考える錠前
トルクメニスタンのとある領主館。そこでは椅子に腰かけた初老の男と、彼に報告を行う二人の姿があった。
一人は文官姿の服装を身にまとった、初老の男以上の年齢に見える老齢の男。もう一人は動きやすそうな服装に身を包んだ、二十代も半ばといった青年だ。
「都市内の調査は完了いたしました。南を落とした悪魔の使い魔らしきネズミが数匹紛れ込んでいましたが、いずれの悪魔の姿も確認には至りませんでした」
まず始めに老齢の男が、現状の説明を行った。
「そうか。期待してはいなかったが、悪魔の目を潰せただけでも良しとしよう。ここか向こうが落ちようものなら、いよいよ人類の破滅が現実味を帯びてくるんだからな」
「その通りでございます」
地獄門を封印するカギとなる一族。その血筋が一度に二つも絶えたという一報は、多くの魔法組織に衝撃を与えた。
太古に封印されし、呪われた地である地獄門。略奪の国への直通路と化したかの地は、多くの魔法使いによる幻覚魔法を持ってなお、地面は黒く染まり、炎が絶えず噴き出す地。
万が一その封印が解かれようものなら、その被害は想像すらできない。なにせ、現代より遥かに魔法が発展していた古代の現世でさえ、悪魔に頼み込み、封印の術を与えてもらうのが精いっぱいだったのだから。
古代の魔法使いでさえ無謀だった戦いを、現代の貧弱な魔法使い達がどうにかできるわけがない。封印の崩壊は、現世の人類文明の崩壊と同義であるのだ。
「仕方のない事とはいえ、せめて落ちた二つの土地にも悪魔殺しか悪魔祓いのチームを置いておくべきでした。今まで積極的に攻めてこなかった分、今回も攻めてこないだろうと楽観視した俺達のせいでもあります」
今度は青年の方が男に話しかける。親子ほどの年が離れていながらも、その声には緊張は無くむしろ信頼によって生まれた張りがある。老齢の男も文句を付けてこない事から、この三人の間には確かな絆があることが感じられた。
「そうだな。こちらの本場である錬金術は、どうしても直接戦闘には向かない魔法だ。宗教や民族のしがらみを考えても、もう少し常駐戦力を抱えておくべきだった」
二つの都市がに奇襲によって崩壊したのは、もちろん悪魔達の手腕もあったが、一番は人間側の油断が要因と言えるだろう。
これまでの人魔大戦では、地獄門は追い詰められた下位国家や愚かな国外代表によって狙われ、カギが破壊されたことこそあれど、組織的に狙われたことは一度も無かった。
地獄門の解放は略奪の国の一人勝ちを意味しており、それを許せない他の悪魔達が相互に監視することで干渉を避けていたからだった。
大規模な同盟であるほど、地獄門に攻め込めなかった。しがらみの少ない矮小な悪魔しか、地獄門には挑めなかったのだ。
けれど、理由こそ不明だが、今回悪魔どもはそのしがらみを解き放つことに成功したらしい。そうでなくてはこのような組織的なカギの攻略など不可能であるし、こうなった時点で他の悪魔が止めに入るはずなのだ。
しかし、いずれの悪魔の制止も入らなかった。つまり、悪魔達はこの行いについて了承済みだということだ。
突然の大攻勢。これが一度に二つのカギの崩壊を、人類が許してしまった理由であった。
「悲しき事件が続きましたが、ここからは我らの手番です。こちらは調査が終了。あちらの都市もサウジアラビアの悪魔殺し、イルファーン殿が入られたことから問題は無いでしょう」
「おぉ! あの御仁が応援に応えてくれたか! ならば勝ち負けはともかく、カギの破壊だけは防いでくれるに違いない!」
「そうですね! 召喚魔法と契約魔法相手であれば、あの方ほど心強い人間はいない!」
同じ役目を背負った一族が、一度に二つも姿を消したことに心を痛めていた一同であったが、老齢の男からの情報によって空気はプラスへと変わる。
「彼の御仁は、千年以上の歴史を持つ一族の長。あの方さえいれば、こちらが駄目だったとしても希望が持てるな!」
今回の戦いは、人類にとっては二つの拠点の防衛戦。一つの拠点に大きく戦力を偏らせると、その間にもう一方の拠点を落とされかねない。
ましてやその言葉を発したのは、命を狙われる側である初老の男だ。命を狙われている真っただ中だというのに、他人に気を割ける度量の大きさ。それだけこの男が器の大きい人物なのだということが伺えた。
「レオニード様。お気持ちは分かりますが、今後その言葉は慎むべきかと。そうせねば私やステヴァンはまだしも、他の兵の士気に関わります」
だが、流石に言いすぎだと感じたのだろう。老齢の男が、椅子に腰かけた初老の男。領主でありカギの一人であるレオニードを窘めた。
「あぁ、配慮に欠けていた言葉だったな。我が頭脳ボルコ。我が剣ステヴァン。もちろんお前達を信じているとも。特にステヴァン。お前はこの地に生まれた、数少ない悪魔殺しの一人なのだからな」
自分を思っての行動と理解していたレオニードは、すぐさま言葉を訂正した。
そうして自分を窘めてくれた老齢の男ボルコと、青年ステヴァンに信頼の眼差しを向ける。
「止めくださいよ。俺なんてたまたま魔力が多かっただけで、たまたま契約に恵まれただけ。運が向いていただけです。都市の発展の上で魔法使いの育成を進めたレオニード様とそれを支え続けたボルコさんには敵いませんって」
「ハハッ、力を持っていても謙虚に振舞える。だから私は君に権限を与えたんだ。今回の戦いは期待している。どうか私の命を守ってくれ」
「......ウッス」
期待された上で褒められたステヴァンは、気恥ずかし気に頬を掻いた。
「さて、気を取り直して今後について話し合おうか。都市の掃除が終わったことで、すぐさま悪魔の脅威に晒されることがないのは分かった」
「そうですな。これで対狙撃用の結界を都市の外周に張ることも可能。襲撃が起こったとしても、対応する時間が作れまする」
多くの人員を割いた悪魔捜索。その結果によって都市部への悪魔の侵入は考えられず、外周部からの結界の生成は可能と判断されていた。
一瞬生まれた防衛の余裕。活かさない理由などない。
「そこでだ。ステヴァン、そんなガチガチの防衛網に穴をあける場合、何が考えられる?」
「この場合は少数精鋭による都市内への侵入、もしくは実力者の各個撃破が考えられるかと」
「そうだ。そして前者は距離を取りたい狙撃手と、数を揃えたい召喚魔法使いの組み合わせからして考えづらい。ならば考えられるのは実力者の各個撃破。この地に応援に向かおうとしている悪魔殺しの撃破が有効だと、私が敵であれば考える」
「俺も同意します。ボルコさん、こちらとあちらの応援人員の詳細は?」
「あちらへは悪魔祓いの複数チームが。こちらへは悪魔殺しが二人、派遣予定となっている」
「えっ? それだといくらイルファーン殿がいるとしても、こちらの戦力が過剰では?」
「二人共若いそうだ。おまけに一人は性格に難あり、一人は結果こそ出しているが外様出身だ」
「あぁ、なるほど。不安定な戦力と」
「そうだ。だからステヴァン、二人を試してくれないか?」
「それは......よろしいので? 下手をすれば国際問題、俺達三人の首じゃ収まらないかもしれませんよ?」
「覚悟の上だ。それに首が飛ぶとしても、それは私の分だけだ。お前達二人の罪程度、俺の両肩で十分支えられるとも」
「レオニード様......分かりました。方法は一任してくれますね?」
「もちろんだとも。だからステヴァン、悪魔殺し達の見極め、任せたぞ」
「分かりました。せいぜいきっちり、そいつらの人間性を見極めてきますよ」
「頼んだぞ」
悪魔の思惑と人類の推測。当然のことだが、両者にその正解を見抜く方法は存在しない。決断した行動がどういった結果を生むのか、それは誰にも分からなかった。
悪魔殺し達の集結は近い。
次回更新は1/27の予定です。




