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月下に煌めく剣と剣 その一

(間に合わなかったか......)


 唐突に名乗りを上げた軽装鎧の女性と、その女性に土下座するカタナシ達を見た時に翔は確信した。


 転移魔法が発動し、それによって剣の魔王が現世に顕現(けんげん)してしまったのだ。


 魔力を感じ取る(すべ)を持たない翔からしてみると、女性はぱっと見ただけではコスプレをしているだけの一般人にも見えた。


 だが、こちらに笑いかけながらも全く見せない隙。加えて全身から発せられるプレッシャーは、目の前の存在が悪魔であることを言葉にせずとも示していた。


 無言で警戒心を高め、身構える翔。だがそんな彼をよそに、名乗りを上げた(くだん)のハプスベルタは、興味を持ったかのように言葉を続けた。


「おや? よく見れば二人共裸足(はだし)じゃないか? それが一足飛びでここまでたどり着いて見せた魔道具......いや、引き算で魔道具は線が薄い......なら魔法の条件かい?」


 一見、間違っても山登りには向かない二人の格好に、ただ興味を覚えただけのような発言。だが、その言葉は正確に的を射ていた。


「......」


「ふむ、だんまりか。片手に靴を抱えているということは、戦いには向かない移動用の魔法だということだろう? ならさっさと履いてしまうといい」


「どうして......そんなことを敵のお前が気にするんだ?」


 ここで翔が緊張下の中から、しぼりだしたような声で疑問を口にした。


「決闘とは万全を期して臨むものだからさ。見たところ君は剣士だろう? 私の望みは死闘を超えて相手に打ち勝つこと。準備不足の相手を討ち取ったって、何の武勲にもならないだろう?」


 カラカラと笑いながらハプスベルタは答える。自分を強者と信じて疑わない傲慢な考えだと翔は思った。しかし、その高潔な考え自体は、例え悪魔とはいえど嫌いではなかった。


「そうかよ。じゃあ遠慮なく」


 だからこそ翔は足の汚れを簡単に払うと、悪魔達の前の前で堂々と靴を履いた。


 もちろん目を離すことこそしなかったが、それでも不審な動きを一切しなかったハプスベルタの姿を見て、騎士道精神という観点だけ見れば、目の前の悪魔は信用に足るかもしれないと評価する。


「ほら、神崎さんも今のうちに。まさか正々堂々を語る奴が、自分の相手以外は知らぬ存ぜぬなんて、心の狭いことは言わねぇよな?」


 そして、ある意味信用がおけることを理解した翔は、今までの魔王の言動を考えながら、少しでも戦いの場を有利に進められるよう挑発した。


「ははは、勿論だとも。そこの巫女もさっさと支度を整えるといい。それにしても言葉だけで悪魔の行動を牽制するとは中々やる。弁の立つ剣士は強者か雑魚の両極端だ。君には期待させてもらうよ」


 姫野が足袋と草履を身に着けるまで、やはりというべきかハプスベルタは手を出す素振りを見せなかった。


 その後ろに控えるカタナシと二言もだ。これまで相手を出し抜くことを優先していた、言葉の悪魔達らしくない。


 勝手な行動を許さぬほど、彼女とカタナシ達の力は隔絶しているのかもしれない。


「さて、準備は出来たようだね。それなら少年、君はあちらで私と戦おうか。音踏(ねぶ)み。その間くらいは持ちこたえられるだろう?」


「勿論でございます。心ゆくまで愉しんでくださいませ」


 ハプスベルタが多少開けた場所を指差し、翔を誘うような仕草を取る。その後、返事も待たずに指を差した場所へと歩き出した。


 声をかけられたカタナシは二言共々頭を深々と下げ、ハプスベルタを見送る。


「拒否権はねぇみたいだな......」


「天原君、そのまま聞いて」


「うおっ!? あっ、あぁ」


 いつぞやと同じように、姫野が後ろから翔の服の裾を引っ張り、翔を壁に見立てて、悪魔達から口元が隠れた場所で話し出す。


「剣の魔王が望んだ形になってしまうけれど、少なくとも一対一で戦えるこれはチャンスよ。隠そうとしているけど、言葉の悪魔は目に見えて消耗している。私が出来る限り早く、言葉の悪魔を討伐するわ。だから天原君は、剣の魔王の攻撃に耐え続けて」


 姫野の言いたいことが理解できた。


 事実なので仕方ないが、お互いの陣営には明確な弱者が存在する。先に打倒してしまえば、当然二対一の構図が作れる。それから強者に挑みかかろうと言っているのだ。


 眷属相手とはいえ、二対一を捌ききったことがある姫野だ。一体がカタナシに変わったとはいえ、勝利することを翔は疑っていない。


 だが、そもそもこの作戦の(かなめ)は翔だ。彼がハプスベルタという強者をどこまで押さえつけていられるかが何よりも重要なのだ。


 もし秒殺されようものなら、今提案した作戦が最悪の形で実現することになるのは、言うまでもない。


「大丈夫だ。神崎さんを信じるよ。だから、勝とう!」


 自らの責任の重圧と不安を打ち払い、いつぞやの約束のように姫野の小指に自分の小指を絡めた。


 一瞬驚いたようにピクリと彼女の手が震えたが、翔の意図を理解したのか、彼女からも指を絡め指を切った。


「うん、私も天原君を信じてる。だから勝つわ」


 そうして二人は、それぞれの相手が待つ場所へと向かっていった。


__________________________________________________________


「待っていたよ、別れは済ませたかい?」


 この場における絶対強者は、余裕の表情で舞台の中央に陣取っていた。


「言ってろ。勝つのは俺だ」


 そんな悪魔の余裕を少しでも崩そうと、翔は出来るだけ気丈にふるまい、強気の言葉を浴びせてみせる。


「はは、時代は流れるものだね。今まで経験した人魔大戦のどんな相手よりも大きく出られてしまったよ。......楽しみだ」


 翔の宣言を聞いたハプスベルタの口角は大きくつり上がり、彼女から発せられるプレッシャーが膨れ上がった。


 その圧力で翔も思わず身震いをしてしまう。あまりにも隔絶した実力差によって、戦う以前から戦いの流れはすでにハプスベルタが掴み、その大きな流れに翔は飲み込まれようとしていた。


 だが、翔は先ほど行った姫野との指切りを思い出した。


(神崎さんは悪魔に勝つために、そして自分の運命に抗おうと必死に戦おうとしているんだ。それなのに戦う前からビビってどうする!)


 対等であること、そして姫野の力になることを翔は誓ったのだ。戦う前段階で、腰が引けている暇なんてなかった。


「あぁ、俺も楽しみだよ。だからさっさと始めようぜ!」


 語気だけは強く、逆にハプスベルタへと圧力をかけられるほどに。


 翔は自らの得物である木刀を出現させ、いつも以上に強く握りしめた。


「それもそうだ。お喋りは戦いの最中でも出来るからね」


 翔の抜刀に呼応するようにハプスベルタは両手を前に突き出した。そして突き出された両手に呼応するかのように何かが彼女の手の平に収まる形で出現する。


(何だ? あれは......剣の(つか)?)


 翔が正体を把握する前に、ハプスベルタは二つの物体を握りしめ、左右に抜き放つように振るう。


(何だそりゃ!?)


 翔の脳内が疑問で埋め尽くされるのに構うことはなく、彼女の得物が姿を現した。


 一本は彼女の身の丈の倍以上はあろう極大剣(きょくだいけん)、もう一本は(つか)に随分と精巧な意匠が凝らされたレイピアだった。


 出現させた二本の武器を、まるでプラスチック製の玩具かのように軽々しくブンブンと振るい、それが済むと極大剣の方を肩に乗せ、レイピアの切っ先を翔へと向ける奇妙な構えを取った。


「ふむ、やはり顕現したてでは二本が限界か。だがその分技術を尽くすと誓うよ。......それじゃあ始めようか」


 戦いの直前、一瞬の静寂がこの場を支配した。


 翔はハプスベルタの剣を見た時点で、通常の斬り合いの想定は無駄だと頭の隅に放り投げた。自分がこの戦いでやらなければいけないことは、対応すること。そして生き残るということだと頭に強く言い聞かせた。


(来る!)


 翔がそう思った瞬間に事態は動き出した。


 ハプスベルタは突然レイピアの方を逆手に持ち替え、クルリと一回転すると、生まれた勢いのままに、レイピアを投擲(とうてき)したのだ。


「なっ!?」


 開戦は翔の驚愕をもって始まった。


 レイピアとは間違っても投擲武器ではない。刃の部分より柄の部分の方が重いために重心がぶれ、投げ物として用いても、細い刃の部分では相手に痛打を与える確率があまりにも低いからだ。


 しかし、実践の経験がほとんどない翔は、馬鹿正直にレイピアの軌跡を目で追いかけ、大げさに回避に動いてしまった。その隙を魔王が見逃すはずはない。


 ステップで横へと回避した翔は、即座に自分の失策を痛感した。一直線に走り込んできたハプスベルタが空中に飛び上がり、こちらにむかって極大剣を振り下ろす光景が目に入ったからだ。


「ニュートンが泣いてんぞ!」


 そのあまりにも物理法則を無視した動きに翔は文句を付け、先ほどの回避よりもさらに体勢を崩しながらなんとか(かわ)す。


 空中から振り下ろされた極大剣は地面に深々と突き刺ささり、衝撃を加えられた地面は何本かの亀裂を作る。


(躱してなかったら、真っ二つを通り越してミンチじゃねぇか!)


 地面の惨状を見て、翔の背中に冷や汗が流れる。


 しかし、たった二度の攻め手のみでは魔王の手番は移らない。


 回避の成功に安堵していた翔の耳に、今度はガンッという大きな衝撃音が響く。


 見ると反り立つ壁とも呼ぶべき大剣が、突き刺さった地面を(えぐ)るように堀り上げ、こちらに向かって倒れてくるのが目に入った。


(あの野郎! まさか反対側から、この大剣を蹴っ飛ばして倒しやがったのか!?)


 倒れてきた大剣は腹の部分を翔へと向けている。ぶつかった所で身体に外傷を負うことはないだろうが、その迫りくる壁と地面にサンドイッチされてしまっては話が別だ。


 ハプスベルタは軽々しく振り回していたが、地面の抉れ方を見るに、極大剣は相当な重量を持っていることは間違いない。


 足の先っぽだろうと挟まれてしまえば抜け出すことは容易では無いはずだ。そしてそんな隙をハプスベルタが見逃すはずがない。


「くっ、うぉぉぉ!」


 翔は地面にダイブし、不格好な姿勢で必死に回避を行った。


 無様に転がることで迫りくる壁からはなんとか逃げ切ったが、追い打ちをかけるように銀閃が迫る。


「ぐあっ!」


 月光に反射した刃のきらめきによって串刺しは免れた。しかし、完全な回避に成功したわけでもなく、彼のわき腹から一筋の赤い液体が地面に振り注ぐ。


「驚いた。確実に()ったと思っていたが、とっさに身を捻って躱すなんてね。少年、君は存外に目がいいようだ」


 翔のしぶとさに対する称賛ゆえか、ハプスベルタは攻勢の手を一時的に止めていた。


 追撃が止んだ隙に、翔は彼女から大きく距離を取った。


「そりゃどーも。傷ついた時点で人間の一般常識で言えば十分に大当たりだ。お前ら面白生物の耐久力で物を語ってんじゃねーよ!」


「それはそれは。ならば私が狙うべきなのは大当たりの上に存在するであろう特賞かな?」


 腹部に軽い傷を負ってしまったが、戦いによるアドレナリンの分泌によって、翔の方も軽口が叩ける程度には余裕が戻ってきていた。


 そして軽口を叩きながらも、翔は勝利のために、必死にハプスベルタの分析を進めていた。


(あれは、一番最初にぶん投げたレイピアか? どうして明後日の方向に飛んで行った物をあいつは握っている? 予備か? それとも俺と同じで何本でも生み出せるのか? いや、そしたらあいつが最初に言っていた、剣は二本が限界って言葉と矛盾して......クソッ、明らかに情報が足りてねぇ!)


「ノーサンキューだ。全く、超重量の武器を軽々しく振り回しながら、飛んだり跳ねたり好き放題しやがって」


「私はこの契約魔法の他にも、多少は変化魔法にも心得があってね。そうでも無ければ、この剣をこの肉体で振り回すことが不可能なのは、君にもわかるだろう?」


 地面に倒れた極大剣を持ちあげながら彼女は答えた。


「......そりゃそうだろうな」


 翔はとっさに話を合わせながらも、契約魔法に変化魔法、彼女の口から出た自分の知らない単語に対する分析を進めていた。


(今の単語は......たぶん魔法の分類って事だろ? 事態が急転したせいで誰にも聞けなかったことが裏目に出た。こんなとこでも魔法世界の知識不足が響いてくるのかよ......!)


 こんなことなら大熊さん達と対面した初日や、姫野とのパトロール中にでももっと詳しく聞いてよけばと後悔するが、後の祭りだ。


 もっと図々しさを持つべきだったと翔は後悔しながらも、自分の得物に目をやる。


(剣を見て()()契約魔法って言うくらいだから、どっかから引っ張り出してきた二本の剣が契約魔法って奴で間違いない筈だ。そんでもって、変化魔法ってのは肉体を強化する魔法か? 全身の筋力を強化したってんなら大剣持ちながらのアクロバットにも説明がつく)


 ハプスベルタとの会話によってもたらされた情報を基に、翔は少しずつ彼女の魔法の本質を見抜こうとしていた。


「いやぁ、それにしても君が無事に初手を突破出来て良かったよ。あれだけの大口を叩いて、一度の当たり合いで(むくろ)を晒すようなら、興醒(きょうざ)めもいいところだった」


 考え事を頭に巡らせる翔をよそに、彼女は嬉しそうに彼を称賛した。


「どういうことだ?」


「簡単さ。君にとっては死闘だろうけど私にとっては児戯に過ぎないということさ。だから私が楽しめるように、次の段階まで進めようか。一流の剣士というものは、斬り合いの最中であろうと決して思考と観察を止めることはない。君もそうなれるかな?」


 言い終わるや否や、ハプスベルタは両手に握っていた二本の剣を両方とも消失させた。そしてその状態のままで翔に向かって一直線に突っ込んでくる。


(剣をわざわざ消滅させた? いや、違う! 元々何もない場所から引っ張り出したんだ。それを仕舞うことなんて造作もない筈だ。ならなんで仕舞う必要があったんだ? ......まて、仕舞って引っ張り出す......仕舞える範囲はどれくらいなんだ? 引っ張り出す時に何か条件はあるのか?)


 翔が考えを巡らせる間も、ハプスベルタはぐんぐんと迫ってくる。


 そして十分な距離に近づいた彼女は、突然両手を身体の左後方へと持っていき、そのまま半身の姿勢を取った。まるで横()ぎの斬撃を繰り出すかのように。


(最悪を考えろ! あいつの魔法が武器を無制限に取り出し、放り投げた武器だろうと無制限に仕舞いこめる魔法だとしたら。......そうだとしたら、このままじゃまずい!)


 最初に武器を取り出した時のような、立ち止まって引き抜くという動作。


 あれがただの演出に過ぎないとすれば、今の彼女の構えはまさしく、極大剣による横薙ぎの瞬間と言えた。


 それに気づいた翔が対応の動きを見せようとした時、暴威の塊が振り抜かれた。

面白いと思っていただけましたら、ブックマークと評価をいただけると嬉しいです。


時系列の関係上、翔対ハプスベルタ。姫野対カタナシの描写が交互に描写されます。

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