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晴れやかな別れの裏で

「お世話になりました」


 深々と頭を下げる翔の向かいには、この大地に降り立ってから苦楽を共にした仲間達の姿があった。ステヴァン、ボルコ、そしてこの都市に住む多くの魔法使い達。


 表情こそ翔がこの地を去ることを残念がってはいるが、向けられる感情には晴れやかな青空のような暖かさが溢れている。


「とんでもない。お世話になったのは、むしろこっちの方だ。君達がいなければ、今頃この都市は死の町に変わっていたかもしれない。感謝こそすれ、世話をしてやったなんて口が裂けても言えないだろ?」


 都市を代表して口を開いたのはステヴァン。新たにこの都市の領主兼カギ役に就任を果たしたリーダーだ。


 本来であれば、あれほどまでに民衆の支持を集めていたレオニードの後釜に座るのは、心情的にも能力的にも大きな苦労を背負い込むこととなっただろう。


 しかし、先代から続けて右腕を担うボルコが、生前のレオニードと話を詰めていたらしい。代替わりはあっさりと受け入れられ、おまけに彼がレオニードの実の子供であることもすんなりと受け入れられてしまった。


 覚悟を持って領主の椅子に座ったステヴァンも、拍子抜けしてしまったらしい。それほどまでにレオニードの、そして彼を補佐したボルコへの信頼は厚かったのだ。


()()...... その、マルティナのことは_」


「分かっている。大丈夫、後は回復を待つだけさ。彼女がしぶといことは、俺以上に知っているんだろう?」


「......はい。よろしくお願いします」


「任された」


 命をかけてこの都市を守り抜いた魔法使い達が集結するこの場所には、唯一マルティナの姿だけが無い。


 そして、その答えは単純だ。彼女の回復が、翔の移動日までに間に合わなかったからである。


 当の昔に意識は取り戻しており、すでにリハビリも始まっている。ただ、どういうわけか翔の前に姿を現わすことだけはしてくれなかった。それどころか言葉を交わすことさえも、戦いの後から数えると一度も出来ていない。


 翔としてもその様子が気になり、何度か人づてに彼女へ言葉を送ってはみた。しかし、そのどれもが完全な拒否で終わり、遂に別れの日が訪れてしまったというわけだ。


 理由も何もなく、突然無視される。これは中々に応えた。せっかく縮まりつつあったマルティナとの距離が、大きく開いてしまったかのような虚無感。


 この問題を解決するだけの時間が、組織から派遣されて訪れたに過ぎない翔には残っていなかったのである。


 今もはぐらかされたことは分かっているのだろう。ステヴァンの返答に、翔がガッカリと肩を落とす。


 そんな彼を見かねたステヴァンは、こっそりと言葉を付け加えた。


「翔君、今君の中では、多くの不安と疑念が渦巻いている最中だと思う」


「......はい」


「......俺も多くは言えない。だけど、気にしなくても大丈夫さ。なんならそう遠くない内に、本人との答え合わせも出来るだろうしね」


「っ!? それって!」


「俺に言えるのはここまでだ。あんまり長居しすぎると、ほら」


「あっ」


 ブゥーと耳障りな音を立てて、大型バンが存在を主張する。


 この都市が存在する場所は砂漠のど真ん中、他の都市に移動するためにはそれだけでも長い時間をかける必要がある。


 この都市を訪れた時のようなステヴァンの使い魔による移動は、彼がカギとなってしまったことで期待出来ない。翔が自身の擬翼で飛び立とうにも、彼にはここら一帯の地理知識は皆無。


 おまけに星の魔王の捜索は今も続いているのだ。残された残滓を導に捜索を続けているチームの真上で莫大な魔力を垂れ流しなどしたら、怒りで撃ち落されても文句は言えまい。


「っ...... 分かりました。ステヴァンさんを信じます」


 色々と言いたいことはあった。だが、結局今の翔に出来ることは、先ほどの言葉を信じることだけだった。


「ありがとう」


「それこそこっちのセリフですよ」


「一本取られたね」


 この戦いで初めて、翔は親しき者の死を目の当たりにした。まるで真っ暗で出口の無い部屋に閉じ込められたかのような感覚に陥っていた。


 泣けど、叫べど、詫びれど、怒れど。そのどれもが無意味に終わり、ただ失ったことへの虚無感のみが肥大化していく毎日。そこに終止符を打ってくれたのがステヴァンだった。


 そんな彼が気にする必要は無いと言ってくれたのだ。ならば本当に気にしなくて大丈夫なのだろう。


 翔は口にしたい言葉こそたくさんあったが、その答えを重石にすることで、多くの疑問に封を施した。


「それじゃあ運転手さんを待たせているんで、これで」


 翔が手を差し出す。


「あぁ。困ったことがあったら、何でも相談してくれ。君の力になれるなら、どんな支援だって無問題(モーマンタイ)だ」


 お互いがガッシリと手を握り合う。そうして翔はクルリと後ろを向いて、車へと歩き出した。そんな翔に、ステヴァンもこれ以上言葉をかけはしなかった。


 男同士の別れに、後ろ髪を引きづるような言葉は無粋なのだから。


__________________________________________________________


「ふっ、ふふっ、中々の名演技だったよ。君の父君は世界を騙してみせたが、君は君で他人を丸め込むことに関しては一流らしい」


「......そりゃどうも。それで? 翔君がこの地を去った以上、あなたがこの場に居座る意味も薄い様に思いますが?」


「そこまで露骨に邪険にされると、嫌でも腰を据えたくなるのが悪魔ってものだよ。まぁ都市の復興に魔王の協力を仰いだなんて知られれば、非難は必須だ。親の七光りで立場を許されている色が濃い君には、目の上のタンコブってことは分かっているさ」


 翔が都市を去り、多くの者達が復興作業へと戻った昼下がり。


 部屋には視覚、感覚を歪める魔法。ドアのカギは物理的、魔法的問わずに五重の封印。そこまでした上で、ステヴァンは一人の少女と相対していた。


 少女の名前は知識の魔王 継承のダンタリア。人魔大戦によって現世に顕現した魔王の一体であり、同じ悪魔による蹂躙の記憶新しい都市の中には、絶対に存在してはいけない異物でもある。


 ダンタリアが言ったように、ステヴァンの立場はまだまだ揺らいでいる。何かの拍子に崩壊してもおかしくはない砂上の楼閣だ。


 そんなリスクを承知の上で、ステヴァンはどうして彼女と密会をしているのか。その答えは彼女と交わした契約故だった。


「分かっているのなら話は早い。こちらが出せるだけの情報は提出済みで、マルティナちゃんに対する医療行為にも完全な同意をしたはずです。後はあなたの眷属が役割を果たすのみ。どうかお帰りいただきたい」


 悪魔達との戦闘後、都市は復興を余儀なくされた。


 外周部にはいまだに多くの使い魔達が残っており、戦闘が激化した防衛線周辺はガレキの山と化している。戦いで散っていった仲間の遺体だって収容しなければ疫病の元となるし、数こそ少ないが呪いの氷像と化してしまった者達を浄化する作業も残っている。


 今でこそ心優しい各国の魔法使い達が手を貸してくれているが、それもいつまで続くかわからない。それどころか復興に回すべき金の多くは、彼らに支払わなければいけない報酬でもある。


 遠くない未来、破綻するのは目に見えていた。レオニードの後を継いで初めて理解した。彼がかたくなまでに都市の経済活動をギリギリまで生かそうとした理由が。


 一度破綻してしまえば、何らかの形で搾取されるのは確実だ。


 国に搾取されれば、カギという特別な立場は不審の名の下に廃止され、領主の立場も国から派遣されたイエスマンにすげ変えられるかもしれない。魔法世界に搾取されれば、実験動物同然に扱われ、代々血を繋いでいくだけの監禁生活が待っているかもしれない。


 他にも想像出来る未来はたくさんあったが、いずれも暗い未来であることには変わりなかった。


 ステヴァンには彼女の手を取る未来しか残されていなかったのだ。


「ふふっ、まぁいいさ。君は契約をきちんと果たしてくれたし、個人的な約束も守ってくれた。確かにこの地で得られる物語は、底を突いたようだ」


 現在、都市の復興を行っている魔法使い達の中には、ダンタリアの眷属が紛れている。ある眷属は残された森羅の使い魔の討伐隊に参加し、ある眷属はガレキの撤去に精を出し、ある眷属は傷病者に癒しを与え、ある眷属は聖職者を騙って呪具の浄化を行っている。


 当然そのまま居座り続けていれば、尽きぬ魔力から周りに不審を与えるだろう。そのため、一定時間経つごとに持ち場をぐるりと入れ替えるのだ。


 まだまだ余所者が残っている都市内だ。小遣い稼ぎのはぐれ魔法使いだって無数にいる。そんな魔法使い達に紛れることで、ダンタリアは都市の復興スピードを劇的に速めていたのだ。


「それなら_」


 ダンタリアの言葉に、ステヴァンが安堵の声を上げる。


 そもそも何体もの眷属を操っておきながら、目の前の少女には消耗が見えない。こうして相対しているだけでも、全く底が見えないのだ。


 そんな魔王の機嫌を損ねてしまっては、都市は復興どころか今度こそ滅びる。そういった事からも、ステヴァンはダンタリアにお帰りいただきたかったのだ。


「けど、君は最後の最後で約束を勝手に解釈したね」


「っ!」


 だが、事態は話し合いだけで終わらなかった。


 突然ダンタリアから、大量の魔力が放出されたからだ。


「私は言ったはずだ。この契約に関して、少年には内緒にしてほしいと。今まで君は言われた通りに振舞っていたが、今日の別れの際に、ポツリと少年に言葉を残してしまった」


「い、いや、あれはマルティナちゃんの態度に関する問題で_」


「その悪魔祓い(エクソシスト)の態度を歪めているのは、私との契約だ。わざわざ感付かれるような言葉を残すのは、ちょっとばかし迂闊なんじゃないかい?」


「うっ、ぐっ......」


 形の無い魔力が、ただ室内に広がっているだけ。


 言葉にするとそれだけのことだが、この魔王がその気になれば、周りの魔力は一瞬で殺戮魔法に変貌するだろう。


 そんな無言の圧力をかけられるステヴァンからすれば、この場の空気は高山の山頂の如く薄く感じた。


 触れることは出来ない。けれど確かに存在する凶器を前に、ステヴァンが頬から冷や汗を零した瞬間、ふっと幻だったかのように圧力が消え去った。


「なんてね。そんなところにまで目くじらを立てていたら、少年と関わる全ての要因を殺戮して周らなければいけなくなる。少年と出会う以前ならまだしも、今の私にとってそんな行いは無意味どころか不利益に働きかねない」


「......」


「復興が終わるまでは着実に仕事をさせるし、終わった後は煙のように消えさせる。それでこの契約はお終いだ。今回の作戦は騎士団としても相当に無理をして実行した作戦だ。心配しなくても次は無い。今回はね」


 ダンタリアがどこからともなく杖を取り出し、地面に円を描いた。すると、床には大きな黒穴が出現する。


「裏を返せば君が表舞台に顔を見せるのは、これが最初で最後だ。悪魔の襲撃を耐えきった希望の都市と共に、観劇者の役割を楽しむといい」


 それは皮肉か、あるいは本心からの言葉か。


 緊張から解放されたばかりのステヴァンには判断が付かなかった。今の彼にあるのは、生き残ったことに対する安堵だけだった。

次回更新は10/28の予定です。

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