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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第四章 砂漠に咲く極寒の樹海

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悪意の流入

「ほら、また列を成してトラックの群れがやってきたわよ。昨日から今日にかけて、一体どれだけ魔道具を蓄えるつもりかしら?」


「別に戦力が増えるのはいいことだろ?」


「えぇ。それに関しては良いことよ。けれど、頭数であろうと魔道具の数であろうと、多すぎる数は慢心を生むわ。慢心はそのまま弱さに繋がる」


 昨日レオニードとの密会を果たしていたテーブルで、マルティナと翔は会話をしていた。


 彼らの役目は都市の防衛。つまり襲撃者たる悪魔に攻め込まれない限り、特に仕事も無いのである。


 そのため、昨日の会議で役割を確認した後はどちらから言い出すわけでもなく、都市全体が見渡せるこのテーブル席に集合していたのだ。


「そこまで粗探しを始めたら、どうやったって合格点は取れないだろ」


「それはそうよ。元々与えるつもりが無いもの。戦いに絶対はない。だから戦いに臨むときは、どうなろうと全力を尽くす覚悟が必要なの。心持ちなんて大前提よ」


「そりゃそうだけど......」


「そんなに私の意見に文句があるのなら、また昨日みたいに観光客の真似事をしてくればいいじゃない。きっと口喧嘩をするよりは有意義なはずよ」


「んなことは言ってねぇーだろ。ってか、そもそも会話を始めたのはお前のほうじゃねーか」


「何よ? 会話を始めた側は、場の雰囲気を乱さないように軟着陸させなければいけないルールでもあるの?」


「......無いから睨みつけてくんな」


 戦闘面ではそこまで相性の悪くない両者だが、その他悪魔関連の会話となるとその相性は良いとは言えない。


 片やスイッチが入るまでは平和主義で、性善説を重んじる翔。片や多少柔軟さを得たといっても、悪魔への敵対の意思は苛烈の一言、おまけに一度疑った相手は徹底的に信用しないマルティナ。


 表向きはダンタリアの命をかけた決闘が行われていなければ、この場も唐突にマルティナが槍を取り出し、大騒ぎが起こっていたかもしれない。


「そういやああいう魔道具ってどうやって結界内を通過してるんだ。いくら魔力を注げば動くったって、魔道具自体にも多少は魔力が流れているだろう?」


 このままではいらぬ諍いが起こると感じ取ったのだろう。翔が眼下を流れ続けるトラックへの疑問を口にする。


「簡単よ。ほら、あのトラックを見てみなさい」


 マルティナがそう言うと、突然こちらまで届くような大きなブザーが鳴り響く。するとちょうど門を通過しようとしていた、一台のトラックが門の前で停止させられた。そうこうする内に、大勢の人間がトラックを取り囲み始める。


 無論トラックを運転していた者も即座に取り押さえられ、そのままどこかに引っ張られていった。残ったトラックの方もそのまま横に移動させられ、荷台を検められている。


「ああやって、規定量以上の魔力を垂れ流すトラックを止めているってことよ。領主の話が確かなら、ここに運び込まれているのは戦闘用の魔道具。つまり、外部からの魔力供給が前提の代物よ。よっぽど特別な物でもなければ、魔力なんて漏れ出るはずがない」


 マルティナが解説をしている中、トラックの荷台を調べていた者達が出てきた。しかし、出てきた人間は彼らだけではない。手を後ろ手で縛られた、見知らぬ人物達が一緒に出てきたのだ。


「マルティナ、あれって......」


「反応した魔力の正体。昨日言ったでしょ? 悪魔の手の平で転がされた連中。自分達が悪魔の手助けをしているなんて、これっぽっちも考え付かない大馬鹿な連中よ」


 悪魔達はカギが残る二つの都市の中間地点で、魔法使い達を無差別に襲撃した。それによって人間達の心に不安の種をばらまいたのだ。自分達は都市を守り切れるのかという不安の種を。


 眼下でひっ捕らえられている者達も、元を辿ればこちら側の戦力を不安に思い、もしくはこちら側の友人縁者を心配して助力に来た者達だったのだろう。


 しかし、結果的に彼ら彼女らがやったことは、戦力のバランスを崩壊させる利敵行為である。今回は真っ先にレオニードが思惑を看破したからこそ軽症で済んでいたが、いつの間にか一方の都市から戦力が消えていたかもしれない一大事であったのだ。


 翔が対峙した血の魔王も人心を弄ぶ下劣な悪魔であったが、所詮彼のやったことは恐怖で人を縛ったに過ぎない。


 だが、今回の悪魔はそんな血の魔王の上を行っている。人に望んだ行動を取らせ、人の思考を誘導し、人類陣営を内側から崩壊させかけた。


 レオニードが人狩りのスペシャリストと言ったのも頷ける手腕であった。


「あの人達も根っからの悪党じゃないんだ。せめて、少しでも軽い罪になるといいけどな」


「......ほんっと、甘いわね。仮にどれだけ重い罪だろうと、今の厳戒態勢じゃ罰を実行したって士気が下がるだけよ。牢屋にぶち込むのがせいぜいでしょうね」


「......なら、絶対に零氷の悪魔と森羅の悪魔は討伐しないとな」


「何の話よ?」


「誰の犠牲も無く悪魔達を討伐出来れば、あの人達の行動も軽いおちゃめで済むかもしれないだろ?」


「アマハラ......あんたもしかして恩赦を考えてるの? あんな見ず知らずの魔法使い相手に?」


「別にいいだろ? 不幸な人間なんて、少なければ少ない方がいいんだから」


「......ほんっと、甘い奴」


 マルティナが向ける奇異の目にも、翔は堂々と己の姿勢を貫いた。険悪になりかけていた重い空気は、いつの間にか霧散していた。


 マルティナは思う。やはりこの土地の人間達を、自分が信用するのはもはや難しい。けど、この少年は、憎むべき敵であった自分の命を、さも当然のように救ってくれたこの少年になら、あの秘密を話してもいいのではないのかと。


「アマハラ、一つ聞いておいて欲しい話があるの」

__________________________________________________________

「よし、次!」


「おい、さっきの車両にいた奴ら、何かやらかしたのか?」


「そんなことはお前に関係ないだろう」


「なんでい、いつもなら軽口を叩く仲だってのに」


「この行列を見て、まだそんなことが言えるか......?」


「はっ! 違ぇねぇや! 俺は問題無いんだな? ならさっさと入らせてもらうぜ?」


「さっさと行け! よし、次!」


 翔とマルティナが通行門を眺めて会話をしていた頃、当の門前は大変な忙しさの真っただ中であった。


 門前に何十人もの守衛が並び、許可を出した車両や人物を通し続ける。まるで工場のライン作業のようだ。


 このような事態になっているのは理由がある。いくらこの都市が魔法都市と言っても、その実情を知る者は全人口の一割にも満たない。ほとんどの人間にとって、今日という日はありふれた日常の一日でしかないのだ。


 そんな日常に、突然大量の大型車両が出入りし始めたらどうなるか。答えは簡単だ。門に立つ者達に、殺人級の大仕事が舞い込むのである。


 この都市を守る守衛達は、魔法絡みかを判断する観点で軒並み魔法使いで構成されている。その上、現在は他部門の魔法使いも大幅に増員し、魔道具の搬入で都市機能がマヒしないよう処理しているのだ。


 悪魔の脅威に対する防衛能力向上は正しい。都市機能を保護するために、守衛を増員することも正しい。しかし、一点のみこの方策が裏目に出てしまう点があった。


「ん?」


 目の前に停止した大型トラック。見覚えの無いそのトラックは、十中八九魔道具を運搬してきた車両だろう。


 そのトラックが停止した際、所持していた魔力感知装置が光りだしたのだ。光のみで音が発生しないその反応は、規定以下ではあるが、トラックから運転手以外の魔力が発生している反応だった。


「おい、このトラック、何を乗せている?」


 すかさず運転手に問いかける守衛。ここで運転手が挙動不審になったり、どこかで矛盾する内容の言い訳を述べればひっ捕らえるためだ。


「あん? ()()ってしか聞いてねぇよ」


「何だと? どんなやつから仕事を受けた?」


「めんどくせぇなぁ。特徴なんて覚えてねぇが、陰気な奴らだと思ったよ」


「......」


 守衛は内心で舌を打つ。


 大方どこかの魔道具工房が、非正規の運び屋を雇ったのだろう。


 現在ここら一帯の魔道具作りを生業とする者達はかき入れ時だ。なんせ、作ったそばからあらゆる魔道具が購入されていくのだから。


 だが、いくら作ったそばから売れると言っても、肝心の商品を搬入出来なければ契約不履行で食いっぱぐれてしまう。おまけに同じような連中が、魔法世界を知る正規の運び屋に依頼を出したせいで、商品を売りたいのに売れない状態に陥ってしまっている。


 そういった理由で、こんな魔法のまの字も知らないような男にさえ、魔道具の運搬を依頼したのだろう。


 荷台を確かめることは可能だ。しかし、ここで問題の無い積み荷を検めたと工房側にバレれば信用問題に発展する場合がある。都市と工房間で交わされたやり取りは、魔道具の購入と搬入のみ。どんな運び屋を使うかは工房の自由だからだ。


 少量の魔力を漏れ出し続ける魔道具は、存在しないわけでも無い。中途半端な魔力反応、そのせいで守衛は積み荷を検めるか迷っていた。


 いや、迷ってしまった。本来の守衛であれば、問答無用で荷を検める場面だったというのに。


「おいおい、何を迷ってやがんだ? 良いなら通す、駄目なら調べる。それだけだろうが? まぁ開けた場合の違約金は、きっちりといただくがな」


 ごもっともな言い分を運転手が向けてくるが、口調からして仕事の遅い守衛を煽っているのだろう。


 頼まれただけの役割、責任を取りたくも無い役割。その言葉が決め手となってしまった。


「うるさい! さっさと通れ! いいか! しっかりと依頼された場所に搬入をするんだぞ!」


「やっとかよ、待ちくたびれたぜ。あぁ、仕事に関しては心配すんな。誰かさんと違って、俺は仕事は早くて完璧だからな」


 ブオォンと盛大な排気音を立てて立ち去るトラックに、ギリッと奥歯を噛みしめる守衛。しかし、それ以上に出来ることは無い。せいぜいこの場とは関係の無い場所で、運転手が不幸になることを祈るくらいしか出来なかった。


 この日守衛は同じような事情の車両を、あと数十台通すことになるのだった。

次回更新は4/13の予定です。

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