月下に煌めく剣と剣 その二
「ぐううっ! おらあぁぁっ!」
木刀と極大剣がぶつかったことによる鈍い音が響き渡る。
ハプスベルタによって振り抜かれた鉄塊。
翔はそれを真正面から受けることはせず、木刀を斜めにぶつけて力を逸らすことで、どうにかさばききった。
しかし、一番初めに行った連撃のように、一度の対応では終わらせてくれないらしい。
翔が逸らしたと確信した瞬間に、極大剣は姿を消していた。とっさにハプスベルタに目をやると、すでに彼女は別の構えへと移行している。
(受けた瞬間に剣が消えた!? あの構えは突き!)
次の瞬間、小振りの剣であれば振り下ろしと言えるほどの、広範囲の突きが繰り出された。
「くうぅっ!」
翔は今度も木刀で極大剣をかち上げるように受けて、暴力の塊との正面衝突を回避する。
(一度目のぶつかり合いで分かった。こいつ相手に避けるのは、悪手だ。悪魔に体力の概念があるかは知らないが、振り切った剣を即座に攻撃に使えるこいつの連撃は、永遠に途切れない! それに武器を弾こうが奪おうがこいつには意味がない! どんな戦闘マシーンだよ!)
「ははは、受けるのが上手いな! 刃の無い剣をどうして戦場に持ち込むのかと思ったが、なるほど受けることのみを考えるなら、折れたり欠けたりしない剣の方が役に立つ!」
ハプスベルタが翔が武器とする木刀に、勝手な解釈をして勝手な講釈を垂れる。
「そんな大層な理由じゃねぇよ!これしか出せねぇだけだ!」
暴走車による突進のような突きを防いだ翔は、お返しとばかりにハプスベルタの上半身を狙って突きを繰り出す。
しかし、彼女は即座に仕舞われた極大剣を盾のように出現させ、腹部分で安々と受け止めてしまった。
「うん? 君のそれは契約魔法ではなく、創造魔法だろう? その木製の刃を鋼鉄を両断する刃にすることも、刃の部分のみを金属に替えることも、魔力を纏わせて不可視の刃を作り出すことだって出来るだろう? どうしてそうしない?」
不審な顔を浮かべながらも、ハプスベルタは攻撃を止めない。極大剣を二度三度と振りかざし、翔に対応を迫ってくる。
「分かんねーんだよ! お前が最初に話した契約魔法だの変化魔法だのっても意味不明なのに、これ以上非常用単語を増やしてくんな!」
三度の斬撃に対しては、木刀による逸らしで対応する。絶望的な戦力差の中では、上出来な戦果だ。
しかし、彼の行動で成功していると言えるのは防御だけ。今の今まで、有効打と呼べる攻撃は何一つ放てていない。
今の自分がハプスベルタにダメージを与えるには、的確なカウンターを入れるしかない。そう判断した翔は、彼女の構えから次の攻撃を突きだとヤマを張った。
「なるほど......君は新兵ですらなく、徴用兵だったか。それならその魔力量に関わらず、単調な魔法しか用いないのは説明がつく」
憐憫の表情を見せながらも、ハプスベルタは四度目の攻撃を敢行する。
しかし、それは翔の望んだ極大剣による大質量で大振りの突きではなかった。懐に潜り込もうとしていた彼の頭を狙う、レイピアを用いた突きだったのだ。
(マズいっ!)
極大剣による突きをあらかじめ見せておくことで、相手にイメージを植え付ける。翔はハプスベルタの術中に嵌められていたのだ。
「ぐあっ!!」
カウンターを狙っていた翔が、咄嗟に防御に動くことは不可能だった。
頭を狙った突き自体は、首を捻ることで回避できた。だが、その代わりに肩の肉を持っていかれた。腹部の負傷の時とは比べ物にならない出血が起こる。
「出自を考えれば、二度目も及第点と呼べるかな? それにしても勿体ない。君の身体に込められた魔力。そして君自身の戦いの才能。どれをとっても私の宿敵に成りえる逸材なのに、いかんせん君には経験が足りていない。それだけが本当に残念だ」
一度目と同じように嵐のような連撃を突然取りやめたハプスベルタは、同様に評価を下していた。
二度目の攻防は、満足に足る物では無かったらしい。
「ぐっ、くぅぅ......仕方......ねぇだろ......! 悪魔殺しになって三日も経たない奴が、どうやって経験値を稼げってんだ!」
「ふぅん。なるほどね」
翔は肩を必死に手で押さえつけながら、ハプスベルタの言葉に皮肉を放った。
アドレナリンのおかげか、肩の傷は思ったほどの痛みを発してはいない。その代わりに、熱湯をかけられたかのような熱さを感じていた。
戦士としては業腹なことだが、ハプスベルタが攻撃を止めてくれたおかげで、息を付けている。今は腕を組んで何かを考える彼女を後目に、少しでも回復を図るしかない。
(油断はしてなかった。けれどあいつの方が一枚も二枚も上手だった。極大剣に目が慣れたせいで、最後も勝手に同じ突きだと思っちまった......。あいつの強みは武器を喪失しないこと、剣術の域を超えた連撃を放てること、そしていつでもその場に適した武器を選択できることにあったんだ)
それは翔のような真っ向勝負しか出来ない悪魔殺しにとって、対策しようもない能力だった。
剣士は間合いを何よりも重要視する。守るときは相手の得意な間合いを回避するように立ち回り、攻めるときは自分の剣が一番能力を発揮する場所で得物を振るうのだ。
しかしハプスベルタという悪魔はそれを許さない。攻撃の瞬間まで存在しない剣の間合いをどうやって測るというのか。
そして攻撃をなんとかいなしても、反撃に転じる頃にはとっくの昔に相手の武器は仕舞いこまれて防御姿勢が整っている。
構えを見て立ち回ろうにも、構えそのものをフェイントに利用されて、予想した武器と別の物を選択されれば手痛い反撃を喰らう。剣士殺しと言っても過言ではない能力だった。
(あいつが最初に言っていた、今は二本しか出せないって言葉。つまり魔力が十分ならあの構えのまま短剣だろうと曲剣だろうと自在に繰り出せるわけだ......強すぎる)
一国を率いる王の実力。その壁がどんなに高いものか翔は思い知らされた。
「ふむ、このまま君を殺すことは簡単だ。だが、圧倒的に実力が劣る君を殺めたところで、私には何の益も無い。そこでだ。今から君に、君の魔法の真価を教えたいと思う」
ずっと考え込んでいたハプスベルタだったが、いきなり妙案が見つかったとばかりにポンと手を叩いた。
「はぁ!? 何の話だよ!」
突然の魔法を教えるなどと言われても、信用など出来ないし、理解はもっと出来ない。
「言った通りさ。今から君に、君の魔法を教える。そうして私の宿敵に足るニンゲンだという可能性を見たいんだ。行ってみれば先行投資さ」
「どうしてそこで俺なんかに手を貸すことになるんだ!? 宿敵探しならお前達が見下す人間なんかよりも、悪魔の中から見つけた方が手っ取り早いだろ!」
「あぁ、それは無理なんだ。悪魔は私に恐怖することはあっても、振るわれた剣に恐怖することはないからね」
そう言いながらハプスベルタは極大剣を取り出した。翔はまた戦闘が再開されるのかと身構えるが、彼女はそんなつもりは微塵も感じさせずに話を続ける。
「少年、君は悪魔にも生まれに違いがあることを知っているかい?」
「知るはずないだろ」
「ははは、悪魔殺しになって間もない君が知らないの無理はない。悪魔には私のように魔界で生まれた者、多くの生物達の負のイメージを基にして生まれる者、そして生物や無機物が現世で多くの負の感情を獲得し、悪魔に生まれ変わる者の大きく分けて三種類があるんだ」
「それが俺を育てることと何の関係があるんだよ」
「関係があるのはこれからさ。この大剣の名前はアバトバリーヤ。小さな島国の王が、いつかこの剣を振るえる英雄が生まれてくれることを願って造ったものだ。しかし、侵略者に国を攻め滅ぼされるその日まで英雄が生まれることはなかった。玉座で敵兵に包囲された王は憤怒の形相で剣を持ち上げ、そして重みを支えきれずに潰れて死んだ。敵国の兵士達はそんな王の最期を嘲笑ったが、心の中ではもし自分にあんな特大剣が振るわれていたらと想像し、皆恐怖した」
そこで言葉を切ったハプスベルタは極大剣の腹を慈しみの表情をもって撫でた。そして極大剣を仕舞いこむと今度はレイピアの方を取り出した。
「このレイピアの名前は、持ち主と同じアラン。当時急成長を遂げた貴族の長男であったアランは剣術の天才で、将来剣で名を遺すことを約束されていた。しかし、権力に笠を着せて婚約者を奪い取った上位貴族との決闘を目前にして、その親によって毒殺されてしまい、剣は一度も日の目を浴びることはなかった。それでも毒殺されていなければ、剣の錆になっていたのは自分だったかもしれないと敵対していた貴族達は恐怖した」
ハプスベルタがヒュンッと一度レイピアを大きく振り、その峰を撫でた。
「どうだい少年、今の話は。一度も耳にしたことが無いだろう?」
「あぁ、あいにく学校の成績も下から数えた方が早いんだ。聞いたこともねぇよ」
「そうだろうね。多くの生き物から恐怖や怒りを向けられた物は、悪魔に生まれ変わる。じゃあ中途半端に負の感情を集めてしまった物はどうなると思う? ......答えは身じろぎ一つできない物の姿のまま、意志だけ手に入れて魔界に堕ちてくるんだよ」
ハプスベルタは悲しそうに語った。
「そう言った物達は、ある意味何も成さず何も残さなかった物達より数段悲惨だ。何せ意志はあっても動けない、助けを求めようにも声も出ない。ただ魔力の塊として悪魔やそれ以下の魔獣なんかに食われるだけの生なのだから」
「それは......」
所詮は敵の親玉の言葉だ。全て嘘かもしれない。ただ、この話を語る彼女の顔は、本当に悲しげで憂いに満ちた顔であった。
「私が振るう剣達はそのような、悪魔になり切れず、ただの物としても終わることが出来なかった者達なんだ。そんな剣達が悪魔になるにはどうすればいいと思う? 答えは簡単だ。生前に集めた負の感情を超えるほどの感情を私が剣として振るうことで集めればいい!」
彼女の雰囲気が一変した。他者を想う慈しみの賢王から、望みを力付くでも手に入れようとする魔王のものへと。
ようやく翔も、ハプスベルタという悪魔を理解した。
「そういう......ことかよ!」
「もちろん、ただ弱者を虐殺するだけでは駄目だ。それでは負の感情を得るのは私になってしまう。人類の希望たる強者を下し、絶望を与えてこそ、私だけではなく私の振るう剣達も恐れられるのだ! だから私は宿敵を求めているのだよ!」
どうしてハプスベルタという魔王が時には手加減をして、時には相手に助力するのか。
それは彼女が強者を下したいのだ。強き者を下すからこそ人々は恐怖し、そんな彼女が振るう得物だからこそ人々の記憶に刻まれる。
強者との戦いのためなら、育成もするし、助力だって行うこともある。
そうやって得た魔力を持って、不幸な悪魔モドキ達を真の悪魔に昇華させてやること、それこそが彼女の望みなのだ。
彼女の国の国民と、今もなお彼女の中に眠る武器達からしてみれば、彼女は国民を想う優れた王であり、愛される王でもあるのだろう。
だが、その行動理念は絶対に人間と相容れることは無い。受け入れた所で彼女が行うのは、人類の希望である悪魔殺しを丁寧に摘み取っていく人間狩りだ。
こいつは絶対に倒さなければならない。翔は確信した。
「お前の中に何本の剣が収まっているのかは知ったこっちゃねぇ。けれど、お前を野放しにしていたらどれだけの血が流れるか分からねぇ!」
「いいね、その目だ。拒絶こそが闘争の始まりだ! 気付いていたよ。私が手加減をしていると感じた瞬間に、どうにか私を降参させられないか無意識の内に模索していたことを。その傲慢さ、そして歪んだ反戦主義、実に実戦を知らない新兵そのものだった! けれど私の本質を知って、君の握る剣には君の命だけではなく見知らぬ多くの命がかかっていることを思い知った! 守るもののためなら相手の必死の主義主張を力の限りを尽くしてねじ伏せる。そう、それこそが剣士だ。剣の担い手だ!」
「うるせぇ! うるせぇ! 悪魔ってやつはどいつこいつもクソ野郎だ! 根本的に歪んでやがる! さっさと俺の魔法について教えやがれ! その後に頭をぶっ叩いて、その性根叩き治してやる!」
「敵に教えを請いてでも勝利を求める姿勢、最高だよ。もちろん教えるとも。少年、君の魔法は君の想像力によってどこまでも進化する。想像を固め、確固たる一つの現実としてこの世に認識させるんだ。そうすれば君はなんだって生み出せる。さぁ、最後の切り結びだ。君の可能性を私に見せてくれ!」
ハプスベルタとの最終決戦が幕を開けた。
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