微かに見えた攻略の糸口
「あなたが私との会話を望んでいる方で間違いないね?」
「はい。このような時に、時間を割いていただいて光栄に思います」
中央指令室と化した己の私室で、レオニードは今、ボルコと共に一人の男と対面していた。
男の年齢はぱっと見た感じでは、レオニードより少しだけ下に見える。しかし、泥や砂、あらゆる粉塵が全身に付着し、男自身も非常に疲れ切っていることから、実年齢はもっと下かもしれない。
「世辞は止めてくれ。あなたからの情報で、この都市の命運が変わるかもしれないんだ。自分や自分の大切な人を守りたいと思うことにかけて、私達は同じただの人なのだから」
「それは......いえ、お気遣い感謝します。では、俺がこの場に訪れた経緯を話しても?」
「もちろんだ。始めてくれ」
つい先ほど中央に寄せられた一つの報告。
この惨状を引き起こしてしまったと語る運び屋が現れたという報告は、真綿で首を絞められるようにじわじわと不利を押し付けられていた人類側にとって、無視出来ない報告だった。
そもそも事前の段階の作戦では、結界を用いて都市内へ悪魔の侵入を阻むことを想定していたのだ。
それを気付かぬ間に侵入を許した挙句、結界は起動前に破壊され、都市内に使い魔の生産拠点が設置されているというのはあまりにも出来過ぎている。
その部分を知ることだけでも出来たなら、もしこの場は敗北に終わったとしても、残された都市に活かすことが出来るかもしれない。
そんな自己犠牲の精神もあって、レオニードは男を呼びつけたのだった。
「あの日、俺はいつものように仕事を探していました。一口に運び屋と言っても、受けられる仕事には案外格差が生じます。俺には長年に渡って誠実に仕事をこなした実績こそあれど、大口に噛ませてもらうコネは無い。表の仕事は大口だけだったため、裏の仕事を探しました」
「裏の仕事とは?」
そう言うのはボルコ。都市内の政治に深く関わる人間としては、裏の仕事という言葉に反応せずにはいられなかったのだろう。
「名前の通りです。表立って出来ない仕事を、俺みたいな個人の運び屋に依頼して運ばせる。商品は様々、盗品、密輸品、書類、クスリ、酷い時は人なども」
「お前はそんな事に加担していたのか!?」
そこまで聞いて、ボルコは怒りを露わにした。彼が仕えるレオニードは、長年に渡ってこのような犯罪が減ることに尽力してきたからだ。
それとは真逆を行く告白をされてしまえば、怒るのも無理は無い。
「......俺が受けていたのは、せいぜいが表に出せない書類の受け渡しまでです。まぁ犯罪者であることには変わりませんがね」
「......そうか。いや、すまない。声を荒げてしまった」
レオニードの努力によって犯罪は減った。けれども、まだまだそれ無しでは生きられない人間も多くいる。
少なくとも、こんな逃げ場のない場所を訪れてまで罪の告白をしてきた男に対して、ボルコは不必要な怒りをぶつけてしまった己を恥じた。
「慣れっ子だ。気にしていません」
「身内が失礼した。続けてくれるかい?」
レオニードが続きを促し、男は頷く。
「その日、裏の仕事場は大盛り上がりでした。大金を積まれやすい裏の仕事から考えても、あまりに法外な報酬の依頼が掲載されていたからです」
「依頼内容は?」
「依頼内容は密輸。ペット用と剥製用の動物を生きたまま所望しているため、出来るだけ多くの運び屋が必要と書かれていました」
「動物......そうか、森羅の使い魔! そういうことか...... だから森羅の悪魔は最初から都市内に使い魔を......!」
森羅の悪魔による襲撃は、あまりにも唐突で、あまりにも迅速が過ぎた。いくら生産拠点を都市内部に作られたとしても、その獣の波は膨大が過ぎたのだ。
けれども、その獣の波の何割かが、あらかじめ外部から流入されたものであるならば話は変わってくる。森羅の悪魔は初手の侵略を一体でこなしたわけでは無い。用意された尖兵を用いて、何か所もの拠点を同時に攻略していたのだ。
「しかし、いくら使い魔の保有魔力が少ないと言っても、魔力が存在していることには変わらないはず。それならば門のところで弾けたはずだ」
「その、これも俺の依頼主が言っていたことなのですが、獣達は強い薬で眠らせているから暴れだす心配が無いと。あなたのおっしゃる言葉の意味は分かりませんが、この話で何か参考になりますか?」
「......ボルコ。門の魔道具は一定の魔力に反応して警報を鳴らすのだったな?」
「えぇ、はい」
「ならば、活動可能なギリギリまで魔力を絞った使い魔ならどうなる? 森羅の悪魔にとって、使い魔は消耗品。別にいくつかが魔力不足で消滅しても構わないだろうし、最悪バレそうになったら自決させて証拠の隠滅にも走れるだろう?」
「......それならば......可能です」
「なるほどな。きっと門の魔道具についても、拉致拷問を行った際に情報を手に入れたに違いない。そうして悠々と戦力を整え、都市の攻略を開始したのだ」
「ですが、それならば悪魔本体はどうやって侵入したというのです? いくら魔力を削ろうとも、悪魔の存在可能な魔力量なら、必ず魔道具は反応したはずです」
あまりにも素直な侵入方法ゆえに、人類側は使い魔の侵入に気が付けなかった。こればかりは仕方ない。悪魔が事前に情報を入手する機会もあったのだから。
それでも悪魔本体に気が付かないほど、魔道具はポンコツでは無い。本来ならばけたたましい警報を鳴らしていたはずなのだ。
「それについても何か分かるかい?」
「......その、確認なのですが、お二人がおっしゃっている悪魔という存在は、もしかして緑髪にフードを深く被った、獣を操る少女のことを指しているのでしょうか?」
「知っているのか!?」
「......はい。というよりも、俺の車の助手席に乗せて運んだのが、密輸品取引の担当を名乗る、その少女だったんです」
「バカな...... 悪魔が素性を隠して車で移動するだと......」
その情報の衝撃故に、頭を抱えるボルコ。
彼の常識では、いや、一般的な魔法使いの常識では、悪魔が人間の道具を利用することは滅多にない。そんなことをすれば、見下している人間と同列であると他の悪魔達に哂われるからだ。
おまけに自分の名前を偽るなど、悪魔として見れば論外だ。
悪魔達はその多くが、現世で自分と所属国家の名前を売るために顕現している。だというのに名前を隠してしまったら、せっかくの名を売る機会が失われてしまうかもしれない。それを多くの悪魔は許容しない。
だが、思えば此度の悪魔達は、何もかもが常識から外れていた。人間を深く知り、人間を利用することに長けたその性格を知った時点で、このような大胆な作戦も予想するべきだったのだ。
「その少女は細かく移動日程の指示を出し、今思えば何かの日付に合わせて車を移動させていたようでした。そして、この都市に出来た長蛇の列に俺が嘆息した際に、何もしなくてももうすぐ入れると言ったんです」
「......そうか。私がトラックを受け入れたタイミングか」
レオニードもようやく、森羅の悪魔が仕掛けた謀略の全貌を理解するに至った。
拉致拷問で情報を引き抜いたのも、向こう側の都市に攻撃を仕掛けたのも、都市間の動きを見極めることに時間を使ったのも、全部が全部、この都市を攻略するためだったのだ。
あまりにも層が厚く、そして幾重にも張り巡らされた謀略の網。彼女の仕掛けた策の数を思えば、自分の知略などあまりに稚拙な物であったと思い知らされてしまう。
考えたくはない。しかし、現状が事実を物語っている。
自分の性格ゆえの失敗はあった。多くを守ろうとする甘さを利用されたのも本当だ。だが、何よりも自身の準備不足によって、この都市は窮地に立たされたのだと。
「その後は御覧の通りです。何故か私は少女に気に入られ、この都市を巻き込んだ生き残りゲームに参加させられることになりました」
「気に入られた? 悪魔としての言動なら正しいかもしれんが、普通気に入った相手を殺戮の中心に残したりはしないだろう」
「いえ、私以外の運び屋は、おそらく襲撃以前に口封じで殺されたものかと。それを考えれば、その場で生かされただけ、自分は気に入られています」
「......全く、悪魔の性格は度しがたい。そして襲撃が始まったわけだな?」
「はい。その通りです。これが俺の話せる全てになります」
「参考になったよ。良く話しに来てくれた、本当に感謝する」
心からの礼を男に向けるレオニード。その後ろでガシガシとボルコが頭を掻いているが、仕方ないことだろう。
この男のおかげで、森羅の悪魔の仕掛ける謀略の恐ろしさと、彼女があまりにも悪魔の常識から外れた悪魔であることが再認識出来たのだ。
この情報はまさに値千金、もう一つの都市を防衛する際に大きな力となる。
しかし裏を返せば、原因こそ分かれど現状を打破するような情報は、男の話の中には無かった。人類を救うことは叶うかもしれないが、その中にはおそらく自分達は含まれていないだろう。
この圧倒的に不利な盤面を返すような、切り札のような情報は無かったのだ。今後を考えるとボルコの態度は仕方が無かった。
「......俺の情報は何かの力になれたでしょうか?」
不安げに質問を投げつける男。原因は話が終わった途端に不機嫌になったボルコにあるが、別に彼が悪いわけでは断じてない。
「あぁ。十分力になった。けれども、情報は多ければ多いほどいい。君は今までの話で全てと言ったが、もしかしたら君にとっては無価値な物でも、私達にとっては重要な情報が残っているかもしれない。もし良ければそこらの話も聞かせてくれないかい?」
「......けれど、もう本当に碌な情報は......」
「もちろんタダでとは言わない。この事件が収束を見せるまで、君もこの場にいることを許可しよう。今この都市において、一番安全であろうこの場にだ。君のような誠実な男が、裏の運びをやるほどに金を求めているんだ。自分一人のためでは無いのだろう?」
レオニードの言葉に、男の眼付きが変わる。その眼は何かを背負い込んだ、守るものが存在する男の目だった。
「......はい。ですけど、もう本当に情報なんてありませんよ」
「構わないさ。それならこの場にいてくれるだけでもいい。私が提案したんだ。邪件にすることは無いと約束しよう」
「......それでしたら」
渋々ながら男が同意し、レオニードも満足そうに頷いた。
彼としても、これ以上の情報が出るとは思っていなかった。万に一つ、億が一つ、何か重要な情報を男が持っていた際に、そのチャンスを逃さぬために滞在を許可したに過ぎなかったのだから。
けれどもこの選択がレオニードを、そして都市の運命を大きく変えることになった。
「思い出せること......思い出せること......金に頓着が無い癖に、随分と金は持っていた。目深に被ったフードのせいで、最後まで頭の上半分は良く見えなかった。俺達以外の仲間と連絡を取る際なんかに、よく電話を掛けていた。そういえば、あの襲撃を始める前に、獣の尻や内臓にも端末を突っ込んだだのなんだのと......」
「......ちょっと待て。今の話、もっと詳しく聞かせてくれないか!」
「えっ......?」
男が零した一つの情報。それはやっぱり悪魔の常識を考えると論外で、だからこそ状況を打開出来るかもしれない黄金の情報だった。
次回更新は7/26の予定です。




