霞む姿はおぼろげな雪のように その二
「くっそ、どうすれば、どうすればいい......」
ただ翔を妨害するためだけにばら撒かれる弾丸の嵐。その中に紛れ込む、確実に死を呼び込む一発の狙撃。見失った狙撃手の姿は未だに確認出来ず、牽制の射撃すらかすり傷一つで進行型の魔法が発動する。
敵を葬り去ることだけに重きを置いた方陣。その真っただ中に翔は囚われてしまってたのだ。
「クワアァァ!」
「っ! 邪魔すんなぁ!」
どうにか現状の打開を努めようとする翔に向けて、大鷹の眷属から何度目かになる斉射がお見舞いされる。それだけで彼の思考の大半は、対応に割かれてしまうことになる。
そして、そんな対応を行う中で、空気を切り裂くような射撃音が全方位から響き渡る。
「あぐっ! 痛ってぇな! この野郎が!」
翔のふくらはぎに、氷の弾丸が着弾する。
幸い綺麗に貫通したおかげで、コッラーの魔力が体内に残り続ける事だけは無い。しかし、狙撃されたという事実に変わりは無く、着弾箇所にはまるで凍傷かのように薄い氷の膜が張り始めていた。
ただ、ここで一つの疑問が生まれる。
翔は今の狙撃も対応が出来なかったために被弾をした。つまり、頭を狙われれば成すすべなく即死していたはずなのだ。
仕事を着実にこなすことを優先するコッラーが、方針を曲げてまで翔を嬲り始めたのだろうか。いいや、違う。
現在の翔は、大鷹の攻撃を防ぐために擬翼を変形させて盾のように用いている。魔力の高出力噴射こそ行わないが、形だけなら擬翼一擲 鳳仙花を使う際の状態と同じだ。
そのため、上半身全体に擬翼が傘のように展開されており、本当に限られた隙間しか弾丸を通す場所が存在しなかったのだ。
一発逆転より着実な成果を。一発の大当たりよりも、百発の有効打を。
コッラーのその信念ゆえに、即死よりも消耗させることが優先されていたのだ。
「ぐうっ...... 痛ってぇけど、こんなんでのたうち回ってたら、それこそお陀仏だ。俺の足を撃ち抜いた方向がこっちなら、探すべきは!」
ただし、コッラーの信念は同時にリスクも存在する。
今の翔が行っている事こそがまさにそれだ。
敵を仕留めるのではなく、消耗させることに弾丸を費やせば、それだけ射撃の回数は多くなる。射撃の回数が増えれば、それだけ敵に補足されるリスクも増えることになる。
コッラーの行動はある意味で正解であり、ある意味では翔に塩を送る行為でもあったのだ。もちろん、彼としても予想外があっての事態ではあった。
「......驚いたな。普通、足を撃ち抜かれでもしたら、どれだけ覚悟をしていても激痛でもだえ苦しむのは必至だというのに」
「昔っから、ど突き回して回されてが日常だったからな! この程度、屁でもねぇ!」
「......これは手強そうだ」
コッラーの予想外だった点、それは翔の忍耐力だった。
彼の言うように、普通の人間に射撃を耐えうる忍耐力なぞ存在するはずが無い。魔法で大概の苦難を乗り越えてしまう魔法使いであれば、尚更痛みに対する耐性は低いのが常識だった。
だが、そもそも翔は魔法使いの出自とは言えない人生を歩んできたのだ。武道に重きを置き、打撲出血は当たり前。時には肉が裂けるほどの大怪我を負うことすらあった彼は、現在の魔法使いの中ではとりわけ忍耐力に優れていた。
おまけに撃ち抜かれた箇所は、武道で最も防御に用い、最も怪我が多い足。そんな痛みとは一番慣れ親しんだ場所への被弾のおかげで、彼は正気を保てていたのだ。
「おらぁ!」
「ギッ!?」
主の困惑が伝わったのだろう。飛行が乱れた大鷹の鉄板に、木刀の一撃が突き刺さる。
大きな凹みを作る鉄板とその内側にある銃身。本来であれば、暴発の危険すら生まれる危険な歪みだ。
しかし、銃身の本体は眷属であり疑似的な生物である。悲鳴を上げた所からして多少のダメージにはなったようだが、即座に銃身を本来の脚へと置換。さらにもう一度銃身へと置換を行うことによって、新品同然の姿に舞い戻る。
「なっ!? 反則だろうが!」
「キイィィ!」
「ちっ!」
再び始まる弾丸の斉射。
銃身の再生に驚いた翔は、それでも空中で大きく旋回することで躱しきる。
だが、大きな隙を晒せば、そこをしっかりと咎めてくる相手がこの場にはいる。間違いなく狙撃が飛んでくると覚悟していた翔は、痛みに備えるために歯を食いしばり、少しでも急所から外すために出来る限りの歪曲飛行を試みる。
「......?」
しかし、どれだけ待とうと肝心の狙撃が飛んでこない。頭に疑問を浮かべる翔。そんな彼の耳に響いたのは、覚悟していた射撃音では無く一つの口笛だった。
「何だ、今の音?」
コッラーによる新たな魔法かと全身を見回すが、異常は今なお身体に張り巡る氷の侵食のみ。
ならば環境に変化を起こす何らかの魔法かと周囲を見渡す。そこで翔は答えを見つけることとなった。
「援軍...... けど、何で今更......」
遠方を見つめれば都市とは正反対の方向から、撒きあがった砂塵の煙が徐々に近付いてくる。数秒もしない内に、その正体がこれまで相手取ってきた森羅の使い魔の一団であることに気が付いた。
口笛の意味は分かった。けれど、翔は腑に落ちない。
なぜなら、この場における戦いで、森羅の使い魔が役立つ場面など存在しないからだ。
森羅の使い魔は、クマ、サル、オオカミ、シカと様々な種類が存在するが、いずれも共通して実際の獣と身体能力に大差が無いことが知られている。
もちろん死を前提にして全力で立ち向かう獣達はそれだけで人類には脅威であり、ステヴァンからの連絡では、魔法を扱う上位個体も存在するらしい。
けれども、こちらへ向かってくる使い魔達の中には、ステヴァンの言っていた個体に酷似しているものは存在しない。いずれも通常の使い魔達だ。
実際の獣に類する身体能力。これを言い換えるならば、彼らの中には空を飛べる個体はいない。つまり今の翔まで届く使い魔はいないことになるのだ。
仮に眷属の被弾を重く見て援軍を呼んだにしても、あの使い魔達に出来るのはせいぜいがにぎやかしか一部の獣の投擲のみ。間違っても空中で銃撃戦を繰り広げる翔達の中に、割って入れる力は無い。
そうなればコッラーは一度の被弾で悪戯に、都市側の侵攻戦力を無駄に引き出した無能になってしまう。
「けど、そんなわけねぇよな!」
一瞬生まれた困惑の感情。だが、翔はそんな希望的観測を自ら振り捨てた。
そんな甘い相手であれば、ここまで自分は苦戦していない。そんな及び腰の相手であれば、自らを囮に翔を呼びこんだりなどしない。そんな無能が混じっていれば、人類はここまで窮地に立たされてなどいないのだから。
「お前を仕留めるのは、骨が折れそうだ。だが、本当に骨を折られてしまえば、作戦に致命的な支障が出ることになる。悪いが折れる骨は選ばせてもらおう」
タァーン、タァーン、タァーンと連続して響き渡る射撃音。
形振り構わずこちらを仕留めに来たかと身構えた翔だったが、一向に自分の身体に銃弾が届く気配は無い。もちろん擬翼で銃弾を弾いた気配も無い。
「一体、何を...... おい......おいおいおい! コッラー! お前!」
「繁茂さんから伺った話だ。森一番の猛獣を死に至らしめるのは、その多くが環境だと。どれだけ強く、強靭な猛獣であろうとも、雪解けと共に無様な骸を曝すことはよくあることだったと」
連続してコッラーが行った狙撃。その標的は先ほど呼び出された使い魔達だった。
いずれも頭を撃ち抜かれ、素人目から見ても確実に即死していると分かる傷であった。自らの弾丸によって、生物に止めを刺す。その魔法の名は致命の一撃。零氷の悪魔が用いる魔法として、ダンタリアから聞かされていた魔法だった。
「お前という猛獣を仕留めるのは、これから生まれる極寒という環境だ」
彼が折れるべき骨として選んだのは、使い魔達だった。
撃ち抜かれた使い魔の死体が、醜悪な氷のオブジェへと生まれ変わっていく。周囲の気温を際限無く下げる、呪いの石像に成り代わっていく。
極度の緊張によって翔が吐き出した一つの吐息。そこから生まれた空気の流れは、綺麗な白色に染まっていた。
次回更新は7/6の予定です。