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君の献身に心からの感謝を

「俺が身寄りのない浮浪児から、親父に保護された所まで覚えているかい?」


「はい。裏路地で命の危機に曝され、無意識の内に魔法が発現したんですよね?」


「そう、そこから数年後の話だ。すぐに情報封鎖を敷かれたとはいえ、町中で魔法が暴発しちゃったからな。理由を知らない住民はともかく、魔法を知る奴らに取っちゃ、俺はすでに有名だったわけだ」


「そりゃ大きいとはいえ、閉鎖的な世界ですからね」


「そう。それで親父直々に見出されたこともあって、俺は将来有望だってちやほやされてさ。才能があって、地頭も悪くは無かった。そんでぐんぐんと階級が上がり、一部隊を任されることになった。その頃は端的に言うと、えらく調子に乗っていた時期だったよ」


「今のステヴァンさんからは想像出来ません」


「ははっ! 今その姿が想像出来たなら、俺はとんだクソ野郎だろう?」


「あっ、いや、そんなつもりじゃ」


「気にしてないさ! 話を続けるよ。そんである日、調子に乗りまくっていた俺に、ついに実戦の機会が訪れた。相手はカルト宗教とテロリストを足して割ったような魔法使い集団。国軍が対応しても良かったんだが、ほら、親父は圧力をかけられていたろ?」


「まさか......」


「そういうこと。国にせめて奉公くらいはしろと押し付けられ、お鉢が回ってきたわけだ。まぁ、親父も面倒事を押し付けられた程度にしか思ってなかったろうさ。相手は五人、しかも入門程度の魔法しか使えない。何事も無く、片付けられると思ってたんだろうな」


「......そうはならなかったんですね」


「正解だ。その時任務を任された制圧部隊こそがウチの部隊。調子に乗りまくったバカが率いる部隊だった。いくら将来有望と言えど、初の実戦。求められているのは、せいぜいが使い魔を用いた敵拠点の索敵くらい。でも、ここでバカは調子に乗った」


「......」


「自分の使い魔で相手を撹乱させる。その間に制圧をしろとバカな命令をしちまったのさ。当時の俺が扱えた使い魔なんて、殺傷力はゼロに等しい。そして、このバカはわざわざ奇襲の優位を捨て去った。どうなったと思う?」


「大怪我を、したとか......?」


「ふふっ、実戦慣れしていた相手方は、素晴らしいチームワークでこちらを迎撃した。相手方を全員仕留めた頃には全員が負傷し、俺を庇った一人が死んだ。バカな俺の作戦に、最後まで反対していた奴だった。そんな隊長、見捨てちまえば良かったのにな」


「それは......」


 いくら傷心の翔と言えど、考えずにはいられない話だった。


 自分の判断ミスにより部下が死ぬというのは、一体どれほどの重圧なのか。


 きっと想像を絶する苦痛のはずだ。なにせ実体験を話すステヴァンには、そんなバカな隊長の面影は残っていないのだから。


「あの時は凹んだよ。俺は戦いも、そして人の死も軽く考えていた。こんなに簡単に人は死ぬんだ。そして俺が仲間を殺したんだ。そう思うと、俺は部屋から一歩も出られなくなった」


「えっ......」


 似ている。今の自分の境遇と。


 翔は気になった。そこから立ち直った方法を。そうして今のステヴァンを作り上げた何かを。


「引きこもって一週間が経った時かな。不意にボルコさんが部屋に押し入ってきて、俺を車に突っ込むと行先も告げずに走り出した。そうして数時間くらい走ったかな。とある貧しそうな村で車は止まった」


「村、ですか?」


「俺も何でこんなところにって思ったよ。そうしてよろよろと車から下りれば、なぜか村人達が俺に感謝を告げてくる。少なくない金を俺に手渡し、涙を流す者までいる。困惑するしかなかったな」


「そう、ですね。俺もそれだけじゃ、何が何だか」


「そうして訳の分からない歓待を受けた帰り道。運転していたボルコさんが、答え合わせをしてくれたよ。あの村は、魔法使い達に搾取され続けていた村だったのだと。だから村人達は、お前に感謝しているのだと」


「......そっか。国から手配されてるくらいだから」


「そしてボルコさんは言葉を続けた。お前が失った部下の事で後悔を続けているのは知っている。けれど、どれだけお前が愚鈍な隊長であったのだとしても、魔法使い達を仕留め、多くの命を救った事には変わり無い。もうそろそろ、守り切った命を誇ってもいいはずだってね」


「あっ......」


 きっとステヴァンはこれが言いたかったのだ。


 いつまでもレオニードを守り切れ無かったことを嘆く翔に、前を向いて欲しかったのだ。


 その証拠に、ステヴァンの顔は笑っている。翔のことを親身になって思っているのだと、優しい笑顔を作っている。


 ステヴァンが見せた景色も、話し合いにこの場を選んだことも、きっと墓まで持って行きたいだろう記憶を語ってくれたことも全て、翔に立ち直って欲しかったからだったのだ。


「翔君。本当に長い間、親父の死を悼んでくれてありがとう。けど、君もそろそろ報われるべきだ。守れなかった命を悔いるよりも、守り切った命を誇る側に回っていいんだ」


「でも、でもっ!」


 そんな時、コンコンとドアを叩く音がする。


「ちょうど良かった。入ってください」


 ステヴァンの声に導かれるように、中に入ってきたのは二人。乳飲み子を腕に抱えた女性と、両目を布で目隠ししている奇妙な老人だった。


「あなた方は......」


「紹介するよ。彼女は向こうのカギの伴侶。そしてこの子が未来の領主様だ。俺が無理を言って、悪魔殺しであるこちらのイルファーン殿に連れてきて貰ったんだ」


「えっ......」


「......亡くなった者を心から(いた)む。それが親類であれば当然であろうが、知り合い程度では中々出来ぬことだ。小僧、お前のために犯したリスクは、悪いものでは無かったようだ」


「えぇ。本当に。こんなに若いのに、私達のために命をかけて戦ってくれたのね。きっとステヴァン様のお誘いが無ければ、永遠にお礼を言えず仕舞いだっただろうから。ねぇ、良ければこの子を抱いてくれないかしら?」


「はえっ? えっ、えっ、えぇっ?」


 紹介こそされたが、逆に言えば紹介しかしてもらっていない。だというのに、女性は一方的に感謝を述べ、自らの赤子を翔にも抱いてみるよう促してくる。


 当然断れる訳もなく、割れ物を扱うかのような慎重さで受け取ると、すぐに感じたのは温かさ。


 こんなに小さく、こんなに儚げに見えるというのに、この子は懸命に生きようとしている。世界へ自分は生きているのだと発信している。


 生命力と言う意味では、この子よりも翔の方が断然上だろう。だというのに、翔はこの子から生きるための活力を与えられているかのような錯覚が、彼の中で生まれていた。


「翔君、君が戦ってくれたから悪魔は撤退を余儀なくされた。悪魔が逃げ去ったからこそ、その子は今もこうして健やかに眠っていられるんだ」


「あっ......」


 何故か反射的に言葉を返そうとした翔だったが、肝心の言葉は何も出てこない。それどころか、今まで彼を覆っていた暗雲のような何かが、赤子から発せられる熱と共に掻き散らされていくのを感じる。


「あらためて言わせてほしい。翔君、この都市を守ってくれてありがとう。多くの命を守ってくれて、本当にありがとう」


「何で、何でそんなに優しんですか! 俺の、俺があんな、うっ、うぅっ、うぅぅっ!」


 もう翔には、自身の瞳から流れる涙を止めることは出来なかった。


 人魔大戦で初めて訪れた親しき者の死。


 翔の心を大いに曇らせた暗雲は、多くの人々の優しさによって、心の片隅へと仕舞われることとなった。

次回更新は10/20の予定です。

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