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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第一章 三枚舌と縊り姫

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舌の根貫く神の雷 その二

「いくわ」


 そう一言つぶやくと、姫野は全速力でカタナシに向かっていく。


 現在、悪魔陣営は姫野を抑え込んでいた二言が真っ二つに両断され、主力であるカタナシも発動した魔法を予想外の力業で突破されてしまい、次の魔法を放つのに準備がいる状態だ。


 好機を逃す理由はない。カタナシは成す術もなく、姫野に切り捨てられるはずだった。


「やむをえません......()()()()()!」


「!?」


 だが、姫野の攻撃は成果を得られなかった。彼女の目の前に突然燃え盛る竹藪が姿を現したのだ。


 今しがたカタナシが使用したのは、回文をつぶやくことによって発動する魔法。


 その魔法は翁面の老人、一一(ひひ)の使う魔法だったはず。姫野は驚きで微かに目を見開きながらも、寸でのところで竹藪に突っ込むことなく急停止した。


(私達を(あざむ)くために、今まで(はなし)の魔法しか使えないと偽装していた? ......ありえない話じゃない。元を辿(たど)れば眷属達はあの悪魔が生み出したもの。眷属が使える魔法を使えないと考える方がおかしいわ)


 それは言葉の悪魔による賭けの一つだった。眷属と自分がそれぞれ別の魔法を使うことで、自分には強力だが発動に時間がかかる魔法しかないと相手に誤認させる。


 それによって止めを刺そうとした相手の隙を突く。実際に姫野の攻撃を防いだのだから、見事な作戦だったと言えるだろう。


 しかし、姫野はそれに疑問を覚える。


(確かに私の攻撃は無効化された。けれど、それだけじゃ噺の魔法を使うまでの時間は稼げないし、駄洒落と回文は威力が低い。......どう考えても私がカタナシを討伐する方が早いはず。ここまで追い詰められてから使うんじゃなくて、最初から全ての魔法を使った方が楽だったのに、一体どうして?)


「おほほほほ、我が主の行動に疑問を覚えているのでしょう? 私が生きている、それが答えですよ! 飴の雨!」


 その声に振り向いた姫野が目にしたのは、討伐したはずの二言の姿だった。しかも二言の身体は両断した部分が元通りに修復され、動くことに支障が無いように姫野には見えた。


(迂闊ね......両断した時に大量の魔力が霧散したせいで討伐できたと勘違いしてた。いえ、何も起こらなければ討伐は出来ていた......カタナシの魔力が大きく減っている。削られた傍から魔力を補填されたおかげで消滅しなかったのね。......そういうこと。あの魔法による時間稼ぎは、眷属を修復するため。でも、それでも......)


 本来この決戦では、二言だけではなく、一一も姫野の前に立ちはだかっていたはずだ。


 二体の眷属が残っていれば、例え一体がやられたもその間はもう一体が足止めし、その間にカタナシが修復といったイタチごっこを続けることが可能。


 だが、一一はもういない。戦法を変える必要がある。だからあえて魔法を秘匿することで、万が一の際の時間稼ぎに利用したのだと姫野は思う。しかし、だとしてもカタナシが魔法を秘匿するほどの価値はあっただろうかと同時に思った。


 何か、何か違和感を覚える。もう少しで真相にたどり着きそうな違和感が。


 だが、そこまで考える時間は無かった。復活した二言によって姫野は挟まれた形となったからだ。このままでは危険だ。早く動かねばと思った時だった。


 トスッという小気味良い音と共に、姫野の肩にガラスに近い質感をした、緑色の(とが)った物体が突き刺さった。


 傷はそれほど深くは無いが、刺さった一本を皮切りに、色取り取りの物体が姫野の周囲に降り注いでくる。


(これは......二言はさっき飴の雨と言っていた。なるほど......尖らせた飴を空から振らせる魔法ってことね。左は手だけじゃなくて、腕も犠牲にしないといけないみたい)


 大きな木陰に転がりつつ、火傷によってまともに物も握れなくなった腕を、頭と首を守るようにかざす。


 トスッ、トスッ、トスッと軽快な音を立てながら、かざした腕には何本もの雨が突き刺さっていく。


「それではお聞きください! 一眼国(いちがんこく)!」


 身を守るためには必要だった防御の時間。しかし、それはカタナシが噺を始める足る、致命的な隙をとなった。


 こんなまともに身動きも取れない状況で魔法を使われてしまえば、たとえそれがどんな魔法であろうと防ぐことすらままならないだろう。


 止めなければ自分は負ける。姫野がカタナシの元へ向かおうとした時、当然のように二言がその歩みを阻んだ。


「両断されている間に、あなたを()ませるとっておきを思いつきましたよ! ()()()()()()()()!」


 阻む二言を斬り伏せるために、姫野は刀剣を振るう。


 刃と拡声器がぶつかり、大きな火花が散る。先ほどまでは姫野が生み出した雷の刀剣、その刀剣から流れる電流によって二言にダメージを与えられていた。


「があぁ......! おっ、おほほほほ! 痛い、実に痛いが耐えられる! さぁさぁ何度でも打ち込んできてみなさい!」


 だが、今度の二言は立っていた。苦悶の声を上げながらも、姫野の刀剣をしっかりと受けてめていたのだ。


(さっきの魔法の効果? 雷をいかがわす血......文字通りに解釈するなら、雷みたいな血液。悪魔にとっての血液を魔力と考えるなら......まずい、耐性を付けられた)


 姫野が振るう刀剣は、雷が形を変えたものだ。


 刀剣であるから切り裂くことは可能だが、その力の大半は刀身を走る雷撃にこそある。その雷と同様の魔力を身に宿されてしまっては、威力は半減どころの騒ぎではない。


 そして何よりも憂慮すべきは、カタナシが眷属の魔法も使用出来るということだ。


 二言がとっさに思いついた魔法のため、まだ情報共有はされていないのだろう。


 だが、先ほどの魔法をカタナシにも唱えられてしまったら、ダメージを与えることすら難しくなる。倒し切るなど論外だ。


 唱えられていない今こそが最後のチャンス。勝負に出るしかない。姫野はそう判断した。


 姫野は切り札を切ることを決めた。


 本来、彼女から対価を得るために力を貸し与える神々は、他の神々との力の両立を許容しない。俺が粉をかけているというのに、横入りとはどういう了見だ、という単純で醜い理由だ。


 しかし、どんなことが原因であろうと、力を借りる姫野としては迷惑この上ない制約だった。この制約のせいで負傷したことはつい最近の話なのだから。


 だが、あらゆる物事に例外があるように、この制約にも例外があった。一部の非常に相性が良い神達の場合、姫野に大きな負担こそかかるが、同時に使用することも可能なのだ。


 例えば時代によって名前こそ変わったが、同じ神剣を用いて武勇を立てた神達のように。


倭建(やまとたける)(のみこと)様、御力をお貸しください」


 姫野の刀剣が雷へと姿を戻し、弓と矢の形に姿を変える。


 この時点で彼女は二言から一切の注意を外し、狙いを燃え盛る竹藪の向こうにいるカタナシのみに絞った。


「おやおや、私を無視してまで我が主を狙うとは傲慢が過ぎますよ!」


 当然、注意を外された二言によって拡声器が姫野に何度も振るわれた。


 一度目は脳天へ、二度目は腹部へ、何度も何度も振り下ろされる。


 だが、頭から滴り落ちた血が片目の景色を真っ赤に染めようと、姫野は己とカタナシとの位置を測り続けた。


 そして、側頭部に打撃を受けた際に、姫野はわざと大きく吹き飛ばされた。


「なっ! これだけ攻撃にさらされても、集中が途切れない!?」


 姫野の異常な集中力にさしもの二言も驚愕を隠せず、言葉も崩れた。


 驚愕による大きな隙。これのせいで魔法発動のタイムラグと物理的に距離を離された二言は、刹那の戦いからはじき出された。


 痛みと衝撃の中でも姫野は集中を切らさない。外さぬために、一撃で仕留めるために、そしてカタナシを狙撃できる絶好の位置を、流れる魔力を利用して探り当てた。


 空中で姫野は、弓の弦を使えなくなった片手の代わりに、足で支えることで引き延ばす。


(いかづち)よ敵を討て、武御雷(タケミカヅチ)!」


 そして矢が放たれた。


 放たれた一筋の雷光は地面を滑るように二言の脇を通り抜け、神に至った青年が青々と茂った草原を切り払った逸話を再現するかのように燃え盛る竹林を根こそぎ切り払い、その先のカタナシの胸を貫いた。


「ごっ!? があああぁぁぁ!?」


「わ、我が主いいいいぃぃぃ!」


 衝撃の瞬間に拡声器を取り落とし、吹き飛ばされたカタナシは巨木に叩きつけられ、そのまま矢によって(はりつけ)にされた。


 そして突き刺さった矢から、巨木の方へと逃げるかのように雷が流れ出す。当然間に挟まったカタナシもこれでもかと感電させて。


「ご!? ぼおぁごぼ! ぼごっ......ごはっ......」


 そして矢が完全に姿を消すことで地面にずり落ちたカタナシは、煙を所々から吹き出しながらその場で身動き一つしなかった。


「よかった。なんとか倒した......」


 地面に倒れ伏していた姫野もよろよろと立ち上がる。


 いつの間にか飴の雨は止んでいた。主の敗北を目の当たりにしたためか二言は片膝をつき、茫然としていた。


 カタナシが消滅すれば眷属である二言も消滅する。そのため姫野もあえて止めを刺そうとは思わなかった。


「時間をかけすぎた......早く天原君の所に行かないと」


 自分の戦いは終わりを迎えたが、この瞬間も向こうで翔は戦っている。


 ふらふらとした足取りで翔の元へと向かおうする姫野。しかし、ふと一つのとても小さな魔力の動きに気付いた。


 それはたった今倒したはずのカタナシの魔力によく似ていたが、魔力の質はカタナシに比べると格段に上だった。


 その魔力が微かにカタナシへと流れ込み、魔力を回復させていたのだ、まるでカタナシを消滅から守るかのように。そしてその魔力はカタナシが取り落とした拡声器から漏れ出しているようだった。


 姫野は全てを察した。


御稲荷(おいなり)様、御力をお貸しください」


 姫野は即座に走り出した。


 雷の神剣の代償はこの場で払えるものでは無いため、二度は使えない。


 そのため代償に大量の油揚げの奉納が必要になるが、瞬発力では武神、軍神達に引けを取らない獣神の力を姫野は借りた。


 借り受けた力により、彼女の頭部には半透明で薄赤色の光を帯びる狐の耳、臀部には同様の尾が出現する。重傷を負った左手を動かすことはままならないが、それでも四足の内の三足を用いた歩法にて、野を駈ける獣のごとき速さで拡声器に近づいていく。


「気付いたかニンゲン! ならばここで必ず殺す! 布団が吹っ飛んだ!」


 姫野の動きに反応し、今までの崩れ落ちていたのは演技だったと言わんばかりに二言が魔法を繰り出した。


 飛んできた火を噴く掛布団を姫野は躱す。


「土管がドッカーン! 飴の雨! 井戸が移動!」


 対する二言も今までの小出しにした魔法の発動とは違い、強力な魔法を連続で繰り出していく。


 土管の破片が飛び散り、空からは尖った飴が再び降り注ぎ、地面の数か所から底が見えないほどの穴が出現する。


 その猛攻はとてもさばき切れるものでは無い。命に関わりそうな穴だけは必死に回避しながら、他の攻撃は致命傷にならない部位でわざと受けた。その間も足だけは止めない。


「馬ごと埋まる! 海藻ごと海に返そう! 靴がくっ付く!」


 突然地面から姿を現した腐乱した馬が姫野の足に噛みつき、森の奥からは昆布が出現して身体に絡みつき、靴は完全に地面と接着し動かなくなった。


 だが、それでも姫野は歩みを止めない。


 足と手から半透明で薄赤色の爪を生やして昆布を切り裂き、馬のぐらついた首を落とすと、靴を脱ぎ捨てまた走り出した。


「ガスを逃が......がはっ! クソッ、魔力が、魔力が足りん。止めろ、私達の夢を壊すつもりか! 止めろおおおぉぉぉ!」


「夢を見るのは自由よ。でも、他人を巻き込むことは感心しないわ」


 姫野は地面に落ちた拡声器に辿りつき、鋭くとがった狐の爪で拡声器を粉々に粉砕した。


 今度こそ、今度こそ二言は地面に崩れ落ちた。


「......これで本当に終わりよ」


「......はっ......そのようだ......」


 姫野の声に応えるかのように、拡声器から今まで聞いたことの無い落ち着いた男性の声が漏れ出す。


「あなたが()()()()()()()ね」


「あぁ......やはり......三寸(さんすん)を救おうと......考えたのが最大の過ちだったか......」


 眷属に魔力の大半を預けて、本体である悪魔は魔道具程度の付属品として振る舞い姿を隠す。


 そうして、いざというときには眷属を(おとり)にして本体は生き延びる。対人間を想定した、悪魔の生態を利用したトリックだった。


 これが力無き身でありながら、様々な計画を練って勝利を得ようとした言葉の悪魔、音踏(ねぶ)みのカタナシ最後の計画だった。


「そうね。あの魔力の流れが無かったら、あなたを見逃して天原君の元に向かっていたわ。騙されないつもりだったのに、危うく二回も騙される所だったわ。だから聞かせて。どうしてあんな行動をしたの? 眷属なんていつでも生み出せる消耗品のはずなのに」


 眷属とは悪魔の配下、そして都合の良い消耗品。そんな相手を見捨てさえすれば、カタナシの計画は成功していた。彼は逃げ延びられたはずだったのだ。


「お前にとっては玩具(がんぐ)でも......私にとっては......かけがえのない仲間になっていたからだよ......それ以上の......()()が必要か?」


「......いいえ。私も天原君を助けるために、少し無茶をしたもの。お互い様よ」


一一(ひひ)二言(にごん)を一人で足止めしたときは、かなり痛めつけてやったと聞いていたが......その打たれ強さも......計算外だった......」


「我が......主......」


 その時、二言がよろよろとこちらに向かってきた。


 いつも握っていた拡声器の姿は無く、身体のあちこちが砂のように崩れていっている。典型的な魔力切れのようだった。


「すまなかったな......一一(ひひ)......二言(にごん)......三寸(さんすん)......やはり私は......弱者だった」


「そんなことはございません! 悪魔殺しを翻弄し、螺旋魔法陣を完成させ、人類側の勢力を抱き込み、格上の魔王と手を組んでみせた。これだけの働きをした悪魔がどうして弱者と罵られる必要がありましょう!」


「えぇ。実際あなた達は厄介でとても手を焼かされたわ。この通りね」


 姫野が火傷やその他諸々(もろもろ)の傷でボロボロになった方の片手を、プラプラと振ってみせた。


「くっくくく......そうか......私達は強かったか......数奇なものだ......憎むべき悪魔殺しの言葉に救われるとは......そして......時間のようだな......」


 大破した拡声器が砂のように崩れ落ち始めた。


「私を(ほふ)った悪魔殺しよ......せめてつまらぬ死に方だけは止めてくれよ......口惜しきことに、私がこの世に生きた証はきっとお前にしか残らぬのだから......」


「言葉は毒でありナイフである。けれどたった一言が万病を癒す薬にもなる。上手く使うことです」


 その言葉を最後に悪魔と眷属達は消滅した。


「......えぇ。私が生きる限りあなた達のことは忘れない。御力使わせていただきます」


 姫野は悪魔達が消え去った場所へと頭を下げると、走り出した。カタナシのように、自分の仲間を全霊をもって救うために。

一眼国(一つ目の人間を捕らえて見世物にしようとした男が、逆に捕えられ一つ目の人間達の国で見世物にされてしまう噺)


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[良い点] 悪魔らしくない悪魔だな。 お返しをするなんて。
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