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月下に煌めく剣と剣 その三

「さぁ、最終決戦としゃれこもう!」


 快闊(かいかつ)な声を上げながら、ハプスベルタが駆けだした。その声から分かるように、彼女からは疲労や消耗といったものは微塵も感じられない。


 いくら攻撃を一度も貰っていないとはいっても、防御に徹していた翔とは異なり、自身の身体より巨大な大剣を何度も振り回していたのだ。ただの人間であればなら当の昔に疲れ果てているはず。


 その無尽蔵のスタミナに、翔は小さな絶望感を感じた。


「こっちは怪我人なんだよ! 少しは気遣ってくれたらどうだ!」


 ハプスベルタが振るった極大剣の一撃をいなしながら、翔が通るはずもない注文を付ける。


「ははは! 君の身体が鍛えた鋼であれば一考の余地があったが、血液で膨らんだ水風船では私のお眼鏡には適わないな!」


 翔が特大剣をいなした瞬間にハプスベルタはそれを消失させる。


 そうすることで、彼女が剣に流されて体勢を崩すといったことはなくなった。そして、お返しとばかりに、極大剣を振るう体勢からレイピアによる一撃を繰り出した。


「ぐぅっ! くっそぉ!」


 攻撃の瞬間まで振るわれる剣が分からないことを生かした、フェイントの一撃。


 その一撃をまたも翔は避けきれず、月夜の山林に鮮血が舞う。


 細すぎる刀身は木刀をぶつけて軌道を曲げるには難しく、しなりながら追尾する剣線によって躱しきることも難しい。


(駄目だ。剣が見えた後に対応したんじゃ、間に合わない。かろうじて時間稼ぎは出来ている。けど、遊び半分でここまで好き放題されていたら、例え二対一になったとしても勝ち切れるか分からない......)


 翔が切れる手札では、この状況を巻き返すには足りない。


 そのためには新しい手札を補充する必要があった。戦闘で新たな力を会得する。普段であれば、そんなことが出来るのは創作の中だけだと笑い飛ばしていただろう。


 しかし、今の翔には敵から送られた塩のおかげで、手札を補充する当てがあった。


(創造魔法って言ったか......想像力があればなんでも作り出せるってあいつは言ってたけど、そんな簡単な話じゃないのは分かってる)


 翔が魔法世界に触れて分かったことが一つある。


 それは魔法というものは、万能から程遠い存在だということだ。


 カタナシとその眷属は、使う魔法を声に出すまで使えない。姫野は力を借り受けるために、対応した代償を払わなければならない。そして、目の前のハプスベルタでさえも、剣を仕舞うの自由自在だが、抜くときは必ず自分の手で引き抜いている。


(魔法には必ずルールがあるんだ。魔王ですらルールに縛られているのに、未熟な俺だけが縛られないなんて都合の良い話があるわけない。俺の魔法のルール。それは生み出すのに魔力が必要なこと。そして、生み出したい物への想像力が足りないと、莫大なコストを要求されることだ)


 悪魔殺しになった日の夜。(たわむ)れに名剣を生み出してみようと思い、翔は朝まで昏倒した。


(あれは想像力も物品そのものも、俺が生み出すには過ぎたものだった。だから魔法は不発に終わり、それどころか朝まで気を失った)


 この場で昏倒なぞしようものなら、次に目が覚める場所は花畑咲き乱れる三途の川辺になるだろう。それを防ぐためには、己の限界の見極めが不可欠だ。


 こうして考えている間にも、ハプスベルタの攻撃は続いている。少しずつ不利を押し付けられている現状を変えるためには、翔から動かねばならなかった。


(ハプスベルタの攻撃を防げるような、土の壁を生み出し_ぐぅ!?)


 手始めに固いだけが取り柄の土の壁を生み出そうとした翔。だが、発動するかしないかといったタイミングで頭が割れるような頭痛が走る。


 生み出すには魔力が足りなかったのだ。痛みをこらえ、閉じそうになった(まぶた)を無理やり見開いたが、強張った身体は格上との戦いにおいて致命的な隙だった。


「くっ、ごはぁ!」


 極大剣の一撃は必死に躱したが、崩れた体勢では次の攻勢を防ぐことは敵わない。


 翔は敗北を確信していたが、そんな彼に情けを掛けたのか、ハプスベルタが繰り出したのは蹴りだった。


 腹部を蹴り込まれ、海老ぞりで吹き飛ばされる翔。だがそれでも、剣による串刺しかぶつ切りを考えれば何倍もマシだ。


「どうやら身に余るものを求めたようだね。いくら一発逆転を望むような展開だったとしても、それはいただけない。まぁ自滅しなかった分、魔法の本質を掴めてきていると言えるかな?」


「げほっ、げほっ! 偉そうに言いやがって」


「私は数ある魔剣、妖剣達を相手取り、勝って、勝って、勝ち続けて魔王の位を手に入れた。そして恵まれなかった剣達をこの身に収められるようになり、多くの支持を得て国を治めるに足る器も手に入れた。どうだい? 実際に偉いだろう?」


「魔王の()ってのは、物理的な収集能力を指してるわけじゃねぇだろ!」


「なに、剣の国にとってはそちらの方がしっくりくる。ましてや剣達を能力で選別してしまっては()()()()が悪いじゃないか。私は、私の国を愛している。だから君が宿敵足りえないのであれば、愛する国のために飛び散る火の粉として払わせてもらうよ」


「くっ......」


 この時、翔の心には焦燥が顔をのぞかせていた。


(駄目だ......土で出来た壁程度すら生み出せないなんて思わなかった。土の壁もダメ、名剣ももちろんダメ、何なら生み出せる? 何ならこの状況を覆せる?)


 この程度の物なら生み出せる。その上限をじわじわと上げながら、ハプスベルタとの戦いに利用出来る物を作り出す。


 そう考えていた翔にとって、一歩目からの(つまづ)きは大きな誤算だった。


「焦りかな? それとも恐怖かな? どちらにしても、そんな表情では予定が破綻したことが筒抜けだよ? もっと簡単に考えるといい。自分が信じるものはなんだい? 絶対の自信があることは? そしてこの場に必要な物は? それを望むだけでいいんだよ」


 ハプスベルタが物分かりの悪い子供に諭すかのように、優しい言葉を翔にかけた。


 そして同時に極大剣を出現させ、それをゆっくりと持ち上げていく。まるでタイムリミットを指し示すかのように。


 だが、そんな見え透いた脅しには目もくれず。翔は彼女の問いかけに対する答えを導きだそうと、思考の海に身を投じていた。


(この場で自分が信じるもの? ......そりゃ自分自身だ。神崎さん頼りの受け身で甘っちょろい行動に徹していたら、何度バラバラにされてたか分からないからな)


 翔はこれだけ圧倒されようとも、どうにか自分の力のみで勝利を掴もうと奮戦していた。


(絶対の自信があるもの......そりゃ剣の腕だ。大悟と立ち合いをするようになってからは、不甲斐なく思ったことが何度もあった。けど、悔しさをバネにした努力のおかげで、なんとかハプスベルタに喰らいつけているんだから)


 どれだけ変幻自在な戦法に惑わされようとも、自分の腕だけは疑わなかった。


(この場で必要な物......大剣と打ち合えるだけの身体やレイピアの動きを見切れる眼......いや、いきなり身体付きや感覚が変わったら絶対に持て余す。なら神崎さんみたいな魔法......いや、手の平から火の玉が出せるようになったとして、どうやって剣術と両立させる? どっちつかずになるだけだ)


 刻一刻と近づくタイムリミットの中でも、翔は決して思考を止めなかった。闘志を燃やし、勝利を手繰り寄せるために必死に足掻く。必死に頭を回転させる。


(なら......なら......そうだ!)


 そんな時、翔は天啓を得た。


 最後まであきらめなかった彼を、運命は見捨てなかった。


「時間だ。君の可能性を見せてもらおう」


 そう言ってハプスベルタは、今までとは比べ物にならないほどの動きで翔に迫る。


 そして翔を両断するように極大剣を振り下ろした。今までのように木刀で逸らすならレイピアで一刺し。創造魔法で小細工をするなら、一息に叩き切る。そうハプスベルタは決心していた。


 そしてどんどんと近づいていく彼の手には、今までと変わらず一本の木刀を握られるのみ。


 可能性を生み出せなかったかと内心溜息を吐きながら、止めを刺そうとしたハプスベルタ。だが、そんな彼女の一撃は、ギィィンという激しい衝突音と共に沈黙していた。


 これまでとは異なり、極大剣が完璧に受け止められていた。


「ハプスベルタ、全部お前の手の平の上みたいで気に食わねぇけど、あんたが言いたかったことがやっとわかった。俺にとっての俺の魔法。それはこの木刀に全てを乗っけて、ぶっぱなす魔法だ!」


 翔は言いながら受け止めた極大剣を膂力のみで弾き飛ばし、崩れた姿勢に向けて反撃として突きを放つ。


 当然とばかりにハプスベルタは弾かれた瞬間に極大剣を消し、壁のように抜き放つことで突きを防ぐ。


 しかしこれまでとは異なり、彼女は衝撃によって半歩分後ろに下がらされていた。地面には彼女が引きずられた跡がありありと残る。


 今まで見ていた通りの木刀。


 しかし、変わらぬ見た目に反して、翔はその木刀にありったけの魔力と思いを乗せ、ハプスベルタと打ち合えるだけの強さを望んだ。


 襲い掛かる衝撃は翔に負担がかからぬよう、周囲の空間に逃がす。攻めるときは衝撃を倍加させて伝える。それだけの機能、それだけの強化。


 だが、それだけで十分だった。それさえあれば翔には十分だったのだから。


 魔力があれば何でも出来る、何でも作り出せる。それも創造魔法の目に見える強みの一つなのだろう。


 しかしそれだけでは不十分なのだ。それだけでは魔力の消費が多いだけの、他の魔法の劣化魔法となり果ててしまう。この魔法を使いこなすには自分に密接に結びついているものが必要だったのだ。


 自分が常に触れて、常に存在を感じ、常に必要とするもの。それを生み出すためなら創造魔法の魔力の消費は異常に少なくなる。


 いついかなる時でも、己を高めるために振り回していた一本の剣。その一本があったからこそ、翔は悪魔殺しになったその時から、魔法を使いこなすことが出来たのだ。


 翔の覚醒。わざわざ助言を与えてまでその瞬間を待ち望んでいた魔王は、心底嬉しそうに振りかぶる動作を取る。


「剣士が最後に信じられるものは、己の得物である剣そのもの。そう、それだよ。私が見たかったものはそれだ! 創造魔法で剣を作り出した君なら! 悪魔殺しとなって幾日も経っていない君なら! 必ずや創造魔法を使って、真の剣士になってくれると信じていた!」


 今までと同様に、振るわれる瞬間に出現する極大剣。翔を真っ二つにするだろう殺意の塊がどんどんと彼へと迫っていく。


 しかし、やはり翔は今までとは異なり、躱そうとも受け流そうともしなかった。


 ハプスベルタの攻撃を真っ向から受け止め、彼女に好機を作らせない。


 ばかりか翔の剣戟(けんげき)はじわじわと彼女を押し込み、開けた広場から足場の悪い雑木林へと無理やり追い込んでいく。


 これこそが翔の狙いの一つだった。密集した木々の中では、木々を根こそぎ切り裂ける大威力の極大剣はともかく、軌道が制限される上に木々を切り裂く力が無いレイピアには仕事が無い。


 今までは防戦一方で実現しなかった攻略手段。攻守が入れ替わった今だからこそ使うことが出来る。翔が思いついたとっておきの戦法だった。


「くっ、はっ、ははは! 純粋な立ち合いに近づいた途端、これだけ押されるか! 君の才能は夜を明るく照らす太陽のように輝かしいものだな、少年!」


 これ以上雑木林に押し込まれては(かな)わないと、ハプスベルタはお得意の極大剣のモーションからのフェイントレイピアによって、翔を(とが)めようとする。


「んなわけあるかよ! 記憶がある頃から木刀振り回してりゃ、誰だってここまで出来る!」


 これまでそのフェイントを翔が対処出来なかったのは、極大剣を受け流すのに神経を割かなければいけなかったからだ。


 極大剣を受け止められるようになった今、余裕が出来た集中力はレイピアを捌くことに使用出来る。


 大きくしなり、翔の脳天すら飛び越えて延髄を抉ろうとした一撃は、頭上に振るった翔の木刀に阻まれた。


「中々狂気を孕んだ発言だ! だとしても魔王すら打倒するほどの技量は、驚嘆に値するがね!」


 翔は大悟と知り合った幼少期から、ボコってボコられてといった実践もかくやの稽古を、年がら年中続けていた。


 好敵手との互いを高めあうことのできる訓練。それは現代にあっては、大金を積んでも経験することの出来ない貴重な経験だったのだ。


「お前らの存在が狂人の戯言(ざれごと)みてぇなもんだろ! それと、対等に打ち合いが出来るようになってみて分かった。ハプスベルタ、あんた剣士としては弱いな?」


「......流石に本物の剣士となった君が相手では、見劣りしてしまうだろうね」


 ハプスベルタが苦笑交じりにぼそりと呟いた。


 彼女を押し込むたびに、彼女に純粋な剣士としての対応を求めるたびに、翔の疑問は確信に変わっていった。


 振るう瞬間のみ、または防ぐ瞬間のみ出現させることが出来る剣。そして取り落とした剣はどこからでも自分の手元に回収が出来る。


 そんな魔法のインパクトによって巧妙に隠されていたが、彼女の我流剣術とも呼べる立ち回りは、相手の意表を突いて致命の一撃を叩き込む奇襲に比重が大きく偏っている。


 それは純粋な剣士としては見劣りする彼女の実力を、隠すためでもあったのだ。


「言っただろう? 私は剣の国を二重に()()()()武器達の王。その役割は武器の家であり倉だ。確かに剣士としての技量の低さはごもっともだよ。だがまだだ、まだ君には私を崩すほどの一撃はもらってはいない。それを受け取るまでは、敗北を認めるわけにはいかないな!」


 感情の籠った宣言と共にレイピアが振るわれる。


 しかし、翔にとってその攻撃はもはや脅威ではなかった。レイピアを難なく片手で受け止めると、どれだけ残っているかわからない魔力を練り上げ、もう片方の手にも木刀を出現させる。


「あんたには散々魔法を教わったからな。お礼に俺も、とっておきの戦い方を教えてやるよ!」


 そう言うと翔は、受け止めたレイピアをそれぞれ方向が対になるように挟み込んだ。


 何か仕掛けてくると気付いたハプスベルタが慌ててレイピアを引き抜こうとするが、持ち手付近でがっちり挟み込んだレイピアは、どれだけ細身の刀身といえど簡単に引き抜けるものでは無い。


 そして引き抜こうとする一動作を挟んだ後では、魔法で仕舞うにも遅すぎた。


 翔が木刀二本の両端を両手で握り、挟まれたレイピアの根本、一番しなりの少ない部分に向かって膝を叩き込んだ。


 みきっ、と鈍い音が走り、折れたレイピアの刀身があらぬ方向へと飛んでいく。


 いくらしなやかさのあるレイピアと言えど、刀身を固定されて力を逃がす場が無くなってしまっては成す術がない。


 自らの剣を、想像もつかない原始的な方法で破壊されたハプスベルタは、この時初めて隙を晒した。


 チャンスはここしかない。コンマ数秒の世界で判断を下し、翔は賭けに出ることを決めた。


(創造魔法は思いと想像力がしっかりしてれば何だって出来る! だったら、少しの無茶なら出来る筈だ!)


 翔は出現させた両方の木刀を一本に融合させていく。そうすることで二本分の魔力が一本の木刀に凝縮する。翔の望む能力を木刀に付与するために。


(ぐうっ! 痛ってぇ......けど耐えられる。これなら......いける!)


 頭痛に眼痛、鼻血に寒気。魔力の過剰消費によって翔の身体に様々な影響が出る。


 しかしそれらはいずれも彼が地に伏し、意識を失うほどの症状ではない。そして木刀は一本に変わっていた。魔法は完成したのだ。


「喰らえええぇぇぇ!!!」


「っ!?」


 翔は全身全霊、これ以上ないほどの全力の突きをハプスベルタへと放った。


 当然、その掛け声によってハプスベルタも我に返り、極大剣を用いた防御姿勢を取る。このままでは今までのように、突きは受け止められてしまうはずだった。


 しかし、翔が木刀に掛けた魔法がそれを(くつがえ)す。木刀の軌道が勢いはそのままに、極大剣のある一点に向かって意志があるかのように動いたのだ。


 その一点は先ほど強化された木刀によって、極大剣が突きを貰った場所だった。


 巨大さゆえの頑丈さによって翔の攻撃を何度も防いできた極大剣だったが、どれだけ頑丈だろうと剣は剣。盾として用いて負担がかからない筈がない。


 そしてつい先ほど強烈な一撃を貰った箇所に、前以上の一撃を貰った極大剣は限界を迎えた。


「なあっ!?」


 砕かれた極大剣の向こう側で驚愕の表情を浮かべるハプスベルタに、翔の渾身の一撃が叩き込まれた。

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