逃げる狩人と追うウサギ その五
「ガハッ......ゴフッ......」
とある裏路地にて行われているマルティナとミエリーシの戦い。
幾度となく行われたぶつかり合いの中、ついにミエリーシの策が完璧に嵌り、マルティナに重傷を与えることとなった。
現在の彼女は左右から出現した無数の大木の枝にプレスされ、手足には何本もの枝が突き刺さっている。辛うじて急所を守り切ったのは、彼女がこれまで積み重ねてきた戦闘勘のおかげだろう。
「ん~? 喀血の割には手足が串刺しになってるだけ~......? あ~! そっかぁ~! 手足に回してた分の防御も~、身体に回したわけだ~! 納得納得~。そうじゃなきゃ~、原型なんて残してやらないつもりだったからね~!」
「ゴホッゴホッ...... そう、でしょうね...... お前みたいな、下衆な悪魔なら...... 私の防御を、ギリギリ貫通する攻撃で、攻めてくると思ったわよ......」
ミエリーシは勝負を急がない堅実な悪魔だ。今回のこれだけ綺麗に決まった攻撃ですら、マルティナの魔力を消耗させることに重きを置いていた。
一発逆転の無謀な行動に対応出来るように、そもそもそんな行動を起こそうと思えないほどに消耗させるために。
そのおかげで彼女は生き延びることに成功したが、けれど消費した魔力の多さゆえに喀血までしている。
届かない。これだけ近くにいる悪魔に対して、マルティナの全てが届かないのだ。
「だいせいか~い! 私達の付き合いも長くなって~、そろそろ以心伝心出来る頃になったかな~? まぁ~、十字のきったない思念が流れ込んでくるなんて~、死んでもごめんだけどね~!」
「こっちこそ、願い下げよ......!」
「あちゃ~。やっぱり以心伝心出来るようになってるんじゃな~い? お互いのために~、さっさと勝負を決める方が得策かな~?」
「決める気なら、さっさと私を殺しに来なさいよ! ここまで追い込んだ相手を前に尻込みする気!? はっ! とんだ臆病者ね!」
視認はされども、マルティナが絶妙に追いつけない距離。この距離感を維持されてしまったら、どうやってもミエリーシを討伐出来ない。
そのため少しでも彼女をこちらに近付けるため、マルティナは挑発を口にする。
「やだよ~! だってお前の眼は死んで無いんだも~ん。獣は追い込まれた瞬間が一番恐ろしい~。だから私は近付かない~。お前が意識を手放して~、使い魔達にバラバラに解体されて~、綺麗にお腹に収まるまで~、決して近付いてやるもんか~!」
「っ!」
だが、やはりミエリーシは挑発に乗ってこなかった。その堅実的な思考にノイズを挟み込む余裕は無かった。
彼女からしてみれば、目の前のマルティナは身動きすら儘ならない状態。ならば後始末は使い魔に任せてしまえば良い。そうするのが一番安全なのだから。
「それに~、その挑発が正しいかどうかは~、これから証明出来るもんね~! ほらほら~! その眼の光の正体を曝さなきゃ~、この場は解決出来ないぞ~! アオォーン!」
遠吠えによって集められたのは、無数の使い魔達。追撃戦の途中で何十体と葬ってきた使い魔達が、建物の屋上からマルティナを見下ろしていた。
(ほんっと、ふざけた生産能力ね...... これじゃあどれだけ私達が頑張った所で、どこの戦況も膠着しかしないはずだわ)
彼らの中には、先ほどマルティナを縛り上げた上位個体の使い魔が、三体ほど視認出来る。この短時間の間にもそれだけの数が生産され、おまけにこちら側に回す余裕が相手にはあるらしい。
いい加減マルティナも泣きたくなってくる。
(......ふん、泣き言なんて、死んだ後に言えばいい。現状、あの魔法を見せることになるけど、これはどうしようもないわ。だから考えるべきはこれからのこと)
「それじゃあバイバイになるか~、それとも再開になるかの答え合わせといこっか~! 私としてはバイバイがおすすめだよ~!」
マルティナに向けて振り下ろされる腕。それが合図となったのか、使い魔達が彼女めがけて飛び掛かってくる。
(私がどれだけ全力で追いかけようと、簡単に逃げられる。おまけにあの悪魔は未だに余力すら残している。その上で、今まさに私は隠していた最後の手札まで曝そうとしている。ここからあいつを追い詰めるには......致命傷を撃ち込むには......)
眼前に爪が、牙が、視界の全てが獣で埋め尽くされようとしている。
(曝した手札だけで追い詰めるには......待って......曝した手札......?)
多くの獣達が枝伝いにマルティナを取り囲み、その牙を柔らかな肉へと突き立てようとする瞬間だった。
「再奮起」
これまでの消耗が嘘であったかのように、マルティナから爆発的な魔力が放出される。
そして、小山ほどはあったマルティナを取り込んだ獣の群れが、一匹残らず細切れにされる。
「んん~? おおっ!? あっぶないな~!」
「グギャン!?」
さらにその様子を注意深く確認しようとしてたミエリーシと、包囲に参加するだけで近寄ることはしなかった上位個体に向けて、あまりに鋭い投擲が飛来する。
いくら油断をしていようともミエリーシは悪魔。寸でのところで近場の獣を盾に難を逃れるが、その反応速度は上位個体には搭載されていなかった。
彼女が見渡せば、穴だらけになった上位個体の残骸が三体分、残されているのみだった。
「やっぱり~、その眼の光はハッタリじゃなかったね~。私の勘が正しかったわけだけど~、この場合は喜ぶべきか~、悲しむべきか~......」
「喜びなさいよ。悪魔なんて、戦いと蹂躙が大好きな蛮族じゃない」
真っ白な服の至る所を獣の血で染めながら、マルティナがミエリーシへと槍を向ける。
その身体から発せられる魔力には確かな圧力があり、それだけでも身に宿す魔力量の総量が伺えた。
「単純な魔力の回復~...... それにしては回復量も速度も尋常じゃないよね~....... それに~、こんなギリギリまで使わなかったんだから~、重いデメリットがあると考えるのが無難かな~?」
「ふん、どうでしょうね?」
「うん。 ......というか~、それだけならどうでもいいよね~。だって~、回復するだけの魔法なら~、いくら強力だろうとこの距離を突破する方法が無いもんね~! 回復おめでとう~、それで~? どうやって私を討伐するつもりかな~?」
マルティナの発動した魔法の予想立てをしたミエリーシは、それがこの場の解決にはならない魔法だと結論付ける。
確かに回復量は魔力感知で探るだけでも驚異的なものだ。身体の傷も含めて全回復しているといっても良い。
だが、それだけだ。
それだけならば、今までの手札で自分を追い詰められなかったマルティナに、勝利を手にする手段は無い。例え何十回、何百回と回復を挟まれようとも、それだけならばミエリーシを倒すには至らないのだから。
「ふん、せいぜい笑っていなさい! 私はとっくの昔に、お前を追い詰める戦略を思いついたわよ!」
「......へ~、それは楽しみだ~。その策を破られて絶望する顔が見れる瞬間を~、期待しちゃうな~!」
一瞬マルティナへの返答が遅れたのは、ミエリーシの困惑ゆえ。
ここまで戦ってきてみて思ったが、目の前の悪魔祓いは直情的だが、頭はそれなりに回るようだ。
だが、それならば自分の置かれた状況を冷静に見据え、絶望してもいいはず。だというのに、彼女の眼に宿る光は、消えるどころか輝きをさらに増している。
ここまで着実に手札と戦術を確認し、破っていったミエリーシだからこそ、この場面で感情の動きを読み間違ったことに自ら困惑を隠しきれなかったのだ。
「こんな時、あいつなら持ち前の魔力でどうにかしてしまうんでしょうけど、そこまでのことは私には出来ない。だからその差を埋めるために、必死に頭を回すのよ!」
刹那の瞬間に思いついた一つの策。
それを実現させるため、マルティナは魔力を迸らせるのだった。
次回更新は7/22の予定です。