押して引き寄るは砂の海
「ぐっ、うぅぅっ!」
天高く打ち上げられた車内の中、急激に発生したGに耐えながら、翔は何とか辺りを見回す。
「マルティナ、大丈夫か!」
「私を心配する暇があるなら、あんたもステヴァンさんを探しなさい!」
流石、常在戦場を語ったマルティナは、すでに体勢を立て直している。おまけに自分の無事よりも、ステヴァンの無事を確認しろと言えるあたりが彼女の心の強さを表していた。
「前座席は.....あそこか!」
巨大な砂製のサメの突撃によって打ち上げられた車体。しかし、真っ二つにされた際に双方への力のかかり方が違っていたのだろう。空高く打ち上げられた後部座席とは打って変わって、前座席は頭から砂に突っ込み、空中からでも切断面を覗くことが出来た。
そしてそこから見えた運転席に、力無く横たわるステヴァンの姿を確認できたのだ。
「アマハラ、このままじゃ車と一緒にスクラップよ。飛ぶわ!」
「おう!」
ステヴァンの姿を確認できた時点で、打ちあがっていた車体もゆっくりとだが降下を始める。このままではマルティナの言う通り、車と一緒にスクラップだ。
しかし、二人はお互いの心配はしていなかった。脱出のための出口は大きく口を開けており、お互いの魔法が空を制する術を持っていることを知っていたのだから。
「はっ!」
「はぁっ!」
後部座席を踏み台とし、二人は勢いよく空へと投げ出される。
その瞬間現れるのは、二種類の翼。一方は神話に語られる天使のものを切り取ったかのような。もう一方はジェット機を背負ったかのような。まるで別物の翼だった。
「相手は群体の使い魔、私の方が向いているわ。あんたはステヴァンさんを守りなさい!」
翼の機動力を確保したと同時に、マルティナは翔に命令を下すと、そのままステヴァンが倒れる前車両の上空に陣取った。
「分かった! 無理はするなよ!」
翔もぶっきらぼうな命令に対して文句もつけず、魔力出力を上げて急加速でステヴァンの下へ近付いた。
マルティナの言っていた通り、相手は砂が生物の形を模した、使い魔の群体。相手をするなら圧倒的な手数を持つマルティナが適任だ。
「ステヴァンさん! ステヴァンさん! 大丈夫ですか!?」
「うっ......うぅ......」
「良かった、生きてる! ならっ!」
辿り着いた先で見たステヴァンは、弱弱しいうめき声こそ出しているが、ぱっと見た限り骨折や出血などの外傷は見られない。
内臓の損傷等の可能性は捨てきれないが、医術の心得が無い翔にその判断は難しい。そのため、重傷は負っていないとヤマを張り、彼はこの場でステヴァンを守り切ることを決めた。
「こっちには俺もいる。だからマルティナ、無茶だけはするなよ!」
願うのはステヴァンの無事とマルティナが無茶をしないことだけ。だが、前者はともかく後者は難しいかもしれないと、翔は珍しく弱気であった。
けれどそれも仕方ないだろう。何せ翔は、マルティナという少女が無理と無茶に平気で飛び込んだうえで、無謀な挑戦へ挑む少女だということが分かっていたのだから。
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「空気を読まない上に不幸しか振りまかない。本当に悪魔っていうのは、現世に不要の存在ね」
空中に陣取るマルティナは独り言ちる。信念をかけた決闘に破れ、目の前の悪魔を討伐出来なくなったとしても、悪魔は害悪だという意見は変わっていない。
「けど、私の理想は私の実力じゃ実現できないと思い知った。ムカつくけど、あいつに負けたことで」
そう言ってちらりと目を向けるのは、地上で付近に注意を払いながらもステヴァンを介抱する翔。
彼に敗れたことでマルティナは清濁併せのむ大切さを知った。理想のためなら、自分のちっぽけなプライドなんて投げ捨てるべきだと思い知った。
「もう私は理想を押し付けないし、理想に溺れたりはしない。あるのはただ理想に向かって邁進する心だけよ!」
悪魔殺しでありながらも、神との契約も果たした悪魔祓いである彼女は、魂に両者の魔力を宿しているためか魔力感知に優れている。その感知能力は、姫野の深淵之水夜礼花神の魔法と大差無いほどだ。
「砂に紛れて獲物を襲う。視覚に情報収集の大部分を頼った一般人相手には有効な手ね。けど、私相手には無意味よ!」
マルティナの右手に、背中に背負った槍と同質の物が出現する。これこそが彼女の魔法。数という概念を操る始祖魔法だ。そして、彼女の魔法はこんなものでは終わらない。
「はぁっ!」
彼女が一体のイルカへ向けて槍を投擲する。もちろん相手も見ていたのだろう、槍は簡単に躱されてしまうが、そんなものは織り込み済みだ。
「残念だったわね。私の投擲は一発じゃ済まないの」
「ズッ!?」
槍を綺麗に躱したはずのイルカの背に、何かが突き刺さったかのような刺突痕が突然生まれた。おまけに刺突痕は一か所だけじゃない。二か所、三か所、四か所とどんどん増えていき、イルカの背中をずたずたに引き裂いていく。
「っ!? っ!?」
そうして十数か所目の刺突痕が生まれた時だっただろうか。遂に力尽きたのか、イルカはざぁっと形を崩し、砂の小山へ姿を変えた。
「なるほどね。魔力の核が存在するタイプじゃなくて、魔力が薄く浸透していることで仮初の命を保っているタイプってこと。望むなら前者が理想だったのだけど、討伐できるなら関係ないわ。全部元の砂へと戻してあげる!」
そこから始まるのは、槍の勢いのみを模倣した認識すらできない攻撃の豪雨。魔力感知で大まかな位置を察知すると同時に、そこへと向けて大量の投擲を射出する。
その結果生まれる光景はまさに蹂躙。小魚などは形も残さず、イルカや大型魚類を模した使い魔ですら、肉体を維持する魔力を失い、強引に砂へと戻されていく。
もちろん使い魔達もやられるままではない。負傷が少ない個体は、周囲の砂を取り込むことで傷の補修を図り、水族館のイルカショーの如く、尾びれで小魚を打ち上げることで、マルティナに向けて攻撃を行おうとした。
「無駄よ!」
だが、やはり彼女の方が何本も上手だ。飛来する小魚達を認識すると同時に出現させた槍を一閃、横薙ぎの一撃を生み出した。そして模倣するものさえあれば、彼女の魔法は無類の強さを発揮する。
マルティナの前面には無数の槍の斬撃がまるで槍衾かのように並べられ、小魚の突撃程度は返り討ちとばかりに粉微塵に吹き飛ばす。まさに手数の暴力。まさに相性差の体現。どうして召喚魔法に対して始祖魔法が強いのかという理由が、目の前で語られていた。
このままでは、何も出来ずに全滅する。使い魔達はそう判断したのだろう。
「大型使い魔だけ地面深くに潜っていった? ......そういうこと。そもそも砂なんて超重量物。深く潜るには、泳ぎきるだけの魔力と、潰されないための大きな身体が必要になる」
使い魔達はマルティナの攻略をあきらめたのだ。空から降り注ぐ始祖魔法の嵐には攻撃も防御も満足に行えない。
だからこそ、マルティナの魔法が届かない土中深くに潜り、地上にいる標的に強襲をかける。彼らは目標を、マルティナから翔とステヴァンへと切り替えたのだった。
「数による暴力よりも、質による突破を図ったって訳ね。でも、きっとそれは一番の悪手よ」
狙えなくなった使い魔は仕方ない。自分に出来ることは残った小魚型の使い魔を近付けないように殲滅することだけだ。
このまま自分が空中に居座れば、地上の二人は間違いなく大型使い魔に襲われるだろう。
だが、マルティナは全く気にしていなかった。何せ地上にいるのは近接戦闘で自分を圧倒し、魔力量でも自分を圧倒した、一騎当千の魔法使いなのだから。
「後は雑魚を散らすことと、増援が来ないか見張ること。そうすればアマハラが......えっ?」
地上に対する心配はしていなかった。しかし、優秀な魔力感知能力を持ったマルティナだからこそ、その魔力の動きに気が付いた。その奇妙な魔力の流れに気が付いたのだった。
次回更新は2/4の予定です。




