表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
204/417

都市外の防衛戦

「うわあぁぁぁ!」


 兵士の一人にオオカミが迫りくる。狙いは喉元。そこに向けて大口を開き、飛び込んでくる。


 彼は平均よりも魔力量に優れた魔法使いだったが、なにぶん終わりの見えない使い魔との連戦だ。魔力はとっくの昔に限界を向かえ、今は内部魔力で動く自立型の魔道具を使って戦っている最中であった。


 疲労による警戒心の欠如。そのちょっとした判断ミスの代償として、彼は自らの命を捧げるはずだった。


「油断するな!」


「へっ? あっ!」


 だが、オオカミの牙が兵士の喉元を食い破ることは無かった。突如として砂漠の大地からイルカが飛び出し、その尾でオオカミを弾き飛ばしたからだ。


 兵士にトドメを刺そうと、突出した個体だ。すぐにその場にいた他の兵士達によって逆に引導を渡される。


「ステヴァン隊長! すみません!」


「謝んのも、感謝すんのも、ましてや反省すんのもまだ早い! 態勢を立て直せ! 陣形を組み直せ! すぐに次が来るぞ!」


 ステヴァン率いる都市外戦闘部隊。そこでは文字通りの死闘が繰り広げられていた。


 急ごしらえの防塁と車などを用いた粗雑な壁、それらの頼りない防御陣だけがこの場唯一の拠点だ。ここが崩されてしまえば、魔法使いとはいえ人間の彼らと、彼らに数と膂力で勝る獣達。蹂躙は目に見えている。


 そんな最悪の結末を向かえぬために、兵士達は全員が一丸となって戦っていた。最初は戦えていたのだ。


 しかし、この場にも森羅の悪魔の大胆な侵入事件、その余波が訪れた。


 自分達が守りを固めている限りは無事であるはずの都市。なのにそこから上がるのは悲鳴と破砕音。そこから続く緑の侵略。最後に起こった結界の崩壊。これらによって、兵士達の士気は地に落ちた。


 ある者は家族を心配するあまりに不用意に都市に近付き、乱れた足並みを狙われてイノシシに跳ね飛ばされた。ある者は背後から襲われるかもしれないという恐怖心から集中が乱れ、サルの銃撃によってハチの巣になった。


 そんな仲間達の死を目にしたことで、ある者の心は乱れ、ある者は狂ったように突貫していってしまった。いくら鍛えているとは言っても、殺し合いをほとんど経験してこなかった代償がここで現れてしまったのだ。


 この場が崩壊にまで至っていないのは、ステヴァンがいるおかげだ。


 彼の魔法は大小様々な海生生物を砂で生み出し、使役する召喚魔法。数こそ森羅の使い魔には及ばないが、砂漠を縦横無尽に泳ぎ回れるというメリットは、莫大なアドバンテージとして機能する。


 この有利を活かしたヒットアンドアウェイ。これによって鋼の連携力を誇る森羅の使い魔達を乱し、どうにか戦線を維持出来ていたのだ。


「......と言ってもだ」


 少なくない魔力を消費し、現在彼は自身や味方の周りに多くの小魚を回遊させている。その理由は零氷の悪魔による狙撃を警戒してだ。


 この場は遮蔽物がほとんど存在しない、狙撃手にとってはいわば草刈り場とでも言うべき狙撃スポットだ。実際、零氷の悪魔から撤退してきた部隊を収容した際などは、追撃によってかなりの被害者を出すことになった。


 狙撃が飛んだ際に、使い魔を犠牲にして防ぐ。その防御に使用する使い魔のせいで、都市外の部隊は戦線を維持するのが精いっぱいだった。


 おまけにステヴァン達を苦しめるのは、なにも森羅の使い魔だけではない。


「眷属が来たぞおぉぉぉ!」


「全員、出来るだけ頭を守れえぇ!」


 ガガガガッと砂と車体に満遍なく銃弾のシャワーを浴びせるのは、零氷の悪魔の眷属である大鷹だ。シンと名付けられたその眷属の力は、脚に備え付けられた大振りのサブマシンガンとその銃身を左右から挟むように備えられた鉄板である。


 空中からサブマシンガンを掃射し、備えられた鉄板は零氷の悪魔の狙撃を跳弾させる。これによって、ステヴァンはより多くの使い魔を兵士達に配備させてやらなくてはならなくなっていたのだ。


「こっちも中々に地獄絵図だが、向こうはそんな比じゃないんだろうな!」


 一度急降下の射撃を終えた眷属は、追撃を行わずに空中へと戻っていく。今の掃射自体も、別に戦果を期待したものではなかったのだろう。


 あの眷属はステヴァン達がどこかで優勢を取ろうとしたタイミングで飛来し、攻勢を殺していってしまう。そうして彼らが防御一辺倒になるのを確認すると、上空でぴたりと制止し、あらゆる行動を止めるのだ。


「今も銃声は響いている。なのに使い魔が消費される気配が無い。......もちろん犠牲者もいない。なら答えは一つだ。あの鷹を利用して、都市に銃弾を届けてやがるな」


 ステヴァンはずっと疑問に思っていた。最初の零氷の悪魔による襲撃以降、銃声に対して使い魔の消耗が少なすぎると。もちろん、消耗が完全にゼロになることは無かった。だがそれにしたって、初撃以降の使い魔の消耗は少なすぎたのだ。


 けれど、長引く戦闘の中で行った観察。そのおかげで相手の狙いがある程度分かったのだ。


 響く銃声の後に混じる、小さな金属音。その正体は眷属の鉄板による跳弾だ。跳弾を利用して外壁を越し、都市内に狙撃を届けているのだ。


 けれど、それだけならばわざわざ眷属をこの場に配置するメリットは無い。都市の中央上空辺りを飛ばしておく方が、撃墜される恐れも発見されるリスクも背負わずに済んだろうから。


 それをしなかった理由こそが、眷属がこの場にいる理由でもある。


 この場における零氷の悪魔の狙いは遅滞戦闘だ。奴はステヴァン達を永遠にここで釘付けにするために、あの眷属を送り込んだに違いない。


 ステヴァンの召喚魔法は、数で人類を圧倒する森羅の悪魔に対するカウンターとして機能する。


 もはや都市の内外で部隊を分ける必要の無くなった盤面だ。今すぐ都市内に部隊を戻すことに成功すれば、仮に砂のほとんどない場所と言えど、兵数による形成逆転が狙えていたかもしれない。


 それが出来なかったとしても、ステヴァンの使い魔を少量の砂と共に胸ポケットに忍ばせておけば、それだけで狙撃に対するカウンターになり得た。


 ()()()()()()()()()では、背負う精神的負担は天と地ほども違う。むしろ使い魔という防御がある安心感により、多くの兵士の指揮が飛躍的に向上する可能性すらあった。


 それを零氷の悪魔は嫌ったのだ。


 最初の狙撃数回でステヴァンの能力との相性を、零氷の悪魔は理解したのだろう。そこからはただひたすらに使い魔を送り込み、ステヴァン以外を執拗に攻め立てている。


 どうせお前も見捨てられないのだろうと嘲笑うかのように。


「......正解だよ。お前さんの選択は大正解だ」


 零氷の悪魔の行動は正しかった。百人程の兵士達を見殺しにすれば、ステヴァンは都市内に戻ることが出来た。なのにしなかったというのは、彼がレオニードと同様に命を切り捨てられないお人好しだという証左である。


「戦線の状態は?」


「負傷者の頻度は上がりました。けれどゆっくりと下がれています。このままいけば、もうすぐ都市内に戻れるかと」


「よし、そのまま続行だ。俺はお前達を見捨てる気はねぇし、レオニードさんの命をあきらめたわけでも無いんだからな!」


 だがお人好しという性格自体が、イコール無能と繋がる訳では決してない。彼らは激闘を繰り広げる間に戦線を下げ続け、遂に都市門付近までの撤退に成功していたのだ。


 戦線を下げながら、しっかりと陣形を組んで敵を迎撃する。その難易度がどれほどの物かは、想像するに難くは無いだろう。この行動のせいで、危うく命を落としかけた兵士がつい先ほどもいたのだから。


 しかし、彼はそれでもやり遂げた。その森羅の悪魔にも負けない部隊指揮能力によって、人員の犠牲を最小限に抑え、戦線の後退に成功していたのだ。


 最後はクジラを壁に利用して、部隊全員を都市内部に移動させる。そうすれば一人の悪魔殺しと、百人の兵士が戦力として数えられるようになる。


 形成を逆転する一手になるはずだった。


「うわあぁぁぁ!」


「な、なんだこいつ!?」


「マズい! 上位個体だ! 使い魔の上位個体が出たぞー!」


 だが、そんな動きは空中からずっと監視の目を光らせていた、零氷の悪魔には筒抜けであった。そして、彼に筒抜けであるということは、森羅の悪魔にも筒抜けであるということ。


 盤面を返されかねない一手を、稀代の謀略家たる彼女が許すはずがない。すでに手は打たれていたのだ。


 前線を任せていた兵士達が、まるで風に吹かれた木の葉のように宙を舞う。幸い攻撃と落下の衝撃はステヴァンの魚達が軽減したことで、命に別状は無さそうだ。


 しかし、衝撃によって舞い散った砂が晴れた時、それが姿を現した。


「ちっ、森羅の悪魔の野郎、まだこんな隠し玉を持っていやがったか!」


 一見すると、それはオオカミの使い魔であった。


 けれども周りのオオカミよりも二回りは大きなその体躯、身体に刻まれし流れる星の軌跡。それと同様の星々が、まるでドローンか何かのように、身体の周りを舞い踊っている。


 先ほどの衝撃付近から一つの星がオオカミへと舞い戻ったことから、あれら全てが魔力弾に類似する何かであると用意に想像がついた。


 足止めが叶わぬのであれば、邪魔な部隊は消してしまうに限る。都市内への戦いに介入を許さぬため、この場にはさらなる戦力が派遣されたのだ。


「ボルコさん! 都市内の部隊に伝えてくれ! 森羅の使い魔は頭のいい獣達で全てじゃない! 魔法を使う上位個体が存在する!」


 手に入れた情報を即座に中央へと落とす手際は流石と言えた。


 けれども情報を送るだけの斥候とは違い、ステヴァン達にはこの上位使い魔と戦う義務がある。


「今まで温存してきた個体なんだ。こんなやつを内部に入れちまったら、それこそ都市が崩壊する。悪いがみんな、腹くくれよ!」


 逃げるべき戦いから、逃げるわけにはいかない戦いへと転じた戦況、ステヴァンは一滴の汗を頬から流し、新たな使い魔を生成し始めるのだった。

次回更新は6/8の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ