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次なる戦いの舞台

「やぁ、おかえり。その顔つきを見るに、色々なことがあったようだね」


「あったも何も、とっくの昔に知ってるんだろ?」


「知っていてもさ。言ったじゃないか。当事者から聞かされる物語には、新たな発見があると」


 もはやある種の日常と化したダンタリアとの掛け合い。その行いを以て翔は、自分が日本に帰ってきたのだということを痛感した。


 時間はお昼過ぎ。平日であるからか、大熊と麗子の姿は事務所にない。姫野も登校中だ。


 唯一空港から事務所まで送ってくれた猿飛も、これから大きな仕事があると早々に車で出かけてしまった。そのため手持無沙汰になった翔は、自主的にダンタリアの図書館を尋ねていたのだ。


「......今は話したくねぇ」


「......ふふっ、そうかい。まぁ、あれだけのことがあったのだから、通常の感性ならそう思うのが当然だ」


「そうかよ」


「そうだとも」


 ステヴァンや都市の皆々の協力によって、翔はレオニードを守り切れなかった悔恨から立ち直ることが出来た。しかし、それはあくまで表面上の物。


 ふと気を抜けば、あの日のレオニードの死に顔が今も鮮明に浮かんでくる。そして、そのたびに胸を掻きむしりたくなるような不快感に襲われるのだ。


「......強くなりてぇ」


 仮に今日、事務所に大熊や麗子が残っていたとしても、翔は挨拶を早々に切り上げてこの場を訪れていただろう。その理由とはもちろん、ダンタリアに鍛錬の助力を乞うためだ。


 マルティナとの戦い、血の魔王との戦い、そして都市での防衛戦。


 その全ての戦いの前に、翔は助言を貰っていた。マルティナとの戦いでは、稽古まで付けてもらっていた。今の翔があるのはそのおかげと言っても過言ではないのだ。 


「......今は言えねぇけど、お前が望むんならあの都市での戦いを、隅から隅まで語って聞かせてやる。あの時味わった苦痛や絶望を、嫌になるほど聞かせてやる。だから、俺をもっと強くしてくれ!」


 ほぼ直角になりながら、翔がダンタリアへと頭を下げた。


 魔法による修行も、そもそもそれを指南してくれる人材にも心当たりがない翔にとって、強くなるためにはダンタリアを頼るしかない。


 もうあの日の絶望は御免だった。あの日の敗北を繰り返したくなかった。彼は自覚以上に心を弱めていたのだ。


 クスリ、いつものダンタリアらしくない、小さな小さな笑いが聞こえた気がした。しかし、頭を下げている以上、彼女の表情を確認する術は無い。


 そうして反応を待つこと数秒、遂にダンタリアが口を開いた。


「いいのかい? 今少年が頭を下げているのは、君が恨んで止まない悪魔であり、その親玉である魔王だよ?」


 その声に釣られて翔が頭を上げてみれば、そこには何かを問いかける様な笑みを浮かべたダンタリアがいた。先ほどの小さな笑いもこれだったのだろう。


 そして、翔は自分が思っていた以上に早く、質問への答えが口に出た。


「それがどうしたってんだ」


「どうしたも何も、私は君が恨んでいる悪魔だ、魔王だ。そんな相手から教えを乞うなんて、屈辱だし不快なんじゃないかい?」


「なんで屈辱を感じたり、不快になったりするんだよ。全然意味わからん」


「意味が分からない?」


「だってそうだろ? お前がレオニードさんを殺したわけじゃない。お前が都市を窮地に導いたわけじゃない。それでお前を恨むようなら、俺は悪魔全員を恨まなくちゃいけなくなる」


「......普通のニンゲンなら、そこで君が言った通りの感情を抱くと思うけどね」


「そんなこと知るかよ。あの野郎はあの野郎で、お前はお前だ。そもそもお前だって、一人の人間のせいで嫌な思いをしたとしても、人間全員を嫌いになったりはしないだろ? それと一緒だ」


「......なるほどね。 ......ふっ、ふふっ......」


 翔の独白を聞いたダンタリアが、不意に笑い声を漏らす。


「な、なに笑ってんだよ」


「いやね。私が思ってる以上に、少年は少年だったということだよ」


「また訳の分からねぇことを」


「あぁ、すまない。要するに、君がそういう反応をすることはある程度予想がついていたんだ」


「はぁ!? じゃあ、ここまでの会話は何だったんだよ?」


「確認ってやつさ。君が本当に私の教えを求めているのか。嫌々願い出ているのではないのかのね。もしそうだったとしたら、私経由で別の修行先を斡旋してあげようかとも思っていた」


「......ってことは!」


「主人公の苦戦は物語の良いエッセンスとなる。しかし、理由もなくボロ雑巾のように蹂躙されるのは盛下がるだけだ。これからも君の物語を眺め続けるには、多少のテコ入れが必要だろう?」


「っ! ありがとうダンタリア!」


 翔が勢いよく頭を下げる。


 願い出た時と同じようなほぼ直角のお辞儀。きっと悪魔からしてみれば一銭の価値も無い無意味な行為なのだろう。しかし、翔にとっては必要な行為だった。


 無意味であろうとダンタリアに感謝の意を伝えるため。そして、戦いへと心を切り替えるために。


「実はそのための準備は、水面下で進めていたんだ」


「へっ?」


 事後承諾で悪いけどね。そう前置きを置きながら、ダンタリアがパチリと指を弾く。


 すると二人の真横に、重厚なデザインのテーブルとその上に配置されたジオラマが出現した。


「何だ、これ? どっかの街の模型か?」


 テーブルの全面に配置されたジオラマはとんでもなく精巧であり、目を凝らして横から眺めたビルの内部には、机や椅子はもちろん、その上に配置された書類やノートパソコンまで眺めることが出来る。


 映像経由で見せられてしまったら、現実の風景だと誤認してしまいそうな完成度だ。


「間違ってはいない。けど、正解とも言い難い。これは私が想像で作った街だよ。ほら、その証拠にあらゆる施設や環境が密集しているだろ?」


「......確かに」


 見れば電車が配置された駅はもちろん、病院やショッピングモール、街を縦断する河川に終点たる海。海側以外の三方向には山、それも紅葉美しい山に土砂崩れが起きた禿山、針葉樹林とバリエーションがとんでもない。


 ダンタリアの言う通り、現実では少々あり得ない光景だろう。


「雑多ではあるけど、良い街だろう? この街を使って、次の修行を行おうと思ってね」


「この街を使って? 使うって言ったって、見たまんまこれは模型だろ? まさか、巨大化させて本物の街にするってのか!?」


「惜しい。それだと結局は同じ環境の土地を踏み潰してしまうことになる。それなら最初からその街で修行を行った方が早いだろう?」


「えっ、じゃあ......」


「少年、簡単に考えるんだ。この街を修行の場に使いたい。けれど、街を大きくしてしまっては意味が無い」


「まっ、まさか!」


 街を自分達のサイズに合わせようと思うからダメなのだ。それなら自分達が街のサイズに合わさればよい。


「そう、魔法で私達が小さくなれば、この街は立派な修行場になる。そして壊れて良い街であるからこそ、君が一番求めているだろう修行も行うことが可能だ」


 ゴクリと翔の喉が大きな音を立てる。


()()()()()()()()()()()()()。少年、今度こそか弱き命を守り切ってはみないかい?」

次回更新は11/9の予定です。

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