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舌の根貫く神の雷 その一

 一体と一人が歩き去った儀式(あと)では、姫野とカタナシ、加えて彼の眷属(けんぞく)である二言がにらみ合っていた。


「はぁ......急場(しの)ぎは実を結びましたが、結局は面と向かっての殺し合いを言い渡される始末。おまけにこちらの消耗は把握されているときてる。全く(まま)ならないですね。どうしてお気づきに?」


「私は生まれつき様々な魔力を身に受けて育ってきた。だから魔力の濃度には多少敏感なの。市民会館で感じた魔力の濃さと、剣の魔王を転移させた後の魔力の濃さを比べれば一目瞭然よ」


「くっくくく、それだけの能力を持ちながら多少と? ニンゲンとは思えない感知能力の高さですよ。むしろ私などよりもよっぽど、魔王の(くらい)に近いかもしれません」


「それは......あまり嬉しくない言葉ね。私が魔王になったら天原君とは敵対関係になる。せっかく仲良くなれたのにそれは寂しいもの」


「先ほどの悪魔殺しの事ですか? それならば杞憂(きゆう)でしょう。なにせ彼が相手取るのは、現世で悪名を轟かせた魔剣、妖剣を片っ端からなぎ倒し、自らの傘下に加えた武力の象徴ですよ? 万に一つも彼が生き残ることはありません。戦闘後に肉片の一部でも発見出来れば御の字ですよ」


 その言葉を聞いて、姫野はピクリと肩を震わせた。


「私は別に悪魔(あなたたち)が嫌いではないの。私がこうして出歩けるようになったのも悪魔殺しになったおかげだし、対等だって言ってくれた天原君と出会えたのも悪魔を追っていたからだもの。人類の危機と言われても結局ピンと来なくて、神様達に満足してもらうためにやってるだけだった」


 姫野はそこで言葉を区切った。


「だけど、今のあなたの言葉を聞いて、ほんの少しだけ胸の奥がモヤッとしたわ。だから私は自分の意志で、あなたを倒すために戦う」


 付き合いの長い大熊や麗子しか気づかないような眉の吊り上がり。


 嫌なことを言った相手に対する報復とは随分と不純な動機ではあるが、姫野はこの時初めて、自分の意志で悪魔に戦いを挑もうとしていた。


「ははは! 意志があろうとなかろうと、戦うことに変わりはないでしょう! あなたの執拗な妨害のおかげでこちらは仲間を喪いました。弔いと栄光の第一歩として、まずはあなたを冷たい土の下に叩き込むとしましょう! それではお聞きください! ()()


 カタナシがそう言い切るや否や、姫野の前に立ち塞がるように二言が移動し、カタナシはぶつぶつと演目を語りだす。


 それを見て姫野も、自らの原動力たる神の名を呼んだ。


武速須佐(タケハヤスサ)之男命(ノオノミコト)様、御力をお貸しください!」


 姫野の叫びに呼応するかのように、雲一つない満点の星空から、彼女へ向かって大きな雷が落ちた。


 前衛を買って出た二言すら、思わず身を屈めてしまうようなすさまじき衝撃。その衝撃で舞い散った土煙が晴れた時、彼らは驚愕することになった。


 雷が直撃したにも関わらず、姫野は身体はもちろん衣服一つ取っても、感電や火傷痕は見当たらなかった。


 そればかりか、彼女の右手にはまるで雷をそのまま凝縮したかのような、美しく黄金色に輝く刀剣が握られていたのである。


「おお、おお......なんと神々(こうごう)しく忌々(いまいま)しい魔力を放つ刀剣でしょう。まさか神剣の(たぐい)を、無様を(さら)すあの牢獄から送り込んだとでも?」


 演目を続行するために(はなし)を続けるカタナシに変わり、二言が声を震わせながらもその異様な刀剣に対する所見を述べた。


「いいえ。大蛇の尾から取れたわけでも、大火から逃れるために草原を切り(ひら)いたわけでも無い。ただ武速須佐(タケハヤスサ)之男命(ノオノミコト)様の魔力をお借りして作った模造品(コピー)に過ぎないわ」


 姫野自身が言ったように、彼女が右手に携える剣は霊剣神剣の類ではなく、それを真似て作った模造品に過ぎないはずだった。


 しかし、作り出した鍛冶師がその神剣の持ち主であり、相棒として振るい続けた神であったなら。それならばその輝きは本物にも劣らぬ、至高の輝きを帯びていたとしても不思議ではない。


 そうした経緯で製造された一本の刀剣は、神の不倶戴天(ふぐたいてん)の敵たる悪魔の眷属にすら恐れを抱かせる、最も新しき神剣となっていた。


 そして、そんな神剣がそこらの魔道具程度の強さで収まるはずがない。


「はぁっ!」


 掛け声とともに姫野は二言に向かって駆けだし、その輝く刀剣を二言に振るう。


「くっ、ごあっ!? があぁぁ!?」


 姫野が振るった刀剣を拡声器で受け止める二言。


 だが、受け止めた瞬間に刀剣の一部がバチリと雷に姿を戻し、二言に向かって流れ出す。防御を貫通する雷の剣、それによって全身に電流を流された二言は思わず悲鳴を上げ、のけ反った。


「内側から魂を傷つける、あなたの主をいつまでも放っておくわけにはいかないわ」


 のけぞった二言を躱すようにに通り抜け、後ろで控えるカタナシに一太刀を浴びせようと走り出す姫野。


 しかしそんな姫野の頭上に、突然火がついた今にも溶けきってしまいそうな蝋燭(ロウソク)と、火のついてない新品の蝋燭の二本が出現した。


 それが出現したタイミングから姫野の身体には悪寒が走り、命の燃料とでも呼ぶべきものが、勢いよく身体の外に漏れ出すような感覚に襲われる。まるで消える蝋燭に呼応するかのように。


 間違いなく敵の魔法攻撃だった。


「ははは! さぁさぁ、命の等価交換だ。求めた財は(ふところ)に。失う命は蝋燭に。死神様の最後の情け、命の延長望むなら、新たな体を求めなさい!」


 姫野が二言を押しのけている間に、カタナシの魔法は完成していたのだ。


 死神との取引によって、財の代わりに寿命を失ってしまった主人公。その主人公が手にしていた自らの寿命を司る蝋燭が、姫野の目の前にも出現していたのだ。


「おほほほほ! その状態ではまともに身じろぎ出来ないでしょう? 先ほどのお返しです。土管がどっかーん! 命の蝋燭もろともはじけ飛びなさい!」


 演目死神では主人公への最後の情けとして、新たな蝋燭に火を移せば寿命を延ばせる約束だったが、死の恐怖に飲まれた彼は震える手で自ら蝋燭を消してしまい命を失った。


 しかし裏を返せば、蝋燭の火を移し替えることだけで、カタナシの魔法は無力化出来るということだ。かといって、そんな悠長な行いをカタナシ陣営が許すはずがない。


 姫野の目の前には大爆発を起こし破片を弾丸のように飛ばす土管がせまる。


 至近距離の爆発に巻き込まれれば大きな傷を負う。だが、大きく回避しようとすれば、生まれた風によって蝋燭は消えてしまうかもしれない。


 どちらを選ぼうとも大きな被害を受ける。追い詰められ方からすれば、今の姫野の状況は死神の主人公が裸足で逃げ出すほど最悪な状況だ。


 しかし、彼女はそんな窮地に立たされても慌てふためくことなく、冷静さを保っていた。そして、一つの答えを導き出した。


 ドオォォンという音と共に土管が四方八方に飛び散り、姫野も爆発に飲み込まれる。


「おほほほほ! あれだけ煮え湯を飲まされた相手も、終わる時はなんともあっけない。これにて決着、閉幕にござい_」


「二言、まだです!」


 勝利を確信した二言の喝采に、カタナシが警告を飛ばす。しかし、二言が身構えるまでの時間は無かった。


 カタナシの警告が聞こえるかどうかといった所で、粉塵の中から姫野が飛び出してきたからだ。


 服の所々が破け、腕や足などに小さくない裂傷を負っていた姫野だったが、それ以外には負傷は見当たらなかった。そして勢いのままに二言の懐へと潜り込み、横に一閃、二言を真っ二つに切り裂いた。


「ぐぎゃああぁぁぁぁぁ!」


「その魔法は一度見たわ。確かに爆風は大きいけれど、破片の威力は大したことがない。あなた達の魔法は発動の速さと種類の多さには目を見張るものがあるけど、その対価としてどれもが威力は小さかった。なら、爆風に正面から飲み込まれる覚悟をしておけば、丸まるだけで脅威度は大きく下がるわ」


「二言! おのれ!」


 姫野はさも簡単そうに言ったが、カタナシの魔法への対応と、目の前で炸裂しようとしている爆発物への対応を同時にやってのけた胆力と精神力は、常人の域を凌駕していた。


 そして、それは皮肉にも翔との話し合いを経て少しはマシになったが、自分の命にそこまで頓着していない姫野だからこそできた芸当だった。


「二言の魔法への対応は理解しました。しかしそれなら私の魔法をいったいどうやって対応したのです!」


 カタナシにとっては、先ほどの魔法は必殺の一手だったのだ。


 魔法の蝋燭の火を移すことを迫り、爆発への対応を迫る。


 蝋燭を優先すれば、爆風によって身体もろとも蝋燭の火も吹き消されていただろうし、回避を優先すれば、消える寸前の蝋燭は役目を終えて、相手の命の火もろとも消え去っていただろう。


 その必殺の戦術がどうやって崩されたのかが、カタナシには理解が出来なかったのだ。


「簡単よ」


 そう言うと姫野は、神剣を握っていない方の手を開いて見せる。


 すると、そこには火のついた蝋燭があった。彼女は蝋燭を己の手で握りこむことで、爆風から守ったのだ。


 いくら魔法で生み出された火といっても、炎自体は本物だ。握り込んでいた姫野の手は焼け爛れ、重度の火傷を負っていた。


 だが、その覚悟のおかげで姫野は生き残った。手一本を犠牲にすることで、両方の蝋燭を握り込んで火を移し、爆風から火を守ることの両方をやってのけたのだ。


「そんな馬鹿な!? 自分の片手を犠牲にしてまで蝋燭を守ったと!?」


「心頭滅却すれば涼しい物よ。身体の方もそうだと嬉しかったんだけど」


 そう言って姫野は蝋燭を地面へと置いた。地面に置かれた蝋燭は、役目を終えたためかフッと姿を消す。


「全く、あなたは化け物ですよ......」


 カタナシが憎々しげに姫野に向かってそう言い放つ。


「そう言われるのは嫌いって言ったはずよ」


 姫野は少しばかり眉を吊り上げ、何事もなかったかのように、神剣をカタナシへと構えるのだった。

死神(古典落語の演目の一つ。死神との契約によって他人の死期が見えるようになった男が、その能力を利用して医者として利益を得るが、欲に目がくらんで契約を破り、命を失う噺)


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