力無き者の苦悩
「ほとんど繋がりの無い仏閣派からの応援の派遣。大型結界魔道具の配置。そして融通の代わりに戦力を体育館に集中させろという命令。全部が妙だと思っていたが、日明院、てめぇが悪魔と繋がってやがったか!」
麗子から電話を受け取り、体育館警戒に当たっていた猿飛からの報告を聞き終えた大熊は、憤怒の形相で怒りのままに、拳をパイプ机の中心へと振り下ろした。
ドガァァンという盛大な破砕音と共に机は真っ二つに割れ、辺りに木片が散る。
元々の造りからして、パイプ机は支える足から距離がある中心部分への荷重に弱い。名前通りに熊のような巨体を誇る大熊の拳を振り下ろされれば、割れるのも当然だ。
しかし金属製の骨組み部分まで同時に、しかも綺麗に真っ二つになるのは異常な光景としか言えなかった。
その異常事態を起こした張本人は、物が粉々に壊れた爽快感によって少しは怒りの溜飲が下がったのか、先ほどとは打って変わってブツブツと状況を把握するために独り言をつぶやきだす。
「派遣された奴らは若い上に、言っちゃあ悪いが元気すぎる奴らが多かった。現場の人間なんて若いのが当たり前だと思ってたが、日明院の野郎、自分の派閥の中で持て余してた奴らを捨て駒にしやがったな。そして悪魔と取引した理由は、翔の話を聞いた今なら理解できる。新しい霊山の確保だ」
今でこそ日魔連と一括りにされてはいるが、その実体は魔法使いの人数を維持することが難しくなった現代において、断腸の思いで他の派閥の人間を受け入れだしたのが始まりだ。
そんな過去があるからこそ、自派閥の発言力を守るためには様々な力が必要となる。その一つが魔素の多い拠点だ。
こういった拠点が多ければ、有事の際に大魔法を使うことも容易であるし、何より新人魔法使いにとって魔素を操る訓練場になる。
そのような拠点数が一番少ないのが、過去に権力者に逆らったことによる焼き討ちなどで拠点を失っていった仏閣派の坊主達なのだ。
悪魔と悪魔殺しが本気で争えば大量の魔力が周囲に沁み込み、一時的に霊山や心霊スポットと呼ばれるような、自ら魔素を生み出す場所になることは過去の大戦でも明らかにされている。
そんな場所を整えて新たな派閥拠点とすることが、仏閣派のトップである日明院の思惑なのだろうと大熊は思い至った。
「汚ねぇのは、自派閥の人間を犠牲にしたところだ。あれで犠牲を忘れないために仏閣派の手で霊山は管理するなんて言われたら、誰も霊山の確保に口を出せなくなる」
派閥同士の仲に良い悪いはもちろんあるが、基本的には中立だ。
もちろんこの場合の中立というのは、機会さえあればいつでも他派閥を追い落とすという意味である。
裏取りをしっかりと行い、大義名分を得た仏閣派に異議を申し立てようとする派閥があろうものなら、他派閥から猛追に遭うことは火を見るより明らかだ。
今の大熊には、日明院を追い込むだけの手札を持っていなかった。
「クソッ! 俺に派閥に食い込めるだけの力があれば!」
魔法世界からしてみれば、翔と同じように大熊もまだまだ新参者であり、仲の良い派閥はあるがそれも所詮は利用し利用されるだけのビジネスライクの関係だ。
どこかの派閥に入ることも考えたが、派閥に組み込まれてしまえば人魔大戦の際にも派閥の思惑によって動かされることが目に見えていたため断念した。
しかし、その選択によって生まれたマンパワーの不足は、本来は補佐し、悪魔との戦いに十全な状態で挑めるようにするべき悪魔殺し達を、逆に人間達の欲望によって苦しめた形になってしまった。
「はぁ~......また壊したの? 机一つとっても経費になるんだから、やめた方がいいって言ったじゃない。体育館での事は翔君に話したわ。彼、それでも戦ってくれるそうよ」
いつの間にか背後に立っていた麗子が、呆れ顔で声をかけてくる。大熊が悩んでいる間に翔との会話は終わっていたらしい。
「掴めたか?」
大熊の不機嫌を現すかのようにぶっきらぼうに麗子へと尋ねる。
「えぇ。言葉の悪魔の最終目標は、指定転移魔法によって、顕現するのがずっと先なはずの悪魔を呼び出すことよ」
椅子の破片を集め始めながら、麗子が答えた。
「誰が来る?」
「ほぼ間違いなく剣の悪魔ね。あそこは国が安定しているのが売りだから、現れるのも間違いなく魔王よ」
その言葉を聞いた大熊は目をカッと見開き、歯を食いしばると握り拳を今度は事務所の壁に叩きつけようとした。
「だから止めた方がいいって言ってるでしょ。終わった後に、壊した備品の経費でイライラするのは目に見えてるんだから」
本来なら、麗子ごと壁に叩きつけてもおかしくないほどの勢いで振るわれた拳。だが、その一撃はペフンという音と共に麗子の手の平に収められ、受け止めた麗子の片手も吹き飛ばされることはない。
まるで武術の達人か、それこそ魔法のような光景だった。
「チッ、全てが悪魔の仕業だってんなら我慢が出来た......だが、蓋を開けて見りゃ、馬鹿な人間の私利私欲によって、姫野や翔は死地に向かわされようとしているんだ。怒らねぇほうがどうかしてるだろうが!」
麗子によって怒りの発散が出来なかったためか、大熊は癇癪を起した子供のように叫び声をあげる。
そんな理不尽な叫びをぶつけられた相手である麗子はまたもや呆れ顔になることもなく、抗議の声を上げるわけでも無く、ただ優しい表情を大熊へと向け言葉を紡いだ。
「そんな苦しみを、少しでも減らすために頑張っているんでしょう? いいのよ? あなたがもうたくさんだと思うのなら、今すぐ全てを壊してしまっても」
そう話す麗子の顔は、翔や姫野には決して見せることはない、怒りの内包された邪悪な微笑みに染まっていた。彼女の顔を見た大熊は、それまでの怒りの表情から一転、冷静な表情へと変わった。
「いや......あんなクソ共でも今までのトップと比べりゃ可愛いもんだ。ここで殺しちまったら全てが台無しになる。まぁ、あっちも殺されない確信があったからこそ、やらかしたのかもしれんがな」
「満足のハードルが低すぎるわよ」
「構いやしねぇよ。所詮俺達の残りの人生はロスタイムなんだ。未来の芽を育てるために、俺達大人が苦しむなら願ったり叶ったりだ」
麗子は少しばかり乾いた笑いだと感じたが、大熊の顔には余裕と明るさが戻りつつあることがわかった。
「いいのね? 人魔大戦が始まる前にも言ったけど、あの子達を守るだけなら日魔連なんて必要ないのよ?」
「いいんだよ。繋がりがあるから、他派閥の奴らもおこぼれ目当てでおとなしくしてるんだ。その繋がりを切っちまったらあいつらは日本魔法界のお尋ね者になっちまう。そんなの本末転倒だろ、俺は籠の鳥は自由とは思わねぇんだよ」
大熊はそこで言葉を切った。
「だが、だからこそおこぼれ以上を求めた日明院を許すわけにはいかねぇ。もちろん命を奪ったりはしねぇし、トップから追い落としたりもしねぇ。それ以外で痛い目を見させてやる」
そして仏閣派に対する制裁の宣言をした。
「全く、楽な選択肢はいくつでもあるっていうのに、他人のためにそこまでするのね。まぁいいわ。そろそろ翔君がこっちに来るから、姫野の事、説明お願いね?」
「あぁ......こんな状態でも戦うって選択してくれたんだ。あいつも姫野の事情を知る権利がある......任せとけ」
そう言い終わると、大熊はガッガッと両拳をぶつけ合わせる彼独自の精神統一を済ませ、こちらへ向かっている翔を迎えるために外へ出て行った。
「さて、どっちに転ぶとしても人魔大戦は大きく動くことになる。願わくば源の心にこれ以上負担が無い方へと転がってくれますように。それと翔君の到着前に、眠り姫に戦いの準備をしておくよう伝えなくちゃね」
大熊が外に向かうのを見送ると、二階で休む姫野を起こすために麗子も動き出すのだった。
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