表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
209/419

逃げる狩人と追うウサギ その三

「ではでは説明も済んだところで~! 追いかけっこの始まり始まり~!」


 そう言ってマルティナが開けた壁の穴から、ミエリーシは外へと飛び降りる。


「っ! 待ちなさい!」


 当然それを追いかけるマルティナ。


 今しがた外へと逃げ去ったミエリーシとは違い、彼女の背中には空を縦横無尽に飛翔する翼が生えている。


 スピードを落とさずあらゆる障害物を乗り越える必要があるミエリーシと、そんな障害物を無視出来るマルティナ。彼女が悪魔に追い付くまでにそれほど時間はかからないはずだった。


「おおっと~! 中々真に迫った気迫だね~! でもでも~、話の通り~、その翼じゃ肝心のスピードが足りないみたいだね~!」


「......そりゃそうよね。ふざけた言動をしているけれど、あの悪魔は本来堅実な性格。何の対策も無しに私の足止めに来るはずが無い」


 ギリッと悔し気に噛みしめる奥歯。


 本当なら数分も経たない内に決着するはずであった鬼ごっこ。けれども追う側のマルティナとミエリーシの差は、これっぽっちも縮まる様子が見えない。一体何があったというのか。


 その答えこそミエリーシが先ほどご丁寧に説明していた、彼女の根源魔法、再誕の森(エルヴィルーン)の効果だ。


 彼女の根源魔法は指定したエリアの支配率が上がれば上がるほど、戦況を(くつがえ)せば覆すほど、術者に恩恵をもたらす契約魔法だ。現在の支配率は5パーセント。その恩恵によって支配地域限定であるが、彼女は任意の場所から植物を生やすことが可能になっている。


 その能力を利用してミエリーシが行っているのはパルクール。邪魔な壁があるのなら樹木で階段を作り上げ、降りる際には生やした樹木を雲梯(うんてい)代わりにして器用に降りていく。


 その姿はまるで樹上で暮らすサルの様。その軽やかで無駄の無い移動術のせいで、空を飛ぶマルティナと言えど距離を詰められないのだ。


 おまけにミエリーシは事前に行っていた拉致尋問によって、マルティナの魔法と奇跡を知っている。背中から生えしその翼が、見た目ほど優れた物でないことを知っている。


 まさに事前準備の差によって、この場の物理的な差が生まれていたのだ。


「それっ、でもっ!」


 いかにスピードが拮抗していようとも、パルクールゆえにミエリーシの両手は塞がっており、反対にマルティナの両手は空いている。そのアドバンテージを活かし、彼女は背後からの追撃によってミエリーシを追い詰めようとする。


「おおっと~! 一歩間違えれば串刺しだ~! けど~、それが届かないのは分かり切っている筈だけどな~?」


 背後から迫る何重にも分裂した槍の投擲。しかし、そのいずれもが太い樹木の幹によって遮られる。やはり届かない。少女の肩から投じられた投擲程度では、樹木の盾を貫き通すには至らない。


「それはこっちのセリフよ! その防御はもう見たわ!」


 けれど、マルティナだって何の考えも無しに投擲を続けていた訳では無かった。ミエリーシの生成する樹木の壁。その耐久度を入念に調べ上げていたのだ。


 先ほどまでの槍の投擲は、範囲を優先した無差別の一撃。対してこの一投は一点特化の一撃。投げられた槍に追随するように、分裂した衝撃が後から後から襲い来る。


 一発の槍の衝撃は受け止められる樹木の壁も、木こりが連続して振り下ろす斧の如き連撃には耐えられない。一点特化のその一撃は、壁を打ち砕き逃げ続けるミエリーシの背中に突き刺さったかに見えた。


「は~い! 肉壁~!」


 だが、ミエリーシに突き刺さるその瞬間、彼女の身体から飛び出した一つの影が槍との間に割って入った。その影がミエリーシの盾となり、彼女への攻撃に遅延をもたらしたのだ。


 その結果、ミエリーシには槍の衝撃を対処する時間が生まれた。マルティナが無策を装って投じた一撃を、悠々と躱す時間が生まれてしまった。


「あっぶな~い!」


「......ちっ!」


 何重もの槍の衝撃を食らい、ボロ雑巾のように地面へ落下していくのは一匹のサルだった。


 最初の邂逅で付近の使い魔を全て討伐されたかに見せていたミエリーシ。しかしその実、外套(がいとう)の中に使い魔を、もしものために潜ませていた。


 マルティナが無策を装って槍の投擲を続けていたように、ミエリーシもまた機械的な対処を装ってマルティナが対抗策をさらけ出すのを待ち望んでいたのだ。


 召喚魔法使いは、相手の情報を抜くことに優れる。たった一匹の使い魔の犠牲で、ミエリーシはまた一つ相手の手札を消費させることに成功したのだ。


「なるほどなるほど~。一点特化で威力を増大させることも可能なわけか~! そうなると~、範囲と特化の両立も可能かもしれないね~! でも~、それを使うそぶりは見せないのはなんでかな~? 使わないのは~、魔力の消耗が大きすぎるせいかな~?」


 ケラケラと笑いながら、自身の推察をマルティナに語るミエリーシ。わざわざこちらに聞かせる理由は、自身の推察の確証を得るために反応を確かめているのだろう。


 マルティナもまた、そんなミエリーシの考えには気が付いている。これまでの売り言葉に買い言葉とは異なり、余計な言葉を話したりはしない。


(けど、知恵比べで先を行かれた事には変わりない)


 ミエリーシからしてみれば、マルティナが口や態度で裏付けをしてくれればラッキーと思う程度なのだ。別に彼女が口をつぐんだところで、何かが減るわけでも無い。


 最初に完璧な対処をされた時点で、マルティナ側の一方的な損なのだ。


「おっと~、聞かん坊なお口は自分で縫い合わせちゃったかな~? でも~、それだとせっかくの追いかけっこが盛り上がらなくなるよね~? というわけで~......アオォーン!」


「何を......? っ! やってくれたわね......!」


 突然懐から取り出した端末に向かって、イヌ科の動物によく似た遠吠えを上げるミエリーシ。そんな彼女の行動を訝しむマルティナだったが、その声の意味に気が付いた時、彼女は憎々し気にミエリーシを睨み上げた。


「欠けた盛り上がりを補填してあげたよ~? さぁ~、どっちかが死ぬまで楽しもう~!」


 路地の隙間から、鮮血流れ出る家屋の中から、占領が終わっているのであろう緑一色の建物から、無数の獣達がこちらへと向かって来る。


 マルティナの始祖魔法は使い魔達にとって、まぎれもないカウンターだ。しかし、そのカウンターが魔力を節約して行わなければいけないものであるならば話が変わってくる。


 ミエリーシは学んだ。マルティナの始祖魔法は決して魔力効率の良い魔法では無いことを。ならば消耗をこちらから強要してしまえば、何もせずとも相手が力尽きてくれることを。


 おまけにミエリーシは先ほど、獣の鳴き声を用いて使い魔達を招集した。人間では理解出来ない言語を用いてだ。


 つまりここから先のミエリーシの下す命令を、マルティナは一切理解出来ない事になるのだ。彼女と使い魔達のアクションに対して、常に後手後手になることが決定してしまったのだ。


「尽きた命は魔力へ帰り~、朽ちた血肉は糧となる~! 深き森の中でニンゲンがどれだけ無力な存在か~、存分に教えてあげるとしようかな~!」


 まるで力尽きる寸前の獲物を(なぶ)るが如く、嗜虐(しぎゃく)の笑みを浮かべるミエリーシ。そんな彼女を前にしても、マルティナは一歩も引く気を見せなかった。


「こんな不自然を前に自然を語るなんて笑わせるわ! 害獣は一匹残らず駆除するのが当然よ!」


 拮抗した追いかけっこは、次なるフェーズへと移り変わろうとしていた。

次回更新は6/28の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ