数と数、質と質
「使い魔の判断か魔法使いの指示かは分からねぇ。けど、敵も馬鹿じゃねぇってことか」
ステヴァンを介抱する傍ら、敵の行動が変化したことに翔は気付く。
砂漠をまるで海のように泳ぐ能力を有していた使い魔達。だが現実の海洋生物がそうであるように、砂の抵抗を極限まで減らした流麗な身体は、身を守るための鱗や毛皮を纏うことを不可能としていた。
その結果、マルティナの絨毯爆撃が如く始祖魔法の波状攻撃によって群れは半壊。巨大さ故の体力で持ちこたえている大型使い魔達も討伐されるのは時間の問題かと思えた。
しかし、こちらが思いつくことを追い詰められた敵側が思いつかないはずもない。
「すげぇ振動だ。これなら魔力感知能力が無くても、ある程度は場所が分かる」
このままでは全滅することを悟った使い魔達は、小型使い魔をマルティナの囮にすることで、大型使い魔を砂に潜らせたのだ。
始祖魔法は優れた範囲攻撃を持つ一方、一撃の威力は低いものが多い。マルティナの魔法などがその典型と言えるだろう。
彼女の始祖魔法は、指定したものを魔力が続く限り増殖させる。けれど、肝心の増殖させる物体のメインは投擲した槍の衝撃や振り回した斬撃。いくらそれらを増殖させたところで、砂を抉り、地中深くの使い魔を仕留めるには届かない。
そして、マルティナの魔法が届かないのであれば、使い魔達にもチャンスが訪れる。
「マルティナには届かない。けど、ステヴァンさんを守っている俺には届くってか」
そう、使い魔達は標的を翔一本に絞ったのだ。
介抱しながらマルティナとの戦いを眺めていたが、彼らが空中の敵を攻撃する手段は、無理やり小型使い魔を弾き飛ばす程度。それでは同格の使い魔くらいであれば撃ち落せても、空中戦闘に長けたマルティナを撃ち落すには足りない。
だが、相手が地上にいる翔であれば話は変わる。見渡す限りが砂原なこのフィールド内では、砂に潜れる特性は莫大なアドバンテージとして機能する。襲い掛かる瞬間まで砂に潜ったままでいられる彼らの攻撃は、その全てが奇襲攻撃に姿を変えるのだ。
「まるで空を飛びたきゃ、ステヴァンさんを見捨てて空を飛べって言ってるみたいだな。舐めやがって!」
もちろん翔も空を飛ぼうと思えば、自身の魔法を使って空を飛ぶことが出来る。一度マルティナを乗せて飛んだこともあるのだから、ステヴァンを乗せて飛ぶことも恐らく可能だろう。
だが、現在のステヴァンは使い魔に襲われた衝撃で全身を強く打ち、気絶している状態だ。そんな人間に風除け無しのアクロバット飛行を行ってしまえば、どんな影響があるか分からなかった。
せめて逃げ場が無くなるまで、どうしようも無いほど追い詰められるまでは、翔もステヴァンに無理をさせたくなかったのである。
「飛ばないって決めたんだから、ステヴァンさんを守りきることは当然だ。その上で、近付いてくる使い魔、まとめてぶっ飛ばす!」
己の意思を言葉で表現することで、集中力を高めていく。
そして、魔力を充填すると同時に、今では別の意味ですっかり相棒となった木刀を生成した。
一度目の襲撃と同じように、地面から伝わる振動も大きさを増していく。小規模な地震ほどの揺れ、いつ襲い掛かられたとしても不思議では無かった。
「さぁ、来い......!」
翔の声に呼応するかのように、彼の足元、地面の真下から、大口を開けたサメの使い魔が出現した。
ザザァと重量感のある音を立てながら、翔の周りは一瞬にして使い魔の大口に包囲される。このまま使い魔が口を閉じてしまえば、彼の身体は生え揃った無数の牙と、多量の砂に押し潰されてしまうだろう。
「だりゃあぁぁ!」
だが、そのような悲劇は起こらなかった。サメ使い魔が大口を閉じきるより先に、翔が木刀を一閃したのである。
ぱっと見ただけでは、ただの大振りにしか見えない横一閃。しかし、集中力を高め切った彼の技量と、対大型を想定した魔力を込められた木刀が揃うことで結果は大きく変化する。
翔をかみ砕くはずだったサメの大口。その大口は彼が立つ地上の遥か高空で、ガチンと閉じられることになった。そう、翔の一閃によって、サメの身体が綺麗に両断されたのだ。
頭部は砂から飛び出した勢いをそのままに。残った胴体も続く縦への一閃によって、綺麗に二つへと分けられていく。サメ使い魔の奇襲は完全に失敗したのだった。
「ぶわあっ!? ゴホッゴホッ! そりゃそうか。元が砂なんだから、倒したら砂に戻って当たり前か」
倒れたサメ使い魔を構成していた砂が巻きあがり、翔の視界や口腔にダメージを与える。だが、ダメージと言えるのはそれくらいだ。どう見ても使い魔一体の犠牲とは釣り合わないだろう。
だが、使い魔側もまだまだあきらめるつもりは無いらしい。
今度はステヴァンを狙うかのように、振動が徐々に移動していく。
「一度の攻撃でもうあきらめたってのか? いや、むしろあきらめていないからステヴァンさんを狙ったのか。上等!」
マルティナが召喚魔法のカウンターである始祖魔法使いであるように、翔も本来は創造魔法使いとはいえ、その戦法は相性上、召喚魔法と拮抗している変化魔法使いのものだ。
おまけに召喚魔法の強みである数の暴力も降り注ぐ始祖魔法によって無力化され、大型の使い魔が数匹残っている程度。そうなれば一騎当千を誇る変化魔法使いを倒すことは不可能だ。
だからこそ使い魔達は最後の手段に出たに違いない。翔達を倒す力は無い。けれど、ステヴァンを殺すことなど朝飯前だ。
彼を標的にすることで二人の行動に隙を作る。そしてその隙を突く。お人好しな翔と人命救助を優先するマルティナに対しては、実に効果的な作戦になったに違いない。
その作戦が着実に実行さえされていれば。
「もうでかい奴らも粗方集まったな」
忘れもしない血の魔王との戦い。あの戦いで翔は、情報の強みを思い知った。
召喚魔法の強みはもちろん数の力による波状攻撃だ。だが、その一方で多くの目と耳、口を用意できることで生まれる情報アドバンテージ。これもまた油断できない強みであることを知ったのである。
「見せたからには倒しきる。見せたからには逃がさない。悪役そのものな台詞だけど、勝つことを優先した場合はそれだけ重要ってことだ。いくぜ!」
掛け声とともに十字状の木刀が出現し、それに繋ぎ合わさるかのように複数の木刀が地面全体へと広がっていく。
自分とステヴァンを守るだけなら、早々に結界を張るだけで守り切ることが出来た。
だが、そうなれば使い魔達は攻略をあきらめ、早々に逃げ帰ってしまっただろう。生き残った使い魔達は、翔とマルティナの魔法を事細かに報告するに違いない。
そうなってしまえば、二人は情報アドバンテージを握られることになる。今は自分達だけがアドバンテージを握っている状態なのだ。相手に悪魔がいない今の状況であれば、多少の無理をしてでもこちらの魔法を知られたくは無かった。
そのため、翔はぎりぎりまで結界の発動を遅らせていたのだ。使い魔全てが結界の範囲に入り込む状況まで。
そして状況が整ってしまえば、後は実行に移すのみだ。翔の結界は、高濃度の魔力を充満させることで他者の魔法を阻害する結界。魔力生命体である使い魔の天敵のような結界なのだから。
「いっけぇぇぇ!」
十分に十字架が広がった所で、今度は地面に潜り込むかのように結界が増殖を重ねていく。
流石の翔と言えど、魔力の放出だけで砂を掘り起こして、地面の使い魔を狙うことは不可能だ。だが、地面に十字架を生成するだけなら、多少魔力消費が増えるが不可能ではない。
そして、残っている使い魔は大型使い魔。巨体によって地面に潜ることは可能かもしれないが、その分地面を泳ぐスピードは小型より劣る。投網のように広がっていく翔の十字架から抜け出すスピードは持っていない。
状況を理解し、逃げ出そうとする使い魔達。そんな彼らを逃さぬとでも言うように、十字架は包囲を完成させた。
「擬井制圧 曼殊沙華えぇぇ!」
穴が開いた十字架の中点から、高濃度の魔力が放出された。
圧倒的な魔力量に押し潰された使い魔達は、ただの砂へと姿を変えるのだった。
次回更新は2/8の予定です。




