追い込み猟は銃声と共に
「よし! 第一から第三部隊まではクジラに乗れ! 第四から六までは二人一組でイルカに!」
ステヴァンの号令でテキパキと動き出す魔法使い達。レオニードの指示によって編成された応援部隊が、今まさに襲撃を受ける都市へと向かおうとしていた。
「ステヴァンさん......」
「大丈夫だ。こっち側は死んでも守る。例え魔法使いが命を落とすことになろうと、民間人までは手を出させない」
「......お願いします」
不安げな声を上げる兵を、励ますステヴァン。その気迫に満ちた声が周りに響き渡ることで、最初から低迷気味だった士気が少しだけ上向きに変化する。だが、それでも士気は平均より下ほど。こうなるのも仕方ない。
なにせ、この応援部隊の本質は外交。向こう側の窮地に応援を出さなかったせいで、都市間の交流を冷え込ませないための、本来必要のない応援だ。
ましてや現在襲撃を受けている場所こそ向こうの都市だが、次の瞬間にこちら側が責められない保証はない。むしろ、いまだに姿を現さない零氷の悪魔に狙われている線が濃厚だ。
自分達という戦力が抜けた穴を、もし悪魔に突かれたら。そうなれば真っ先に狙われるのは力無き民間人だ。零氷の悪魔は、死者を利用して自らに適した環境を作り上げる。
数少ない情報によれば、零氷の悪魔は率先して民間人を狙うわけではないようだが、それも程度の話。勝利のためなら、平気でこの都市を死者の街に作り替えるだろう。
あちら側に派遣される兵士達にも家族がいる。親戚だっている。必要のない応援のせいで家族が命を落としたとなったら、その後悔は計り知れないだろう。それらも兵士達の士気に影響していることは間違いなかった。
「よし! 全員準備出来たな? 出発だ!」
ステヴァンは彼ら兵士の取りまとめ役。見るからに低い士気を理由に、部下を叱責することも出来たし、懲罰を与えることも出来た。しかし、そんなことはしない。
彼自身もこの作戦の必要性は理解していても、納得はしていない者の一人だったからだ。
彼らが戦力として数えられなくなれば、それだけレオニードの命に危険が迫る。幼き頃に頼るべき親を失った彼にとって、レオニードだけが頼れる大人であり、尊敬出来る人間であった。
そんな大恩人の命と比べれば、向こう側の都市のカギでは、言葉は悪いが釣り合わない。いっそあちら側のカギが命を落としてくれた方が、守るべき人間が一人で済んで助かるとすら思っていた。
こういった思考をしてしまうのは、自身の育ちのため。けれど、それを口に出さない常識を持っていることも、同様に育ち故と言えるだろう。
「はー...... マジで、マジで頼むぞ。あの人を看取る予定は、まだまだ先なんだ」
遠く砂漠の向こう側に消えていく兵達と自身の使い魔を眺めながら、ステヴァンは無事に全てが終わってくれることを祈らずにはいられなかった。
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「最初に繁茂さんから聞かされた時は、お前達の生態を不思議に思ったものだ。しかし、上には上がいるらしい。砂を泳ぐ海獣達、実に奇妙だ」
そう零したのは零氷の悪魔、白霊のコッラー。
彼がライフル越しに眺める先では、ステヴァンが作り出した使い魔の背に乗り、砂漠を移動する兵士達の姿があった。そんな軍勢を眺めるコッラーの役割が、まさか観察のわけが無い。ライフルを構えていることからも分かるように、彼は今から襲撃を行うつもりなのだ。
「ウルフ隊、チームを二つに分けろ。一隊は正面からぶつかり時間稼ぎを。もう一隊は初撃に合わせて攪乱しろ」
「バウッ!」
現在のコッラーは周囲より一段高い砂丘にうつぶせに寝そべり、潜伏をしている状態だ。そんな彼に付き従うように、五十頭ほどのオオカミが彼の後ろで同様に潜伏を行っている。
先ほどの指示のためだろう。半分ほどのオオカミが一気に駆け出し、その肉と命を以て魔法使い達の足止めを始めた。残されたオオカミ達もまた、砂丘を影に魔法使い達へと忍び寄っていく。
「繁茂さんはいつだって、ニンゲンの心を正しく読み取っている。始まりの二都市同時攻略、魔法使いの各個撃破、そして今回の陽動作戦。どこまでも先を読み解き、大きな戦果を叩き出してきた」
オオカミ達と兵士達の戦いは始まっている。兵士達の乗り物と化していた使い魔達も、援護をせんとオオカミ達を襲いだした。このままでは十分も経たずにオオカミ側が全滅するだろう。
「此度の作戦でも、きっと多くの血が流れ出ることだろう。多くのニンゲンが絶望の果てに命を落とすことになるだろう。作戦の成功はもう止められない。お前達には暴力による抵抗しか残されていない」
コッラーは転生を一度しか行っていない、比較的若い悪魔だ。それも、人間から悪魔へと至った昇華型の悪魔だ。いくら転生を行おうと、その魂にはまだまだ人間だった頃の面影が残っており、ふとした瞬間に人間だった頃の自意識が表層に浮かんでしまうことがある。
ふと口に出た言葉も、本来は必要のない思考であるはずだった。それが浮かんでしまったことは、彼の深層心理に強く残る、とある風景を思い出したため。
立場も立ち位置も変わってしまったが、彼もまた数の暴力に最後まで抗い、勝利を勝ち取ったためだった。
「......俺が引き金に手を掛けなければ、きっと繁茂さんの作戦の多くは失敗に終わるだろう。それは許されない。それだけは許されない。俺を動かすのはいつだって大義だ。大義の名の下に、俺は引き金を引き絞っているんだ」
魂に揺らぎを起こしたコッラーだったが、それでも彼が襲撃を取りやめることは無い。
彼にとってはこの襲撃も大義の礎なのだ。これから起こるであろう惨劇すら、大義を成すための一歩なのだ。大義のために戦い、大義のためには鬼となる。それこそが、白霊のコッラーの本質なのだ。
ギチリと引き金が振り絞られる。狙いはクジラを模した使い魔の背に乗る男の一人。先ほどから活発に指示を出している男の隣に立つ、副官と思しき男だ。
「リーダーは殺さない。求められているのは混乱なのだから」
タァーンと響く発砲音。油断をしていたのだろう、碌に結界も張っていなかった男は頭を撃ち抜かれ、そのまま氷のオブジェと化した。
同時に動き出したのは潜伏してたオオカミ達。前方に注意を向けていた兵士達の横っ腹に、重いボディーブローが突き刺さる。
そうして始まるのは大混乱。狙うべき標的を定めることすら出来なくなり、あるもの魔力弾はイルカを撃ち抜き、あるものの魔道具は味方ごとオオカミを討伐した。
傍から見ても、全滅は免れないという盤面。しかし、兵士達は次第に統制を取り戻し、オオカミ達を徐々に押し返すようになる。
そうなった理由は、リーダーがずっと部隊をまとめ上げ続けていたこと、そして、その後も狙撃は数発しか飛んでこなかったためだ。
リーダーが存命だったからこそ、部隊は命拾いをした。リーダーが存命だったからこそ、指揮系統が生きていた。そのままオオカミを討伐しきると、兵士達は当然のように報告を行う。
森羅の使い魔及び、零氷の悪魔による襲撃に遭遇。死傷者多数、続けて都市襲撃の恐れありと。そう報告を行った。報告を行ってしまったのだ。
この報告こそが、森羅の悪魔、繁茂のミエリーシが望んでいた展開とも知らずに。
次回更新は5/7の予定です。




