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はした金の正しき活用法

 トルクメニスタンのとある集落。長距離運搬トラック運転手などをメインの客層に据えたこの小さな集落は今、ちょっとした活気に湧いていた。


「よぉ! お前も来てたのか!」


「そう言うお前もな!」


「当ったり前だろ! 今時前金で札束ぶん投げてくる客なんて滅多にいねぇ!」


「だよな! 金なんていくらあっても困りゃしないんだ! 多少後ろめたい仕事だとしたって、生活のためならやってやろうってもんよ!」


 現在この集落には中型から大型の輸送車が所狭しと並べられ、それに比例するかのように人も数を増やしていた。こんなにも多くの人間が辺鄙な集落に集まった理由、それこそが先ほどからそこかしこで話されている話題。奇妙な仕事の依頼であった。


 ある日、トルクメニスタンを拠点とする運び屋全員に、一つの仕事が舞い込んだ。とある密輸を行いたいと。


 決して治安が良いとは言えないこの国では、こういった後ろめたい仕事の話が稀にやってくる。もちろん依頼に応じてここに集まった運び屋達も、一度は密輸の仕事に携わったことがある人間達だった。


 それでも普通であれば、密輸してほしい物の物量がどれだけ多くなろうと、こんなに大々的に仕事の依頼はしない。政府に目を付けられるからだ。


 密輸というものは、依頼人と政府が裏で繋がっているからこそ成り立つ商売だ。得た利益の一部を政府に落とし、甘い汁を吸えるからこそ政府も目こぼしをする。


 それをこんなに大々的にやってしまったら、普通は国民の目などを考えて規制なり逮捕なりをしなくてはいけなくなるのだ。だというのに、今回の依頼者が逮捕されたという話は聞かない。


 ということは、依頼者のバックには相当強力な組織がいるか、政府に多量の金を落としていることになる。そして、それを裏付けるかのように依頼を受けると決めた者達に振り込まれた多額の前金が、運び屋達の気持ちを(うわ)つかせていた。


 政府も密輸を阻む敵対組織もいない仕事。そう考えてしまえば、受けない理由など存在しなかった。


「おーう! お前も来たのか。病気の嫁さんを抱えている身としては、是が非でもありつきたかったか?」


 舞い上がっていた男の一人が、隅っこに一人きりで座り込む知り合いを見つけて声をかける。


「......割の良い仕事だから受けただけだ。それ以上の理由は無い」


「せっかく成功前提の仕事が舞い込んだんだぜ? 嫁さんに金をかけてやるのもいいが、少しは酒でも飲んで楽しもうぜ」


「遠慮しておく」


「ちっ、相変わらずお堅い奴だ。さっさと仕事を終わらせて、地元に帰るんだな!」


「そうさせてもらう。 _さっさと帰れるかは別の話だがな」


「あん? 何か言ったか?」


「別に」


 そう言ったきり、男は立ち上がるとより人気のない方に向けて歩き出した。話しかけた男の方も、興味を失くしたかのように、それっきり男に声をかけることはなかった。


________________________


「お、おい。あれが今回の依頼人か?」


「ばっか。んなわけねぇだろ。替えが利く代理人に決まってる。にしたって、若い女を代理人に選ぶなんて酔狂な依頼人だとは思うがな」


「多額の前金に代理人はガキ。もしかすると依頼人は、世間知らずのおぼっちゃんかぁ?」


 ひそひそと運び屋達の声が響くとある倉庫内。そこでは運び屋達と今回の依頼人の顔合わせが行われていた。


 運び屋というのはお利口さんでは務まらない職業だ。赴いた先々での積み荷の盗難や賄賂への対応、場合によっては強盗へ対処しなければならないタフな仕事である。


 そういった観点から、運び屋は舐められないようガタイの大きな男が幅を利かせる側面がある。逆に運び屋達に舐められないよう、普通であれば依頼人の方も、恐ろしげな雰囲気を纏った代理人を活用するのだ。


 だが今回の依頼人は、あろうことか代理人に十代か二十代前半そこらの少女を立ててきた。


 よほどの世間知らずか、よほど運び屋達の扱いに慣れている人間でなければ出来ない行いであった。


「みんな集まったようだね~。それじゃあ今回の仕事を正式に依頼したいんだけどいいかな~?」


 運び屋達の胡乱な視線が向けられている代理人の少女。被ったフードの端からこぼれる鮮やかな緑色の髪が特徴の少女は、一切の物怖じをせずに交渉を開始した。


「正式に依頼って言っても、俺達は前金も受け取ってるんだ。いまさら拒否なんて出来ねぇし、するはずもねぇ。今更ここで話し合うことがあんのか?」


 この場に集められた運び屋達は、今回の集まりは顔合わせと密輸品の積み込みだけで終わると考えていた。そのため正式に依頼などと言われると、逆に何か含みがあるように感じてしまっていたのだ。


「うんうん。そんな目を向けるのは当然だよね~。でも警戒しなくていいよ~。正式な依頼ってのは、密輸品をそれぞれで選んでもらおうって思っただけだから~」


「密輸品を俺達で選ぶ? いや、それよりも商品を俺達に見せるのか?」


 本来こういった後ろめたい運び屋の依頼では、商品は大事に梱包され、中身を確認できないことがほとんどだ。


 信用商売と言えど運び屋も人間だ。小分けが利く商品であれば一部を抜き取ってしまう可能性もあるし、よっぽど高価な商品であれば、そのまま持ち逃げされてしまうこともありうる。そのため、密輸依頼などにおいては、依頼人は運び屋に商品を見せたりしないのだ。


「持ち逃げとかを警戒してるの? 君は優しいねぇ~。でもそんな心配は必要ないよ。これを足が付かずにカネに換えるのは不可能だから」


 コツコツと重たい靴音を響かせながら、少女は倉庫の奥に大量に配置された黒布が被せられた長方形に近付く。


 そして一思いに布を取り払った。


「これは......」


「ね? 持ち逃げなんて出来ないでしょ?」


 運び屋達が見せられた商品の正体。それは眠らされ檻に閉じ込められた、様々な動物達であった。


「さるお偉いさんは、動物が大好きでね~。様々な種類の動物を()()()()()()んだってさ。君達の任務はこれをとある町の倉庫に運び込むこと。倉庫に送り届けてくれればそれで依頼完了とみなすよ」


「直接届けるわけじゃないのか?」


「一度愛護団体経由で警告を貰ってるから、まとめて動物を移動させたくないんだって~。一定期間倉庫で飼育してから、少しずつ自宅に運び込むらしいよ~」


「なるほどな」


 直接輸送でないことに違和感を覚えた運び屋もいたが、理由を聞いてみれば納得のいく内容だった。


 そもそも見せてもらった限り、密輸する動物はありきたりな種ばかりに見える。その程度であれば、よっぽどのことが無い限り普通に運べるし、その方が安上がりだ。


 何かやらかした過去があるからこそ、後ろ暗い方法に手を染めることになったのだろう。


「もう質問はいいかな~? 良ければそれぞれの動物と送り込む倉庫の地図を渡していきたいんだけど~?」


「最後にいいか? 前金はしっかりといただいてるから文句はねぇ。けど、もし早く届ければ届けるだけ報酬が増すってんなら......」


 一人の運び屋が報酬の吊り上げを提案しだす。前金まで貰っておきながら、さらに金をせびるなど、よっぽど欲の皮が突っ張った人物のようだ。


「そうだね~。それなら、出来るだけ期日の時間通りに届けてくれることが嬉しいかな~。早く届けても餌代が増えるだけだし、遅いとクスリが切れて暴れだしちゃうかもだからね~。それを守ってくれるなら~」


 少女が先ほどの発言をした男の足元に、何かを投げつけた。


 どさりと少々重い音を立てて落下した物体。それは札束の山だった。


「こ、これは......」


「前払いの上乗せだよ~。こうすれば約束を守ってくれるでしょ~?」


「あぁ! 守る! 必ず守る!」


 その光景を見て、倉庫がにわかに騒がしくなる。


「まっ、待ってくれ! 俺も守る! だから俺にも!」


「いや、時間を守る輸送なら俺の方が適任だ! 俺にもっと報酬を!」


「俺は他の奴らより多く運べる自信がある! だから俺にももっと金を!」


「は~い。慌てず騒がず一人ずつ来てね~。お金は()()()()くらいは用意してるからさ~」


 報酬の吊り上げ交渉までは考えていなかった運び屋達も、一人が成功した場合は話が別だとばかりに、一人、また一人と少女の財力に屈していく。


 そうして多くの運び屋達が思いがけない報酬の上乗せに、ほくほく顔で倉庫を出発した後、残された一人の男が少女と依頼の確認を行っていた。


「残った商品の積み込み確認と地図の配布を」


「は~い。ありがとね~。んん? 君は報酬の吊り上げ交渉はしないの~?」


「俺は前の値段で依頼を受け、前金まで貰った。その時点で交渉は締結しているはずだ」


「へ~、お堅いんだね~。別にあげるって言ってるんだから貰えばいいのに~」


「いいや、それでは義理が通らない。そんなに金をばら撒きたいんなら、新しい仕事でも用意するんだな」


「へ~。そう」


 金を渡したい少女とかたくなに受け取らない男。立場が逆であれば、ドラマのワンシーンのようでもあったが、目の前の光景では違和感の方が勝っていた。


 そうして見つめ合うこと数秒、不意に少女の方が笑みを浮かべ、唐突に男の手を取った。


「......うん、君なら信用できそう~。なら、秘密の密輸依頼は君に頼もうかな~?」


「何?」


「簡単な話だよ~。運ぶ商品は私。商品がしっかりと運び込まれたか確認するために、私を一緒に乗せてってほしいんだ~」


 そう言って握った男の手に、しっかりと札束を握らせる。まるで断るのは許さないとでも言うように。


「......仮に受けるとしてもだ。お前は犯罪者でも無いんだろう? なら人一人の料金としては高すぎる」


「え~。そんなこと無いと思うけどな~。それに密輸を主導してる時点で立派な犯罪者だよ~?」


「それでも_」


「なら、私を送り届けた時点で、やっぱり報酬が高すぎると感じたんなら突き返せばいいよ~。それまでそのお金は預けてるって扱いで~」


「......」


「文句はないね~。じゃあ決定~。それじゃあ優雅な旅をよろしくね~」


 そのまま自分のペースで話し倒すと、もう交渉は終わったとばかりに少女は先に輸送車へと歩き出してしまった。


 男は悩まし気に握らされた札束を見つめていたが、ひとしきり頭を掻くとそのまま少女を追いかけるのだった。

次回更新は2/28の予定です。

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