裏の全てを知る者は
「ふふっ、試練に挑む君の姿。しっかりと楽しませてもらったよ。第一段階は合格だ。第二段階を始めるにはもう少し時間がかかる。だから、それまでは自己研鑽に励むと良い」
「はい。ありがとうございました」
ダンタリアが生み出した、自身の結界でもある巨大な図書館。そこでは主であるダンタリアと、課された試練の達成報告を行う姫野の姿があった。
本来なら喜ぶべき場面であるはずなのに、姫野の顔に喜色は無い。そもそも感情表現に乏しいという根本的な問題はあるが、それにしたって今の彼女は心ここに在らずといったような、ダンタリアに聞きたくても聞けない質問があるかのような状態だった。
「少年のことかい?」
そんな姫野の態度を見て、ダンタリアは一言目から確信めいた質問をする。
「はい」
対する姫野もコクリと頷き、素直に肯定した。
「縊り姫、どうして君はそこまで少年を気にかける? 繋がりを深めたのなんて、ここ最近。実際に言葉を交わした数だって、その感情には似つかわしくないほど少ないはずだ。だから聞かせて欲しい。縊り姫にとって、少年は何者だい?」
「継承様を満足させられる答えを、私が示せるとは思いません」
「それでもだよ」
「......天原君は、私の人間性だと思います」
「はて、それはどういう意味だい?」
「彼は、祝福に覆われた私を対等だって言ってくれました。私の苦労を少しでも肩代わりしたいと言ってくれました。言葉足らずな私にとって、天原君と過ごす時間はきっと、巫女ではなく人であると実感出来る時間なんだと思います」
「......ふふっ、なるほど。傍から見た君の人生は、与えられるだけ与えられ、最後には根こそぎ奪われることが確定した、まるで脂肪肝のガチョウのような人生だ。だが、少年はその呪われた恵みを背負ってくれると言った。出来る出来ないではなく、その言葉は真に迫っていた」
「はい」
「一人で受け止められない恵みだからこそ、君はガチョウのように神の食卓に上がる羽目になる。けれど、その恵みを二人で分かち合ったら。君は厳しくも自由な大自然に向けて、自らの羽で飛び立つことが叶うかもしれない」
「はい」
「君をニンゲンの座に繋ぎとめる楔。それが彼というわけだ。中々どうして詩的な表現じゃないか。面の表現力の割には、こちらの表現力は悪くない」
「詩歌は多くの御方に求められるものですので」
「ほうほう。それは盲点だった。やはり選り好みせずに、神の、いや日ノ本の神の生態程度には食指を伸ばして学びを得るべきかな。ありがとう縊り姫。満足出来る会話だった」
「それでは、その......」
「あぁ、少年についてだったね。先に謝っておこう。あの戦場の推移を語ることは、非常に多くの国々の国益に影響する。そして私は永劫中立の身だ。後は分かるね?」
「ここで私に情報を漏らすことは、多くの契約違反に直結するということですね?」
「その通り」
「そうですか」
見た目こそ大きな変化は無いものの、その声のトーンが一段階下がったのは明白だった。
そしてダンタリアもそれを予想していたのだろう。苦笑しながら、言葉を続ける。
「けれど私に期待する物語の続きを語ってくれた君に、何の褒章も与えないのも契約違反と言えるだろう。だからこの一言だけを与えようと思う」
「はい」
「少年は帰ってくるよ」
「っ」
一瞬だけ姫野の瞳に鮮やかな色が混じったのを、ダンタリアは見逃さなかった。
「後は反芻し、答えを導き出すことだ」
「はい。ありがとうございました」
その言葉を最後に姫野はいくつもの勾玉を用いて、器用に天井の出口から姿を消す。
それを見届けたダンタリアは、わざとらしく後ろを振り返った。
「さて。鬼胎、いるんだろう?」
「これハ、コれは。遂に我ガ根源魔法も、致命的ナ穴を見つけられマしたかな?」
ダンタリアの声に反応して現れたのは、いつぞやと変わらない人形を寄せ集めたかのような奇怪な体躯。恐怖の魔王、鬼胎だった。
「いいや、君の魔法は完璧だったさ」
「デは、なゼ?」
「君がここを離れてから、あらためてここを訪れたのはさっきの縊り姫が初めてだ。騎士団の話を私と語らうには、このタイミングが一番ベストだと思ってのことさ」
「一本取られまシたな。状況証拠のミで感付かレるとは、非才ノ我が身を恥じ入るばかり」
「無断で私の結界に出入り出来る存在が、非才を主張したって皮肉にしか聞こえないよ。おおかた同影恐形で縊り姫に潜り込んでいたんだろう?」
「おォ。そこまで見抜カれるとは、恐ろしヤ恐ロしや。あまりに恐ろしくテ、この場デ永劫の安心を得ようと思ってしまうホど」
「ふふっ、久しぶりにやるかい?」
ざわり。ただでさえ静かな図書館内を、真の静寂とでも呼ぶべき無音が支配する。
「ゴ遠慮を。貴方を恐怖デ、縛ル確立よりも、私の恐怖の衣ヲ、剥がサれる、確立の方ガ高いゆえ」
「......そうかい。なら本題に入るとしよう」
「是。騎士団ノ、野望の成就ニついては?」
「まだ見てないから何とも言えないね。実は今回ばかりは、決着してから見ることに決めていたんだ」
「何ト。継承タるその身が、知識の蒐集ニ、待ッたをかけたと?」
「そんなに驚くことじゃないさ。よく言うだろう? 本当に楽しみな物語というのは、完結してから一気に読み進めるものだと」
「ナのに、肝心の情報にハ、縛リを?」
「表の大戦の影響だろうね。現代に生きる多くのニンゲンは、騎士団をツーマンセルを重んじる同盟だと勘違いしている」
「ダが、それハ、大キな、誤リ」
「そうさ。騎士団が一番重んじているのは、上下関係だ。どれだけ上位国家の代表だろうと、悪魔であれば下位国家の魔王に傅く様に。魔王同士であれば、プライドをかなぐり捨てて上位国家側の魔王に忠誠を誓う様に」
「ソれを、実現スるために、多くハ、魔王ト悪魔の、ツーマンセルを取ル」
「そう。魔王と悪魔、魔王と魔王なら構成としてあり得なくはない。順位に大きな差があれば、悪魔同士のツーマンセルも成り立つだろう。けれど、森羅と零氷は大きな差の無い下位国家。その時点で上下関係なんて存在しないも同義なんだ」
「故ニ、考エるべきは、スリーマンセルでアる可能性」
「その通り。ニンゲン達は、最後まで事の大きさに気が付いていなかったんだ。背後に魔王が備えているのを知らずに、下位国家所属の悪魔二体さえ討伐すれば、それで終わりと考えていたんだ。あまりにも浅い認識と言わざるを得ないね」
「蒐集を控エたと、聞イた故、推移と結果ハ、零す気無シ。けれドも、それモまた、浅イ認識と、足り得るノでは?」
「騎士団の野望が成就していたかもってことかい?」
「然リ。ソも、その口調ハまるで、失敗を確信シての、モのでは?」
「ん? あぁ、私も三枚目くらいまでは抜けるだろうと思っていたよ。けどね、あの戦力では三枚が限界だ。どう頑張ろうと、四枚抜きには届かない」
「何ゆエ?」
「ふふっ、私の予測だと決着まではもう少々先だ。それでもネタバラシが欲しいなら、交換といこうじゃないか」
「拒否スる。継承ノ天秤は、重心ガ、正シい時の方が稀だ」
「おや残念。でも、せっかくこの場まで訪れてくれたんだ。さっきの縊り姫じゃないけれど、一つ事実だけを伝えてあげよう」
「ホう。それハ、重畳ノ結果」
「騎士団を阻む大きな壁。それは、愛だよ」
「アい?」
「そう、愛だ。深い愛ゆえに彼らは見逃し、その愛の力を以て彼らは敗北を悟るのさ」
「余計ニ、混迷を深メる言葉。だガ、そのオかげで、愉悦が増エた。騎士団ノ敗北は、キっと、至上の肴とナる」
「ふふっ、悪い魔王だ」
「おヤ、鏡の魔王ハ、こコには、居りまセぬぞ?」
「どこを見たって、悪い魔王しか存在しないじゃないか」
「コれは、一本ヲ、取ラれ申した」
悪魔の宴は続く。人類の悲劇と同胞の失敗を肴として。
次回更新は8/27の予定です。




