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ワガママはいつだって子供の特権

「ああ゛っ!? 何だその話は! 一つも聞いちゃいねぇぞ!」


 日魔連本部にある個室の一つで、大熊の罵声が響き渡った。


 防諜用の魔道具こそ発動しているが、この場には大熊を失脚させ、悪魔殺しを思うままに出来るポストを狙う者はごまんといる。そんな場所で不用意な態度を取るのは、油断、もしくは挑発と取られてもおかしくはないのだ。


 しかし、この時ばかりは仕方が無かった。なにせ、通話相手である大戦勝者(テレファスレイヤー)ラウラからの提案は、それだけ常軌を逸していたのだから。


「当たり前でしょ、今初めて言ったんだから。それとも、何も聞かされないまま、当日ずるずると流されるままの方が良かった? 私としては、そっちの方が日本人らしくて笑えるけど」


「そんなことは言ってねぇ!」


「ならまずは、知らせてくれてありがとうでしょ?」


「ぐっ...... 感謝している」


 ぎりぎりと握りこぶしに力を込めながら、大熊は声量を落とし、感謝の言葉を口にする。トルクメニスタンの一件を報告し終えた折りの電話だ。下手な騒ぎは疑惑を生む。


「それで、場所は例の事務所でいいのかしら?」


「......良くはねぇ。けど、大事にしないためにはホームがベストだ」


 連絡の内容は国家間のしがらみを取り払った合同訓練の誘い。これだけならば準備に小言を零すことこそあれ、大熊がここまで荒れることは無かっただろう。


 ならば、彼の不機嫌の原因は一体何なのか。それは、この合同訓練の企画者が、知識の魔王であったことである。


「企画自体には賛成だ。だが、あの野郎がどうしてここまでする? ()()()()と比べれば、随分と勤勉になってるじゃねぇか」


「知らないわよ。どうせ会える距離にいるんだから、本人に聞けばいいじゃない」


「素直に質問して、答えるタマじゃねぇだろ」


「あら? 私は案外教えてもらえるけど?」


「こっちはお前みたいに、()()に内定を貰ってる売国奴じゃねぇんだよ」


「そっちも蹴ってるだけで、いつでも内定は貰えるでしょ?」


「人としての心持ちの問題だろぉが!」


「それなら安心。私は家族以外の()()()()なんて、正直どうでもいいもの」


「てめぇ......!」


「それでも()()()への義理はある。だからこうして知らせるし、いまだに現世に留まってる」


「......ふんっ、その話は置いといてやる。場所も企画も、何とかしてやる。だが、肝心の内容はどうなんだ? 自信を付けさせるどころか、粉微塵に砕いちまうだろ」


 最上位の悪魔が顕現する前に、国家の垣根を超えた交流を行うのは悪くない。最終決戦が起こってしまえば、国単位の戦闘力など物の数にはならないからだ。


 けれども、肝心の合同訓練で彼らの心を折ってしまえば、人類は悪魔に対抗する術を一気に失うことになる。そうなれば、大熊の首だけで償うことなど出来はしないし、通話相手に至っては償う意識も存在しないはずだ。


「へぇ~。自分の実力に随分と自信を持っているのね。殺し合いから外れて何十年と経つのに」


「そんなことは言ってねぇ! 俺とお前、それに麗子とリグだぞ! どう考えても過剰戦力だろ!」


 ラウラから聞かされた訓練の内容は、現悪魔殺し四人と大戦勝者とその相棒を交えた四名の殺し合い。ダンタリアの準備によって実際に死亡することは無い状況を作るらしいが、敗北という心の傷は確実に刻まれることになる。


「ふふっ」


「何笑ってんだ」


「別に」


「んな訳あるか。さっさと言え」


「本当に大したことじゃないわ。ただ、自分をいつまでもテッペンだと勘違いするあなたみたいなのが、足元を(すく)われるんでしょうねって」


「はぁっ!?」


「あなたが思ってる以上に人の、それも子供の成長ってのは早いものよ。無様を曝したくなければ、せいぜい身体を絞っておいたほうがいいわよ?」


「てめっ、いったいどういう_」


「それじゃあね。私はこれからジェームズにも連絡しないといけないの。あの無鉄砲を借りる、事後承諾を行わなくちゃね」


「ちょっと待て! おい、おいっ! くそっ!」


 端末から流れるのは通話の終了音。嫌がらせに再コールを試してみたが、通話中のせいで繋がらない。


 最後の言葉が正しいのなら、もうすでにジェームズへと連絡を取っているのだろう。


「まったく! 俺の周りはどいつもこいつも!」


 遠い地で行われた翔の戦いに肝を冷やし、先ほどまでは幹部共の突き上げに怒りを燃やし、今はガキの(ナリ)をした化け物二体に頭痛を背負わされている。


 一般的な魔法使いなら、とっくの昔に夜逃げしてもおかしくは無い仕事量だ。


「けど、()()だ。あの化け物共は敵対しなけりゃ、一方的に不利を押し付けてきたりはしない」


 一方は家族、一方は契約。両者とんでもない地雷を抱えてこそいれど、対応を誤らなければ脅威どころか希望にも変わる。


 ダンタリアがわざわざ大戦勝者と相棒達を戦いの舞台へと引きずりだした理由、そしてそれをラウラが快諾した理由。それらを考えればおのずと答えは導き出される。


「こちとらしがらみのせいで、下手に魔力を放出するだけで色々と言われるってのに。 ......仕方ねぇ! 今回の件で水鏡には貸しがある! 適当にどっかの土地を抑えてもらって、ついでに裏の緘口令を敷かせる。あと、麗子にも今回の件を_」


 大熊が前向きに行動を始めようとした時だった。


「入るぞ!」


 乱暴なノックが二回、そして大熊の返事を待たずに一人の男が入室してくる。


 それは先ほどまで見合わせていた顔。日魔連神祈派の長、風祝(かぜはふり)だった。


「風祝!? おいおいっ、何をそんなに慌てていやがるんだ?」


「うるさい! 大熊、お前は私の質問に答えるだけでいい!」


 報告の最中もどこか様子がおかしい様に感じていたが、今の風祝は明らかに挙動不審だ。


 何かに怯え、その恐怖心を表に出さぬよう乱暴な態度を取る。過去に姫野の件でぶつかり合った際にも、彼はこんな状態となった。けれども過去とは異なり、今度の挙動不審に大熊は心当たりがない。


「分かった、分かったから。別に取って食おうって訳でもねぇんだ。何があった」


「......夢だ。夢で私の破滅を見た」


「んだと?」


 魔法が無い世界であれば、その発言は一笑に付す内容と言えただろう。しかし魔法世界の、それも神に仕える神祈(しんき)派の長の発言であれば、話は変わってくる。


(神はいる。そして神は時に、己のお気に入りに吉凶を問わずに啓示を与えることがある)


 風祝の言動から、それが確度の高い情報だということが分かる。そして、他の幹部共に気取られぬように大熊の下を訪れたことから、自分が関係する内容なのだということは容易に想像が出来た。


「大熊......お前は私達の味方だな? 味方と信じていいのだな?」


「待て、話が見えねぇ。その前に夢の内容を_」


「いいから質問に答えろ! お前は私達の味方なのだな!?」


「......おいおい」


 目の前の男は明らかに錯乱している。自他問わず派閥争いで食っては食われ、組んでは離れを繰り返しながらも、最高幹部の席を勝ち取った男がだ。


 流石の大熊も、これには困惑するしかなかった。


「答えろ、答えろ答えろ答えろっ! 私の質問に答えを出せ! そうしなければ私は、私の派閥は......」


「......ちっ、味方だよ。今のところはな」


 大熊は短く望まれているだろう言葉を口にした。


 こんな錯乱では、情報を引き出す所の話では無い。それどころかこのまま放っておいたら、他の派閥が感付く可能性がある。隠形(おんぎょう)防人(さきもり)はともかく、仏閣と五行に下手な弱みを握られるのは避けたかった。


「そ、そうだな! お前には散々貸しを作ってやったものな! 私がいなければ(くび)り姫の命など、とうの昔に召し上げられていたものな!」


「......あぁそうだそうだ。おっしゃる通りでございます」


 姫野の話を出され、大熊のこめかみに血管が浮く。そこまでで済んだのは、目の前の男が正気では無かったため。ここで圧力をかけようものなら、発狂されてもおかしくない。いや、もう手遅れかもしれないが。


「そうだ、そうなのだ! これまでの貸しが物語っているのだ! あんなものは紛い物だ。あり得ない悪夢、理想、夢の深奥......」


「お、おい!」


 大熊の言葉に満足したのか、風祝はそのままフラフラと部屋を出て行ってしまった。


 ここで追いかけることは出来ない。そうなれば騒ぎは大きくなる。


 どうせ傍付きか誰かが上手い事偽装するはずだ。そもそもそうでなくては、あの状態の風祝をこの場に届けることすら困難だっただろうから。


「一体、何だったんだ......」


 一人取り残された大熊には、事態を推し量る術は欠片も残されていなかった。

次回更新は11/1の予定です。

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