砂陣適者
「グルルゥ!」
「キャッキャッキャッ!」
「ゴアアァァ!」
その日は唐突に訪れた。
翔達が防衛任務に就いた都市とは別の都市。その土地を包囲するかのように、獣の大群が現れたのだ。
オオカミ、サル、クマ、いずれも砂漠地帯に同種は存在せず、自然発生したものでないのは明らか。いや、森羅の悪魔配下の使い魔達であるのは明白だった。
そんな使い魔数百頭が列を成して、じりじりと都市に近寄ってくる。それだけで民衆はパニックを起こし、暴動が起きてもおかしくは無い光景だった。
「森羅の使い魔と思われる敵、多数接近! これより迎撃態勢に入ります!」
「防衛結界と認識阻害結界の展開を開始しろ! 都市への侵入を許すまでは、決して市民に気付かせるな! 門も完全に閉ざせ!」
しかし、幸いなことにこの都市に設置されていた結界の一つは、一定の魔力を持たない人間に魔力生命体への認識を阻害する結界だったのだ。
おかげで今のところ、市民は己に文字通り牙剥く存在が迫っていることを認識出来ない。都市外にいたためにこの光景を目にしてしまった人間達も、門が閉ざされてしまったせいで中へとパニックを伝播させることが無い。
人心を巧みに操る森羅の悪魔の一手は、完全に遮断したと言えた。
「迎撃準備完了!」
「よし! 撃てー!」
そしていくら包囲しているとは言っても、所詮は烏合の衆。これといった魔法も持たず、見た目通りの獣の身体能力を備えただけの使い魔であることは把握済みだ。
都市外壁の上部から放たれた魔力弾が、密集していた獣達を吹き飛ばしていく。
当然、獣達も黙ってやられるわけもない。
魔力弾の雨が降り始めるや、それぞれが猛然と走りだし、都市の外壁にへばり付こうと迫ってくる。
「ははっ! 今更走り出したところで遅えよ! お前達が多少おつむが良いだけの畜生であることは検証済みだ! 外壁に取りついたところで、そのまま上がり切れるのは一部だけだ!」
走り出した獣達の中で、特にスピードが速かったイノシシ達が外壁にたどり着く。
しかし、外壁の上にいる兵士の一人が零したように、そこから都市内部に侵入を果たすためには、物理的に高い高いハードルを越えなければいけないのだ。
垂直にそり立つ壁をイノシシが登ることは不可能。サル、もしくは木登りに長けたクマであれば可能かもしれないが、それだって魔力弾に曝されながらのクライミングだ。難易度は通常の木登りとは比べ物にならない。
「この程度かよ! 他の都市の奴らは、どんだけ鈍っていやがったんだ!」
あまりにも順調に進む防衛戦のおかげで、防衛を担う兵士達の間に弛緩した空気が漂い始める。
しかし、そんな空気は長くは続かなかった。
「おいっ! あのサル、何か持ってやがるぞ!」
いち早くたどり着いたイノシシをつるべ撃ちにしている間に、オオカミが、クマが、そしてサル達が外壁に辿り着いていた。前者二匹は先ほどのイノシシのように、外壁の真下で立ち尽くすのみであったが、サルだけは別のアクションを起こした。
同種よりも、いささか遅れてきたオオカミやクマ達。その背中には、背嚢が背負われていたのだ。
それらが外壁にたどり着くやいなや、付近のサル達が取り囲み始め、背嚢から何かを取り出し始める。取り出された物はいずれも、あまり頑丈そうに見えない、所々に穴が開いた陶器製の球体だった。
サル達はその球体を握りしめると、外壁の上部に向かって放り投げたのである。
「な、なんだ!?」
人間の肩力を遥かに超えたサルの投擲だ。多くの球体がそのまま外壁を飛び越え、都市内部に落下していく。
しかし、投擲した球体の数は多い。中には目測を誤ったのだろう、兵士達が迎撃を続ける外壁上部に落下する球体も存在した。
陶器製の球体だ。地面にぶつかった衝撃だけで、簡単に砕けてしまう。もちろんそんな物でケガをする者はいない。
攻撃能力が無い上に、陶器製で壊れやすい球体。そんな物を都市に投げ入れるのはなぜか。
答えは簡単だ。
球体が都市に入り込むこと自体に、意味があるからである。
ガシャンと大きな音を立てて、陶器製の球体が砕け散る。
その砕けた破片が急に宙を舞った。いや、内部からの力ではじけ飛んだのだ。
「ぐっ! そういうことかっ! 今すぐ全員に通達しろ! 外の獣共は後回しだ! 投げ入れられる球を全て壊せ! 小型が入ってやがる!」
そう、球体の正体は小型の獣を都市内部に放つ、輸送手段だったのだ。
陶器の檻から解放された、ネズミが、リスが、ヘビが、各々の役割を遂行せんと動き出す。
ネズミが自らの命も顧みず、目についた配線に感電覚悟で歯を立てる。リスがあらゆる木製製品に、自慢の歯で穴を開け始める。そして、ヘビはというと。
「こはっ......!」
「おい、おい! しっかりしろ! っ、このっ!」
兵士に見つかり、踏みつぶされる小型のヘビ。だが、彼の役割は全うされた。命をかけた襲撃によって、一人の魔法使いを相打ちにしたのだから。
「都市内部の防衛部隊に伝達しろ! 小型の獣の侵入を多数許した。このままだと都市が内側から食いつぶされると!」
「はっ、はいっ!」
ただでさえ、討伐しなければいけない獣は多数いる。小型の獣を対処するには、外壁の戦力では手が足りない。
たった数分で侵入を許した恥も外聞もかなぐり捨て、内部の防衛部隊に応援を要請しようとしたその時、突然の衝撃が外壁部隊を襲う。
「な、なん...... っ! くっそおぉぉっ!」
衝撃の正体。それは外壁に取りついた大型獣達が、門へと突撃する衝撃だったのだ。
この都市に作られた門は、いずれも鉄製の頑丈な門だ。銃弾などは簡単にはじき返し、下手な爆発物では凹みもしない頑丈な門だ。
だがそんな門といえど、砲弾の直撃には耐えられぬだろう。数発であれば軽い凹み程度で防げるかもしれないが、数十発ともなれば防ぎきれぬであろう。
今突撃したのはクマの軍団。平均体重百㎏、最高時速五十㎞の大質量が、命がけの突撃をかましたのだ。徹甲弾の如きその突撃は、門を大いに揺らし、外壁上部にも強い衝撃を与えてくる。
この一度目の突撃では、門には小さな凹み程度しか作られてはいない。しかし、見渡すだけでもクマは百頭もいる。仮にクマが道を切り拓けずとも、今度はイノシシが、それでも駄目ならオオカミが役割を引き継ぐであろう。
外壁上部の兵士達は思い知った。自分達は、所詮は獣の群れと油断した。けれど、そんな獣共は確かな戦術を有していた。自分達を油断させ、わざと高揚させ、攪乱と防壁破壊の時間を作り出したのだ。
おまけに魔法の力に頼らずとも、そのいずれもが強靭な肉体を持った恐怖を知らぬ死兵。いくら地獄門の開放が死に直結する惨事と言えど、人間はそこまで必死になれない。大義に命までは捧げられない。士気の面でも完敗している。
今は外壁と門が獣達を防いでいるからいい。だが、これが突破されればどうなる。自分達は正面切って、あんな獣達と相対出来るのか。いや、無理だ。無理に決まっている。
このままだと、崩れる。多くの兵士達の頭に、最悪の未来が映し出される。
しかし、この都市にはまだ希望があった。
「ワシの所まで支援の要請は来ていないが、このままだと勝ち負けに関わらず都市が死ぬ。悪魔に手の内を見せることになるが、勝手に動かせてもらうぞ」
ザザザッと、隊長格の兵士達の無線機から、そんな声が響き渡る。
そして、その言葉の意味を兵士達が理解する前に、変化は訪れた。
都市の近くにあった小山が、大きな振動と共に吹き飛んだ。
同時に小山から出現した何らかがあまりにも巨大な口を開き、門の前に固まっていたクマ達を十匹単位で飲みこんだ。
それが契機となった。
突然獣の一匹が、足元の砂と共に地面に消えた。突然砂漠の一角に砂地獄が発生し、獣達を飲みこんだ。突然地面から隆起した塔が、獣達の残骸を雨霰とばかりに地面に降らせた。
これらの事象は生物学的名称こそ違えども、とある一種の魔法生物によって引き起こされた事態だった。
退化した目、ヘビのように長い体躯、巨大な口腔、そして地中を移動することに特化した身体。様々な伝承にて語られるその生物の名は、ワーム。
「なるほど、浅知恵を付けた獣共とは何とも厄介なものよ。しかし、どれだけ肉体を酷使しようとも、肉体の在り方を変えることは出来ん。砂漠に適応した我らの力、存分に見せつけてやるとしよう」
ひっくり返されかけていた盤面が、さらに大きく反転した。
次回更新は4/21の予定です。




