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カギの弁明

「うわぁ......本当に砂漠の真ん中に街がある。 ......世界って、広いんだな」


 口をぽっかりと開き、感嘆の声を上げる翔の目の前には、都市と呼べる程の大きな街があった。


 周囲は外壁で囲われており、開いた門からしか中を窺うことは出来ない。だが、そこから目に映るのは整然と整理された大路地と、まさに砂漠の家と言った雰囲気の日干し煉瓦の住宅群。まさに異国情緒の溢れた光景だった。


 街の中央部には文化性と現代建築技術が融合した、一言で表すのなら宮殿ビルといった雰囲気の建築物が建っており、この街が歴史だけの観光地ではなく、発展した都市であることがよく分かった。


「なにお上りさん丸出しで浮かれているのよ。この程度の街なら、日本には掃いて捨てるほどあるでしょ?」


「そりゃ、高層ビルや巨大建築って意味なら腐るほどあるさ。けど、この異国情緒っていうか、異文化交流っていうか、そういう雰囲気ってのは、実際の空気を味わうことで感動するものがあるだろ? マルティナは無いのか?」


「そんなの最初の4、5回がせいぜいよ。ましてや私達は命がけの仕事でここに来てる。それなのに無邪気に喜んでいられるなんて、平和ボケが過ぎるわ」


「んなっ! そこまで言わなくても_」


 浮かれた翔と異なり、冷静に街を見渡すマルティナ。おそらく今の時点で、悪魔と戦闘になった際のシミュレーションを始めているのだろう。


 職業意識という意味では外様出身の翔よりも、悪魔祓いとしての経験が長いマルティナの方が、何倍も優秀なようだ。


「まぁまぁ。いつ来るか分からない悪魔共を今から気にしていたら、気を病んでしまう。それなら翔君みたいに我が故郷を楽しんでくれた方が、嬉しく思うけどね。翔君さえ良ければ、時間が出来た時にでも街を案内するよ」


「本当ですか!」


 またも口論が始まるかといったタイミングで口を挟み、翔の気を逸らしたのはステヴァン。車内でもそうだったが、彼は一蹴即発の状況を鎮めるのが上手いようだ。


「あぁ。多少大きくても所詮は地方都市。君達外国人は目立ってしまう。厄介ごとに巻き込まれても大丈夫だろうけど、大っぴらに魔法を使われてしまったら、後始末が大変だからね」


 いくら魔法世界の重要拠点と言われる街でも、住民全てを魔法使いで固めることは難しい。そのため、重要な役職の人間を除いて、やはりこの街でも魔法はその存在を秘匿されているのだ。


 その関係で、この街の付近まで乗っていたクジラ型使い魔も、今はステヴァンの力で砂に戻してある。秘匿性という意味でも、彼の魔法は優秀らしい。


「それで? あんたに私達を襲撃するように言った馬鹿はどこにいるの?」


「おい、マルティナ。お前、まだ引きずって......」


 異国観光にも一切の興味を示さなかったマルティナの心は、いまだに襲撃事件にあるらしい。確かに理由があったとしても、さっさと許してしまった翔もさっぱりしすぎだと思われるが、彼女の執着心もまた、たいしたものであった。


「いいや、翔君。この件に関しては全面的にこちらが悪い。元々最初に案内するつもりだったんだ。今はこちらが誠意を見せなければいけない立場だ。悪いけど、一番初めに領主館に来てくれるかい?」


「は、はぁ」


「さっさと案内しなさい」


「ははっ、わかっているとも」


 急かすマルティナに苦笑いを浮かべ、ステヴァンは二人を入口へと誘導するのだった。


__________________________________________________________


「外から見ても凄いって思っていたけど、中も負けず劣らずだ......」


 ステヴァンの案内で二人が通されたのは、始めに街の中を見た際に遠目で確認出来た宮殿ビルだった。


 内部はこれまた細部まで工夫が凝らされており、床はつい先ほど磨かれたようにピカピカ、数メートル歩くごとに壁には壺か絵画、各部屋の扉の左右には観葉植物と、高級ホテルのようである。


 雰囲気に圧倒され、レッドカーペットをそろりそろりと慎重に歩く翔を他所に、ステヴァンとマルティナはずんずんと進んでいく。


 この街出身のステヴァンはまだしも、マルティナまでそんな様子であることから、ようやくながら翔も、マルティナの出自がそれなりに高貴な家の出ではないかと思い始めていた。


「着いたよ」


 そういった余計なことを考えることで、高価そうな品々から目を逸らしていた翔は、ステヴァンの声で我に返った。


 いつの間にか目の前には、ここまでの道のりで目にしたいかなる扉よりも豪華で大きな両開きの扉が存在していた。


「ここが......」


「そう。この部屋がこの街の領主であり、地獄門を閉じ続けた家系の今代のカギである、レオニード様のお部屋だ」


「ふんっ、やっと文句を付けられるってわけね」


「......」


 いまだにこんな調子であるマルティナに、いい加減翔も注意するのはあきらめた。さっさとお偉いさんに怒られればいいと白い目で見ていた。


 もちろんここまで一切強情な態度を崩さなかった彼女が、いまさら翔の白い目程度で態度を崩すわけもなく、さっさと扉の前に立つ。


 勝手に扉を開かない程度の分別は持っていたらしい。


「ふふっ、ご対面だ」


 急かされていると気付いたのだろう。ステヴァンが苦笑いを浮かべながら扉を開いた。


 中は、これまでの高級ホテル然とした雰囲気とは全く異なっていた。


 作業机を中心に、左右の壁には本棚が、空いたスペースには試験管や魔女が用いる物のような大釜が。安直だが、想像上の魔法使いの部屋そのものといった部屋である。


 中央の作業机に腰かけた初老の男と、その脇に彼よりも老齢に見える男が控えていた。


「待っていたよ」


 書類が少量積まれた立派な作業机からこちらを向く、初老の男が声をかけてくる。


 その声音は深く威厳に満ちており、聞くもの全てに安心感を与えるような、カリスマ性に満ちた声であった。


「あっ、えっと、どうも」


「挨拶よりも、まずは謝罪を。遠路はるばる応援に出向いてくれた君達を、試すような真似をして済まなかった」


「いえ、そんな!」


 年上に謝られることに慣れていない翔は、深々と下げられた頭を見た瞬間、すでにステヴァンの行動を許してしまっていた。


 だが、この場にはその程度では揺るがない人物が一人いる。


「あなたがレオニードね。今回のあなたの行いである、悪魔殺し二名に対する試験と称した奇襲行為は、人魔大戦における魔法協定に違反するものよ。申し開きはある?」


「マルティナ!」


 今までの怒りに満ちた声から、無機質で事務的な声へ。それだけでマルティナがこの件をどれだけ問題視しているか翔のは伝わった。


 翔が考えていた以上に、問題が大きいということも


「黙ってなさい! 答えて。あなたの行いは、立証されれば十年以下の封印刑。もしくは秘匿魔法知識を含む、魔法財産の差し押さえが可能よ」


「っ!」


 封印刑と魔法知識の差し押さえ。詳しくは分からないが、翔の浅い魔法知識でも、二つの刑罰が相当に重いということだけは、字面だけでも想像がついた。


「もちろん申し開きはある」


「なら答えて。今回の行いに正当性があることを。そして、その根拠を」


「答えるとも。今回の行いは、対悪魔戦を想定した応援戦力の戦力把握試験だった。これを実行しておかなければ、窮地の際に防衛線が徹底的に崩れると判断したからだ」


「それだけじゃ話にならない。防衛線が崩れると判断した理由は?」


「流れてくる情報だ。曰く、応援に向かう悪魔祓いは非常に好戦的で、意見の相違から悪魔殺しとの決闘騒ぎを引き起こしたことがある。曰く、もう一人の悪魔殺しは外様出身であり、我らとの魔法知識量に大きな溝を持ち、有事の判断に問題を感じると」


 レオニードが語った内容は、ステヴァンが語った内容と大きな違いは無かった。


 性格と知識量。二人はそれぞれ一つずつ、大きな問題を抱えていると。それが許容できる範囲でなければ、防衛に乱れが生じると。


 確かにレオニードの語る内容は、大きく的を外したものではないのだろう。ましてや扉の前でステヴァンが語ったことが真実であるのなら、命を狙われている地獄門のカギとは、まさに目の前のレオニードだ。


 もしもの際に、二人がどういった動きを取るかを見ておきたいと思うのも無理は無いだろう。


 だが、この方向性による弁論では、一つの無理が生じる。


「なるほど。つまりあなたは、漏れ聞こえた噂程度で対話による協調が不可能と判断したと。相手を知るより先に、暴力を以て意見を通すのが正しいと判断したと」


 そうなのだ。マルティナの言うように、レオニードの意見では、噂程度で暴力策を強行したというイメージがぬぐえないのだ。


 マルティナの好戦的な性格は、正しい対話を以て抑えられる程度かもしれない。翔の魔法知識は、襲撃までに行う教育で補完可能な範囲かもしれない。そういった可能性の一切を排除した策と取られかねないのだ。


 実際翔も始めは、ステヴァンの意見に同じ論調で反論を返していた。温厚な彼ですら無理がある行いと感じたのだ。マルティナが思わないはずがない。


「いいや、暴力で意見を押し通そうとしたわけではない」


「ではなぜ?」


「今回の悪魔達は、以前までの地獄門を攻めてきた悪魔とは一線を画す、恐ろしき悪魔達だからだ。今までの悪魔達程度であれば、対話から入ることに否は無かった。だが、今回ばかりは、早急に君達を理解しなければいけない状況だと判断したのだ」


「なるほど。それは、今回の相手が国家間同盟、騎士団に所属している悪魔であることが関係しているのかしら?」


「いいや、そうではない」


「えっ......?」


 騎士団。ダンタリアから教えてもらった、十君の一体と同盟関係を結んだ国家群。


 ダンタリアの話によれば、今まで地獄門に攻め込んだのは常識知らずの国外代表か追い詰められた木っ端悪魔が精々だったという。


 協力関係を結んだ悪魔同士による攻勢。その恐ろしさは、確かに一線を画す恐ろしさと言えるはずだ。しかし、それをマルティナに問われた際、レオニードは騎士団所属の悪魔が相手であることは関係していないと言い切った。


 ならば、それ以外に恐ろしいと判断する理由が、彼の中にはあったのだ。


「君達は此度の悪魔達の被害報告を読んだかね?」


「もちろんよ」


「えっと、はい」


「二つの街が残してくれた音声情報の方は?」


「えっと、俺はそっちについては分かりません......」


「本部経由で解析が終わった物が、昨日届いたわ」


「ならば感じなかったかね? あの悪魔達の恐ろしさを、悪魔共の進歩を」


「えっと......」


「アマハラは黙ってなさい。こいつと違って、問答をするつもりは無いわ。それが理由であるのなら、さっさと答えなさい」


 対話に応じようとした翔をバッサリと切り捨て、マルティナは鋭い眼光をレオニードへと向ける。


 その目を見て、彼はゆっくりと語りだすのだった。

次回更新は2/20の予定です。

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