表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/416

砕け散る守りの要

 多くの人々の生活の中心点である大通り。そこでは一人でも多くの命を守るため、魔法使い達が防衛ラインを組み上げ、森羅の使い魔に相手に奮戦していた。


「このっ! こいつら、いったいどこから現れやがった!?」


 オオカミを真横に蹴り飛ばし、クマを木刀で打ち据え、どこからか奪った銃器を構えるサルを討伐する。人々に襲い掛かろうとする無数の悪意を、翔も真正面から受け止め、必死に押し戻していた。


 しかし、彼がいくら優秀な悪魔殺しと言えど、そこから放たれる攻撃は人一人分の攻撃に過ぎない。


 その程度の攻撃では、津波の如く押し寄せる獣達に対して一個の消波ブロック程度にしか意味を成さない。大勢を覆すほどの影響を及ぼすことが出来ない。


「そんなこと分かるわけないでしょ! けどこれだけの魔法、使い魔如きに操れる筈がない。つまり、侵入された。ただそれだけのことよ!」


 だが、この場には翔の他にも数多くの魔法使いがいる。悪魔殺しでありながら悪魔祓い(エクソシスト)でもある少女、マルティナもまたこの防衛戦に参加していた。


 彼女の扱う始祖魔法の広範囲攻撃は、召喚魔法にとってはカウンターに等しい。掲げる槍の一振りは無数の斬撃へと姿を変え、その一撃を以て多くの獣に引導を渡している。


 そして、この場に配置された魔法使い達もまた、獣達の猛攻を押しとどめるには無くてはならない存在だ。


 この都市に長蛇の車列を作り出した支援物資は、ある意味で都市崩壊の引き金を引いたとも言える。しかし、それでも豊富な物資が都市に届けられたことは事実である。


 高性能な魔道具、自立式の迎撃装置、悪魔殺しに及ばぬながらも優秀な魔法使い達。それらのおかげで、大通りは崩壊を免れていた。届けられた支援は、立派に役割を果たしていたのだ。


 破られぬ防衛ライン。けれどもそれを守る魔法使い達の士気は、決して高いとは言えない。いや、必死さだけでいえば必ずしも士気は低いものでは無いのだが、内に巣食う不安が彼らの心をじわじわと蝕んでいるのだ。


 彼らの不安、それはこの戦いの始まりが原因である。


 突如都市の外周部全域で発生した、森羅の使い魔達による襲撃。向こう側の都市で起こった戦いのように、外壁を守りとした攻城戦を想定していた魔法使い達は、この時点で冷や水を掛けられたかのようなショックを与えられた。


 続いて起こったのは、占領されたと思しき地域から発生した大きな樹木。都市の景観を塗りつぶすかのように出現した緑は、嫌でも森羅の悪魔によって落とされた都市のことを連想させた。


 着々と進む侵攻、常に先手を取られ続ける上層部。戦いだけは今も拮抗している。そのおかげで守るべき者達のため、金のためと、様々な理由から魔法使い達は必死に戦ってくれているのだ。


 しかし、これ以上森羅の悪魔の侵攻が進んだら、守るべき民間人に大きな被害が出たら、そもそも支援物資を使い切るような消耗戦を強いられたら、必死さだけで維持している戦線は間違いなく崩壊する。


 守るだけではダメなのだ。受け身のままでは限界が来るのだ。どこかで反攻作戦を行い、戦いの趨勢をこちらに引き寄せなくてはならないのだ。


「だあぁぁぁ!」


 突っ込んできたイノシシを腕力と魔力の合わせ技によって、翔はピッチャー返しの如く獣の津波に叩き返す。当然そんな大振りな攻撃をすれば、隙を晒してしまうことになる。


 津波の一部が意思を持ったかのように翔へと殺到するが、それを見越していたマルティナが、有象無象をまとめて串刺しにする。


 そのまま自然な形で背中合わせの体勢を取り、全ての方向を警戒しながら、共に息を整える。


「マルティナ!」


「なによっ!」


「さっきは分かるわけ無いって言ってたけど、可能性なら思いついてるんだろ?」


 翔がマルティナに尋ねたのは、突然都市を襲った獣達の襲撃。これの原因を彼女なら推測出来ているのではないかと思ったためだった。


 この都市に辿り着いてから、マルティナは口調こそ悪いが、翔に多くのことを教えてくれた。おまけに、都市の重鎮たるレオニード達との会話も、難なく付いていけているようであった。


 そんな彼女が分からないの一言で物事を片付けるはずがない。確信が持てていないだけなのだと翔は考えたのだ。


「......あてはあるわ」


「教えてくれ」


「荒唐無稽よ」


「それでもだ」


「......この都市は、多くの監視と魔道具による二重の防衛体制を引いていたおかげで、悪魔の侵入を許していなかった。けど、その監視が緩んだ瞬間が一度だけあった。迫る使い魔から民間人を守るために起こった、意図的な一瞬が」


「応援部隊の、襲撃......!」


「そう。そのタイミングよ。悪魔が内部に侵入するのは、そのタイミングしかあり得ないわ」


 怒りを隠しもせず、しかし、冷静さも失わなっていないマルティナの分析。


 別都市への応援に向かっていた部隊の襲撃。それはある意味予想通りの襲撃であった。


 今までも悪魔達は、孤立した魔法使いを徹底して狩り立てていたのだ。応援部隊を狙わない理由が無い。そんな思惑の下に結成された部隊であったため、襲撃からの撤退は効率良く行えたとは聞いていた。


 そして、一方が撤退すれば、もう一方は当たり前のように追撃に入る。そんな追撃者を迎え撃つため、加えて無用な犠牲を民間人から出さぬために、レオニードは長蛇の列をまとめて都市に収容したのだ。


「あの選択が間違いだったのでしょうね。列の消化スピードが早まれば、バカでも警備が杜撰になっていることは予想出来る」


「その瞬間に侵入されたってことか!? クソッ! でもっ!」


「今更あのお人好しの選択を乏すことはしないわよ。けど、ずっとずっとあいつの動きは悪魔に分析されていた。陽動から避難計画に至るまで、全て悪魔の手の平で転がされていたのよ!」


 二都市の陥落後の対応、防衛作戦の準備、仕掛けられた謀略への返し手。森羅の悪魔がレオニードの人となりを知る機会はいくらでもあったのだ。


 そうして悪魔は学んだ。レオニードの人の好さを、少数を切り捨てられない甘さを。


 きっとそれが分かるまでは、彼女の作戦も確定はしていなかったのだろう。別の形に変更する予定もあったのだろう。しかし、その必要は無くなった。


 魔法使い襲撃に迅速に対応したから、彼が応援部隊を組織したから。どこまでもお人好しな選択をする人物がトップであることを、森羅の悪魔は見抜いていたのだ。


「じゃあ、さっさと侵入した森羅の悪魔を見つけねぇと......!?」


 焦りを浮かべる翔の眼前で動き出したのは、都市を包み込むかのように発生した白い壁。それが地面からどんどん伸びていき、ドーム状に都市を包み込む形で覆いかぶさろうとしている。


「ま、まさか結界か!? なんで!?」


 色こそ違うが、その見た目は血の魔王との戦いで見た結界そっくりだ。


 ということは、これこそがマルティナの言っていた完全遮断型の結界のはず。けれども、それを今更発生させる理由が翔には分からない。


 すでに悪魔には侵入されているのだ。そんな中で出入り不能な結界を発生させてしまえば、守るべきレオニード自身が袋のネズミとなってしまうのだから。


「何言ってんのよ。今までずっと逃げ隠れしていた、森羅の悪魔が出向いてくれたのよ。けじめを取らせるいい機会じゃない」


「いや、だとしてもレオニードさんまで閉じ込めちまったら!」


「......あのお人好しの考えそうなことだわ。結界の生成途中である今のタイミングは、森羅の悪魔を外側に逃がしてしまう可能性がある。けど、カギである自分が都市に残ったままなら_」


「自分をエサにして、森羅の悪魔を閉じ込めるつもりなのか!? けど、もしそれでレオニードさんが殺されちまったら!」


「......腹立たしいけど、私達を信じてるってことなんでしょうね。それに、零氷の悪魔は狙撃手。狙撃手がわざわざ市街地戦に赴くメリットは皆無。そこだけを見れば、悪くない一手とも言えるわ」


「......そうか! わざわざ零氷の悪魔まで()に潜入する意味はない! 外にいるんなら結界が機能する!」


「そういうことよ。あのお人好しは自分の命を賭け皿に載せることで、どうにか盤面を取り返そうと必死になっているのよ」


 初手で防壁すら抜かれ、ゲリラ戦に移行されてしまったこの戦い。このまま優秀な前線指揮官と狙撃手である二体の悪魔を相手にしては、勝負は見えてしまっている。


 この状況を取り返すためには、何かしらの無理をして、リスクをかけた行動を成功しなくてはいけなかった。


 そんな中でレオニードが選んだのは、自分の命を極限まで危険に曝すことだった。


 完全遮断結界が発動してしまえば、レオニードと森羅の悪魔は共に都市内に閉じ込められることになる。これだけを考えるなら大きなリスクだ。


 だが、この都市には森羅の悪魔を討伐する戦力が揃っている。当初と大きく様変わりこそしてしまったが、森羅の悪魔と戦うつもりであった相性の良いマルティナもいる。ずっと潜伏を続けていた悪魔を討伐する大きなチャンスでもあるのだ。


 悪魔だってそんなことは分かっているだろう。しかし、それを嫌って都市から脱出してしまえば、レオニードを暗殺する機会は失われてしまう。


 かといって閉じ込められれば、都市外にいるだろう零氷の悪魔からは分断され、たった一体で二人の悪魔殺しと逃げ出すことは出来ない戦いを迫られることになる。


 悪魔殺しがいなかったとはいえ、元々カギの都市を一体で落とした悪魔だ。閉じ込めたからといって安泰ということは決して無い。けれども同時に彼女の本質は指揮官であり、軍略家だ。個の強さに重きを置いた悪魔では決して無いのだ。


 悪魔殺しに狙われながらもレオニード暗殺を強行するリスクと、ここまでの謀略を企てておきながらレオニードを取り逃がすリスク。人類は初めて、森羅の悪魔にリスクを伴う選択を強要したはずだった。


「なっ!?」


 だが、それは現実にならなかった。そうであったらいいなという、幻想へと転じてしまった。


 突然パキパキと音を立てながら、崩れ落ちていく白い壁。人々に希望を与える筈だった白き威容は、転じて絶望を与えるだけの、醜き残骸へとなり果てていった。


「な、なにが、なにが起こって......っ!?」


 魔法知識に乏しい翔だ。無意識の内に答えを求め、マルティナへと顔を向けてしまうのは仕方のないことであった。


 けれど、彼のそんな行いは一つの核心を得るだけだった。目を丸くし、驚きを隠せない彼女の表情から、結界の生成が失敗した事実を得るだけであった。


「アマハラッ! 考えていた以上に最悪の事態よ! 今すぐ手を貸しなさい!」


 ハッとしたように顔を振り、すぐさま翔へと指示を出すマルティナ。


「手を貸すって具体的には!?」


 受け取った翔の方も、幸か不幸かイレギュラーな事態の場数だけは人並み以上に経験していた。彼女と同様に気持ちを切り替え、自分の役割を遂行しようと指示を待つ。


「今のでお人好しの守りが全て消失した! このままだと、この都市はあらゆる方向から攻め立てられることになる! 止める方法はもう、私達が悪魔を討伐するしかない!」


 彼女から出された指示。それは非常にシンプルで、何よりも困難な難題であった。

次回更新は5/23の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ