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緑化運動は白き弾丸と共に

「始まったか......」


 そう呟いたのは、零氷の悪魔、白霊のコッラー。


 スナイパーライフルのスコープ越しに都市を見つめる彼の眼には、本来ならば外壁しか映っていないはず。しかし、確信めいて語る彼の言葉からは、嘘の類は感じられなかった。


 そして、その言葉を裏付けるように始まったのは、外周部からゆっくりと始まった緑の進軍。続く悲鳴と破壊音に、コッラーは何かを感じ入るかのように目を閉じる。


「平和への一番の近道だというのに、それでも流れる血に心揺れるのは私の本質なのだろうな」


 混じる感情は悲哀と後悔。されども彼の握るライフルに感情が伝播することは無く、今も外壁の少々上部、ちょうど空と外壁の境目付近に、しっかりと照準が合わさっている。


 そんな場所に照準を向けた所で、狙い打てるのはせいぜいが外壁上の兵士くらいだろう。その程度の被害であれば、現在進行形で行われている森羅の使い魔達の被害と比べても、錯覚と言える程度と言えた。


 むしろ、それほど都市内部の現状は最悪なのだ。何も分からずに食い殺される運び屋、ちょうど付近にいたからという理由で巻き込まれた民間人、使い魔を抑え込むために命を散らす魔法使い。そんな不幸が至る所で発生しているのだ。


 コッラー自身も、まだ自分がこれといった仕事をこなせていないことは自覚しているのだろう。けれど、彼は慌てない、うろたえない。


 彼の本質は兵士だ。命令のままに任務を遂行する歩兵だ。下された命令があるのであれば、彼は何時間だって待つことが出来るし、命に関わりさえしなければ、どんな理不尽だって受け入れることが出来るのだ。


 ましてや今回命令を下したのは稀代の謀略家であるミエリーシ。これまで積み上げられた実績を考えれば、彼女の命令に無心で従うのは当然だった。


「......勝負所だな」


 静観を続けるコッラーの眼に、地面から隆起する白の壁が映る。


 拷問の際に聞き出した事ゆえ、彼もその正体は知っている。物理的突破や魔力による突破はもちろん、概念すら遮断すると噂の結界が起動したのだろう。


 このままあの結界が起動してしまえば、対象との物理的接触が必要な自身の契約魔法は全て弾かれ、ミエリーシを支援することは実質不可能になるだろう。


 それでもコッラーがするのは静観のみ。慌てないし、騒がない。味方の損害は度外視し、ただただ勝負の時を待つ。


「流石です」


 そうして時は満ちた。


 発動途中であった結界が、ボロボロと崩れていったのだ。都市を守る虎の子の結界だ。メンテナンス不足の生成失敗はあり得ない。


 つまりミエリーシは成功させたのだ。結界の核を担う場所への襲撃を。


 地道な情報収集、運び屋を使った都市全域への使い魔の配置、敵方トップの性格を利用した人員誘導、そして自身も内部に侵入することによる完璧な現場指揮。


 ここまでのことをされてしまえば、元々ろくな侵入対策を取っていないであろう結界生成魔道具を守り切るのは不可能だ。


()()、出番だ」


 ポツリと零された一言。それに呼応するかのように、高空を飛んでいた一羽の大鷹が、都市へ向かって降下を始めた。


 その両足に握られているのはサブマシンガン。サブマシンガンに両脇に備え付けられているのは大きな鉄板。この姿は間違いない。落とされた二都市の内の一つ。その領主であったカギに引導を渡した眷属であった。


「俺には都市全域に左右する根源魔法は無い。俺には何千もの使い魔を使役する能力も無い。一発の弾丸で一つの命を終わらせるのがせいぜいだ」


 カチリとコッラーの指が引き金に伸びる。照準の先にいるのは彼の眷属であるはずの大鷹。その大鷹が握るサブマシンガンの鉄板部分だ。


「だから俺は考えを変えた。本質は変えられないのなら、攻撃した事実を隠蔽しようがないのなら。存在するが存在しない、命を静かに終わりへと導く、姿見えぬ亡霊になればいいのだと」


 大鷹が移動を止め、一点でホバリングを始めた。


 引き金にかけた指に力が入る。


「我が名は零氷の悪魔、白霊のコッラー。一方的に標的を狩る、戦場随一の卑怯者だ」


 都市一帯に響き渡る銃声と共に、氷結の弾丸が発射された。


__________________________________________________________


「んん~? この特徴的な銃声は、白霊君の発砲だな~? さっすが狙撃手! 戦場の空気を嗅ぎ分けるのはお手の物だね~!」


 頬に飛び散った返り血をぺろりと舐めながら、のんきな感想を述べたのはミエリーシだ。


 現在の彼女は、とある建造物の壁を兵士から飛び出した赤一色に染め、床から新たに緑の芽吹きを眺めている最中であった。


「は~い! 君はここで生産拠点になってね~! 西側のベア隊とボア隊は、もう一当てして魔法使い側に圧力をかけてね~! 南側のウルフ隊は~......っと、出てきたね~」


 別動隊に的確な指示を出しながら、制圧拠点を増やすことで盤面を森羅の環境へと変えていく。


 ケラケラと無邪気に笑いながら、反撃の隙を与えない、完璧な圧殺盤面を組み立てていくミエリーシ。そんな彼女の指示が一瞬止まったのは、使い魔の犠牲が多かった南拠点が、いきなりこちらの優勢盤面へと変わったから。


 本来戦況が有利に変わるというのは、手放しに喜ぶべき慶事だ。しかし、自分側に指示を出した覚えも無く、外的要因も考えづらい状況で手にした有利は、最大限に警戒しなければ足元を掬われかねない。


 犠牲の数を考えれば、あの場所には一人、または二人の悪魔殺しが展開していはず。使い魔如きで悪魔殺しを討ち取ったとは考えづらい。ならば答えは一つだ。


 悪魔殺し達はこれ以上盤面が悪化しない内に、一気に勝負をかけるために動き出したということ。


 自分とコッラーの討伐のため、魔力探知に全霊を割き始めたということだ。


「魔力は抑えてはみるけど~、私の方は五分もしないうちに見つかるだろうな~。根源魔法も発動しちゃったし~」


 ミエリーシの根源魔法は都市全域を覆うほどの大規模契約魔法だ。いくら一度目の発動が範囲の指定だけだと言えど、魔法の維持にはそれなりの魔力が必要であるし、そもそも制圧を行うごとに手に入るボーナス効果は、隠しようのない魔力が消費される。


 彼女が見つかるのは時間の問題だろう。


「けど~、白霊君の方はどうかな~? あの子の悪魔らしさゼロの根源魔法を、果たして突破出来るかな~? そのことに気付いた瞬間の顔、ぜひとも見てみたいな~!」


 だが、ミエリーシはそんなことはどうでもいいと、すぐさまリスクを切り捨てた。もう自分が見つかる見つからないの段階はとっくの昔に過ぎ去っているとでも言うように。


 むしろ彼女の顔は、運び屋の男をからかっていた時のような、もしくは新しいオモチャを買い与えられた子供のような、無邪気で残酷な顔へと変化していた。


「あ~、そういえば! あの十字教のニンゲンの言葉がホントなら~、悪魔殺しの一人は悪魔祓い(エクソシスト)でもあるんだっけ~! くふっ、どんな人生を歩めば、そんな歪んだニンゲンが生まれるんだろうね~! 興味が湧いてきちゃったな~!」


 そうして思い出したのは、戯れ混じりに行った拷問の中で聞き出した情報。悪魔祓いの一団を拉致した際に手に入れた、とても興味深い情報だった。


 その情報は十字教に興味の無いコッラーからしてみれば、少し特殊な悪魔殺しがいる程度の情報だったのだろう。けれども、十字教に大いに恨みを募らせるミエリーシからしてみれば、捨て置けない貴重な情報だった。


 謀略を最優先するミエリーシにしては珍しく、私怨で絶望の淵に叩き落し、嘲笑ってやりたい相手だった。


「う~ん。元から時間の問題だったし~、せっかくならこっちから挨拶に行った方が~、()()()は稼げるよね~? うんうん、そうしよう~! あっちのカギの意趣返しだ~! 私をエサに~、悪魔殺しを釣ってやろう~!」


 その行いで稼げる好感度はマイナス方面だけであることは承知済み。それでも彼女がとある作戦を実行に移そうとするのは、自分を囮に盤面の有利を広げるため。


 相手は中央部の街の守りを捨てて、ミエリーシとコッラーの討伐に動いたのだ。つまりその討伐が遅れれば遅れるほど、有利は自動で悪魔の側に転がり込む。


 もちろん多分な私情も含まれている。しかし、その行いのリスクを計上した上でも、こちら側の敗北はあり得ないとミエリーシの計算には現れていた。


「盤面を取るためだ~! 有利をもっと広げるための行為なんだ~! だからこの行動は許されるよね~? まぁ~、私と白霊君()()に苦戦している時点で~、勝利なんて夢のまた夢なんだしね~!」


 ケラケラと笑う緑の少女は、悪魔祓いを嘲笑うための行動を開始した。

次回更新は5/27の予定です。

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