二択一両損
「は、はぁ!? じゃ、じゃあ! こんな状況でこっちの戦力を派遣させるってのか!? 零氷の悪魔に至っては、どこにいるのかも分からないのに!?」
「一々わめくな! それ以外にどんな解釈があるってのよ! 言ったでしょ。こちらの都市は岐路に立たされているって」
延長することになった翔とマルティナの質問コーナー。その時間を使って翔が理解したことは、レオニードがわざわざ自分達から都市の戦力を削ろうとしているということだった。
優勢な戦況、敵悪魔の所在不明、襲撃自体が罠の可能性、そのどれを取っても、こちらの都市から戦力を派遣する意味が分からない。むしろ、そんなことをしてしまえば、悪魔に勝機を作ってしまうだけではないかと翔は思う。
「......理由を教えてくれよ。そうでなきゃ、お前との口論が続くだけだ」
少なくとも翔以外の人間は、レオニードの考えが分かっていた。この作戦を実行する価値を理解していたのだ。ならば問いかけ、理解しなければいけない。それがマルティナに聞かされた悪魔殺しの役割なのだから。
「......ふん、理解しておくべきなのは、この作戦は何も喜んで実行に移す作戦じゃないってことよ。むしろ苦渋の決断で実行する作戦だってこと」
「じゃあなんで」
やりたくもない作戦、しかも翔程度が悪手と判断出来るほどの作戦だ。普通に考えれば、実行する価値など皆無のように見える。
「翔君、例えば君が窮地に立たされた時、傍にいた友人が助けてくれなかったら君はどう感じるかな?」
そんな翔とマルティナの会話に割って入るような形で、不意にレオニードが例え話を交えた質問を投げた。
「えっ? そりゃあ、窮地の種類によりますけど、良い気分はしないでしょうね」
「だろう? それを今の私達に当てはめたらどうなるかな?」
「今の俺達に当てはめたら...... 友人がこの都市で、俺が向こうの都市ってことですか......!」
翔も気が付いた。レオニードが応援を向かわせようとしている理由に。
いくら優勢だったとしても、向こうは襲撃を受けている。今もなお悪魔の脅威に曝されている状況なのだ。そんな中で、近くに魔法戦力を備えた友軍がいる。助けを求めるのは当然だろう。いくら使い魔相手であろうと、命がけの戦いであるのは変わらないのだから。
通常の悪魔との戦闘であれば、ここで応援要請に応えるのは当然だ。しかしこの二つの都市間においてのみ、応えられない理由がある。
それこそ、潜在的な悪魔の襲撃の可能性が、こちらの都市にも残されているからだ。
地獄門を封印する役割を持った人間は、僅かに二名。そのどちらかのカギの血筋が途絶えようものなら、いよいよ残された側も不慮の事故や病気で死ぬことすら許されなくなる。
一時的にでもカギの封印が無くなれば、そこから溢れるのは略奪の悪魔の軍勢。あのダンタリアですら、国に長居はしたくないと言わせしめるほどの国家に所属する悪魔達だ。その脅威は計り知れない。
「......応援を送らなかったら、都市の関係が悪化するのは分かりました。でも、戦況が優勢なのは事実なんだ。応援を送ることこそがリスクに繋がるんじゃないですか?」
「......ふん、じゃあ応援を送らなかったらどうなると思う? あっちの襲撃が収束した後、こっちに攻めかかるのが森羅の悪魔の本命だったらどうなると思う?」
「そ、それは......」
そんなものは簡単だ。人は追い詰められた時に助けられるからこそ感謝する。自分の身を削ってでも助力してくれたからこそ、自分も助けようと思うのだ。
逆に、その場で助けの手を差し伸べなければどうなるか。あの時助けてくれなかったのに、どうして助ける必要がある。自分達の辛い時だけ助けを求めるなんて傲慢が過ぎるじゃないか、ふざけるな。そう思うだろう。そう思われてしまうだろう。
そう、森羅の悪魔は襲撃をかけたあちらの都市に謀略を仕掛けているのではない。こちらの都市に選択という謀略を仕掛けてきていたのだ。
「おそらく今は、悪魔もほどよく手を抜いているところなんでしょうね。自分達の力だけで片付けてしまえる思わせれば、リスクの塊である応援の派遣なんて出し渋るに決まってる。本命の攻撃をこちらだけで防がなければいけなくなる」
都市の防衛に成功すれば、人類陣営の士気は大いに上がることだろう。
だが、その事実は同時に油断にも繋がる。
二度目の襲撃が起こったとしても、自分達だけで防衛が可能だと考えてしまう。翔達の都市が攻められたとしても、そちらの戦力だけで防衛は可能だろうと思われてしまう。
お互いに応援も送らず、自戦力を妄信するだけになれば、いよいよ都市間で情報交換をする意義もなくなっていく。重要な情報こそ取り交わされるだろうが、細かい情報が零れ落ちていく。
そうなってしまえば、もはやこの地は陸の孤島だ。協力して悪魔討伐を成し遂げる筈であった都市二つ分の戦力が、襲撃に対する防衛という、受け身のアクションしか起こせない都市一つ分の戦力になってしまう。
だからレオニードは応援を送ることを考えていたのだ。だからマルティナは政治ごっこと嫌悪の表情を浮かべていたのだ。
片や都市間の交流を冷え込ませ、連携能力を削る一手。片や都市の戦力を無傷で削り、襲撃に対する隙を作り出す一手。森羅の悪魔にとってはどちらでもよいのだ。どちらでも成功と言えるのだ。
いつの間にか人類陣営は、悪魔に利を与えるだけの選択を迫られていたのだ。
「せめて零氷の悪魔がこちらに襲撃をしてくれれば、あるいは森羅の悪魔の攻め手がもっと苛烈であれば、応援を送る有無で頭を悩ませることは無かった。敵ながら見事な一手だな」
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ。どうするつもり?」
苦笑いを浮かべるレオニードに、いつも通り食ってかかるマルティナ。どうするつもりだと聞いてはいるが、その表情は絶対に応援を送るなと言っている。都市間の関係など知ったことではない、外部の人間ならではの反応と言えた。
「......もちろん応援は送る。ボルコ、準備は?」
「出来ております」
「本気?」
レオニードを見つめるマルティナの視線が鋭くなる。それに対して、柔和な表情を浮かべるレオニードも、彼女からは決して視線は逸らさない。
「本気だとも。こちらは悪魔殺しが三人で向こうは一人。いくらあの御仁の防衛能力が優れているとしても、人数の差で不満が起こるのは当然だ。ここで応援を出さなければ、今は良くても、次が危うくなる」
「......あっそ。ならもう好きにしなさい」
憤りを隠しもせず、マルティナがぷいと横を向いてしまう。話し合いの場に残りこそするが、話し合う気は無いということだろう。
「......すまないね。ステヴァン、戦力を送る用意は?」
「大丈夫ですよ。イルカもクジラも用意済みだ」
「_魔力まで無駄にして......!」
ギリッという歯ぎしりとその言葉が聞こえたのは、近くに立っていた翔だけだろう。
だが、翔はあえてマルティナに声をかけることも、レオニード達の会話に加わることもしなかった。
選択はどちらも正しかった。そして、どちらもリスクを秘めていた。ただこの場のトップがレオニードだっただけで、彼の選択が採用された。それだけのことだ。
長々とマルティナに説明を受けたというのに、それでも翔には現状を理解するのがせいいっぱいだった。自分の意見を用意することが出来なかった。この地を訪れて何度も思い知った、戦術眼と政治力の無さを痛感した。
翔には、せめてレオニードの選択が正しいものであることを信じることしか出来なかった。
次回更新は5/3の予定です。




