そして最悪の結末を辿ったのだろう。前
大戦の時から、彼女は身内を何よりも大切にしていると評判だった。
その身内を傷つけようとする輩を、ラウラが許すはずもないのだから。
そんな仲間愛に溢れた組織で活動していたのだ。噂を知らないのも無理はない。
「もちろんお師匠様や家族の皆が、何かを隠していることは知っていたよ。でも、家族といえども秘密はある。おまけにボク等は揃って、脛に傷も持っている。言いたくないことは詮索しない。それが唯一のルールだったんだ」
「なるほどね。参考になったわ。ありがとう、ニナ」
「良かった。それじゃあ返す刀で悪いけど、そっちの繋がりについても教えてよ。ほら、さっきも言った通り、ボクって他の組織については疎いからさ」
「繋がりって......まさか、ウチの師匠について?」
「そう、それだよ。ほら、ジェームズさんって、お師匠様とは別のベクトルで近寄り難い吾人らしいじゃないか。そんな人の下で弟子をやっているマルティナはどうなのかな~って」
「どうって......」
他人の組織についてはどうこう色々と口に出せていたが、いざ自分の組織について聞かれると答えを窮してしまう。
「......ごめんなさい。散々聞いといて申し訳ないけど、特徴のないことが特徴の組織といえば一番想像しやすいと思うわ」
「えぇ~?」
ジェームズの指揮する欧州魔法連合イギリス支部は、よくも悪くもごくごく一般的な魔法組織だ。
一般人への魔法の露見を防ぎ、魔法犯罪には組織的に対抗する。悪魔騒ぎがあれば魔法使いを派遣し、欧州の各組織から若手を集めて技術交換を行う。
ちなみにマルティナも技術交換制度よって、イタリアから派遣された魔法使いだ。
「強いて言えば魔法の技術交換を積極的にやっているおかげで、開放的なイメージが強いかしら? でも、それだけがだと特徴と言うには弱いでしょう?」
「ボクの所がとんでもなく排他的なおかげでそれでも特徴と言えるけど、まぁ確かに弱いのかな?」
「弱いわよ。何か偉大な研究を行っているわけでも無し、数世代かけた大きな目標なんてものも無し。治安維持と技術の風化を避けているだけの自警団みたいなものよ」
「う~ん、それでも何か特徴はあるんじゃない? ほら、例えば所属している人達の人となりとか」
「人となり? ......なら、規律かしら?」
「規律?」
「えぇ。あそこに所属している人達は、総じて心に規律を刻み込んでいる。騎士道とも言えるかしら? とにかく誇りを持って仕事に臨んでいることは確かよ」
ラウラの組織を排斥された魔法使い達のごった煮と表現するのなら、ジェームズの組織は血統書必須のドッグランとでも言うべきだろうか。
組織内の自由は保障され、誰とどんなコミュニケーションを取ることも自由。しかし、その自由な行動には必ず責任が求められる。さらに責任は本人だけでなく、流れる血にも向かう。
そんな組織だからこそ、所属している人間は自然と規律を重んじるようになる。
彼らの目標は魔法世界の均衡を保つこと。世界が平和を維持すればするほど、彼らの誇る血統の維持は容易になるのだから。
「なぁんだ。やっぱり特徴があるじゃないか」
「えっ、別に普通のことじゃない?」
「まさか! ウチの家族で規律を重んじてるのはせいぜい数人くらいだよ。後はみんながみんな、やりたいように生きている。もちろん、そっちのお世話にはならないくらいにね」
「......そ、そう、なのね」
いつの間にか会話の主導権はニナへと移っており、世間に対する説明を行うのもマルティナでは無くなっていた。
もちろん普段から多くの仕事に励んでいたマルティナだ。無秩序、無軌道の魔法組織は数多く見てきたし、その手で壊滅の一助を担ったこともある。
しかし、悪名高いとはいえ、あの大戦勝者が率いる組織の実態がここまで適当だとは思っていなかった。
無軌道に見えながらも、犯罪組織に数えられない程度の立ち振る舞い。殺戮を繰り返しながらも、ギリギリで各魔法組織を納得させるだけの建前。
ジェームズが表世界を管理しているように、ラウラが裏世界を管理していると思っていたが、聞いている限りそれは誤りのようであった。
「あっ! この地名って、さっきマルティナが言っていたやつだよね」
思わぬ所から衝撃を受けていたマルティナだが、ふとニナの言葉に耳を傾けると、バス内のアナウンスが目的地の名前を繰り返している。
知らないうちに会話が弾んでいたようだ。
「え~と、お手数なんだけど、バスから降りた後はもう一度手助けをしてもらえると」
先ほどまでは元気に会話をしていたというのに、ニナはいつの間にか不安げにマルティナを見つめている。
ここまで案内してあげたのだ。今更ほっぽり出して放置していくことなどありえないと思うのだが、元々心配性の気質なのだろう。
「分かってるわよ。その代わり、ひと段落付いたらもう一度話を聞いてもいいかしら?」
「......! もちろんだよ! それじゃあ降りようか!」
一足早くニナがバスから降り、マルティナへ手を差し出してくる。中性的な顔立ちも合わさって、相手によっては一発で勘違いを誘発させてしまうだろう一撃だ。
初対面の時はこちらが難癖を付けてしまったというのに。保護者であるラウラと異なり、ある程度仲良くなるまでが早い人間なのだろう。
「お気遣いは感謝するわ。でも、今度からはそこまで気遣ってもらわなくても大丈夫よ」
こんな性格なら、きっと組織内でなくても愛されるに違いない。そんなことを考えつつ、マルティナはニナの好意を無下にせぬよう彼女の手を取るのだった。
次回更新は11/29の予定です。




