人を狩り取る人の業
「さて、それじゃあ森羅の悪魔の方も再生しようか」
そう言って、動画の再生が始まった。
内容としては、森羅の悪魔によって占領された都市を高高度から録画した物らしい。
写真からでも判明していたことだが、天を突くほどの複数の樹木と都市を我が物顔で闊歩する獣達。それがこの動画のメインだった。
零氷の悪魔の動画と同じように、もう少し近い場所から撮影されたものであれば読み取れる内容も増えていたのだろう。しかしあちらと違い、こちらの都市は大量の使い魔によって文字通り占拠された都市である。
そんな都市に異物たる別の使い魔が紛れ込んだりすれば、たちまち獣達に群がられ駆除されてしまうに違いない。むしろ最初にダンタリアが話していたように、使い魔の死骸から術者の位置をあぶりだされるリスクだって存在している。
だからこちらの動画は、獣達を刺激しない遠方からの映像しか用意できなかったのだ。この都市の中では獣達こそが支配者であり、人間など排除されるだけの弱者でしかないのだから。
「ちょっと待て」
そんなお世辞にも見やすいとは言えない動画から、少しでも情報を得ようとしていた翔はあることに気付く。
「何か気が付いたかい?」
「あぁ。あんまりにも単純なことすぎて今まで気が付かなかった。何でこっちの動画には死体が映っていないんだ?」
そう、零氷の悪魔の動画では所々で映り込んでいた人々の死体。その死体がこちらの動画では一つたりとも見当たらないのだ。
仮に獣達の食料になっているとしても、骨すら見当たらないのは明らかにおかしい。半ば生き物が常に映り込んでいたせいで気が付くのに遅れた事実だった。
「中々の着眼点だね」
「お世辞はいらねぇよ。教えてくれ、これが森羅の悪魔の魔法なのか?」
人の死体を何らかの魔法に使用しているとしたら大問題だ。
まだ記憶に新しい血の魔王との戦い。血の魔王、血脈のカバタは奪い取った命に偽りの生を与え、自らの傀儡とする魔法を得意としていた。
死体が使い魔となり、生まれた使い魔が新たな死体を作り出す。ネズミ算式に被害が拡大していく中で、それでも人的被害が村一つで済んだのは、偏にカバタが一か所に根を張る拠点防衛型の悪魔だったからだ。
しかし、今回顕現した森羅の悪魔は明らかな強襲型。点在する集落を次々に襲われたりしたら、生み出される死体の数は想像もつかない。
だからこそ翔は、消えた死体の謎を解き明かしておく必要があったのだ。
「......もちろん。すでにある程度の目星はついているよ」
「じゃあ!」
分かっているのなら話は早い。当然ダンタリアはこの後詳細を話してくれるだろうと、翔は信じて疑わなかった。
「けれど、今回の魔法については語ってあげることが出来ないんだ」
「はっ?」
だからこそ、訪れた突然の拒絶に意味が分からなかった。
「な、なんでだよ!?」
翔はダンタリアに食ってかかった。
普段であれば、聞いていないことまで詳細に語る彼女とは思えない言葉。理由を聞かなければ納得など出来なかったのだ。
「少年、この動画を見たのは私も初めてだということは覚えているかい?」
「はっ? あっ、あぁ。覚えてる」
突然の発言に困惑していた翔だったが、その困惑した頭でも、この動画がつい先ほど届けられたばかりの物であることは覚えていた。
「なら少年、私の立場について覚えているかい?」
「は、はぁ? 立場? 何のことだよ?」
せっかく質問に答えたというのに、求めていたものとは全く別の返答が返ってきたことで、翔の困惑はますます強くなる。
「人魔大戦における私の立ち位置についてさ。覚えているかい?」
「中立だろ? それがどうしたって言うんだよ?」
「それが答えさ」
「はぁ!? だから意味が_!」
なおも感情的にダンタリアに文句を述べようとする翔。しかし、そんな彼の言葉を彼女は遮った。
「少年、君も君の魔法が悪魔側に漏れたら致命的だろう? それと同じさ。根源魔法をニンゲン側に語って聞かせる悪魔を、中立の立場と呼べるかい?」
「あっ......」
そうして聞かされた内容は、ぐうの音も出ないような正論だった。
「少年、今まで私が君に授けてきた知識は、いずれも一般的な内容か君が力を得るために必要な内容のみだった。悪魔側、人類側、どちらから見ても、相手を一方的に陥れる内容は話さなかったはずだ」
そう言われて思い出す。今までダンタリアに教えてもらった知識の数々を。
そして思い知った。確かに血の魔王の時は、血の悪魔に関する一般的な魔法と情報しか聞かされていない。零氷の悪魔についても、この魔法が根源魔法であるとは一言も伝えられていない。
唯一の例外はマルティナとの戦いだったが、そもそもあの戦いは悪魔殺し同士の内輪もめ。翔がマルティナの魔法を知った所で、悪魔側にメリットが生まれるわけでは無い。
中立とは名ばかりで、彼女は人間に与する存在なのだと思っていた。だが翔が気が付いてなかっただけで、彼女はしっかりと中立の立場を維持していたのだ。
「......それじゃあ、消えた死体に関しては何も語ってくれないってことか?」
「そうだね。悪いけどそれを語ってしまえば、一つの国の未来を大きく傾けてしまうことになる」
「そうだよな......くっそ」
言葉では理解できる。けれども世界の滅亡と多くの人々の命がかかっている心情としては、どうしても納得が出来なかった。
そんな意気消沈をしている翔をみかねたのだろう。
「......まったく、確かに死体の謎については語ってあげることは出来ないさ。けれど、他の知識を語れないなんて一言も言ってないのだけどね」
「えっ?」
「例えばこのサル達。おそらく奪った銃をぶら下げてるね」
「あっ、あぁ......」
「これだけで相手の使い魔に銃を操る程度には知識があることが分かる。次にこの牡鹿。首に無線機らしき物体が下げられているね」
「えっ、ホントだ......」
「これによってこの使い魔達は、使い魔間でも司令塔と呼ぶべき個体が存在している。加えて、例えば念話のような長距離連絡手段を備えていないことが分からないかい?」
「そ、そうか。テレパシーで会話が出来るんなら、わざわざ無線機を首からぶら下げる必要はない」
「さらに都市の被害状況だ。大きく損壊しているのは大通り近辺の建造物やバリケード、そして中心部のみだね?」
「確かに......」
「大型の獣のことを考えて、大通りを侵攻のメインにしたのであればここに違和感はない。けれど、だとすれば中心部の破壊は何のためだい?」
「え、えっと」
「追い詰めたニンゲンを一網打尽にするためさ。生き物は追い詰められるほどに、より集団で、より安全な場所に集まる習性がある。悪魔はこの獣達を使って、外側からニンゲンを追い立てたのだろう。そうしてニンゲン達をすし詰めにした上で_」
「周りの建造物ごと押し潰しやがったってことか!」
「その通り。まぁ、建造物の崩落なんておまけさ。こんなに多くの建造物が一度に崩落すれば、舞い散る粉塵の量も尋常じゃない。想像してご覧? 息も絶え絶えになりながら逃げ込んだ先で、先も見えないほどの粉塵の嵐に襲われる様を」
「まさか!」
「多くのニンゲンは着の身着のままで逃げ出しただろうね。もちろん粉塵対策なんぞしていない。一呼吸で気管は土で染まり、二呼吸で肺は砂と石によってずたずたに引き裂かれる。三度目の呼吸をする頃には周りにまともな空気なんて残っていない」
「そうやって多くの人達を......!」
「だろうね。だけど、ここで重要なのはニンゲン達の死因じゃない」
「えっ?」
「重要なのは、この悪魔は追い詰められたニンゲンの行動ルーチンすら計算に入れた上で、戦術を練っていたということさ。ニンゲンを下等種族と呼んで蔑むはずの悪魔が」
「そういえば......どうして」
「それぞれの国家の特色を思い出してみることだよ。森羅の国と零氷の国。いずれも守りに特化していたことで、人魔大戦で活躍の機会を失った国。挽回を図ろうにも、国家の色というのは簡単に染め直せるものじゃない。するとどうすればいい?」
「へっ? あ、新しく戦略を考え直すとか、人魔大戦に特化した悪魔を外部から雇うとか......」
「そう。それだよ。永きを生きた悪魔達は、いまさら自分達の本質を変えられない。だから外部から新しい風を迎える必要がある。しかし、そこで下手な悪魔を他国から迎えてしまえば、国家侵略の危険もある。なら雇える場所は限られる」
「そうか......そういうことか! 狙撃銃に無線機! 計算された人の動きをそんなのを知っていて、わざわざ戦いに組み込む悪魔なんて一種類しかいない!」
「辿り着いたようだね。そう。この二国はニンゲンから悪魔となった者達。昇華悪魔を今回の国家代表として選出したんだ」
「そうか。だからこんなにも簡単に地獄門の封印が解かれたのか」
最初から翔は疑問に思っていたのだ。いくら予想外の動きだったからと言って、人類の喉元に付きつけられたナイフのごとき拠点が、こんなにも簡単に攻略されるのはなぜだったのかを。
答えは簡単だった。この二体の悪魔は悪魔としてではなく、人として拠点の制圧に乗り出したからだ。
きっと対悪魔向けの防衛機構や魔法使いといった戦力が充実していた都市だったのだろう。そして、だからこそ慢心していたのだろう。自分達の防衛網は悪魔に対しては完璧だと。
その油断の隙を突かれたのだ。物理的な狙撃と民間人を利用した戦術。いずれも防衛機構からは外れた枠外の作戦。二体からしたら、実に容易な目標だったに違いない。
「ありがとうダンタリア。それと悪かった」
感謝は、悪魔達の本質を教えてくれたことに関して。謝罪は、たった一つの知識を語れなかっただけで失望したことに関して。
結局自分は狭い視野でしか物を語れていなかった。一つの疑問を解決することだけに執心していた。多角的に見れば得られる情報はごまんとあり、それらをドブに捨てているのと同じだった。
「気にすることは無いさ。少年は悪魔殺しで私は悪魔。本来殺しあっている関係なのだから」
「それでもだ。今まで本当にたくさんのことを教えてもらったってのに、たった一度思い通りにならなかっただけで不機嫌になるなんて最悪すぎる」
「確かにそこだけ切り取れば強欲で傲慢、おまけに短気の最低な性格だ」
「......おい。そこは嘘でもそんなことは無いって言う場面だろ」
「おっとこれは申し訳なかった。悪魔は下手に嘘を吐けない種族でね」
「......けど煙には巻くんだろ?」
「ふふっ、よく分かってるじゃないか」
「ははっ、ちょっとでもお前に失望した俺が本当にアホだった。ありがとなダンタリア」
「お礼はいらないさ。私は報酬として、君の人生を楽しませてもらっているのだからね。ほら、そろそろ飛行機の時間じゃないかい?」
「あっ!」
見ると飛行機の到着まで五分を切っていた。
「頑張っておいで。私はまだまだ君の物語を堪能しきっていないのだから」
「おう! 今回もふざけた計画をぶっ壊してきてやる!」
意気揚々と、翔はターミナルへ駆け出すのだった。
次回更新は12/30の予定です。




