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灯台傍暗し

時系列的には翔がトルクメニスタンへと移動中、姫野が猿飛に訓練を要請した時点の話です

「これもおいしいね~。おっ、これも悪くない。砂ばっかりで滅入っていたから、料理が美味しいのは助かるな~」


 トルクメニスタンのとある小さな町の料理店。そこでは奇妙な二人組が、テーブルに所狭しと料理を並べ、ゆっくりと食事を味わっていた。


 一人は陽気な言葉を口ずさみながら、次から次へと料理を口に運ぶフードを目深に被った少女。もう一人はこれまたフードを目深に被りながらも、どこか神経質そうに周囲の気配を探る男だ。


「もう少し香辛料が利いていた方が好みだけど、これはこれの良さがあるね~。特に羊肉とパンとメロン。これはそんじょそこらじゃ出せない味だ~」


 なおも一心不乱に食事を続ける少女に、遂に決心したかのように男が口を開く。


「その、繁茂(はんも)さん」


「ん? どうしたんだい白霊(はくれい)君?」


 繁茂と白霊。その名前は、それぞれがトルクメニスタンの都市を壊滅に追い込んだ悪魔の名前のはず。


 そう、この二人組の正体は悪魔。それもこの地に略奪の国を再度浮上せんと企む、国家間同盟騎士団の尖兵達だったのだ。


「その、いくら何でも、この行為はリスクが高すぎるのでは......」


「ふっふっふ~。確かに君の本質からして、敵陣のど真ん中で突出するのは辛い物があるよね~。私としてはいつものことだから、特に気する必要なんて無いんだけどね~」


 二人が現在滞在している町は、残ったカギの一つが存在する都市の隣町。人間側の警戒度を考えれば、いつ見つかってもおかしくないような場所である。


 この地に布陣する魔法使い達は、いろんな意味で殺気立っていることだろう。そんな場所で下手人たる自分達が見つかれば、討伐まではいかないにしても、行動を大きく制限されることになるに違いない。本来であれば白霊の言葉が正しいように見えた。


「甘いな~白霊君。本来なら君の言う通り、一度大きく距離を取って体勢を整えるのが正しいさ」


「それでしたら」


「けどね~。私はともかく、君の方は戦法がある程度割れてしまっている。長距離からの狙撃こそが主力だと想像がついてしまっている。そんな時に獲物から離れてしまったらどうなると思う?」


「......強固な防衛網を張られ、標的まで届かなくなると?」


「大正解~! 白霊君。どれだけド派手な魔法が飛び交おうとも、この戦いの本質は戦争ではなく暗殺だ。どれだけナイトやルーク、ビショップの首を落としたところで、キングの首を落とさなきゃ勝ちは拾えないんだよ~?」


 一見すると、リスクばかりを抱えているような繁茂の行動。しかし、防衛側からしてみればその行動は嫌らしさの極みだった。


 現在この地は、繁茂と白霊が暴れ回ったおかげで大気中の魔素が非常に不安定になっている。


 魔素が不安定だということは、魔力感知も不安定になるということ。周囲に巨大な魔力反応があれば、至近の小さな魔力反応など見逃されてしまうということ。そして、下手人が見つからないというのは防衛側にとって最悪を意味する。


「今相手はね~。すご~くイライラしてるんだよ~? どこから結界を引けばいいのか。悪魔殺しはどれだけ前に出していいのか。あるいは下手人はすでに都市内に忍び込んでいるのか。全部が不安、全部を確かめないといけない状態なんだ~」


 相手の場所が分からなければ、正しい防衛線など引けるはずがない。どれだけ強固な防衛網だろうと、張る前から内側に忍び込まれてしまえば無意味だからだ。


「だからこれくらいの距離が最高なんだ~。付かず離れず、都市を洗いざらい調べ回ったとしても見つからないこの位置が」


 都市内部に悪魔は存在しないのだ。当然しらみつぶし調べ回ったとしても見つかるはずがない。そして、都市から周辺への調査に変わると、その範囲は莫大な距離へと変化する。


「相手の行動を完全に読み切った上の布陣だったと......」


「まっさか~! 相手の行動を全部読み切れるんなら、今頃どっかの国の魔王にでもなってるよ~。私が分かるのはニンゲンが抱く不安だけ。もし都市内部に悪魔が潜んでいたら、もし大魔法の準備をしていたら、もし前のように市民を利用されたらってね~」


「それでもです。愚かな私もようやく理解が追いつきました。調査の範囲が広がった瞬間、相手の戦力が分散した瞬間を狙って強襲をかけるわけなのですね」


「正解、正解、大正解~! さっきの例えを引用するんなら、私達は配下としてポーンこそ持っているけど、お互い落とされた瞬間に負けるキングだよ~。そんな不利なルールを押し付けられてる現状なんだから、スタートのずるくらい目を(つむ)って貰わないとね~」


 どれだけ使い魔をそろえた所で、所詮はポーン。自分達の行いの結果集まってくるだろう魔法使いに悪魔祓い(エクソシスト)、そして悪魔殺し相手では有効に機能させることは難しい捨て駒だ。


 だからこそ繁茂はスタートこそが重要なのだと考える。わざわざ相手のルールに従う必要はないのだ。始まる前にルークやナイト、ビショップを盤外に弾き飛ばせるのなら、当然それを実行する。


 結局悪魔の戦いなど最後に勝った者こそが勝者。敗者の存在など、吹き荒れた一陣の風と共に忘れ去られてしまうものなのだから。


「だから~今は栄養補給に邁進(まいしん)しよ~! 私と白霊君なら、ただの食事からでもそれなりに魔力は回復するんだから」


「実に見事な戦術論、御見それしました」


 そう言って、ようやく白霊は周囲の警戒を解き、食事に手を付け始めた。その姿を見て、繁茂はニヤニヤと笑みを浮かべる。


「まさに騎士。まさに戦士といった感じだね~。暗~い世界から生まれた私とは大違いだ~」


「いえ、繁茂様と私は大差はありません」


「へ~、その心は?」


「私達の本質は、人殺しの()()()()()ですゆえ」


「ぷっ、ふっくく、あっはっは! 生真面目なのに言葉遊びが上手いな~! 今回は合同作戦だ。私なんかよりずっと研ぎ澄まされたその暗殺術、期待しているよ白霊君」


「ご期待に添えるよう、尽力する所存です」


 互いの認識を摺り合わせている最中、不意に繁茂の胸元で振動が起こる。


「繁茂さん、それは?」


「あぁ、これ~? せっかく都市一つ分の資源が手に入ったんだからさ、活用しないと損かな~って。一つ拝借してきちゃった」


 そう言って、胸元から取り出したのは一つのスマートフォンだった。白霊が画面に目を向けると、そこにはコール画面が表示されていた。


「まさか、すでにどこかの組織と協定を?」


「協定なんてもんじゃないさ~。もっと簡単な話だよ、簡単な話。さっき言ったでしょ、都市一つ分の資源を手に入れたって」


 繁茂は空になった料理の皿を横にどけると、バサバサと無造作に懐から物を取り出した。


「これ、は......」


 それは、お金。一目で高額と分かるほどの紙幣の小山だった。


「どっかの魔法組織に協力を求めるのは悪くないことだよ~。でも、そうしたらどうしたって足が付く。秘密を知る物が増えてしまう。だから、こういう時に使うのは何にも知らない無垢な市民。お金で動いてくれる無垢な市民こそが一番安全なんだ~」


「っ!」


 それは忘れていた感覚。否、悪魔に昇華したことで必要無くなっていた感覚。


 白霊は思い出した。人とは力で服従させる以外の方法で、簡単に動いてくれる稀有な種族なのだと。人とは自らの無知を省みず、喜んで奈落の底に飛び込む種族なのだと。


「悪魔がニンゲンのルールに従っていけないなんてルールは存在しないんだよ~? なら、使えるものは何でも使わなくちゃ。私達は()()()()()。人の身に在らずとも人を知る存在なのだから~」


 繁茂は残っていた飲み物を一息に飲み干し、通話ボタンを迷いなく押すのだった。

次回更新は1/23の予定です。

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