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森が拓く

「さ~て、さてさて~。時計の針は進みだした~。ここからは時間との勝負だね~!」


 檻を破壊し、トラックから抜け出し、倉庫の外に飛び出した森羅の悪魔の使い魔達。そんな自らの配下の雄姿を見届けながら、ミエリーシは笑顔で都市陥落に向けて動き出す。


 すでに外からは多くの破砕音と悲鳴が重なり、大混乱が巻き起こっていることが明らかだ。


 この混乱があるからこそ、ミエリーシは準備が出来る。都市の制圧に乗り出せる。誰にも邪魔されず、根源魔法が発動出来る。


「制圧陣地の指定~! 各拠点価値の算定~! 制圧段階の算出~! 再誕の森、発動~!」


 その声に呼応するかのように放出されたのは微弱な魔力の波、魔法現象を引き起こす量を大きく下回った小さな小さな魔力の波が、都市をくまなく駆け巡る。


 そしてこのスキャンが終わったタイミング、それこそがミエリーシの魔法が火を噴く時だ。


「よ~し、よしよし。お前がいるからこそ、ここは制圧出来るんだ~。制圧宣言~!」


 傍らになぜか一匹だけ残しておいた、オオカミ型の使い魔。だが、この一匹がいるからこそ、ミエリーシの根源魔法は真価を発揮する。


 彼女が取引の場所に決めておいた無人倉庫。現在この場にいるのは、ミエリーシと使い魔の一体と一匹のみだ。つまり、ここはミエリーシの使い(ユニット)によって制圧中の拠点であり、時間内に取り返さなければ制圧される拠点だということ。


「対立勢力無し~、宣言受理~! 拠点制圧~! うんうん、他も予定通りの制圧状況だ~! 制圧率1パーセント到達~!」


 そして、運び屋達の荷下ろしの場所をわざわざ分けたこと、それがここで意味を成す。


 ミエリーシの根源魔法、再誕の森は、陣取り合戦を模した契約魔法だ。今回のような襲撃時においては、どれだけ相手との戦力差があるか、どれだけ相手の陣地が巨大であるかが重要である。


 なぜ重要なのか。それは、強いユニットを相手に勝利すればするほど、相手が有利の拠点を制圧すればするほど、ミエリーシにボーナスが支払われるからだ。


「制圧点のユニットを生産ユニットに変換~! 始めはやっぱり、クマ、オオカミ、サルだよね~!」


 ビキッ、ビキビキビキと異様な音を立てながら、傍らのオオカミの身体から樹木の枝や根が生え始める。そして、十秒もしないうちに、オオカミは三メートルほどの若木へと変化を遂げていた。


 一定の拠点制圧率突破の報酬。それはユニット生産陣地の設置だ。


 魔力を消費することは無く、何か材料が必要なわけでも無い。完全な無から有を作り出す魔法。それはこのような大規模戦闘において、あまりにも有利な魔法だ。


「やぁ~っと一匹収穫か~! 分かってはいるけど、贅沢病だ~!」


 いつの間にか、若木には人間の上半身程度の大きさの果実が生えていた。当然、三メートル程度の樹木がそんな大きさの果実を支えられる訳が無い。


 自重を支えきれず、重力に導かれるまま地面に落ちる緑の果実。地面と触れ合った衝撃で砕けた果実の中から、なんと先ほど生産ユニットと称し、消費した筈のオオカミ型使い魔が現れたのだ。


 時間にして数分といったところで、数匹いれば魔法使いを打ち倒せる使い魔が誕生する。これが脅威でない筈がない。


 それなのにどこかミエリーシが納得していないのは、つい最近、都市そのものを完全に制圧した経験ゆえだろう。1パーセントの制圧率でこの力なのだ。100パーセントの制圧が成された拠点の強さなど、もはや想像する方が難しい。


 いや、そもそも100パーセントの制圧が成された拠点を、ミエリーシは手に入れていたはずなのだ。そこから生み出される無限の使い魔達を用いれば、このような敵地単騎潜入という危険を犯さずに済んだはず。


 それをしなかったのは、ミエリーシの優れた戦略眼ゆえだ。


「無限に増やした使い魔がいれば~、確かに戦闘は有利に運べるけど~。そんなことをすれば~、いよいよニンゲン共が本腰を入れてくるもんね~。侮られず、本気にさせず~、このくらいの距離感が一番戦いやすいんだよね~」


 無限の使い魔による都市襲撃。そんなものが可能だと割れれば、各国の魔法使い達の警戒は跳ね上がる。派遣される魔法使い達もまた、より数を増やし、より精鋭へと変わるはず。


 そんなことをしてしまえば、たった二体の悪魔で二つのカギを壊しきるのは不可能だ。だからこそミエリーシは、制圧都市で使い魔を必要以上に増やさず、増やした使い魔も陽動のために使い潰した。


 だからこそミエリーシは、攻め込んだ都市の人間を皆殺しにした。常に調べられ続けるだろう都市の様子と生き残りの証言によって、自身の根源魔法の秘密に辿り着かれないように。


 彼女はずっとずっと考えを巡らせていたのだ。より堅実に、より確実に、時には損すら受け取ってでも、着実な勝利を手にしようと準備を重ねてきていたのだ。


「およ~? 初回のアクション以降の殺害数が、思った以上に伸びないね~。分かっていたけど良い指し手だ~。このまんまじゃ直に混乱も収まってくるだろうし~、そうなったら怪しさ全開の生産ユニット達も破壊されつくしちゃうな~」


 ここまでは順風満帆に思えたミエリーシの戦略。しかし、彼女の予想に反して敵の混乱が少なすぎた。


 根源魔法の副次的効果で、ミエリーシには各地の制圧状況と市民を含めた敵ユニットの撃破状況が入ってくる。その情報によれば、中心部に近い拠点付近にはすでに魔法使い達が集合し、使い魔達との戦闘が始まっているようにも見えた。


 事前にミエリーシの策を予想していたかのような、あまりにも早い対応スピード。あらためてこの都市を守る指導者の優秀さが窺える。


「おっと~、おまけに結界も張っちゃうんだ~。私を中から逃さないためと~、白霊君が中には入ってこないと踏んでかな~? 大胆、けどベストな選択だ~!」


 続けてミエリーシの魔力感知にかかったのは、巨大な魔力が都市を覆うような感覚。間違いなく結界を起動するための魔力だろう。


 一見するとカギの逃げ場を失くすだけの悪手に思えるが、零氷の悪魔が狙撃手だという情報と森羅の悪魔を刺し違えてでも討伐するという覚悟。これらが合わさることで、結界の発動は苛烈な反転攻勢の策へと姿を変える。


 自分が命を落とそうとも、もう一人のカギが生き残ってさえいれば問題は無い。そんな決まりすぎた覚悟を結界の発動から読み取ったミエリーシは、思わずこの都市の指導者にパチパチと拍手を送ってしまった。


「でも~、やっぱり君は仁君だね~。零れ落ちる命を掬い取らずにはいられないんだね~。その優しささえなければ、もう少しだけ攻略が面倒になっていたのにね~」


 現在のミエリーシには、敵の動きが間接的に見えている。


 使い魔の討伐数、敵ユニットの死亡数、それらを参考にすることで、敵がどこの防衛に神経を割き、どこの人員を厚くしているのかが見えている。


 その上で人員の動きを見ると、民間人と思われるユニットが数多く存在する拠点付近に、多くの戦力が割かれていた。


 確かにミエリーシの再誕の森は、敵ユニットの撃破数に応じてもボーナスが発生するようになっている。しかし、それはあくまでもの話。拠点制圧とユニット撃破を天秤にかければ、価値が高いのは拠点制圧の方である。


 中央部の土地を制圧出来ないのは痛い。確かに痛いが、本命を守るユニットが少ないことに比べれば、そんなものはかすり傷に過ぎない。


「私が謀略に長けていることも~、私が都市襲撃の裏を掻いてくるかもしれないことも~、白霊君を外に置き去りにしていることも全部予想出来たのに~。最後の最後で悪手を打っちゃったね~。最初から私の狙いはこっちだったのさ~!」


 端末を通じて、一部の使い魔達の目標が、敵ユニットの撃破から特定拠点の襲撃へと変更される。


 運び屋のトラックに揺られている間も、ミエリーシはこの都市の情報を集めることを止めてはいなかった。むしろ自動で移動が出来る時間を使い、より多くの情報を収集していた。


 例えば彼女は、観光目的で都市の名所を尋ねていた。けれどもこれも、馬鹿正直に都市観光を目的としたわけではない。


 ミエリーシは調べ上げていたのだ。一般に解放されている拠点、一般から隠されている拠点、隠されている中でも軍事的に価値がありそうな拠点の位置を。


 結界生成など専門外の彼女であるが、それでもそれなりに永い時を生きた悪魔だ。ニンゲンごときとは比べ物にならないほどの知識を蓄えている。


 詳細な地図と少しばかりの拠点情報、そして結界の発動条件を考えれば、結界の基点が設置されている場所など一目瞭然であった。


「ふっふっふ~! 君は随分と身体を張って、私に挑んできたんだもんね~。挑戦者が無茶を通してきたんだ~、私も身体を張らなきゃ臆病者とみなされちゃうよね~」


 大きく伸びをして身体をほぐすミエリーシ。その足は真っすぐに倉庫の出口へと向かっていた。


 人類最悪の防衛戦が、今始まろうとしていた。

次回更新は5/19の予定です。

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