悪魔に提示された可能性
凶報が届けられた会議から時間が経つこと数時間、今翔はたった一人でホテルのバルコニーの椅子に腰かけていた。
「人員配置は納得のいくものだったし、トラブルこそあったけどこの都市の魔法使いはみんないい人ばっかりだった。 ......待ってるだけしか出来ないのが、もどかしいな」
今の彼の感情を表現するのなら、イライラ、所によりむしゃくしゃいったところだろうか。どうして翔がこんな状態になっているのか、それを説明するには時間の針を戻す必要がある。
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夕方行われた作戦会議。そこでの話し合いは、マルティナとボルコのぶつかり合いこそあれど、内容的には満足のいくものだった。
多少の確執こそあれど、悪魔から都市とレオニードを守りたいのは皆同じ。一致団結して防衛にあたっていこうとしていた時、その情報が届けられた。
悪魔祓いの一隊が、悪魔によって拉致される。人員は一名を除いて全員死亡、その一名もかなり錯乱しており予断を許さない状況であると。
さらにそれを皮切りに、同様の情報がいくつもの地域をまたいで次々と上がってきた。まるで群れから逸れた獲物を狩り尽くすかのように。
考えてみれば当然のことだ。悪魔にとって、各国から派遣された増援はカギの破壊を邪魔する厄介者だ。合流して一大勢力になるのが予想出来ているのなら、合流前に各個撃破する。
そうして削った戦力は、結果的に都市の防衛力低下につながるのだから。
また、今回発見された死体自体も、人類陣営の頭を悩ませる要因となった。一人のパニックを起こした生存者の証言で見つけられる死体。そのいずれもが二つの都市、カギが生き残る二つの都市のちょうど中間地点で見つかっているのだ。
形だけを見れば、各都市への応援に向かっていた人員を襲った悪魔の襲撃。だが、この情報を聞いたレオニードは悪魔の思惑に気が付いた。
「やられたな。この襲撃は悪魔の謀略だ」
レオニードは語った。これは悪魔陣営の挑発だと。
「都市間の中間地点に死体を配置する。こうすることで我々と向こうの都市、そのどちらも悪魔の標的に成り得ることを再認識させられてしまった」
「再認識するとマズイことがあるんですか?」
戦いに対する直観は冴えわたる翔であるが、こういった謀略に回る頭は持ち合わせていない。会話に付いていけなくなる前に早々に助け船を求めた。
「馬鹿ねぇ。あなたの家の近くで殺人事件が起きたらどう感じる? 怖い。警備でも雇おうかってなるでしょ? それと一緒よ。悪魔がどちらに攻め込んで来るか分からない。いざ攻められた時に、少しでも戦力が欲しい。さて、どこなら戦力があるかしら?」
そんな翔の助けを求める声に、真っ先に応えてくれたのはマルティナだった。こういう時に一番初めに助けてくれそうなのはステヴァンだと思っていたが、当の本人はなぜかバツがわるそうな表情をしている。
「まさか協力しなくちゃいけない都市同士で、応援部隊の取り合いになるってのか!? けど、レオニードさんやボルコさん、ステヴァンさんはそんな争いを始めるような人じゃ......」
「素直に頷くのは癪な意見だけど、まぁ都市運営だけを見ればそんな醜い争いを始めはしなさそうね」
「なら!」
「けど、この都市は彼ら三人の鶴の一声だけで運営されているわけじゃない。外務を務める魔法使い、軍事に携わる魔法使い、魔道具開発に勤しむ魔法使いと、パッと考えられるだけでもこれだけの種類の人間がいるのよ」
「それが何だって言うんだよ?」
「はぁ...... まだ分からない? 死体の話なんてすぐに広がる。その時不安に思った彼らは、下手な逃げ場すら封じられていると分かった彼らはどうすると思う?」
「ど、どうなるんだよ?」
「縁故の伝手で、あるいは金で、はたまた何かしらの取引で。少しでも自分の都市に戦力を引き込もうと画策するでしょうね」
「はっ、はぁ!? そんなことしちまったら!」
「当然、戦力バランスなんてものは滅茶苦茶。向こうの都市に消えた人員を探し当てるのも、向こうから人員を招こうとした味方を罰するのも途方もない時間がかかる。そんな時に戦力が低下した側の都市が襲われれば......」
「碌な抵抗も出来ずに攻め落とされちまうってことか! 悪魔の野郎共、何てこと考え付きやがる!」
協力、共生をいくら掲げたところで、誰だって自分の身が一番かわいいものだ。もし自分の命が危機に晒されていると自覚し、その危機を少しでも緩和する方法があると知ってしまえば、感情はさらに加速する。
レオニードが言っていた。今回の悪魔達は、いずれも人間狩りのスペシャリストだと。その言葉に偽りは無かった。人々の恐怖心をくすぐった、見事な一手だった。
カギの命を巡る防衛線。その戦いは矛を交えるその前から、悪魔によって防衛網を揺るがされていたのだ。
「人の欲望には限りが無い。命がかかっているとなりゃなおさらだ。いつもはお利口な魔法使い達も、ふと魔が差しちまうことはある」
そう言うのはステヴァン。その顔は先ほど同様優れない。いや、顔色が優れなかったのは悪魔の作戦にいち早く気が付き、おまけにその有用性を認めてしまったからだろう。
彼の出身は裏路地。粗雑な布切れで覆ったスペースを家と称する、まさに最底辺の出身だ。そういった生まれであるからこそ、人間の欲望というものを一心に感じて生きてきたのだろう。
そして彼は自身の経験を通して、命の危機に瀕した人間の欲望というものを良く知っていた。その最悪の状況をシミュレートしていたのでは、翔のフォローに回る余裕も無くて当然だ。
「このままでは防衛網が崩れるどころではなく、防衛すらままならなくなる場合がある。 ......よし」
意気消沈していた室内に、空気を一変させるような覇気の籠った声が響く。その声の主はレオニードだった。
次回更新は3/24の予定です。




