悪意の矛先
「ハロ~、白霊君。その後も人間狩りは順調かな~?」
「お疲れ様です繁茂さん。目標の値には届きそうですが、予定よりはぐれが身を寄せ合うのが早いようです。これ以上兵力を削るのは難しいかと」
「目標に届くのなら問題ないさ~。所詮、よそから取り寄せた歩兵を狩るのは、おまけに過ぎないんだからさ~」
草木も眠る深夜帯。森羅の悪魔、繁茂のミエリーシは、零氷の悪魔、白霊のコッラーと電話連絡を取っていた。
現在の彼女は、ただの人間である運び屋の男と旅の途中。本来なら素性がばれるような連絡は控えるべきだろう。しかし、日中散々行っていた数々の電話連絡のおかげで、今更ミエリーシが電話をかける程度で運び屋がいぶかしむことは無い。
おまけに当の本人は長旅の疲れで就寝中だ。そもそも見咎められることが無いのに、リスクを嫌って電話を控える必要は無いということだろう。
「それで...... 本当にあちら側のカギから仕掛けるおつもりですか?」
浮かない声で、ミエリーシに問いかけるコッラー。
ここ数日の共闘でミエリーシが用いる魔法の強力さと、彼女自身の計算高さにはコッラーも一目を置いている。けれども、それでも今回の作戦は無謀が過ぎると思えたためだった。
「ふっふ~、悪魔殺し三人と大量の兵隊。及び腰になるのも仕方ないよね~?」
「それは、当たり前かと......」
ミエリーシの言う通り、コッラーが及び腰になっている理由。それは、今回の作戦で落とすべき都市には三人もの悪魔殺しが控えているゆえだった。
「確かに一方の都市は悪魔殺しがなんと三人~、もう一方の都市は一人っきり~。数だけを見れば、先に攻め落とすべきはもう一方の方に思えるよね~?」
「はい。リスクを考えれば、そうなるかと」
コッラーによる魔法使い狩りは、悪魔陣営に多くの情報を授けてくれた。その中でもコッラーの目に留まった情報は、各都市に配置された悪魔殺しの人数だ。
当たり前のことだが、人魔大戦の副産物として生まれる悪魔殺しは一度に百人しか生まれない。この広い広い現世と呼ばれる世界にたったの百人しか生まれないのだ。
この世界全てを守り切るには、あまりに頼りない人数。しかし、それゆえ悪魔殺し達は、いずれも一騎当千の力を秘めている。相性によってはたった一人で悪魔を退けるほどの力を。
そんな悪魔殺し達が、今この地には四人も存在しているのだ。時間をかければさらに集結するかもしれない。地獄門が開けば、人類という種は家畜に成り下がる。それを防がんがため、こんな無茶な人員配置を行ったのであろう。とっくの昔に、人類の尻には火が燃え移っているのだ。
一度送り込まれた人員だ。悪魔達の討伐が成されない限り、勝手に離れていくとは考えづらい。仮に元々の所属地域が悪魔災害に見舞われれば可能性はあるが、あいにく国家間同盟騎士団で顕現が済んでいるものは少数だ。陽動は難しい。
そのため悪魔殺しを討ち取らなければ、そもそもカギの破壊も不可能なのだ。コッラーとミエリーシは、悪魔殺し、大量の魔法使い、都市の防衛機構の全てを突破して、カギを破壊しなくてはいけない。それも二回も。
結局は順番が変わるだけに過ぎない。だが、わざわざ苦難の道を先に選ぶのは何故だろうか。そういった純粋な疑問故にコッラーはミエリーシに問いかけたのだ。
「悪魔殺し一人をバッサリと切り捨てて~、残る一つのカギの破壊に弾みを付けたくなるよね~。でも~、それじゃあこの戦いは敵わないんだな~。むしろ~、その選択は最悪の負け筋なんだよね~」
「負け筋、ですか?」
「ふっふ~、一つ質問だよ~。私達が先に、悪魔殺しが一人のカギを破壊したらどうなるかな~?」
「......残ったカギの都市で警備の質が向上したり、増員が見込まれるかと」
突然の質問に若干答えを窮しながらも、コッラーは回答した。
「ざ~んね~ん。それはどちらを先に選んだって同じさ~。私が言っているのは少数戦力の都市を落とした場合の話だよ~?」
だが、その答えはミエリーシの求める答えではなかったらしい。
必死に頭を捻ってみるが、先ほどミエリーシに言われたような、どちらを攻め落としても変わらない結果しか思いつけなかった。
「......申し訳ありません。私の頭では考え付かないようです」
「それじゃあ仕方ない。答え合わせといこうか~。答えはね~、先に最大戦力を落としきれれば、相手の心を砕けるからだよ~」
「心を、砕く......」
「そうそう~。ニンゲンってね~、限界の一歩手前までは、案外楽観主義なんだよ~。ここを乗り越えられれば~、自分達が犠牲になっても~って感じでね~」
「それは......」
ミエリーシの語る内容に、コッラーは覚えがあった。
コッラーが誕生する前の自分。ニンゲンであった頃の始まりの自分は、優れた雪国の兵士だった。
来る日も来る日も敵の頭蓋を砕き殺し、雪景色を赤一色に染め上げた。
けれど、敵は絶えず押し寄せた。決死の覚悟で進軍を止めなかった。彼らは信じていたのだ。コッラーの守るこの拠点を突破すれば、彼の殺害に成功すれば、この戦いには勝利出来ると。
「けど~、さっきも言った通り、それは限界一歩手前の話だ~。逆に一歩でも限界を踏み越えてしまうと、縋っていた希望が潰えてしまうと、簡単に心がバラバラになっちゃうんだよね~」
「......」
コッラーを踏み潰さんと押し寄せた兵士達。そんな楽観主義者達の命は、その無謀な思想と共に川に押し流されていった。
そして、何人目の指揮官を撃ち殺した時だったか。ついに敵兵達は限界を迎えた。心が砕けてバラバラに逃げ去った。
だけど雪国であての無い逃走を選ぶのは最悪だ。周りは一面の銀世界。数分もすれば足跡すら雪で消え去り、来た道すら分からなくなる過酷な世界。
気付いた時にはもう遅い。命を刈り取る発砲音に怯えながら、多くの命は絶望の中でゆっくりと凍え死んでいった。最後まで発砲音と寒さに震えながら。
このニンゲン達の恐怖によって、コッラーは生まれたのだ。
「さ~て、まとめといってみようか~! このままもう一つカギの破壊をすれば、地獄門解放まで残りは一つ。ニンゲン側も最大限の防衛策を講じるだろうね~。でも~、どれだけ強固な砦だろうと~、兵士がボンクラじゃ攻め落とすのも簡単だ~」
「まさか繁茂さん、あなたは......」
「悪魔殺しを三人も配置しておいて、カギの防衛に失敗しましたってなったら、現場の士気はどうなるだろうね~? 三人で無理だったんだ、一人なんかで守り切れるわけがないってならないかな~?」
コッラーは息を呑んだ。
ミエリーシの策が成功すれば、間違いなく現場の士気は崩壊する。それどころか逃亡者まで出る可能性がある。なんせ自分と彼女は最初のカギの都市で、それぞれ氷像の展示会と猛獣が跋扈する森を作り上げてきたのだから。誰だって一番に守るべきは自分の命なのだから。
逃亡したところで、地獄門が開いてしまえば人類はお終いだ。けれど、別に人類が絶滅するわけではない。ただ現世の支配者が変わるだけだ。
むしろ、逃げた連中は仮に地獄門が開いてしまっても、何とかなるだろうと考えだすかもしれない。何せ逃げ出したことで、限界一歩手前に舞い戻った連中だ。楽観主義がまかり通る精神状態であるのだから。
「それでも...... それでもです。悪魔殺し三人が大きな壁として立ちはだかるのは変わらない」
ミエリーシの考えに、理があることは把握した。けれど、攻め込むリスクが高いことに変わりは無いのだ。それが解消されなければ、コッラーは素直に頷くことが出来なかった。彼の本質はその身一つで戦いを続ける、一兵卒のそれであったから。
「もっちろん、ここで無謀な力攻めを提案するような愚将ではないさ~。はっきり、しっかり、最高の策を準備しているともさ~」
そうしてミエリーシは話し出した。とっておきの策を、悪魔殺し三人を出し抜く謀略を。
「まさか...... 使い魔をわざわざニンゲン経由で運び入れたのも、観光案内と称して説明を求めたのも、あなた自身がニンゲンの足で移動しているのも全て!」
「そうともさ~。これで少しは、偉大なる先達の力を示せたかな~?」
「少しなどと...... 俺程度では、恐れおののくばかりです」
「ふっふっふ~! 例え世辞でも存外心地いいものだね~」
「世辞などでは」
「じょーだん、冗談だってば! な~に、最悪私達がしでかしたとしても、保険はあるんだ。まぁ、そんなわけでいっちょ気楽にやっていこう~!」
ケラケラと笑うミエリーシ。その細められた瞳の先には、翔達の滞在する都市の姿が映っていた。
次回更新は4/17の予定です。




