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罪を炙り出すだけの知識

「やった......か?」


 擬井制圧(ぎせいせいあつ) 曼殊沙華(まんじゅしゃげ)の発動によって、付近の使い魔達をまとめて吹き飛ばした翔は、油断なく周囲を見渡した。


 ダンタリアに急ごしらえで授かっていた魔力探知能力は、とっくの昔に消えている。今の彼には自身の五感を活かした感覚と、戦いの中で磨かれた第六感による敵意の察知しか、周囲を探る術はない。


 おまけに今の翔は負傷者を抱える身。自分自身が奇襲に備えられていたとしても、先ほどのようにステヴァンを狙った攻撃全てに反応出来るとは限らない。そのため、間違いなく敵を殲滅した言えるこの状況においても、彼に気を抜くことは許されなかったのである。


「......マルティナの攻撃が止んだ。なら、大丈夫か?」


 気が付けば、まるで豪雨のように砂に叩きつけられていたマルティナの攻撃音が止んでいる。安直に考えていいのだとすれば、彼女の方も殲滅を完了したと考えられる。それならば警戒を解き、ステヴァンの介抱に戻ってもいいかと翔が考えていた時だった。


「ゲホッ、ゲホッ! ったく、ひっでぇ目に遭った......」


「ステヴァンさん! 身体は大丈夫なんですか!?」


 なんと、気絶していたステヴァンがよろよろと分断された車体から抜け出し、こちらへと歩いてきたのである。


「あぁ。まるで小さな箱の中に詰められてシェイクされちまったみたいに全身が痛いが、それ以外は何とも無い。生まれて初めてシートベルトの重要性を思い知ったよ」


「......ははっ、良かったです」


 ブンブンと元気そうに腕を回すステヴァンを見て、翔もようやく彼の無事を確信した。車内で気絶していた時は、どんな重傷を負ったのかと気を揉んでいたが、激しく身体を揺さぶられたことによる気絶だったらしい。


「それにしても言い出した途端、悪魔の襲撃に遭うなんて俺もツイてるんだか、憑いてるんだか」


「俺達は無事に生き残りました。ツイてますよ」


「ハハッ、違いねぇ。だが、愛車の方にまではツキも反映されなかったみてぇだからな。さっさと迎えを呼ばねぇと。ここからうちらの町までまだ十キロはある。歩きで向かったりしたら途中で干上がっちまう」


「一応、俺もマルティナも移動手段はありますし、ステヴァンさんも乗せれますよ?」


 まだ予断は許さないが、ステヴァンの様子を見るに、普段よりスピードを落とせば、翔の擬翼(ぎよく)を使った移動も可能だろう。加えて、一度退けたとはいえ、翔達は車での移動中を使い魔に襲われた。


 悪魔の討伐が済んでいない以上、もう一度襲われない保証はない。そのため彼は、一番安全マージンが取れる空の移動を提案したのだ。


「いいや、止めとこう。その移動にどれだけの魔力を消費する? 俺を乗せたらどれだけ余計に消費する? うちの拠点だって、いつ悪魔に襲撃されるか分からないんだ。それなら悪魔の戦力を減らせる意味でも、このまま車で移動した方がいい」


 だが翔の提案は、やんわりとステヴァンに断られた。


「でも」


「俺の心配をしてくれているんだろう? 嬉しいけど、それは余計なお世話だ。優しい君にとっては不快な表現だろうが、最悪俺は()()()()()。なら、優先すべきは君達のコンディションの方だろう?」


「それは......」


 なおも食い下がる翔だったが、そこは子供と大人。ステヴァンの正論を返すだけの言葉を、翔は持っていなかった。彼も自身の命とステヴァンの命。どちらが重いのかなんて分かり切っていたのだから。


「それに、応援が来るまではおしゃかになった車の陰で休ませてもらうから大丈夫さ。 ......翔には周囲の警戒に当たってもらいたいんだがいいかい?」


「も、もちろんです!」


 頭では分かっていても、心がそれに従順であるとは限らない。ステヴァンは翔の心にわだかまりが生まれたことに気が付いたのだろう。あえて自身が休息を取っている間の仕事を翔に頼んだのだ。


 この提案は、未だに魔法世界の常識を受け止め切れず、モヤモヤを抱えていた翔にとって渡りに船であった。


 自分が周囲を警戒していれば、その間だけでもステヴァンは休息を取れる。この時だけは、ステヴァンの命を優先することが出来る。そう思って。


「それじゃあ一回り向こうを見てきます!」


「悪いけど頼んだ! その間にゆっくりと休ませてもらうよ」


 翔がステヴァンに背を向け、走り出そうとした時だった。


「......そう言ってアマハラが離れた間に、追加の使い魔を補充するつもりだったのかしら?」


 翔とステヴァン、向き合っていた彼らのちょうど中間あたりに、一本の槍が突き刺さったのである。


 見上げれば、そこには純白の翼を生やしたマルティナが、空から舞い降りてくる最中だった。まるで人に審判を下す、神話の天使のように。


「マ、マルティナ......? なにを!?」


「核の無い使い魔は弱点が無い分、魔力の収束性が悪い。一度完成した使い魔には、術者ですらおいそれと魔力補充が出来ないほどよ。けれどあなたは、それを逆手に取った。魔力の収束性が悪いということは、術者との繋がりも薄いということ。この襲撃の犯人はあなたよ!」


 マルティナの視線は一点に注がれていた。いや、ただ一人の一挙手一投足のみに注意を払っていたとも言い変えられた。


 その人物とは、襲撃の際に真っ先に戦闘不能となり、今も自分達のために自身の安全性を投げ出して応援を呼ぼうとしてくれたステヴァンであった。


「お、お前、何を言ってんだ!」


 ステヴァンを信用している翔は、当然マルティナの言葉に物申す。だが、今の彼女は翔の存在など気にしている暇は無かったのだ。


「ハハッ! 命を助けてもらった恩はあるが、犯人呼ばわりされちゃ流石に不愉快だ。何を証拠にそんなことを?」


 激高する翔に対して、以外にもステヴァンは冷静だった。まるで何かを見極めているかのように。


「最初は奇襲と負傷した自分の身体を使って、私達に混乱を招こうとしたんでしょうね。けれど、思った以上に私達の復帰と役割分担が迅速(じんそく)だったせいで、作戦を変更しなければならなかった。命令を下すために、新たに使い魔を作り出した魔力。見抜けないと思ったかしら?」


「そんなことはしていないさ。魔力が出ていたってのも、これでも魔法使いのはしくれだからね。気絶中の自己防衛本能が、自然と魔力を垂れ流してしまったのかもしれない」


「あっそう。なら、()()使()()のあなたに質問するわ。あんな頭空っぽな使い魔達が、急に方針転換できたのはどうしてかしら? どれもこれもが、砂を泳げるだけの単純な使い魔。全滅させたのだから、司令塔がいたなんて言い訳は許さないわよ」


「......俺達が知らない、悪魔独自の魔法で通信を取っていたのかもしれない」


「......文字通り悪魔の証明ね。そんな意見を押し通すなら、使い魔に関しての問答はもう無意味よ」


「無実だって認めてくれたかい?」


「まさか。無実だって言うなら、この車体の溶接を説明してくれないかしら?」


 そう言ってマルティナは、先ほどまでステヴァンが倒れていた両断された車に近付き、切断面をトントンと叩く。


「塗装で誤魔化していたんでしょうけど、この車、一度切断した上で最低限溶接で繋ぎ留めたわね? こうすれば最初の奇襲で後部座席に使い魔が突進することで、後ろは空に吹き飛んでも、前は衝撃でゴロゴロ転がっていくだけだもの」


「嘘だろ......」


 翔を無視して会話を進める二人だったが、彼とて思考の全てを放棄したわけじゃない。むしろ蚊帳の外である第三者だからこそ、俯瞰して物事を見つめることが出来た。その上で判断することが出来た。


 確かに使い魔とは司令塔がいて初めて、方針の転換を出来る存在だ。ニナと戦った血の魔王の使い魔達も、司令塔役の声を持って初めて、攻め一辺倒を取りやめたほどである。


 それに、その後の意見も鋭い指摘だった。彼女の言う溶接面は翔には分からない。


 だが、奇襲を受けたというのに、ステヴァンの負傷はあまりにも小さすぎた。標的の一人だったというのに、目に見える負傷は何一つ負っていなかったのだ。それもこれも、ステヴァンが襲撃の犯人だとしたら説明がついてしまう。


「......最近の悪魔祓い(エクソシスト)は工学も学ぶのかい?」


「違うわよ。学ぶのは()()()()()()()()。私達は隠れ潜む悪魔や邪教徒を、(かす)かな痕跡を元に探し当てないといけない。違和感に気が付く目と、違和感を説明できるだけの知識を学ぶのは当然じゃない」


「......今回使った車が、たまたま下手な溶接で作られていた物かもしれない。調査は必ずする。だから町に到着するまで、追及は待ってもらえないかい?」


「そんな意見通るわけないじゃない。......人の本質は悪性なんだから」


 マルティナが苛立たし気に槍を構える。先ほどのステヴァンの言葉は、彼女を不快にさせるだけの何かが込められていたのだろう。


「......そうか。もう言い訳は通らない、か」


「そんな...... ステヴァンさん」


 あきらめたかのように振舞うステヴァンに、ようやく翔も何かしらのたくらみに巻き込まれていたことに気が付いた。だが、それが何であれ、まずは彼の言葉を待たなくてはならない。行った結果より、行うに至った経緯こそが重要なのだと翔は考えていた。


「......ふっ、ふふふっ、君達二人共、合格だ!」


「「はっ?」」


 どんな言葉が飛び出すかと身構えていた翔だったが、そのあまりにも場違いな台詞に間の抜けた声が出るのを抑えられなかった。そして、それは傍らのマルティナも同様だったらしい。


「どんな悪魔殺しが来るかと身構えていたけれど、これなら大丈夫だ。これなら十分戦力になる。車でも言ったが、あらためて今回の戦い、よろしく頼むよ!」


 二人の困惑も意に介さず、言いたいことだけを話し続けるステヴァン。


 彼が真意を話し、二人が一定の納得を示すには、さらに三十分以上の時間が必要だった。

次回更新は2/12の予定です。

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