思い隠して恥を搔く
(うぅっ...... お師匠様の勝手に反抗して一人で日本に来てはみたものの、やっぱり周りは日本語だらけだぁ...... 契約のおかげで会話は問題無いとしても、うぅっ...... 言葉が分からないだけでこんなに心細く感じるなんて......)
ダンタリアがとある企画を打ち立ててから一週間。自らの心情をおくびにも出さず、キリリとした表情で空港の中を歩む少女の姿があった。
動きやすさを意識したのだろう中性的なスタイルの服装、顔立ちに残る幼さもあって、性別を判別することに躊躇する。しかし、肩に届こうかとする綺麗な銀髪が、彼女を女性たらしめる要因となっていた。
(訓練を行えること自体は、どっちの理由でも大歓迎だ。でも、こっちにだって準備はある。今度会う時はもっと成長した姿を見せるつもりだったのに...... 嬉しいけどそれにしたって早すぎるよ)
少女は憤る。己の師であり、育ての親である少女の立案に。
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事は一週間前。数日振りに再会した師匠に、新たに得た力を報告していた時だった。
「ふふっ、よくやったわ、ニナ。それなら、今後はその力を実用段階に仕上げるのが目標かしら?」
「はい! この力があればボクの弱みと......それに、翔との連携に磨きがかかると思うので......」
悪魔殺しは悪魔を討伐すると、その悪魔が所持していた魔力をいくらか奪い取ることが出来る。そして、その魔力自体の相性が良い場合は、新たな魔法に目覚めることも出来る。
ニナが討伐を果たしたのは血の魔王、血脈のカバタ。ニナの家系の始まりとも言える悪魔。遠い遠い祖先。
そんな悪魔から魔力を得たニナは、当然のように新たな魔法に目覚めたのだ。
今はまだまだ検証段階。されど、ニナの力が強化されたことは疑いようもない。その力を磨き、彼女は己の立てた目標に少しでも近付こうと邁進していたのだ。
天原翔の隣に立つという目標に。
「......渡りに船かしらね」
「何のことですか?」
帰ってきてからというもの、ラウラはニナの前でも何度か考え事をしていた。
家族に負担をかけまいと、普段は自力での解決を好む彼女からしては珍しい光景だ。そのためニナも不思議がってこそいたが、家族とはいえ隠し事は存在する。
彼女が自分に打ち明けるまでは、ニナから尋ねることはしなかった。長年の付き合いがある彼女達だからこその、信頼関係の表れであった。
「ねぇ、ニナ。もし、あなたの力を引き上げるのにとっておきの場所があるとしたら、行ってみようと思う?」
「へっ......? そっ、そりゃあ行くに決まってますよ!」
「それが遠方でも?」
「もちろんです!」
告げられた内容はあまりにも抽象的でありながらも、今のニナが求めてやまない内容だった。
再会の際に、ラウラから彼の近況を聞かされた。ニナと別れた直後、翔は次の戦場へと旅立っていたらしい。そして、そこで繰り広げられた戦いで、彼は無事に生き残ったという。
その話をラウラから教えられた当初は心臓が縮みあがった。続けて、強い焦燥感に駆られた。
彼が無事でいてくれたことは何よりも嬉しい。お互いに大きな使命を背負う関係だ。下手をすれば死に目どころか、墓石に祈りを捧げる機会すら恵まれない可能性があるのだから。
けれどもニナが翔に追い付こうと努力を重ねている間にも、彼は実力という階段を数段飛ばしで駆け上がって行っている。一段一段を素早く昇るのが精いっぱいの自分と、下手をすれば五段、十段と飛び昇る彼。並び立とうとする背中は、離れる一方だ。
(このままだと、追い付くどころか背中すら見えなくなる。そうならないためには、翔と同じ努力をする必要がある。死線に立つ、その努力が)
ニナにとって初めての死線となった血の魔王戦。そこで彼女は大きくやらかし、その上で大きく成長した。これまでの訓練が、やり方を間違っていたのではと思うほどに。
一度の実戦だけでも、ニナはそれを痛感したのだ。都合四度の死線を通り抜けた翔など、一体どれほどまでに成長しているというのか。もはや一般人の生まれであることなど、何の障害にもなっていないだろう。
「本当にいいのね?」
「はい!」
そんな考えもあり、ラウラからの提案はまさに、ニナにとっても渡りに船であったのだ。
遠方ということだから、悪魔殺しが少ない地域への援助要請かもしれない。はたまた、翔と一緒に行ったような合同討伐要請かもしれない。いずれにしたって、ニナは二つ返事で現地に赴くつもりだった。
全ては自分の力を伸ばすために。彼の隣に並び立つために。
「そう。じゃあ個別で取って二度手間になるのもバカらしいし、日本行きのチケットは私の分もモルガンに用意させましょう。移動は一週間後だから、身の回りの準備は忘れずにね」
だがラウラが零した目的地の名前。それを聞いた瞬間、ニナの心に宿っていた炎は凍り付いた。
「はい......? お師匠様、今なんと?」
「......? だから日本行きのチケットよ。なぁに? もしかして飛行機に乗るのが怖いの?」
聞き間違えでないかと再度確認を取る。しかし、返ってくるのは日本という単語のみ。彼の故郷である国名のみだ。
先ほどラウラは言っていたはずだ。翔は無事に戦いを終えたと。ならば当然、彼は日本へと帰国しているはずだ。日本にどれほど魔法施設があるのかは知らないが、優しい翔のことだ。ニナが日本を訪れたと聞けば、すぐにでも会いに来てくれるだろう。
それはニナとしても嬉しい。嬉しいのだが、とある失言がニナの脳裏を駆け巡った。
(「だから約束してほしいんだ。君一人でどうしようも出来ないくらい追い詰められたら、迷わずボクを呼ぶって」)
別れの切なさと若さによる勢いのまま、ニナはとんでもなくクサい台詞を吐いたことを思い出す。自分は彼に、追い詰められたら応援として呼ぶように約束をしたのだ。ピンチに颯爽と駆けつける助っ人を想像していたのだ。
そんな相手が大した理由もなく故郷を訪れる。別れのドラマも考えれば、気まずいなんてレベルの話では無い。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「その、承諾してからお聞きするのもあれなんですが、今回の内容って......?」
「あぁ、そういえば話してなかったわね。同年代の悪魔殺しを集めた、合同訓練を企画しているわ。安心しなさい、彼もいるわよ」
「あっ...... あっ......」
友人としてニナに近付くのはいいけど、恋人としては気に食わない。そんな表情を浮かべながら、ラウラが内容を口にする。
彼女としては、義理の娘の恋路を応援するつもりの言葉だったのだろう。だが、ニナとしてはそれどころじゃなかった。あの時に行った行動が全て裏目に出た。
あんな台詞を残した相手に、どの面を下げて挨拶に向かえば良いというのか。ニナは自分の頬から、とてつもない熱が放出されているのを感じた。
悪気は無い。それどころか善意十割の提案だったのだろう。しかし、思春期の全てを戦いに費やしてきた義理の母は、そう言った感情の機微に疎かった。
「_か」
「なに? どうしたのニ_」
「お師匠様の...... お義母さんの...... バカァー!」
そうして始まったのは、この関係が生まれてから初めての親子喧嘩。ラウラは原因が分からず、ニナも自分の愚かさを自白するわけにもいかず、当然のように泥沼化していった。
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(いや、どう考えてもボクが悪いんだけどさ......)
その後、ニナが謝ることで小康状態に入ったものの、飛行機内という半密室で話を掘り返されるわけにもいかず、ニナは別々の移動を選択。
そうして出来上がったのが、お上りさん丸出しの現状というわけだ。
風の噂、というより執事であるモルガンのタレコミでは、態度にこそ出さないもののラウラも凹んでいるらしい。それを聞いただけでじわじわと罪悪感がこみあげてくるが、さりとて例え察せられているのだとしても、この思いを面と向かって口に出来るほどニナは心が成熟していない。
結局は翔に再会するまでは、ニナの心も正常には戻らないのだ。そして揺らぐ心で仲直りをしたところで、依存体質であるラウラは一層、疑心暗鬼を深めるだけだろう。
(悩んでたって仕方ない。とりあえず動き出さないと)
いずれどうにかしなければいけない問題であるが、今は目前にある問題を片付けるのが先だ。
幸い、向かうべき住所だけは分かっている。後は交通機関を乗り継いでいけば、多少割高になろうと辿り着くことは可能のはず。
(えっと、それなら住所の再確認から......)
本心を隠し慣れた彼女にとって、不意に思いついた事柄を端末で調べようとする演技などお手の物。
むしろ今の状況であれば救いの手を差し伸べてもらう方が良いのだが、どれほど親切な者であろうと、困っている様子を欠片も見せない外人に話しかけたりはしない。
ニナが内心では震える手で端末を操作していた時だった。
「ちょっとあなた、こんな往来のど真ん中で大量の魔力を垂れ流すなんて何考えてるの?」
不意に後ろから声をかけられたのだ。
「わっ!? ......な、何のこと?」
振り返ってみれば、そこには自分と同年代程度の少女が立っていた。
金の装飾をあしらった立派な法衣に、サイドテールの三つ編み。背中には教会の儀式で使うのか、細長い棒状のバッグが背負われている。
顔には怪しんでいますという表情がありありと張り付けてあり、それだけで感情表現が豊かな人間であることが予想出来る。
「だから、魔力よ魔力! 空港に到着早々、強い魔力反応が感知出来たから私は原因を調べに来た。そうして発生源に近付いてみたら、何でもないような様子で魔力を垂れ流す奴がいるんだもの。目的によっては、容赦しないわよ?」
そう言って、彼女からは目に見えてプレッシャーが発生する。きっと、微弱な魔力を放出させながら恫喝を行っているのだろう。
おかげで言葉だけでは決して感じることは無い肉体的な恐怖が生まれ、ニナの背筋をぞくりと震わせる。
実に見事な手際であり、戦闘を想定しているのだろう身構えも完璧だ。
そんな目の前の少女に文句を一つだけ付けられるとすれば、彼女の推測が全くの見当違いだということだけだ。
「ち、違う。そんなことは考えてないよ!」
「じゃあその魔力は何のために放出しているのよ? それだけの魔力、始祖魔法に変換すれば目に映る範囲が更地に変わるわよ」
「いや、待って! ホントに待って! そもそも魔力を垂れ流してなんて......!」
ニナは必死に弁明しながら、こんなあらぬ疑いをかけられている原因を推理する。
まず第一に、自分は魔力を放出した自覚など無い。
そもそもニナはさっきまで、先行きの見えない不安と戦いながら目的地にたどり着くため必死に頭を回していたのだ。そこに魔法を操るための集中力まで加算したら、頭がパンクしてしまう。
第二に、少女が嘘を語っている雰囲気が無い。
目の前の少女は実に堂々と、自分の行動に一切の罪悪感を抱えず自信を持って行っているのがありありと伝わってくる。
こんな少女が偽りを、それもニナが魔法使いであると看破した上での詐欺紛いの偽りを述べたりするだろうか。いいやありえない。もしあり得るとしたら、ニナの人間不信は加速する。
そうして洗い出した情報を基に、ニナは考える。この状況を客観的に捉えれば、ニナは何らかの原因で魔力を垂れ流し、この少女に捕捉されたのだという説が有力だ。
人が無意識に魔力を垂れ流す瞬間など、よっぽど心の均衡を乱している時しかありえない。
ニナは思い返す。寸前まで自分は何を考えていたか。
師匠との喧嘩、違う。初めて訪れた異国への不安、違う。
そうしてニナは思い出した。自分は師匠との喧嘩を思い返している時に、内に秘めた翔への感情も思い返していたではないかと。
顔から火が噴き出すような、赤裸々な思い。己を見失い、大切な家族と口喧嘩に発展するような思い。
それは心の均衡を乱し、魔力を垂れ流すような思いに他ならないのではないかと。
「......」
ニナの背中から、だらだらと滝のような汗が流れだす。
「いきなり黙りこくって何のつもり? 悪いけど、不意打ちなんてさせるつもりは無いわよ」
「_んだ」
「なに、なんて言ったのか聞こえないわよ」
「_してしまったんだ」
「だから! もっと大きな声で言わないと聞こえな_」
「ハチャメチャに都合の良い恋愛妄想をしていて! 魔力を垂れ流してしまったんだ!」
「はっ?」
まるで尋問官のようなプレッシャーを放っていた少女から、気の抜けた声が漏れる。
見ず知らずの他人に、自らの恥ずべき行いを自白するという羞恥の極み。この日ニナは、ラウラと一緒に日本を訪れなかったことを死ぬほど後悔した。
次回更新は11/25の予定です。




