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逃げる狩人と追うウサギ その一

「お、お願いだ。たす、助けて!」


「え~? 何それ~? 自分でも通る訳ないと思ってるセリフを~、わざわざ吐くのは非効率の極みじゃな~い? そんなことをする暇があったら~、少しでも私の機嫌を損ねないように、きびきびと手を動かす方が有意義でしょ~!」


「ひっ! あっ、ああっ!」


「次に余計な口を開いたら~、いつの間にかまた一人、()()()()()()()()()()()()()()! 怪奇、消えた住民と床の赤色~、なんちゃって~!」


 捕らえた人間達をとある二階建て家屋の中で、急ごしらえの建造に利用するのはミエリーシ。


 その顔は嘲笑に歪み、脅しを零す口には言葉ほどの冗談さは感じられない。事実ここで強制的な作業を任じられた人間達は、すでに五割ほどが床や壁のシミを残して、この世から姿を消している。


 そんなブラックを通り越したブラッド労働とでも呼ぶべき職場で、ミエリーシが彼らに作らせているのは跳び箱などで用いられる踏切台だ。


 どこからか拝借してきたバネと金属部品、それにベニヤ板。それらを組み立て、家屋の壁に向かって一列に並べさせていく。この時点で住民達にとっては奇怪な行動に映っただろう。


 もっとも、それを堂々と指摘した勇気あるものは、とっくの昔にこの労働から解放されたわけだが。


「ふっふっふ~! ここから()()()()~、ちょうど防衛ラインの内側に敵ユニットが湧いちゃうよね~。そうなったらいよいよマーケットも終わりだね~」


 ケラケラと笑うミエリーシが見据えるのは、ちょうど壁の向こう側で展開されている、森羅の使い魔と魔法使い達の激戦だ。


 何度か防衛ラインを下げたことによって、彼らが守るべき一般人達は、彼らの庇護から漏れ出している。


 それでも住民がパニックを引き起こさないのは、魔法使いと兵士達がギリギリ防衛戦の体を保っているからだ。彼らが守るラインの内側にいれば、安全が保障されているからだ。


 そんな中に獣が侵入すればどうなるか。答えは簡単だ。パニックを引き起こした住人達によって、防衛ラインは内側から崩壊することになる。


 壁に立てかけられているジャンプ台も、獣達の膂力をもってすれば、壁の崩壊と共にたちまち奇襲拠点へと早変わりする。いまだに壁を崩壊させぬのは、準備が整う前に悟られぬためだ。


 けれど、これらはいずれもミエリーシにとっては、出来たらいいな程度の物だった。実にならずとも全く問題が無い一手であった。


「ガハッ、ゴホッゴホッ!」


「あ~りゃりゃ。ため息をすると幸せが逃げるっていうけど、今の君は咳の一つで命が失われていく立場なんだよ~? もっと命は大事にしなきゃ~」


「黙れっ......! お前に利用されるくらいなら、こんな命......!」


「おや~、いいのかな~? 最初に言ったよね~。君の命が尽きた瞬間に、この場のニンゲンは全員昼食になるって~」


「ぐっ......! ガッ、ゲホッゲホッ!」


「そうそう~、素直なのは良いことだ~! そのまま君には誘蛾灯の役目を果たしてもらわなきゃね~!」


 ケラケラと笑うミエリーシと会話を繰り広げるのは、この場唯一の魔法使いである男だ。


 足はかみ砕かれたのかズタボロ。上半身には何か所もの弾痕が残り、左半身の一部は大きな力を加えられたのかペシャンコに潰れていた。


 どう見ても致命傷。いつ意識を失ってもおかしくない彼が、気力だけで意識と命を繋ぎとめる理由は一つ、先ほどのミエリーシとの会話だ。


 もはや隠す必要の無くなった緑髪と頭頂部から生える獣耳を揺らし、ミエリーシは男にこう語った。お前の命が尽きるとき、この場の人質全ての命を奪い去ると。


 初めは何でそんなことをするのかが分からなかった。悪魔特有の油断、もしくは見下しの類かと死にかけの頭で考えもした。


 けれども上層部から降りてきた情報が確かであれば、目の前の悪魔は油断とは対極の性格をしている悪魔と言えるはず。つまり、何かしらの理由があって、自分を生かしているのだというのは早い段階で目星がついた。


 今も続いているだろうミエリーシの策略、それを躓かせるためには自分が命を絶つのが一番のはずだ。


 頭ではそう考えていた。身体も力を抜いてしまえば、一瞬の内に全ての機能を停止することが分かった。


 しかし、それは出来なかった。


 自分が死んだら、間違いなくこの場の民間人達は皆殺しにされるだろう。自分達の無力さゆえに追い詰めてしまった命、自分達の不甲斐なさゆえに失われてしまった命。


 それらを知って静かに涙を流すであろうレオニードのことを思えば、自死など選べようはずが無かった。良くも悪くも、レオニードの人の好さは、末端まで広まっていたのだ。


 だが、いくらミエリーシが稀代の謀略家と言えど、そこまで把握していたとは考えづらい。


 ならばそれを把握せずとも、この展開を作り出すメリットが彼女に存在するということだ。


「ん~? ありゃま、本当に銃声が止んじゃったよ~。白霊君から報告は来てたけど~、()()()の暴走に悪魔殺しによる補足~、私以外の要素が不安定になってるね~。けど~」


 これまで得た情報のおかげで、とある対象への嫌がらせはこれが一番有効であると判明していた。


 これまで得た情報のおかげで、とある対象はこういった惨状を見過ごせないと判明していた。


 これまで得た情報のおかげで、とある対象は自分が抑えなければ、最悪の事態を引き起こしかねないと想定していた。


「お疲れ様~! 君、()()()()()()()!」


「はっ?」


 グシャリ。付近のクマが、一息に魔法使いを踏みつぶした。


 欠片も感情が籠っていない労いと共に、ミエリーシが行動を起こした理由は一つ。言葉の通り、彼の役割が終了したからだった。


 一人の追い詰められた魔法使いと、多くの民間人。そこに自分が布陣すれば、正義感の塊である()()は必ず釣れると思っていた。


「せっかくひっくり返りそうな盤面も~、指し手が貧弱じゃ小波の一つも起こらないよ~? さてさて、私の謀略を踏みつぶす力があるのかな~。ね~中途半端ちゃん?」


 本来、獣達の膂力によって破壊するはずだった壁が、外側から一気に吹き飛ばされる。


「うわあぁぁぁ!」


「た、助けてくれえぇぇ!」


 人質達が逃げ出すが、もはやそんなムシケラ、ミエリーシにはどうでもよかった。


 日光と共に目に飛び込んできたのは、純白の翼を生やした所々に金細工を用いた純白の姿。悪魔祓い(エクソシスト)マルティナの姿であった。


「あんたがこの現世で起こした落とし前、耳を揃えてきっちりと支払わせてやるわ!」


「おやおや~、法の番人でも気取るつもりかな~? でもでも~、むりやり刑を執行するには全然力が足りなそう~!」


 憤怒を向ける悪魔殺しと、そんな彼女を見てもケラケラと笑うのみのミエリーシ。


 都市の運命を決める戦いの一つが、今まさに始まろうとしていた。

次回更新は6/20の予定です。

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