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都市防衛会議

「各自、事前の情報収集は行ってきたと思う。そのため、この話し合いの目的は主に、この都市の防衛についてだ」


 翔とステヴァンが市街地より戻り、短い休憩を取った後、対悪魔を想定した防衛会議は始まった。


「結界の発動は今夜中? あらかた周辺の調査も終わったんでしょ?」


 始まって早々、口を開いたのはマルティナ。やや口調がぶっきらぼうなのは、昼間のいざこざのせいだろう。それでも今までの彼女を考えれば、協力的な姿勢で会議に参加してるだけ成長していると言えた。


「あぁ。そうなっとる。この都市に設置された結界は、速度反応型の魔力感知結界。簡単に言えば、一定の速度で迫りくる魔力体に対してのみ、障壁として機能する結界だ」


 マルティナの質問に答えたのはボルコ。昼間はレオニードの隣に控えているだけだったが、今夜の進行役は彼のようだ。


「それだけ? どうせ完全障壁型の結界も備え付けられているんでしょう? 悪いことは言わないわ。悪魔の討伐が確認されるまで、この都市の機能を完全に停止すべきよ」


「馬鹿を言うな。そんなものを発動した瞬間に、悪魔達はそっぽを向いてもう一つの都市を攻め始めるに違いない。それに、此度(こたび)の悪魔共は全くと言っていいほど傲慢(ごうまん)さが無い。最悪、結界が効力を失うまで雲隠れされるぞ」


「そっちこそ馬鹿なことを言わないで。カギの安全が保証出来れば、私達防衛戦力を全て攻勢に回すことが出来る。相手はこちらが悪魔を迎え撃つための準備をしているとしか分かっていない。今全員でこの国を捜索すれば、高い確率で悪魔を補足出来るわ」


「リスクが高すぎる! 仮に実行に移して、悪魔を見つけられませんでしたとなって見ろ。防衛機構を失った都市内で、連中の得意とする狙撃戦術と使い魔を用いた撹乱戦術で暴れられるぞ!?」


「だから準備が整った悪魔が攻め込んで来るまで、最小限の結界で待ち続けますって? そんなことをすれば、悪魔の思う壺じゃない。奴らの内の一体は、確実に召喚魔法使い。いざ攻め込んでくる時に、相手の戦力が一個大隊規模になってたとしても不思議じゃないわ!」


「その程度のリスクで、大負けしたら人類が滅ぶ博打に乗れるか! それにお前も言っていたように、奴らの内の一体は召喚魔法使いなのだ。他のどんな魔法大系より広い目を持つ相手を、都合よく発見できるとは思えん。攻め込んできたところを返り討ちにする。これが上策だ!」


「だ、か、ら! そんな弱腰の対策で、街を守れると思っているの! そんな受け身の体勢でいたせいで、すでに二つの街が陥落したんじゃないの!?」


 それぞれの主張を通すべく、激しく議論を重ねる両者。翔などマルティナが最初に発言した時点で、すでに置いてきぼりを食らっている。


 いや、仮にこのレベルの会話に付いて行けたとしても、翔が口を挟んできた時点で、マルティナは烈火の如くこちらにも噛みついてくるだろう。


 それを考えれば、言葉のキャッチボールが成立している分、今の状況の方がマシなのだ。いくら投げ合うボールの速度が、キャッチ出来るギリギリの剛速球だとしても。


 そして、翔もこういった場合に助け舟を求めることには慣れている。マルティナを刺激しないよう、そっとステヴァンに近寄り、現在の話題に対する解説を求めた。


「......というわけで、最初の話題から解説をお願いできますか?」


「もちろん。それじゃあ、結界について話すとしよう」


「ありがとうございます」


「まず、この都市には二つの結界が設置してあるんだ。一つはボルコさんが言っていた、一定の速度で近付いてくる魔力に反応して作動する結界。もう一つはマルティナちゃんが言っていた、あらゆる物体を物理的に遮断する結界の二つがね」


「せっかく二つあるんなら、どっちも発動しちゃ駄目なんですか?」


「うん、そうするのが防衛を考えるなら確実だ。けれどさっきも言った通り、ボルコさんが発動を渋っている方の結界は、発動した瞬間にあらゆる物体を弾いてしまう最終手段の結界なんだ」


「あっ、そんなもので都市を囲ったりしたら......」


「そう。都市の機能は半分麻痺したも同然となる。それどころか、魔力はもちろん電波も音もなんだって弾いてしまうから、周囲の状況すら分からなくなってしまう。そんな状態を引き起こしてごらん。一般人への情報規制だけでも、どれだけの時間がかかるか分からない」


「......そうか。別にこの都市に住んでいる人の全てが、魔法を生業にしているわけじゃないんだ」


 一都市して機能している以上、ここには多くの住民が生活している。代々ここに住む者、仕事で訪れた者、観光目的で訪れた者と様々な人間が生活している。


 そんな都市をまるごと、世界から遮断してしまったらどうなるか。住民はパニックを起こすだろう。さっさと移動したい者は暴動を起こすだろう。最悪内側から結界を破壊し始める者まで出始めるかもしれない。


 そんな状態になってしまったら、討伐どころの話ではない。現世は決して、魔法使いだけで成り立つ世界ではないのだ。


「そういうこと。だからこの結界は、本当の最終手段なんだよ」


「ボルコさんが結界を発動させたくない理由は分かりました。それなら、どうしてマルティナは結界を発動させようとしているんですか?」


「こっちも彼女が言っていたように、俺達防衛戦力の全てを、悪魔の討伐に向かわせられるからだね。そこまで大規模な結界を発動してしまったら、いくら強大な魔王が相手でも、破壊はそれなりに時間がかかる。その間に悪魔を見つけ出してしまえば、護衛対象なんて余計な障害を考えずに、悪魔と戦える」


「なるほど。......でも問題なのが、相手が挑発に乗ってくれるとは限らないって所なんですね」


「その通りだよ。相手は狙った獲物を、いや、人間を狩りたてることのスペシャリスト。そういったタイプは無理をしない。狩りに適した条件が整うまで、平気で逃げ回るだろう。プライドが無い悪魔ってのは、それだけ面倒な相手なんだ」


「ボルコさんの案は、マルティナにとっては悪魔に余計な時間を与えてしまう悪手。反対にマルティナの案は、ボルコさんにとってはリターンも大きいけど、リスクもとんでもなく大きい危険な案に見えている。話し合いがまとまらないわけですね」


 ステヴァンの話を聞いている間も、二人のぶつかり合いは続いている。煮詰まった議論のせいで、マルティナも新たにイライラが溜まってきたのだろう。過去の事例を持ち出したり確率を持ち出したりと、相手を捻じ伏せることに躍起(やっき)になっているようだ。


「マルティナもいい加減折れればいいのに......」


 無理だと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。溜息を吐く翔だったが、同時にほっとしていた。


 今のマルティナの方が、翔の良く知る彼女だった。昼間に見た、どこまでも冷たい断罪者のような視線の彼女はどこにもいなかった。あの視線のまま会議が始まるようでは、防衛以前の問題だ。それが無かっただけでも、翔としては安心できていた。


「翔君はマルティナちゃんの味方じゃないのかい? 自分から()いた種だけど、俺達より彼女の方がよっぽど信用出来るだろ?」


 ステヴァンが試すような視線で翔に問いかける。あるいは内に秘めた罪悪感故に、翔にも不満の一つでも言って貰いたかったのかもしれない。


「......それとこれとは話が別ですよ。いくらマルティナが優秀だとしても、一朝一夕でこの都市を理解出来るはずがない。なら、慣れた人の案に任せるのが一番です。結局どっちの案が採用されたところで、俺は全力で悪魔を倒すだけですから」


「......なるほどね。君という人間の真っすぐさが、あらためて分かった気がするよ。けど、だからといって、マルティナちゃんを切り捨てるのは良くないな。言葉にしていないだけで、彼女の本音はしっかりと伝わってきてるんだから」


「本音、ですか?」


「そうだよ。君も評価しているように、彼女は優秀な人材なんだろう。率先して戦える、車の溶接すら見抜く、不正を糾弾する胆力もある。そんな優秀な人間が、本気で人類滅亡を天秤に乗せたハイリスクハイリターンを、声高々に主張すると思うかい?」


「えっ......? でも、実際にあいつは......」


「......あの子があそこまで強硬になる理由、それはこの都市の住人のためさ。考えてみると良い。ボルコさんの案と彼女の案。どちらの方が、人々の被害が小さいか」


「あっ......」


 確かにマルティナの案であれば、この都市の住人に被害が出ることだけは絶対に無い。


「今の時間は、俺達への非難が込められてるんだろう。犠牲を当たり前に受け止めるなってな。青い、けれど眩しい。君達の世代は、本当に人材の宝庫だよ」


 初めて会った時も、彼女は一般人が犠牲にならないことを何よりも考えていた。あれだけの槍の技術がありながら、ぎりぎりまで翔の急所を狙わなかった。


 強情で、すぐに機嫌を損ね、簡単に暴力に訴える。だけど、何よりも力無き人々のことを考えられる優しい人間。ステヴァンの言葉が無ければ、マルティナのことを勘違いしたままだったかもしれない。


 知った気になっていた知り合いの心、その新たな側面を翔は垣間見た気がした。

次回更新は3/12の予定です。

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