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証明のための不和

「つまり? 俺達の実力を見極めるための、試験のようなものだったと?」


 声に若干の怒りと呆れを(にじ)ませながら、翔がステヴァンに問いかける。


 彼としても、窮地(きゅうち)とは言わずとも真剣に守ろうとしていた相手が襲撃事件の犯人では、不満を抱くのも当然であろう。むしろこの程度で収まっているのが不思議なくらいだ。


「いや~、本当にすまなかった。街に到着する前に君達の実力を確かめてくるよう言われていてね。だいぶ手荒になってしまったことは反省しているよ」


「どうだか! そう言って私達を油断させて、二度目の襲撃を考えていると言った方がよっぽどしっくり来るわ! 前回の大戦でも命惜しさに悪魔に加担した悪魔殺しがいた。あなたがそうじゃないって保証はどこにもないわ!」


 人一倍気の強いマルティナは、ステヴァンに対する不審を隠そうともしない。


 彼女は翔なんかよりもずっと長く魔法世界を生きてきた人間だ。人知を超えた力が潜む世界。そんな世界での嘘や裏切りは、文字通り致命傷に繋がりかねない。


 だからこそマルティナは、強い抗議をしなかった翔に代わって語気を荒げているのだろう。不満の中でも一定の歩み寄りを見せる翔と異なり、彼女の場合は詰問すら通り越して拒絶の域に達していた。


「はははっ、まぁこうなるのも仕方ないよなぁ」


 対するステヴァンの方は苦笑いを浮かべつつも、表情にはやはり余裕が感じられる。


 ここまで詰め寄られてもなお、平然とできる余裕。平静さを失っていなかった翔から見て、そこには揺らがない覚悟のようなものが感じられた。


「理由が何にせよ、あなたが味方である私達に向かって危害を加えたのは明白よ! そんな相手と力を合わせることなんて出来ないわ!」


「お、おい。マルティナ」


 流石に言いすぎだと翔は注意しようとした。


 しかし、そんな翔を手で制し、ずいっとマルティナの前に進み出たのはステヴァンだった。


「な、なによ」


 さしものマルティナも、ここまでの暴言をぶつけられた上でさらに一歩近付いてくるとは思わなかったのだろう。困惑したようにその声に揺らぎが混じる。


「ははっ! そう、信用だ。君達が俺を信じられないように、俺も君達が信じるに値する人間か信じられなかったんだよ」


「はあっ!? どういうことよ!」


 元々ボルテージが上がっていたマルティナが激高した。しかし、彼女を責めることは出来ないだろう。何せ目の前の男は、自ら二人からの信用をぶち壊したのだから。


「一方は悪魔を見るや、協調やしがらみという言葉を投げ捨てて突撃する戦闘狂。もう一方は、数カ月前まで魔法の()の字すら知らなかった外様出身。そんな相手と協力を前提とした防衛線を組めるかい? 人類の未来を任せられるかい? ウチの大将の命を任せられるかい?」


「あっ......」


 翔は気付いた。


 翔が今まで生きてきた日常に世間体が存在するように、魔法世界にも世間体があることを。


 初めて出会った時のマルティナは、まさに導火線に火が付いた爆弾と言えるほどの苛烈な性格をした少女だった。翔を悪魔の使い魔だと勘違いして攻撃を仕掛け、悪びれもせず、考えの相違程度で攻撃を再開したほどの危険人物だった。


 悪魔を絶対に許さないそのスタンスは、確かに悪魔との戦いでは有利に機能することもあるだろう。だが、現世を生きる人間として見れば、その周りを省みない態度は、あまりにも危険。


 加えて防衛戦ともなれば、戦いに熱中した彼女によって、逆に重要な拠点を破壊されてしまうかもしれない。派遣された彼女は悪魔さえ討伐できればいいかもしれないが、多くを守らなければいけない都市の住人達にはたまったものではないだろう。


 そして、彼女の評価が低いのと同様に、自分自身の評価が低いことも頷ける。


 魔王の撃退から始まり、悪魔と魔王の討伐補助。数字だけを見れば立派な戦績と言えるが、ステヴァンは実際の戦いを知らない。翔の活躍がどれほどであったかを情報でしか知らないのだ。


 戦うつもりが無かった魔王が、その場を引いたとしても撃退になる。実際に討伐した悪魔殺しが九割九分の働きをし、翔が残りの一部しか手助けをしなくても討伐補助になる。結局情報だけでは、翔の実力は分からないのだ。


 おまけに数カ月前まで一般人だった悪魔殺し。防衛戦での情報伝達はどんな不備が発生するか分からないし、任せていた役割を全くこなせずいつの間にか命を落としているかもしれない。


 そんな実力不明の悪魔殺しに背中を任せるわけにはいかない。その場合に背負うことになるのは、まさしく人類の未来なのだから。


 だからステヴァンは二人を試したのだ。信頼に足る実力を有しているかどうか。狙われた命を守り抜く連携を組めるかどうか。


「ちっ」


 マルティナが苛立たし気に舌を打つ。だが、それ以上言い返して来ないということは、ステヴァンの言い分に一定の理解を示していると言うことだろう。


「でも......それでも、いきなり不意打ちをする必要までは無かったはずです。模擬戦を求めるなら喜んで参加しましたし、防衛訓練に参加を求められても望むところだったんですから」


 翔も相手の言い分は分かった。けれど、彼には彼の言い分がある。


 こんな不意打ちまがいで、悪魔の襲撃に勘違いさせるような本格的な試験が、本当に必要であったかどうかだ。


 これが無ければマルティナはともかく翔はステヴァンを全面的に信頼していたし、このような口論に発展することはあり得なかったのだから。


「いいや、必要だった。言っただろう? 今回の戦いは防衛戦だと。いつ、どんな形で攻め込まれるか分からない、待ち続ける戦いだと」


 だが、マルティナの激高を以てして感情の揺らぎを一切見せなかったように、ステヴァンはこの行動に覚悟を決めていたのだ。


「相手は一切の甘さを見せず、淡々とカギを壊していった仕事人共だ。残りのカギが半分になったからと言って、正々堂々攻め込むようなタマじゃあ無いだろう。つまり、間違いなく奇襲を受ける。見ておきたかったんだ。君達の対応を」


 言い切ったステヴァンの目には一切の曇りが無かった。責めたければ責めろと言っている風にすら見えた。


 そんな顔を見せられてしまっては、彼を責め立てることは翔には出来なかった。


「......あなたがやりたかったことは理解しました。あなたがそれだけ守りたいものがあるということも」


「翔君」


「だから、一度だけでいいんです。心の底から謝ってください。そうしてくれれば、俺はもう一度だけあなたを信じます」


「分かった。翔君、マルティナちゃん。いくら悪魔との戦いのためとはいえ、不義理な行いをしてしまった。本当にすまなかった」


 ステヴァンが頭を下げた。少なくとも翔には、真摯に謝罪をしてくれているように見えた。


「......顔を上げてください。この場はこれで収まりました。後の話は街に着いてからにしましょう。マルティナもそれでいいよな?」


「......」


 不満げな顔で翔をにらみつけていたマルティナは、そのままプイッと横を向いてしまった。大いに不満ではあるものの文句は無いということだろう。


「俺としても、君達の実力は測ることが出来た。君達の実力は理想を大きく超えていた。許してくれなんて言わない。それでもあの人を守るための防衛戦に加わって欲しい」


 ステヴァンが膝をつき、片手を地面に置く。


「ステヴァンさん?」


 彼の突然の行動に疑問符を浮かべていた翔だったが、隣のマルティナは気が付いたらしい。


 いつの間にかその手には、複製された槍が握られていた。


「......武器を閉まってくれ。君達としても、ここからずっと翼で移動って訳にはいかないだろう?」


 ズズズズッと音を立てながら、ステヴァンの手を中心に周囲の砂が集まっていく。そして、そのまま砂は凝集し、圧縮され一つの姿を形作っていく。


「ほら、乗り物の完成だ。この地域における機動力と情報伝達で言えば、俺の魔法は最高の効率を誇っているんだぜ」


「おっ、おわわっ!」


「ちっ」


 いつの間にか砂の凝縮は二人の足元まで発展し、ついに周りの砂を押しのけ、その姿を現した。


 先ほど戦ったイルカ型よりもさらに大型の海獣型使い魔。それは世間一般で言うところの、クジラそのものだった。


「こんな簡単に、こんな大型使い魔を......」


「お褒めの言葉、ありがとう。準備はいいかな? さぁ出発だ」


 ステヴァンの言葉と共に、ゆっくりとクジラは進みだした。大砂海を泳ぐように突き進むその姿は、まるで大海原を進む本物のクジラのようである。


「すげぇ......本当に海の上を船で走っているみたいだ......」


 あまりの壮大な光景に思わず目を奪われる翔。そんな彼の目を盗むように、マルティナはステヴァンの横に歩み寄った。


「お人好しのアマハラは騙せたようだけど、下手人が揃った時は覚悟しておくことね」


「......もちろんだ。しっかりと誤解を解けるように、奉仕させてもらうよ」


 悪を祓い、人々を守る。一度の敗北によって他者の意見に耳を傾ける程度には成長したマルティナであったが、その本質は変わらない。


 ギンときらめく鋭い眼光は、徹底的に問い詰めると語っていた。

次回更新は2/16の予定です。

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