星均しの同盟
「さて、いささか脅しが過ぎてしまったかな?」
指令を下した姫野が過ぎ去った結界内。開いた本のページをぱらりとめくりながら、ダンタリアはひとりごちる。
「まぁ、縊り姫のような素直なニンゲンには、時には圧力をかけたほうが良い場合もある。今までの彼女は才能こそあれど、向上心が何よりも欠けていた。これで彼女が成長すれば_」
「まタ、悪巧みです、カな?」
そんなダンタリアが独り言をつぶやくだけだった空間に、不意に別の声が混じった。
「やぁ、鬼胎。思った速度以上の顕現だ」
「再会、真、嬉しク。しカし、それはコちらの、力にあらズ。ニンゲンが恐怖ヲ、克服出来なイ、証左にテ」
「道理だね。そうでなくては35位、恐怖の魔王たる君が、こちらに顕現できるのはまだまだ先だ」
突然の闖入者は、どうやらダンタリアの知り合いだったらしい。読み進める本から頭も上げず、対面に位置する椅子を自動で引くのみだ。
しかし、恐怖の魔王、鬼胎と呼ばれた側も彼女の行動は分かり切っていたらしく、特に文句も付けぬまま椅子に本棚の影から現れると、椅子に腰かけた。
そこで鬼胎の姿が露わとなった。彼の身体を一言で表すのであれば、寄せ集めほど正しい言葉は存在しないだろう。
左腕はクマのぬいぐるみから引きちぎったような、付け根から綿が零れる獣腕。反対に右腕は球体関節人形のボーン部分だけを取り出したような貧弱な腕。
足はそれぞれ腐り始めのような色をした木製人形の物と、明らかに地面に届いていない短すぎるプラスチック人形の物。
身体はひび割れが生じている陶器製のビスクドール。そして頭部はフランス人形と市松人形を半分ずつくっつけた上で、ハンマーを振り下ろしたような、潰れて醜い顔だった。
まさに悪魔、まさに人外。一目見た瞬間に思わず後ずさり、無意識の内に冷や汗が零れてしまうようなその姿は、恐怖の魔王を名乗るに相応しい容姿であった。
「此度ハ、位相殿かラの、言伝ゆエ、従来以上デ、顕現シた次第」
「あぁ、なるほど。実際、今回の人魔大戦は正念場だ。我ら調星官を率いる盟主殿が気を揉むのも無理はない」
「然リ。先ズ、言伝ヲ。継承、柱を目指ス、なりカと」
「愚問だね。世界のために、だよ。長生きが取り柄の悪魔一体ぽっちと世界では、世界が重いに決まってるじゃないか」
「......回答、受け賜リ。その上デ、もう一ツ。特異点ノ、準備ハ、順調カと」
「まだまだ新芽から葉を付けたに過ぎないけど、このまま進めればいずれ実が付き大木となる。位相から聞いていた話のおかげで、成長はすこぶる順調だ」
「回答、感謝。役目ハ、終ワり、しかれど二つほド、質問する時間ハ?」
「君の個人的な質問かい?」
まるで珍しい光景に立ち会ったとでも言うように、その時初めてダンタリアの顔が正面へと向けられた。
「然リ。個人的ナ、興味、関心ゆエ、強制ハ無い」
「ふふっ、いいよ。こういう場所で交流を大事にしないと、私達の同盟は碌な交流が無いからね」
「全ク」
「私達は強すぎる。だからこそ奪う側ではなく、均す側に回らなくてはならない。質問は何だい?」
「先ノ悪魔殺し。あレに、助力しタ、真義ハ?」
「おや、その時点からいたのかい? 忍び込んだことも含めて流石は鬼胎だ。私でも気付かなかったよ」
「恐怖ハ、どこにデも潜み、気付けバあるものユえ」
軽い談笑から始まったダンタリアと鬼胎の質問コーナー。だが、その会話は全くと言っていいほど軽い物では無かった。
姫野が永い悩みの末に、ダンタリアへ助力を願った数分前。若干の不穏こそあれど上手くまとまった会話の裏では、一体の魔王が息を潜めて結界内に忍び込んでいたのだ。
しかも、ダンタリアの言葉が真実であるのなら、彼女が絶対の優位性を確保している結界内ですら、鬼胎は気配を殺しきれていたということ。その隠密性は並大抵のものでは無かった。
「それで、ただの悪魔殺しに無償で知識を提供した理由だったかな?」
「然リ」
「簡単に言うならアレロパシーだよ」
「アレロパシー、といウと、命の悪魔ガ得意とする」
「悪魔同士であれば、その方が伝わりやすいだろうね。本来は生態ゆえの相性によって、相互的な共栄や成長の促進が認められる効果を指す言葉だ。言っただろう? 位相から話を聞いていたと」
「......マさか、特異点を含めタ、アレロパシーを?」
「その通り。ニンゲンというのは面白い生き物でね。身近に良き競争相手がいるほど、相互に努力を続け、高めあっていけるんだ。今までの相の話では、特異点の心はもちろんだが、単純に実力が足りていなかった。その問題の解決策というわけさ」
「相互に高めアい、特異点の心ヲ、歪ず縛るたメに、あノ悪魔殺しを、利用していルと?」
「まさか。たった一人のニンゲンに特異点の管理を任すわけにはいかないさ。用意したのは三人だよ」
「なンと、なんト、素晴らしキ見識。ソして、鬼胎すラ恐れさせる、鮮ヤかな誘導」
恐ろしき事実だった。姫野には興味があるの一言で済ませた助力の話。その裏には、幾重にも張り巡らされたダンタリアの計画が存在していたのだ。
そして今まさに鬼胎が語ったように、この話の最も恐ろしい部分は、今のところ誰も損をしていないということだ。
だからこそダンタリアの気まぐれだと思われる。だからこそ疑われこそすれど断罪はされず。蓄えた知識のみで、彼女は幾人もの人間の人生を都合が良いように誘導していたのだ。
「褒めても何も出ないさ。君が知識を求めるのであれば、相応の対価をいただくよ。それで、もう一つの質問があるんだろう?」
「然リ。電信機器を用イた会話の際、一番重要な知識ヲ、授けなかっタのは、何故カ?」
「......君も大した魔王だ。そんな前から潜んでいたとはね」
「こちラも、ほめられて供出デきる物は、在らヌゆえ」
そう、先ほどの会話で鬼胎は、姫野との会話を盗み聞きしたと言っていた。だが、いつから盗み聞きしていたとは言っていなかった。
彼は姫野がこの結界を訪れる前の前。ダンタリアが遠方の翔に知識を授けた瞬間からこの場に忍び込んでいたのだ。
「ふふっ、一本取られたよ。まぁ、そちらに関してはもっと単純な話さ」
「単純ナ?」
「少年は勝ってきた。苦戦し、助けられ、敗走しながらも、最後の戦いでは必ず勝利を手にしてきた。健全な心のまま育てるには、そろそろ苦い挫折が必要なんだ」
「だからこソ黙っていたと。国家間同盟騎士団といウ、組織の在リ方を」
「その通り」
「挫折でハ、済まぬヤも」
「いいや、問題ないさ。私を誰だと思っているんだい? 星の始まりより知識を喰らい、放出してきた始まりの悪魔が一体だよ」
その時ダンタリアが作り出した笑顔は、大熊と諍いを起こした時よりも、姫野にプレッシャーを放った時よりも、深い深い、まさしく深謀の化け物のみが作り出せる、多くの意味を内包した笑みだった。
「少年も、悪魔祓いも、現地の悪魔殺しも、地獄門のカギも、ニンゲン共も、森羅も、零氷も、あの魔王も、全部が全部私の掌の上さ。私が物語を紡ぎだすと決めたら、その物語はどんな愚鈍な演者に任せようと、望んだ形に収束するんだよ」
クスクスとダンタリアの笑い声が結界内に響き渡る。鬼胎はこの小さな少女と同盟を同じくすることを感謝しつつ、その脅威を再確認するのだった。
次回更新は1/15の予定です。




