動けば動くほどに締まる首
「そうか......やはり現れたか......」
応援隊の出発からほどなく、レオニードに届けられたのは凶報。零氷の悪魔と森羅の使い魔による襲撃の報せだった。
「予想はしておりましたが、やはり厳しいものがありますな。こちらも手が離せないと、向こうの都市への言い訳が出来たと思えば悪くは無いでしょうが」
レオニードの言葉に応えたのは、彼の側近ボルコ。
現在、悪魔殺しである翔達三人は警戒任務に就いており、この部屋にいるのは幸いにも二人のみだ。もし、マルティナなどが残っていれば、それ見た事かとレオニードを散々に糾弾していたことだろう。
「相手の狙いについては割れそうか?」
「無難な答えでよければこちらの戦力の各個撃破、そして選択の失敗による不和を撒くといった所でしょうが、相手は都市をも呑み込む謀略家の悪魔。それ以上を望んでいる可能性が高いかと」
盤面的に見るのであれば、森羅の悪魔は多くの使い魔を犠牲にして悪魔殺し一人の魔法を観察し、都市二つの戦力をそれなりに削った。
これだけでも戦果と言えば戦果だろう。しかし、あの森羅の悪魔がこの程度で満足するのか。人間の心理を見透かし、常に後手後手の選択を取らせ続けてきた謀略家が、この程度で満足するのかといった思いが拭えないのだ。
「......尚早かもしれないが、結界を張るべきか」
「......ご随意に。しかし、リスクもお忘れなきよう」
「もちろん分かっている」
戦略で勝る相手を上回るには、相手の想像を超えた一手を打つ必要がある。そして、そういった選択は得てして大きなリスクを孕むものだ。
だが、そうしなければ勝てないというのであれば、レオニードは迷わず選択出来る果断さがあった。この思い切りの良さこそ、彼が名君と謳われる素質の持ち主であることの証左であった。
「ボルコ、準備を」
「はっ!」
この都市には二つの結界がある。一つは多くの魔法都市にある防御と探知を兼ね備えた無難な結界。そしてもう一つは、全てを遮断し、あらゆる存在を遮る完全な防御結界である。
この内、後者の結界は電波なども遮断してしまうため、都市の発展を考えればギリギリまで発動出来ないものであった。普段のレオニードであれば、これほど早くこちらの結界に手を出すことは無かった。
しかし、リスクを賭けなければ上回れない。未だに真の目的すらあやふやで、本人も姿を現さない森羅の悪魔に勝利出来ない。
稀代の謀略家の想像を上回るため、レオニードは結界の発動を選択したのだ。
「撤退してくる応援隊は、結界外で待機するステヴァンの隊に組み込め。あいつにはいざという時に、向こうの都市へ退却を許してある」
「外の待機列はどうしますかな?」
「もちろん全て入れてやれ。閉じ込めた後に抗議が来ても、私の名前で補填すると伝えておくように」
「はっ!」
その言葉が終わるが早いか、ボルコは即座に端末を用いて、各場の責任者に情報を回しだす。
これで仮に一つの都市が落ちようとも、レオニードまでは届かない。確実にレオニードのみは生き残る。そして、彼さえ守れれば、いよいよ切羽詰まった全世界の魔法使い達が、過剰ともいえる戦力を回してくれるようになるはず。
この時の彼の判断は素晴らしかった。いざという時に内側にも悪魔殺しを残す戦術眼は素晴らしかった。しかし、その名君たる素晴らしい判断が、最後の最後で判断を誤らせた。
数々の謀略を仕掛けながらも、一向に大きな揺らぎを見せない堅牢な都市。そんな場所を率いるトップが名君であることは、森羅の悪魔にとっくに知れていたというのに。
レオニードが大きな一手を打ったように、森羅の悪魔もずっとずっと前から、大きすぎる一手を打っていたというのに。
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応援部隊。それは都市の戦力を削って生み出した急ごしらえの部隊だ。戦力としても一流こそ編成されないが、準一流の兵士達で構成されており、いざ向こうの都市が実際に窮地に立たされたとしても、十分に戦うことが出来る実戦部隊だった。
だが、応援部隊が編成されるということは、多くの兵士が防衛に駆り出されるということ。そして、多くの兵士が戦闘に駆り出されれば、それだけ別の仕事をこなす兵士に、いつも以上に仕事が集中するということだ。
「お前はもういい! だからさっさと車を発進させろ! ほら次! さっさと車を動かせ!」
前日よりも遥かに険悪なムードを醸し出す兵士達。正門前で検問を行う彼らもまた、元を辿ればこの国を守る兵士達であり、魔法使い達である。
応援部隊の編成で人数を削られることになった結果、当然彼らにも多くの仕事が舞い込むこととなった。
「この忙しい時に! 悪魔の野郎はこっちの都合を考えてくれやがらねぇ!」
「都市の人間を文字通り皆殺しにした化け物だ! 当たり前だろうがよ!」
憤怒、罵倒、思い思いの罵詈雑言を並べたてながら、必死に車列を捌いていく兵士達。しかし、列は消えず、それどころかその長さは地平線まで届こうかとしている。
悪魔による魔法使い襲撃事件が、世界にも広まった頃だ。今まで以上の支援がトラックの形を取り、この都市に届いてきているのだろう。
けれども、何事も過ぎれば毒になる。
ここまでの支援物資を貰った所で、魔道具は自立式の物でなければすでに使い手の方が不足している状態であり、魔法使いの方も、すでに集団行動が取れる限界まで都市に到着している状態。
これ以上の支援は、もはや必要としてなかった。それでも余計な不和を生まぬためにも、レオニードは受け取らざるを得なかったのだ。
「おい! 追加の伝令だ! 車列を全部通せだとよ!」
「本当か!?」
「あぁ。上は結界の起動を決めたらしい。外に締め出されて悪魔のエサにされんよう、さっさと通しちまえだとよ!」
「よっしゃ! そうと分かれば!」
そんな不満燻る現場に届いたのは、レオニードからの追加指示だった。
全ての車列と人間を検問無しで通す指示、それは仕事に忙殺されかかっている正門前の兵士達にとっては待望の伝令であり、まさに渡りに船の話だった。
水を得た魚のように、正門を全開にし、トラックを招き入れだす兵士達。
今までいつ終わるか分からない仕事に、ストレスを溜め続けていた者達なのだ。その解放感によって、気が緩むのは仕方のないことだった。
しかし、仮にも門番であれば、最低限運転手と乗員の顔くらいは確認しておくべきだった。
そうすればとあるトラックの助手席に、フードを顔まで下ろしたいかにも怪しげな人間がいることに気が付いたのだから。
応援部隊の編成によって流出した人材難は、こんな些細な部分にすら爪痕を残すことになった。
「ふっふっふ~。やっぱりここのカギは優秀だね~。私の予想より三手は早く、結界の発動に踏み切った~。でも~、名君は名君はでも~、君の本質は仁君だ~。ここは運び屋如き、切り捨てるのが正解だよ~?」
ケラケラと笑う少女を乗せたトラックが正門を通過する。けれども、その姿を注視していた者は誰一人いなかった。
次回更新は5/11の予定です。




