森羅の真名
「わ~。なるほどね~。うんうん、それで~?」
砂漠を走るトラックの中、助手席にゆったりと腰かけた緑髪の少女は、電話口の相手と陽気な会話を繰り広げていた。
現在このトラックは、トルクメニスタンのとある都市に向けて移動を続けている。一般的なトラックの主な利用方法は運送。もちろんこのトラックも例外ではない。
荷台にはたくさんの荷物が詰まれている。薬で眠らされたたくさんの動物が。
そして、助手席で会話を続ける少女。彼女もまた、荷物の一つであるのだ。
「うん。うん。じゃあそこら辺も分かり次第、連絡よろしく~。全部経費で落とすから、思う限りの贅沢をするといいよ~。じゃね~」
少女が慣れた手つきでスマホをタップした。どうやら通話は終了したらしい。
「先に出た奴らがトラブったか?」
そう問いかけるのはこのトラックの運転手。何を気に入られたのか取引先までの移動を少女に依頼され、タクシーの真似事をさせられている運び屋の一人である。
「違うよ~。そっちは順調~。もう到着したトラックもあるくらい~」
「じゃあ何の連絡だったんだ?」
「別のお仕事の話だよ~。せっかくこんな所まで来たんだし、街の案内役を雇ったんだ~。どんな建物があるのか、どれくらい活気があるのか、そもそもどういう街なのかを教えてもらっていたんだ~」
「......そうか」
少女の答えに対する返答に、男は一瞬遅れた。
その理由は、一見まともそうな事を話していた少女の話は、その実とても違和感があったからだ。
(案内役を雇うのはいい。どれだけ活気のある街だとしても、一歩路地を外れれば様々な悪意が潜んでいるからな。だが、わざわざ電話口で話を聞くのはなぜだ? 現地に着いてから話を聞いても、十分観光は間に合うだろうに)
男が抱いた違和感。それは、案内役にわざわざ電話口で街の紹介を求めた点だった。
少女が誰かを持て成す側の人間であれば、話は分かる。事前情報が無い持て成しなど、すぐに底の浅さが露呈してしまうからだ。
しかし、ここ数日一緒に過ごしてきた男だからこそ分かる。取引の見届け人などと言っているが、彼女はもっと上の立場の人間。簡潔に言ってしまえば持て成される側の人間だ。
まるでテーマパークに到着するのが待ちきれない子供のように、事前知識を蓄える意味が分からない。
分からないと言えば、この運び屋の仕事も、今更ながら違和感を拭えなくなってきている。
付き合いは良い方ではないが、男だって長年の運び屋生活でそれなりに交流を持った運び屋はいる。その者達に連絡を取ったことで分かった話だ。
自分を含めた荷物の運び入れ先が、目的地がとある都市であることを除けば、てんでバラバラなのだ。
違法薬物等の一つ一つが小さく、単価が高い物品が荷物であるのなら話は分かる。小分けにして取引を行ったとしても実入りは大きく、摘発されても足が付きにくいからだ。
だが、現在自分達が運んでいるのは動物。一匹の単価がどれほどになるかは分からないが、とにかく秘匿が難しい商品である。その上、一か所が見つかって捜査が始まりなどすれば、芋づる式に全員が捕まりかねない足の付きやすい商品なのだ。
こういった商品は逆に一か所に集積した後、その場で購入者に押し付けてしまうのが基本である。そうすれば後は購入者の責任。賄賂なのか役人と繋がっているのかは知らないが、こんな商品を大量に購入するくらいだ。輸送の当てはあるのだろう。
そういった理由があるからこそ、目の前の少女に対する違和感はどんどんと膨らんできているのである。
「ふっふ~。疑問は膨らむばかりだねぇ~?」
「っ!?」
そうして思考に集中していたせいだろう。いつの間にか助手席の少女が、こちらを見つめていることに気が付くのが遅れた。
そして今しがた彼女がつぶやいた言葉からして、こちらが少女に不審を抱いていることは筒抜けであるようだった。
「ニンゲンはコミュニケーションが大事だよ~? 何か思ったんなら、しっかりと言葉にしないとねぇ~」
「いや、別にやましいことは......」
「いいっていいって! そこで頭を隠して尻を隠さない誤魔化しをする方が不義理だよ~」
「......」
「君は私に答えて貰いたい。私も答えるのはやぶさかではない。なら答えは一つじゃな~い?」
「答えて、くれるのか?」
「ん~。けどな~。さっきも君の疑問を氷解させたばかりでしょ~? ここは平等に一つずつ質問に答えるのが筋ってもんだよね~。とういうわけで、はい! どうしてあなたは運び屋をするのですか?」
「......」
少女は明らかにこちらを馬鹿にしている。しかし、実際にこちらが少女を疑ったことも事実だ。バックにどんな組織が付いているか分からない以上、下手な行動は文字通り命取りとなる。
ここはご機嫌取りをするべきだ。男はそう判断した。
「......病気の母に、高齢の義父と義母。妻との間に子供は六人いる。学の無い人間が全員を養っていくには、非合法の組織に所属するか、非合法の組織に使われるしかない」
「......ほ~ん。なるほどなるほど。けど~、子供六人は自己責任じゃない? いくら生めよ増やせよと言ったって、賄いきれない量をこさえる言葉ではないでしょ~?」
「......どこの格言かは知らないが、子供なんぞいくらでも死ぬ。危険な橋を渡れば食い扶持は稼げるが、失われた子供は二度と帰ってこない。脈々と受け継いできた家の歴史、俺の代で途切れさせるのはあんまりだろう」
「......なるほどね~。だから地雷原の上を突っ切っていくわけだ~。食い扶持を稼げればいいのなら、畑で時給自足も悪くは無いけど~」
「周りを見て見ろ」
「そりゃそうだ~!」
右を見ても左を見ても、目に映るのは砂の海。こんな場所で畑を耕すのは、狂人かよほどのバカしかありえない。
「だから俺は運び屋をしている。多少の法律違反には目を瞑って」
「ふ~ん、そういうことか~。非合法の組織に属さずに運び屋でいるのは、罪の重さに押し潰されないため。私の仕事を受けたのは~、さしずめ自分の幸福の代わりに、他人を貶めたくないからか~な?」
「......否定はしない」
「だよね~。この仕事で貶められるのは、後ろの商品がせいぜいだ~。罪は犯しながらも~、家族には胸を張って生きられるギリギリのライン~。君ってニンゲンは、欲張りだけど優しいニンゲンだね~」
「......」
男は無言で感情を隠しながらも、実際に心は驚きで染まっていた。
喋り方こそふざけているが、少女の推測は全て的を射ていたのだ。こう言ってはおかしな話だが、明らかに少女は少女にしか見えない。だというのに大人顔負けの読心術を会得している。
知れば知るほど、理解しようと思えば思うほど、男には少女の正体が何か想像すら出来ない化け物のように思えていた。
「ふっふっふ~。中々満足した回答だったよ~。やっぱり金で目の色を変えた奴らじゃなくて~、君のトラックを選んで正解だった~」
「そりゃどうも。それで? さっきの話通りなら、今度はそちらが回答する番だが?」
「おお~。そうだ~ね~。それじゃあ、目的の一つをちょろっと発表しちゃおうかな~」
「一つ?」
「そうそう。乙女はたくさんの秘密でコーティングされているのだ~」
「人それぞれだろう」
「つれないな~。まぁ~、さっきの続きだけど~。ここに来た目的は~、復讐か~な~?」
「復讐?」
「そのとお~り! 私はずっとずっとずぅ~っと昔に、とある連中のせいで功績を滅茶苦茶にされたんだ~」
「お前の年齢でずっと昔など...... いや、それは置いておこう。つまり、功績をかっさらわれたってことか?」
「そんなとこ~。功績自体は二つに分断されちゃって~、存在しない二体の功績にされちゃったんだよね~」
「それは...... 復讐を考える気持ちも分かる」
「でしょ~? だから今のボスに協力して、新たな秩序を作り出そうとしてるんだ~。あの業突く張りで独善的な十字共の~、シマをこれでもかって破壊した後にね~。そうして私はやっと~、自分の功績と名前を高らかに名乗り上げられるんだ~」
「名前......」
男は思い出す。最初は仲介のみで終わる相手と思っていたため、結局少女の名前を聞き忘れていたことを。
「あぁ~。名乗るのを忘れてたね~。君達に分かりやすく言うのなら~。私はミエリーシ。真名繁茂のミエリーシだよ。よろしくね~」
フィンランド神話における女神と悪魔の名を冠する少女は、作戦の成功を確信しているかのように、クスクスと笑って見せたのだった。
次回更新は4/9の予定です。




