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遠回りの頼み事

「......けど、あなたのおかげで救われた人は大勢いるはずです。ステヴァンさんだって、あなたのことを本当に尊敬していました」


 自嘲的なレオニードの言葉に、翔は反論を返す。


 始まりは確かに当てつけだったのかもしれない。けれど、彼の功績は消し去りようもない事実だ。多くを救い、多くが生きられる環境を作り出したのは本当だ。


 それを気の迷い程度の言葉で、(とぼ)しめてほしくなかったのだ。


「......そうかい。彼とも長い付き合いになった。私は彼のことを本当の一人息子のように可愛がってきたが、今更彼に本心を訊ねるのは気恥ずかしくてね。いい土産話を聞いた。これだけでも、君との世間話が出来て良かったと思う」


 翔の即座の反論に、レオニードは微笑んだ。一見すると功績を褒められたことによる笑みのよう。しかし、あるいは微笑んだのは、ステヴァンの話題が出たからであろうか。


「その、お子さんとかって......」


 翔はレオニードの物言いが引っ掛かり、つい質問が口から出た。


 レオニードはカギの血筋だ。彼が生きているおかげで略奪の悪魔達は現世に侵攻出来ず、彼が死した後は息子や親戚が後を継ぐ、そういった血筋だ。


 そんな血筋に子供がいないというのは異常事態だ。今更マルティナが言っていたことを思い出したが、彼はすぐにでも妻を用意して後継者を作るべき立場なのだ。間違っても義理の息子を可愛がっている場合ではない。


「生涯を誓った妻に、早くに先立たれてしまってね。それ以来女性を近付けることに、忌避(きひ)感が湧いてしまうようになった。毎日のように多くの魔法組織に脅しをかけられてはいるが、こればっかりはね」


 楽し気にウィンクするレオニードの、本心を伺い知ることは出来ない。


 けれど、その選択を続けていることに、どれほどの覚悟と苦痛があるのかを翔も理解出来た。


「それじゃあ親戚や兄弟に、カギを継いでもらうつもりなんですか?」


「まだ誰かをまでは決めていない。私の選択は誰かの人生を歪めるものだからね」


「お金と安全はあるけど自由は無い。いきなりそんな生活を決定付けられたら苦しいと思います」


「あぁ。それに親戚の中には、都市の外で生活をしている者も少なくない。そんな者達を一生都市の外から出られない呪いで縛るのはあんまりだろう?」


「一生、都市から出られない......?」


「おや、知らなかったかい?」


 その言葉は初耳だった。


 それが事実であるのなら、レオニードは一体どれだけの不便を味わっているのだろうか。どれだけのあきらめを経験してきたのだろうか。


 この話を聞いた今なら、レオニードが後継者を作ることを敬遠しているのが分かる気がする。彼は自分のような人生を、誰かに歩んでほしくなかったのだ。


 レオニードが誰かを後継に指名すれば、当然その人間の人生は一変する。生活はこの都市で完結するよう作りかえられてしまうだろうし、カギになった際の生活をなる前から始められるかもしれない。その人に子供がいれば、その子の人生も決まったようなものだ。


 まさしくレオニードのスペア。彼の人生の繰り返し。幼き頃に苦悩した彼にとって、誰かがその立場に立たされ苦悩するのが嫌だったのだ。


 だから彼は今も後継者を指名しない。新たな妻を迎えない。誰かの人生が、始まる前から終わってしまわぬように。誰かの人生を歪めてしまうのが、ずっとずっと後になるように。


「......やっぱりレオニードさんはいい人です。誰かのためを思って行動が出来る人です」


「一度裏切った人間を、そんなに簡単に信じていいのかい? この会話も君を味方に囲うための、権謀術数(けんぼうじゅっすう)かもしれないのに」


「そう考えてる人は、間違っても相手に思惑を伝えたりはしませんよ。それに」


「それに?」


「俺がレオニードさんを守りたいって思ったんです。そこにあなたが裏切るの何のって部分は関係ありません。仮に裏切られているとしたって、無理やりあなたを守った後に、目を覚ませって死なない程度にぶん殴ってやりますよ」


「......ふっ、くくっ、はっはっはっは! そうかいそうかい! 生まれた頃から蝶よ花よと育てられた身としては、その一発は芯から響きそうだ!」


 レオニードは笑った。本当に愉快そうに。実現することを望んでいるかのように。


「ふっくく、いや~、笑った笑った! やはり誰かと会話をするのは楽しいな。下手な思惑が絡んでいない会話ならなおさらだ!」


「思っていた方向からずれてしまったんですけど、レオニードさんが満足ならもういいです」


「ははっ、それは失敬。さて、君へ頼んでいた警備の仕事も、私がここに来た時点で完了したようなものだ。明日に疲れを残したら悪い。そろそろ解散といこう」


 結局レオニードが何をしたかったのかは分からないが、彼が終了だというのならこの場はお開きということだろう。


「分かりました。それじゃあ自分はこれで」


 レオニードの言う通り、これで明日に疲れを残してパフォーマンスを落としましたでは、悪魔以前にマルティナに意識が低いと半殺しにされる可能性がある。


 頭によぎった可能性を現実にしないため、翔が席を立った時だった。


「......あぁ、それと翔君」


「何ですか?」


「もし私に何かあったら、どうかステヴァンを支えてやってくれないか?」


「ステヴァンさんを? というよりも、それは......」


 突然の頼み事。起こってしまえば取り返しがつかないだろうし、どう考えてもステヴァン一人を気にかけることは不可能な事態になっているはずだ。


「もちろんもしもの場合さ。その時は少しの間でいい、彼に言葉をかけてやって欲しい。さっきも言ったが、彼は大事な、私の一人息子なんだ」


 続く言葉で翔もようやく理解した。レオニードは心配しているのだ。自分にもしもがあった際に、ステヴァンが捨て鉢になってしまうのではないかと。


 実際、彼を守れなかった状態というのは、十中八九、翔達悪魔殺しの不手際だ。レオニードに人生を救われたと考えるステヴァンであれば、間接的に自分が殺したようなものだと打ちひしがれてもおかしくはない。


 レオニードが死んでしまえば、一時的とはいえカギの封印は一つきりになってしまう。とてもステヴァンにかまえるような状態ではない。


 けれど、だからこそだろう。だからこそ、レオニードは頼み込むのだ。残ったカギの防衛戦か、あるいはレオニードを殺した悪魔達への追討戦かは分からない。いずれにせよステヴァンが自分の後を追うように、無茶な戦いに挑まぬために。


 表現は悪いが悪魔殺し同士で傷の舐め合いをすることで、心の傷を乗り越え踏みとどまり、未来を見据えた戦いのみに身を投じてもらうために。


「......言いたいことは分かりました。けど、約束はしませんよ。あなたは俺が確実に守りますから」


 翔はそんな言葉に理解を示しつつも、約束はしなかった。約束をしてしまえば、自分達の防衛能力に穴があると言っているようなものだからだ。


 それに、尊敬する恩人を守りたいと思う者と、実の息子のように可愛がる部下の心を救って欲しいと思う者。この二人の関係が引き裂かれてしまう可能性を考えるのは、ただただ嫌だったのだ。


「......ふふっ、任せたよ」


 そんな翔の態度にレオニードは不満を述べることもせず、ただ微笑むだけだった。


 誰にも知られることの無い深夜の密会。その幕は静かに下ろされたのだった。

次回更新は4/5の予定です。

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